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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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四、南邑、騒動

「ひ、姫様、お待ちください!」


 龍が、南邑の門へと向かうおひい様の前に立ちはだかった。

……その頃、俺の脳内では『ドナ○ナ』の哀しいメロディが流れていた。


「なんじゃ龍?」


「なぜ、門へと進まれるのです? 己が家までは門を通る要はございませぬ!」


 そっちか! 俺は心の中でツッコむ。

 龍、なんか冷たくないか? 俺はお前の兄貴分じゃないのかい?


「……いや、龍の家はもうたくさんじゃ」


 おひい様は、ちょっとぶっきらぼうにそう言った。


「……え?」


 ショック受けたって顔をする龍の頭を、後ろから玲華ちゃんが撫でる。


……とうとう本人に面と向かって、おひい様は言ってしまった。

 尚までもが、そんな龍の顔を直視できないらしく、視線を切った。


 そうだ。龍の家には誰一人としてイイ思い出が無い。


「南邑には、公館は無い。じゃが、邑の宿しゅくはあるじゃろ」


「……しかし、……」


 粘る龍。おひい様は俺に繋がれたロープを一回強く引っ張ると、龍を避けて歩き出す。

 龍は再びおひい様の前に進み出ると、器用にも玲華ちゃんを背負ったまま、軽く土下座した。


「どうか、もう一夜だけ、己があばら家にてご辛抱を……」


「くどいぞ、龍」


 おひい様が苛立ちを露わにする。しかし、なぜか龍は引かない。

 確かに、龍は結構頑固だけど、いつも頑固には頑固なりの理由がある。

……ここは、兄貴分たる、俺の出番かな……。


「おひい様、龍にも何かりゆ――」


「そなたは≪牛≫じゃと言うておろうが! 口を利くな!」


 ロープで首を絞められた。……役立たずですまん、龍。


「わかりました。……ならば、一度家へと寄る事は叶いませぬか? 己が家にて、長双さんに玲華どのを見て貰ってるうちに、己が宿までご案内いたしましょう」


 話の流れで勝手に龍の家に泊まる感じにされてる長双さんを振り返ると、ちょっと苦笑してる。


「遠い」


 おひい様はなかなか折れない。

 いや、ここは南邑の南東の門の前だから、南邑の南の端っこにある龍の家はそんなに遠くない。

 せいぜい歩いて5分ってとこだろう。


「家から、邑内のごく近くにて、父の知己だった者が宿を開いておりますれば、遠くはございません」


「……良かろう。しかし、無駄に歩きとう無い。妾はここにて待つゆえ、そなた卿と玲華を送り届けて参れ」


「畏まりました。では、暫しお待ちを――」


 そう言って立ち上がるやいなや、龍は玲華ちゃんを背に負ったまま、長双さんの袖を取って早足に歩き出した。

 その後ろ姿を見送る、おひい様。


……無言。喋ることを禁じられた俺はもちろん、尚もおひい様も無言。

 暇を持て余した俺は、久々に指を折って時を数える。


……ちょうど、180――およそ3分が経った時、おひい様が言った。


「遅いゆえ、先にゆくか」


「…………」


「……おひい様……」


 俺は異義を唱えることもできず、尚は溜息を吐いた。


「ここ、南邑は叔父上の南鄙にも近く、父上の最も南の御領じゃ。行きは急ぎゆえ見る暇も無かったが、帰りくらいは覗いて構うこともあるまい?」


……つまり、おひい様がごねてたのは、龍ん家がイヤだったというよりは観光がしたかったからだ、と。


「モゥ……」


 俺は牛らしく一声鳴いてみた。呆れたような声で。



――さて、改めて門を通って足を踏み入れた南邑は、ひなびた村っていうよりか、地方の町って感じに見える。

 南東から北西へと一直線に伸びた街路。幅は都の道路ほどは広くないけど、それでも3メートルくらいはあって、道路の両サイドには整然と背の低い建物が並んでる。

 良く見ると、それぞれのサイドの建物は一階建てだけど、繋がってる。10メートルくらいで、それが途切れて狭い1メートルくらいの路地を挟んでまた伸びる。


 江戸時代の長屋みたいな感じなんだろうか。10メートルぐらいの長い平屋には三つずつぐらい出入り口がある。

 その出入口がまた、妙な感じだ。上部が三角形なんだ。たぶん、強度の問題なんだろうね。屋根の重さが両脇に逃げるように三角にしてあるんだ。

 ムーの村では出入口の上の部分はアーチ状だったし、都では平だったけど、公国の小っちゃい家だとどうも違うみたい。


 柱は木。しかも皮も削って無い丸太が多い。

 壁は土壁でところどころ、草みたいな繊維が埋め込まれてるのがわかる。その壁には三角の小さな窓がぽつぽつ空いてる。


「尚、尚。なんじゃ、あの煙は?」


 おひい様が指差した右のほう、低い家々の向こう側から、確かにゆらりと煙が上がってる。

 同時にそっちのほうから、なんか堅いモンをリズムよく叩いてる音とか、鉄を打ち鳴らすみたいな硬質な音とかが上がってる。

 ものづくりってヤツか?


「おひい様、尚にはとんとわかりませぬ……」


 口を半開きにした尚がそう言った。

 おひい様はちょっと残念そう。


 夕暮れ時のせいか、道路には荷物を背負った人とか、泥に塗れた農具を何本も荷車に載せて引いてる人とかが家々に入っていく。

 けども、まばらだ。それになんだかみんな農夫って感じじゃないね。


 そういや、龍が言ってたっけ。農繁期の農夫はみんな田んぼとか、畑の真ん中にある家に帰るって。

 ここ皐公爵国はこの世界でも南のせいか暖かい。てか、今は夏だから暑い。農繁期は長そうだね。きっと、農夫のみんなはほぼ田畑の家で生活してるんでしょう。

 つまり、この南邑に住んでるような人はお役人とか、この地方の豪族の親族とかが多いのかもしれないね。……さっきの「ものづくりっぽい音」は、まさしく国家事業のひとつ、金属製品の生産なんでしょう。


 士農工商でいうところの「農」を除いた三つの階級が、この街の主な住人で、つまるところさっきの音の元はいわば「工」――「職人」さんが出してる音なんだね。

 この世界では、民間の企業なんてものは存在しないらしいから、ほぼ全員が何らかの自治体とか政府とかに所属して仕事してるはず。

 南邑の場合のトップは、都から派遣されてる≪邑宰ゆうさい≫って人と、もともとこの辺りに住んでて勢力があったことで公爵様から≪邑長≫に任命されたっていう豪族がいるはず。


……ぜーんぶ、行きの時に頭ん中で龍に聴いたことだけどねー。

 でも、俺はそれらのまた聞きの知識を、ものを知らないおひい様に説明できない。……≪牛≫だから。


「まあ、良い。ゆくか……龍の家から近いと言うておったゆえ、南じゃな? どっちじゃ?」


 方角もわからないおひい様を、≪牛≫の俺が先導する。

 俺らは南東の門を通ったんだから、左ですよ、おひい様。



――俺と、世情に疎いおひい様と、頼りない尚の三人――もとい、二人と一匹(現在、俺は≪牛≫だから)は、碁盤目状の街路を南のほうへと向かう。

 龍が危惧してたのはコレだったんじゃないかしら?

 おひい様も尚もアテになんないし、かく言う俺も異世界からやって来た元・引き篭もりだ。

 まともに、町なんか歩けるわけがない。……それにしても――


 なんか、通行人の視線が刺さる。

 すれ違う人が、こっちを振り返ってる気がする。道路の反対側を歩いてる人が俺らを見て眉をひそめてる感じがする。


……おひい様? 俺はちゃんと≪牛≫に見えてるんでしょうか?

 見えて無かったとしたら、結構な「裸の王様」なんですけども……。


 しかし、なんだな。視線も気になるけど、なんか道行く人に流れというかがある気がする。

 それも俺たちが向かってるほうへと流れて行くような……。


「おい、おぬし」


 突然、おひい様が駆け出して、俺の前方を歩む青年へと声をかけた。

 青年は振り返ると、おひい様を見て、俺を見てから怪訝な顔をした。


「なんや、嬢ちゃん。畜と独りと一匹でどないしたん? おとんとおかんは?」


 畜ってことは俺はちゃんと≪牛≫に見えてるらしい。

 しかし、この兄ちゃん、久々に聴くちゃきちゃきの鄙語だな。


 優しそうな兄ちゃんは、おひい様の頭へと手を伸ばしたが、おひい様はそれを振り払った。


「無礼者め。……まあ、良い。それよりも、このひとの群れはどこに行く?」


 青年はちょっとショックを受けた顔をしながら、おひい様の言葉遣いに首を傾げ、さらにおひい様を観察。


「……こらあ、大層なべべ・・着てはるやないか。嬢ちゃん家いはごっつい御大尽様なんねや? ……邑長様か、邑宰様にでも――」


「ええから答えぇ! なんじゃ、このひとの群れは?」


 おひい様の怒号に青年は可哀想に、目を白黒させてる。

 ちょっと考えるような間を取ってから、口を開く青年。


「……へぃ。お答えいたしやしょう。なんでも、南の古宿に匪賊ひぞくが出たっちゅうて、見に行く流れやそうで」


 南の古宿って……。


「おい、その宿には投宿とうしゅく出来ぬのか?」


「いやいや。古宿は匪賊のせえで、てんやわんややで? 無理ちゃうのん?」


「匪賊か……」


 あ、おひい様がなんかよからぬこと考えてる気がする……。


「せやで。なんでも赤髪の大女らしいでぇ? 鬼怪かもしれへんゆうて、南鄙まちへ誰ぞ向こうたそうや。……悪い事言わへん。おとなしぃく、西里せいり新宿しんしゅく行きぃ」


 そう言って親切な青年は、道を簡単に説明してくれた。

 おひい様はまるで聞いて無かったから、俺がちゃんと聴く。


「ほな!」


 そう言い残すと、青年はまた人の波に紛れ込んだ。

 おひい様は礼も言わずになんか、にまにま笑ってる。


「――よし! 父上の御領を荒らす、不届き者め! この公女たる――」


 そう言ったおひい様を俺の後ろから進み出た尚が抱え上げた。


「おひい様、さきほどの者の言に従って、新宿とやらへ向かいますよ!」


 尚の腕の中でじたばたするおひい様。


「いーやーじゃー! 妾が成敗するのじゃ!」


 「水戸のご老公」を気取りたい気持ちはわからなくも無いけど、ここは尚の言う通りだと俺も思う。

 匪賊って言っても、所詮は人っぽいんだし。見た目がちょっと変だからってバケモン扱いはヒドイしね。

 確かに、赤い髪なんてこっちの世界に来てから見たこと無いけど、そんぐらいは色素の関係で幾らでもあるでしょ?

 むしろ、おひい様が悪人に何をするつもりかのほうが、匪賊とやらよりもよっぽどコワい。


 ということで、おひい様を抱えた尚に従って、俺はその新宿とやらに向かう。


 相変わらず、碁盤の目状の街並みだけども、ひとつ路地を折れたところで建物が若干キレイになった気がする。

 柱は皮つきの丸太から、すべすべしてそうな四角い材木へ。

 土壁も、今にも崩れそうな感じじゃなくて、表面に黒い保護材でも塗装してある感じだ。


「ここですか?」


 先頭を歩いていた尚がひとつの建物の前で止まって、俺を振り返る。

 俺は頷き返した。


 眼の前の建物は一階建ては、一階建てだけど、上背がほかの建物よりもちょっと高い。

 柱は朱色に塗られてて、扉は四角い。広めの路地から横を見ると、他の家々よりも奥行がかなりありそうだ。

 奥の方で馬のいななく声が聴こえた。なるほど、移動に使う生き物の為に、ちょっとした小屋まであるわけか。


「……≪牛≫はそっちじゃな……」


 ぶーたれたおひい様の八つ当たりだ。

 しかし、おれは≪牛≫に見えてるらしいから、あっちに行かなきゃならないのか?

 いや、龍が来てくれれば、俺も龍の家に泊まれる……あっ! 龍とどうやって連絡とるの?


……やっちまった……。


 俺の懊悩を無視して、尚とおひい様はそのまま、宿の門を開いた。


「たのもう! 一晩、部屋を借り受け――」


「――なんで、蛮がこんな……」


 宿の奥から、そう絶句する男の声が聞こえる。

 俺は思わず、開かれた扉から、中を覗き込む。


 上がりかまちがあって、その奥にちょっとしたカウンターがある。

 どうも、受付みたいだ。その受付の中で白髪のおじいさんが、蒼褪めてる。


「待て、妾は公国の――」


「どなた様でも構わねえ! はしためかなんか知らねえが、そこの蛮を連れて帰ってくんな!!」


 怒鳴り声に尚がビクっとしてる。

……そうか、龍が粘ってたのは――でも、街の中では誰も騒いだりはしなかったし……?


「婢、じゃと……?」


 俺が状況を完全に理解する前に、おひい様の手が、そのお顔の片目を覆う布に伸びていた――



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