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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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九、南邑の面々


「それで、畏れおおくも≪巫姫≫様。これはどのような仕儀なのですか?」


 毛深いヒゲ面、クマみてーなオッサンが困ったような顔してる。


「知らぬ」


 俺の隣に座ってるおひい様がイライラしながら、自分の膝を指でトントン叩いてる。


「……全壊した屋が四棟。半壊が九棟。……しかも、我が南邑が持つ宿がふたつとも使えぬとあっては……」


 細面の文官然とした、オッサンが血色の悪い顔しながら溜息を吐いた。


「知らぬと言うておろうが!! そこの≪女神のはらわた≫に訊けっ」


 おひい様の軽い怒気に、ふたりのオッサンが震え上がってる。

 震える両オッサンは困った顔で、俺の隣に座ってる龍を見る。

……ちなみに、その例の≪女神のはらわた≫だか≪女帝のはらわた≫だかの十三女は猿ぐつわを噛まされて、なぜか尚の膝の上にいる。

 一応、尚がおひい様に頼み込んで十三女のケガはだいたい治ってるんだけど、まあ呪文を唱えられたらヤバいってことで猿ぐつわ。


 長双さんは長双さんで、悪神という聴き慣れない存在に興味津々らしく、その十三女をしきりに眺めてる。



「……己にもわからぬのですよ。邑長どの、邑宰どの」


 龍が眠った玲華ちゃんを膝の上に抱きながら、苦あい笑いを浮かべてる。

 まあ、おひい様にわかんねーモンが、あの場にいなかった龍にわかるわけ無え。


「ま、幸い死者は無かった事やし、良かったって事でええんちゃう?」


 鄙語でそう言ったのは、≪書社しょしゃ≫の≪巫司ふし≫さん。

 要は南邑の神社の神主さんらしい、白髪が多いおじいちゃん。


 クマみてえな邑長と、ひょろい邑宰と、この巫司のじいちゃんが南邑のトップ3らしい。

 ちなみに、虞衡はコイツらの次に発言力が強いらしいので、都管轄の下官って言っても実質的には地方都市の大臣クラスってことみたい。

……地味にエラいんだね、龍は。



――ちなみに、現在、俺たちはその書社――神社の一角にいる。

 木の香りが立ち込めた、新しそうな神社の御社。その広間で、一段高くなってるたぶん上座、方角的には部屋の西側に、おひい様が座ってる。

 その右側、南側の壁を背に俺が座り、さらに俺の右に龍。俺と龍に向かい合う形で、長双さんと尚が北側の壁を背に……って感じで俺たち一行はおひい様を中心に「コ」の字型に座ってる。

 で、おひい様に向かい合う形で邑長を中心に南邑側の三人が並んでるってわけで。


「巫司どのはそう仰いますが、そもそも、方々は殿上人ばかり。……饗応もままならぬとあっては我が首が飛ぶところ。その上、かような災厄に見舞われては……」


 線の細い邑宰がえづいた。オエっ、て言ってる。

……考えてみれば、龍は置いたといても、おひい様は姫様だし、長双さんは都の軍部統括のエラいさんだし。

 そして、初めて知った事実だったんだけど、尚ですらイイとこのお嬢様だったらしい。

 お役人としては、さぞかし胃が痛いだろうね。


「とりあえず、無礼を働いたという宿の老爺は大辟たいへきと致しますので……≪巫姫≫様、尚様。どうかご寛恕頂けませぬか?」


 邑長はクマみたいなガタイを折り曲げて、おひい様にお伺いを立ててる。


「……大辟って何?」


 ぼそぼそ隣の龍に訊いた。


「……斬首、死罪です」


……マジで?



「…………言うておくが、宿を壊したは妾では無いぞ?」


 おひい様の不機嫌そうな顔に怯える、両オッサン。


「滅相も無い。わかっておりますゆえ……どうか、このたびの事、公と冬官長様には……」


 なるほど。

 どうやら、邑長と邑宰のふたりは、あの宿のジイサンが失礼なことをしたから、おひい様が悪神を使って建物を壊して回ったと思ってるらしい。

 いやいや、でも死刑ってどうなの? そんな簡単に……。


「……そもそも、虞衡・龍どのが悪い。公命とは言え、≪巫姫≫様と≪雷名≫卿、そして尚様をそちらの宅に勝手に御泊めするなど、邑長どの、そしてこの邑宰の立つ瀬が無いではないかっ!」


 邑宰が気弱そうに怒ってる。その邑宰の言葉に、うん、って頷く邑長。


「さらに、新しい虞衡どのは聞けば婚礼をも挙げた、と? ……しかも、それが……」


 邑長が龍の膝の上の玲華ちゃんを見る。

 苦々しく、渋面を作る。なーんかヤな感じ。

 おひい様の機嫌もどんどん悪くなってく。


「邑長どの。それはこの際、どうでもよろしい! 冬官長様の例もあるのです。嫁御が異族などという事は些末な事。巫司どのも特に問題はあるまい?」


「えぇ。さっき、≪籍≫に書き入れましたわ。≪虞衡 玲華≫って」


「邑宰どの、巫司どの。この邑長を軽んじられては困るぞっ!」


「邑長どの。そも、虞衡は公の官であられる。新虞衡着任の命はここ南邑にも届いておりますれば、問題はございますまい。嫁取りは各家の事ゆえ、それはもうよろしい。……それよりも」


 俺を睨む邑宰。え、俺なんかした?


「そちらの方は何者でございますか? ≪巫姫≫様の右にお座りであられる以上、相応の位階をお持ちなのでしょうな?」


 うお! なんか面倒くせーことになってきた。

 とりあえず自己紹介しとこう。


「……初めまして、≪皐 朱蝶≫と申します。おひ――≪巫姫≫様のしもべでございます」


 久々のふつうの土下座。

 最近はジャンピング土下座ばっかりだったから、新鮮だ。


「しもべ? 僕ごときが、国姓を名乗り、なぜそのような――」


 俺に向かって文句を言おうとする邑長。


「じゃかしい! 朱蝶は≪神怪≫じゃ! 文句あるか?」


 おひい様の怒鳴り声にビクッとするオッサンふたり。

 でも、どこか呆けたような顔してる。


 ただ、どっかテキトーだった巫司のじいちゃんが目を丸くしてる。


「≪巫姫≫様? ≪神怪≫やって? そこの御仁は、ほんまに≪神怪≫?」


 ふんっ、と鼻を鳴らしながらおひい様は頷いた。


「そうじゃ! ≪格≫の高い≪神≫に匹敵する≪神怪≫じゃ!」


 何がなんだかわかって無い様子のオッサンふたりと、実際によくわかってねー俺を見た巫司のじいちゃん。

 じいちゃんはいきなり、おひい様に向かって叩頭し、一度、頭を上げたかと思うと俺にも頭を下げる。


「≪巫姫≫様、≪神怪≫≪皐 朱蝶≫様、祝着至極に存じまする……」


「巫司どの、説明してくれ。いったい、そこの者がなんだと――」


「邑長どの。邑宰どのも頭を下げたほうがええ。……そこにおわすは、言わば≪神≫さんや。南邑なんぞ、そこの≪神怪≫様のご機嫌損ねたら、消し飛ばされるかもしれへん」


 頭を下げたまま言う巫司の一言に、オッサンふたりの顔色が見る見る変わっていく。

 怪訝そうな、でもちょっと蒼くなるふたりの顔。


「ええか。≪神怪≫いうんは、昔語りに言う≪四凶≫あたりと同じや。公国の位なんぞ関係あらへん。……死にとうないんやったら、まずお詫びしいや」


「……≪四凶≫……っ!」


 蒼褪めたオッサンたちが、額を木の床に打ちつけた――


「――無知蒙昧ゆえの無礼、どうかお赦しを!!」


 な、なるほど。

 この世界では実際にモンスターが出現したり、≪神≫が猛威を振るったりする。

 実際に、おひい様は不思議な巫術とかいうのを使うし、今日は悪神がこの町で暴れたわけで……。


 信心深いを通り越して、≪神≫とか≪怪≫ってのはこの世界の人たちにしてみたら、脅威なんですね。

……しかし、これは凄い。何が凄いって、掌の返し方がスゴい。

 あと、向こうの世界から通しても、俺は謝られ慣れてないから、こーゆう時にどうしてイイかわかんない。


「…………」


 だから無言。

 なんか、何言ってもしょうがなさそうだから、無言。

 そしたら、邑長のほうが頭を下げながら震え出した。


「……お怒りや。ごっつ、お怒りやでぇ」


 ずっと頭を下げてる巫司のじいちゃんがそう言った。

 黙ってると、そうなるの?

 俺は龍を見る。ねえ、どうすればイイ?


「……一言、赦す、と」


 ぼそりと耳打ちしてくれた龍に頷き返して、俺は言った。


「赦しますよ?」


「あ、有り難き幸せっ!」


 邑長が声を震わせながら叫んだ。



「……おひい様?」


「ん? なんじゃ、朱蝶?」


 おひい様のご機嫌がちょっと良くなってる。

 これなら、大丈夫かな?


「あの宿のジイサン、死罪――大辟ってーのはちょっと厳しいと思うんすよ。心優しいおひい様のお力で減刑とか……まあ、尚どのが良ければ、なんですけど……」


 おひい様はちょっと渋い顔して、尚を見る。

 尚もおひい様に向かって頷いた。どうも自分の為に、あのジイサンが殺されちゃうのは気持ち良くなかったみたい。


「……まあ、よかろう。邑長!」


 溜息を吐きながら、おひい様は邑長を呼ぶ。


「は!」


「……あの宿の者は、罪二等を減じてぴん――脚斬りで赦してやれ」


「――おひい様、もう少し。もう少し軽く……」


 尚も激しく頷いてる。

 えー、って言うおひい様。実に不満そう。


「……じゃあ、さらに二等を減じて墨刑ぼっけい、入れ墨か? ……」


 尚がまだ首を振ってる。

 入れ墨、ね。日本でも江戸時代なんかには、そういう刑罰があったらしい。要は一生消えない「お前は犯罪者だ」って印を身体に刻み込むわけだ。

 ファッションのたぐいじゃ、決して無い。うーん、それも酷っちゃあ酷なのか?


 でも、差別ってのはなかなか根が深いし、あんまり無理に上から押さえつけて酷いことすると逆に裏で過熱したりもする。

 人種差別ってのはそーゆうモンだ。向こうの世界だって、本当にヒドい歴史がある。差別するための秘密結社とかもあったはずだし。

……だから、そういう意味では尚の判断は正しいのかもしれない。


「まだか? ……もう、労役をちょっと増やすぐらいしか無いではないか……。まあ、尚が良いなら良いが……という事じゃ、邑長。刑を軽めよ」


「はは!」



――ということで、当人があずかり知らないところで、一人の命が救われたとさ。


 そして、俺たちは邑長と邑宰を送り出して、そのままこの御社に泊めて貰うことになった。

 ひょろっとした邑宰のほうが、帰り際こっそり龍に話しかける。


「すまぬな、龍どの。卿や≪巫姫≫様の饗応の件を槍玉に上げてしもうた」


「いえ、こちらこそ、己が婚姻にお口添えを頂きまして」


 首を振って答えた龍に、邑宰が苦笑した。


「もとより会どのがご存命のみぎりより、聴いておったゆえ……」


 邑宰の言葉に、龍が驚きの顔を浮かべる。

 その顔を見て、邑宰が微笑んだ。


「しかし、あの小さかった龍どのが立派になられた……会どのがその姿を見たならば……いや、詮無き事でしたな。それでは……」


 そう言って去っていく邑宰の背中を、龍は見えなくなるまで眺めていた。


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