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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十、尚、おひい様との思い出を語る


 後で龍から聴いた話だけど、南邑は場所柄、結構、ムーに対する差別感情が根強いらしい。

 特に代々地方豪族として、南邑を治めて来た邑長やその頃からの農民や町人はスッゲえ、ムーを嫌ってるらしく。


 むしろ都から派遣される邑宰とか、その直属の部下、そして五年前の戦争の後に移住してきた人たちはそうでも無いらしい。

 龍によれば、土地にずっと根付いてる富裕層――南邑の主に西側に住んでるらしい町人たちと、邑長の御屋敷がある北側の住民たちはムーが嫌い。

 移民たちが住む南側と、お役人たちが主に住んでる東側はそうでもないって感じみたい。



「難しいな……」


 相変わらず大荷物を背負って歩きながら、俺は思わず呟いた。

 どこの世界でも、人の心を変えるのは難しい。特に戦争の記憶は新しいんだから……。



――俺たちはまた、旅の空の下にいる。

 南邑には一泊して、翌早朝に出発した。今日は旅も十日目、南邑を旅立ってから二日目だ。



「邑宰どの――氾孟はんもうどのは、己が幼い頃に邑宰を拝命され、南邑にお出でになられました。……よく、父と公国の史などについて語っておられましたよ」


 己も可愛がって貰いました、龍はそう言って微笑んだ。


 たぶん、地方に赴任して友達もいない中、同じ都下の官僚に当たる龍の親父さんに親近感を覚えたんだろうね。


 俺は少しだけ安心した。龍には南邑でも味方がいるし、その人たちには玲華ちゃんも受け入れて貰えそうだ。

 ふたりの幸先は決して悪く無い。


……そうなってくると目下の問題は、現在、尚の背中にいる悪神とその姉貴だ。



「尚姐、尚姐。どう? うちの姐様にならない?」


「……光栄ではありますが、尚めはおひい様のお世話をせねばなりませんので」


「わかったよ! じゃあ、うちが尚姐の妹になるよー」


「……いえ、しかしですね。えーと、……父母にも断らねばなりませぬし……」


「義妹。義妹でどう? ねえ、尚姐?」



……なぜか、尚はこの上無いほど、悪神の十三女に懐かれてる。

 どこがどう、気に入ったのかはわからないけど、尋常じゃ無く気に入られてることはわかる。


 まず、移動は常に尚の背中におぶさってるし、ご飯の時すら膝の上。

 寝る時に至っては、おひい様とケンカしてるらしい。……ここ二日毎朝、顔色の悪い尚から、大惨事一歩手前のケンカの話を聞かされる。


 十三女は気の抜けたような声で喋るけど、やっぱり悪神ってことらしく、相当高度な呪文を使えるらしい。

 おひい様が忌々しそうに、そう言ってた。

 ちなみに十三女にも、その姉妹たちにも名前というものは無いらしく、「妹って呼んでよ」って尚に言ってた。

……彼女は尚以外とは口も利かない。特におひい様にはことあるごとに、軽蔑の眼差しを送ってる。……おひい様のストレスメーターが振りきれないことを祈るのみだ。



――さて、なんでその悪神の十三女が、俺たち一行について来てるのかと言えば、南邑のトップ3に受け取りを拒否されたからだ。



――ならば、殺すか――


 とは、おひい様の言葉。短絡的で残虐な発想で、おひい様の右に出る者はいない。

 だが、十三女は恐ろしい事実を発表。



――うちを殺すと、姉妹みんなが来るよー。あと、うちは体内で小蟲いっぱい飼ってるから、うちが死んだら、たぶん汚穢おえを振り撒くと思うよー――


……十三女の話によれば、≪女神のはらわた≫とやらの十六姉妹はテレパシーみたいのを使えるらしい。

 でも、みんな総じて頭があんまり良く無いから、自分がどこにいるのかもわからないらしく、集合することはできないと言う。

 ただ、生物本能的なもので、姉妹のうちの誰かが死ぬと、その場所がわかるって話らしい。



――みんな阿呆で勝手だけど、うちの仇討ちぐらいはしてくれると思うよー――


……四姐みたいなバケモンを、あと十四人も相手にするのは無理だ。


 ちなみに、話の流れからすると、小蟲っていうのはウィルスとかバクテリアみたいなモンらしい。

 普段は、十三女が≪異気≫を使って操ってるらしいんだけど、死ねばもちろんコントロール不可。……バイオハザードが起る、ってことみたい……。

……コイツ自体が爆弾みたいなヤツだ。


 ということで、本人も大人しくしてると尚に約束したので、連れて行くことになってしまったわけなのだが……。



「あのねえ、尚姐。うちの姉妹ってみーんな、本当に阿呆なのよ? 四姐見たからわかると思うけど、上のほうの姐様たちはみんなあんな感じ。特に一番上の双子の姐様たちはいつもどっちが一番上かってケンカしてるのよ。ね? 阿呆でしょ? たぶん、頭の中がからっぽなのよ。すぐ上の姐様たちは、優しいんだけど頼り甲斐も無いの。阿呆ってほど阿呆じゃないんだけど、そもそもやる気が無いのよー。下の妹たちは……」



…………止まらない。

 気の抜けたような声で展開されるお喋りがぜんぜん止まらない。

 女が三人も集まればかしましい、なんてことわざがあったような気がするけど、コイツの場合は独りで五人ぶんぐらいかしましい気がする……。

 結果、


「じゃかあしい!! 静かにせんと痛めつけるぞ!」


 っていう感じでおひい様が怒る。

 そうすると……、


「…………醜女ブス……」


「なんじゃと?! お前、もう一遍言うてみよ!!」


「ふん」


「お、お前ぇっ!!」


「おひい様、おひい様、抑えて下さい!」


「しゅ、朱蝶! しかし、こやつ妾を――」


「おひい様の御美しさに嫉妬してるのですよ。ね、龍? 長双さん?」


「――え、ええ、そうです」


「姫様はふつうに可愛らしいと存じますよ」


「……まあ、な」



……っていうようなやり取りが既に十数回以上繰り返されてる。

 十三女も、おひい様にキレられると暫らくは静かになるんだけど、また喋り出す。そして止まらない。


 げんなりしてくる。

 十三女は自分の姉妹たちのことを阿呆だ、阿呆だと言うけれど、コイツも大概阿呆だ。

 おんなじ失敗を、飽きもしないで繰り返す者を、人は阿呆と呼ぶ。


 男子メンバーとおひい様のげんなり度もさることながら、尚の疲労は目に余るものがある。

 ちょっと頬がコケはじめてる。


 何せ四六時中、べったり張り付かれてどーでもイイ話を延々とされてるんだ。そりゃ、そうなる。

 いかんせん尚も無理に拒絶したりしないからいけない。男には割と暴力を振るいがちな(俺にしか振るってない気もするけど……)尚も、悪神とは言え女の子は邪険にできないらしい。

 結果、余計に懐かれる。



「……尚姐大好きだよー。四姐だったら今頃、百発ぐらいはうちを殴ってるはずだよー。十一姐だったら今頃寝てるだろうしー。十二姐だったらー……」


……止まらない。


 俺はおひい様がキレる前に、注意しとこうと思って最後尾を振り返った。そこで、龍に背負われた玲華ちゃんが十三女を見てるのが目に入る。


「玲華ちゃん?」


「あのね。あの人、寂しい人なんだよ」


 玲華ちゃんは、十三女を指さして言う。


「……え?」


 十三女がその言葉に固まった。


「だってね、みーんなに嫌われてるの」


 どうも、玲華ちゃんはすぐ後ろから聞こえてくる、十三女の終わらないお喋りにちゃんと耳を傾けてたらしい。

 全部、聴いてた玲華ちゃんからすると……。


「あの人ね。みんなの事好きなのよ? でも、みんなから嫌われてるから可哀想なの」


 ちょっと泣きそうな顔になる玲華ちゃん。

 玲華ちゃんをあやす龍。


……そして……。


「……うち、可哀想なの……?」



 それから、数時間……。

 あれだけ喋り倒してた十三女が、静かだ。静か過ぎて不気味。


 そして、玲華ちゃんがキョロキョロ心配そうに後ろを振り返ってるらしい。


「玲華どの……今は……」


 龍の困ったような小さな声が聞こえて来た。


「でも……」


 玲華ちゃんの涙声が聞こえて来る。

 今にも泣きそうだ。



「――十三女どのは、ご姉妹を慕っておいでなのですね?」


 尚の声。考えてみれば、尚がこうして十三女に話しかけてるところは見た憶えが無い。


「…………そんな事……」


 そう呟いた十三女は、再び口を噤んだ。


「尚めには、同腹の――共に育った兄弟姉妹がおりませぬゆえ、わかりかねますが……おそらく、この尚が不遜にも前を往く皆様に抱いている想いと似たようなものなのでしょう」


 そう、尚は笑った。


「十三女どのには、ご姉妹の話を伺いましたので、今度は尚めがご紹介致しましょう……」


 尚は沈黙を埋めるようにゆっくりとした口調で語り出した。


――長双さんのことを尊敬する兄のように、龍のことを頼れる弟のように、玲華ちゃんのことをまるで本当の妹のように――


「尚めは抜けておりますゆえ、≪気≫も巧く操れぬのです。小さい時分には、≪意≫せずしてひとを傷つけてしまう事も多かった」


 尚は苦笑する。

 苦笑してるけど、それって結構重い。


 尚はいつも、どっかびくびくしてる。そんで、何かあるとすぐ謝ってくる。自分が悪く無くても謝っちゃう。

 おひい様の尻拭いのせいもあるけど、やっぱ育ちと性格の問題なんだろう。

 たぶん、尚はいつでも土下座をして、頭を下げて、自分を責めて来たんだ。


「十の頃、おひい様の御付きとなりました。おひい様は三つであられましたが、その頃からほんに愛らしく――」


「――尚姐は、何が言いたいの? うちは尚姐に比べたら大した事無いって?」


 十三女が言葉を荒げた。……そんな喋り方もできるんだ……。


「……違います。……おひい様にお仕えするようになっても、尚めは≪気≫を満足に操る事が出来なかったのです。……おひい様の御身体を傷つけてしまう事もしばしば。そのたびに、年端もいかぬおひい様に庇われてしまう始末でして、父と伴に公に頭を下げた事も片手では収まりませぬ。……尚めは、おひい様に出来る限り近づかぬようになりました」


 不甲斐無い事です。尚は少しだけ自嘲するように言う。


「それからひと月ほど経ったある日、尚めがおひい様の元から御暇乞いを考えるようになった頃、四つになられたばかりのおひい様が尚めを召して仰せになるのです。


――わらわは、創癒の祝詛を憶え、使えるようになった――


と。……耳を疑いました。創癒の巫術は才ある者にしか扱えぬ、と聴いておりましたゆえ」


 いやあ、本当におひい様は、あの頃より。そう尚は微笑ましそうに笑う。


「それで、尚にお近づきになられ屈みこまれて、頭を垂れた尚の顔を覗くようにご覧になって、仰せになるのですよ。


――これで、また元のように、わらわを撫でてくれるじゃろう? 尚がわらわを幾らキズつけても、わらわがすぐに治してしまうから――


……すごく心配そうな顔で、そう仰せになるのです」


 尚の思い出話に衝撃を受けた俺は思わず何度も首を傾げて、背中の荷物の上のおひい様の顔を窺おうとする。

 おひい様のおみ足による、蹴りを頂戴した。



「……十三女どの。尚めは半端者です。ムーの系が混じり、己の膂力も巧く加減できない。……それがこのように、同輩に囲まれて、肩を並べて事に当たれるは、出会ったおかげです」


「出会った?」


「ええ。おひい様に、長双卿に、龍どのに、玲華どのに、朱蝶どのに……そして、十三女どのにも」


「うちに?」


「そうでございます。ひとはこのような時、どこぞの≪神≫や≪帝≫の御導きがあった、と申しますが、尚めは実はそのような事にはあまり関心はございません。ただ、出会った方々に対し忠を尽くすのみです」


「…………」


「ですので、十三女どのも折角出会ったのですから、ご覧になられてはいかがでしょうか? この尚ごときが言える事ではございませんが、只今、尚めの前を往く方々は人品骨柄の貴く、また何よりお優しい方々でございますので……」



「…………」



 いつのまにか、玲華ちゃんの泣きだしそうな気配がすっかり消えてた。


……ところで、尚は、考えてみれば俺にはあんまり言及しなかった。

 俺はあんまり好かれて無いんでしょうか? ……ちょっとショック。



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