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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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五、≪女神の腸(はらわた)≫(一)――四姐と十三妹――

※今回は、非常に「不衛生な」表現があります(^_^;)


食後・食前等にはとてもではありませんがお奨めできません……


「下ネタ」と言うほどではありませんが、ある程度の御心構えのほどを<(_ _)>




――おひい様の≪竜眼≫が開かれた――


 同時に、俺は背中の荷物を放り出して宿の扉から中へ跳びこむ。少し遅れた尚もハッと我に返るなり隣のおひい様へと、手を伸ばす。

 その間にも、≪竜眼≫の眼光に射られた受付のじいさんが苦しそうに胸を掻きむしる。



――いつもほかの者の動きを止めてしまうのは、妾の≪意≫ではなく、≪竜眼≫から漏れる力の為じゃしのう――



 ≪神≫を縛り付けた時のおひい様の言葉――

 そんな≪竜眼≫で、今、おひい様はおそらく「殺意」を持って人間を見てる。

 よくわかんねーけど、たぶん、そのじいさん死ぬ!

 ダメだ――おひい様に人は殺させない!


――何でこんなに焦ってるのかはわからない。おひい様が、人間を殺しそうになったのは初めてじゃない。

 でも、ダメな気がする。人間はそんなに簡単に人間を殺しちゃいけない気がしてる。


 俺の脳裏に長双さんの微笑みが過った。

 長双さんが今、微笑むことができるのは、長双さんが強いからだ! おひい様は……なんか、弱い!!


――直観ってヤツだろうか? 俺はそれに突き動かされてた。


 そして、その「直観」は告げている。俺も、尚も間に合わない・・・・・・って――


 でも、いつでも突然、こっちの都合も考えずに、状況は変化する――



『――そこかぁっ!!』



 鳴り響いたのは、俺の身体を硬直させるほどの、狂喜――その声は、でも俺の中にいる誰のものでも無い――女の声――


『これは――』


 蛟の呟きが俺の中に響くけど、今はそんなことに構ってる暇はねえ!


――直後、尚と俺の手が、同時におひい様を押し倒した。

 おひい様の上に重なり合いながら、俺と尚は前を見る。受付のじいさんが青息吐息でぜいぜい言ってる。



「――間に合った?」


 ほっと息を吐いた俺は、尚に殴られる前に立ち上がる。

…………良かった。でも、なんでだろう?


 なんで、俺と尚はおひい様の殺人を止めることができたんだろう?

 それに……俺の中に響いた……あの――


「声、が……」


 俺の思考と、床に寝そべる尚とおひい様、ふたりが上げた声が重なっていた。



「――まさか、ふたりにも聞こえたんですか?」


 俺の問いかけにふたりが同時に顔を上げる。驚きの顔を。

 俺たち三人に同時に聞こえた声に――俺は思い出す。≪大荒≫で龍と一緒に≪神≫の声を聴いたことを。


――≪神≫に見つかった?

 いや、でもさっきの声は≪神≫みたいに無機質なものじゃなくって、なんか……こう……。



『――朱蝶! 近くにいる!』


 蛟の警告。だけど俺には意味がわからない。


「何が、近くにいるって?」


 思わず声に出していた俺の顔を、おひい様と尚が覗き込んでくる。


「う、牛が喋っとる!」


 受付のじいさんが悲鳴と伴に腰を抜かして床に倒れ込む音がした。



『――おそらく今の声――悪神、だ!』


「悪神?」


 俺が呟いた瞬間、宿の面――南邑の南のほうで、建物が倒壊する音が勢いよく響いた。

 次いで、人間の悲鳴。それももの凄く大勢の!


 俺は跳び込んだばっかりの宿から跳び出した。

 背の低い家々の屋根越しに、土煙がもうもうと上がってる。


 俺の後を追うように、尚が跳び出して来て並んだ。


「朱蝶どの、悪神がいるのですか?」


 尚の問いに俺は頷きながら、


「蛟がそう……」


「朱蝶、尚! よそ見をするでない! こちらへと跳ぶ・・気じゃ!」


 跳ぶ? 何、それ?

 後ろから聴こえたおひい様の声に、俺は騒動の源を凝視する。


――立ち上る土煙が揺れて、ひとつの影が上空へと吐き出された。

 小さく見えた影は、夕焼けに照らされて赤く燃えてるみたい。そんで、だんだん大きくなる影は何かを小脇に抱えた人のように見える。つまり、そいつ・・・は文字通り、跳んで・・・いるんだ。

……いや、夕焼けのせいだけじゃない。実際に赤い。はためく着物が、振り乱す長い髪が、燃えるような赤――



――ひゅうぅぅぅううう――


 空気を切り裂く、落下音。徐々に大きくなるそれが、そいつ・・・の接近を予告してる。


 そして、ついにそいつ・・・は俺たちの眼の前に落下した――


 衝撃。音だけじゃなくて、実際に地面が波打ってる。

 踏み固められたはずの道路の地面に波紋が広がり、そして砕ける。舞い上がる粉塵。

――視界不良の中、俺は叫んだ!


「尚どのは、おひい様を! 俺がヤリます!」


「はい!」


 尚の返答と同時に腰の剣を払った。その剣を握った両手に力が溢れる。左手の≪紋≫から力が流れ込んで来る。

 おひい様からの≪竜気≫の供与。俺自身も≪異気≫を僅かに拡げた。

 久々に万端の戦闘態勢。その俺の耳が、妙な音を拾ってる。

 ヘンな音が、そいつ・・・の着地点から漏れてる。……漏れてる、っていうか吸ってる・・・・


「すうううううう……」


 舞い上がってた土埃が見る見る晴れてく。……俺の眼の前を中心に吸い込まれてく土埃。

 そして、とうとうそいつ・・・――≪悪神・・≫が姿を現した。



――妊婦だ――

 今の俺の身体よりもデカい、たぶん龍と同じぐらいの背丈の、燃えるような赤髪の妊婦が、同じ色の着物とズボンに身を包んで、小脇に同じ赤髪の子供を抱えて仁王立ちしてる。……これが≪悪神≫?


 間違いなく、中にひとつの生命を宿してる大きさのお腹。

 よくはわかんないけど、八か月は越えてるね。



 ひび割れて、隆起した地面の凹みの中心で、その妊婦、もとい悪神は地面に向かって――突然、吐いた――



「オっ、ろろろろろろろ…………」


 滝。まるでキッタねえ滝のごとし。汚物の土砂。

 しかも、終わらない。――何十秒? もう1分は越えたんじゃない?

 それでも嘔吐は止まらない! 女を中心に拡大する汚物が、着地の時にできた地面の凹みを満たし始めたところで、やっと止まった。


 酸っぱい臭いが辺りに漂ってるけど、不思議と気持ち悪くならない。

 たぶん、それ以上の衝撃映像をたった今見せられたからだ。

……人間ってこんなに、一気に嘔吐できるんだ……。いや、こいつは悪神だったか。


 改めて、その悪神の姿を見れば、おっきかったお腹がしゅっとしてる。……何が妊婦だ! 何が「生命を宿してる」だ! 単なる食い過ぎじゃねーかっ!!


 小脇に抱えてた、子供――女の子を汚い地面に降ろすと、ヘコんだお腹のせいで、はだけてしまった着物を直す悪神。

 なるほど、着物ってのは帯を締めるだけで、マタニティドレスから普段着に早変わりするわけか。なーんて俺は感心しちゃう。

……しかし、はだけた着物の内側にはなかなかの巨乳が……。


『朱蝶! 油断するな!』


「お、おう!」


 そうだ。

 なんでこの南邑なんかに居るのか知らないけど、眼の前にいるこの女は≪悪神≫だってんだから、油断は禁物。

 しかも、コイツは人ひとり抱えて、南のほうからたぶん、百メートル以上ひとっ跳びに跳んで来た……。

……てゆーか、さっきの兄ちゃんが言ってた匪賊ってコイツじゃないのか?


 俺がいろいろと考えてると、その悪神が一言。


「……もったいねえ。食ったにえぜんぶ吐いちまった……」


 スゴく残念そうに首を振る悪神。……本当に悪神か? コイツ。

 でも、その声は確かにさっき俺の頭ん中で聞こえた声と一緒だ。


四姐よんねえ、汚ないよ……」


 悪神の横、汚物の海に佇む女の子が顔をしかめてる。足を持ち上げてくつの裏を見ながら、うへぇ、って言ってる。

 その女の子は悪神がデカいから小っちゃく見えるけど、おひい様よりはいろいろと大きい。……胸とか。


 しかし、にえってまさか、人間じゃねえだろうな?

 俺は改めて、ふたりの足許の汚物を見て、ちょっと貰いゲロしそうになる。

 どうも、人間の残骸には見えないけど……。


「さっきの、『まん』とか言うの……たいそう、旨かったのに……ほら、まだそこに浮いてるし、食えるんじゃねえか? いも


 汚物の海に浮かぶ、白いカケラを指さす悪神。

 コイツ、マジか?


「本当に、やめてよ? ……食べたら姐様たちに言いつけるよ……」


 同意。気怠そうにそう言う隣の女の子に同意。

 汚ねえ話すんじゃないよ。


……てゆーか、なんなんだよ、コイツら。

 跳んで来たと思ったら、大量に嘔吐して、そのまま普通に会話してるし……。

 いったい、何しに来たんだよ?



「――ああっ! たまに邑に来て、食いもん漁るのが唯一の楽しみだってえのに! ……ぜんぶ、お前らのせいだぞっ!」


 轟く大音声。睨まれる俺たち。風が巻き起こり、周囲の建物が揺れる。

――なんなんだよっ! コイツ!!


「四姐が、食べた後に急に動くからいけないんだよ……」


 呟いた女の子の頭を掴む、悪神。

 なんだ? おい、何するつもりだ?


――持ち上がる。その腕力で、女の子が宙に浮く。

 女の子のほうは痛いらしく、脚をじたばたさせながら、自分の頭を掴んでる手をポカポカ叩いてる。


「――痛いよ、四姐。痛いよー」


 あんまり痛そうに聞こえないのは、たぶん、気怠げで気の抜けたその声のせいだ。

 ≪四姐≫と呼ばれた悪神は、その娘の抵抗を≪意≫にも介さず、後ろにゆらりと女の子ごと腕を引くと、


「母様の十三番目の娘のくせに――妹が、姉貴に口ごたえすんじゃねえっ!」


――そう叫んで、自分の妹を投擲した――

 おい、アネキっ! おま、オマエっ!!


「――口ごたえじゃなくて、忠告だよー」


 妹のほうは、妹の方で宙をもの凄い勢いで低空飛行しながら、相変わらず気の抜けた声でそんなこと言ってる!



「へっ?」


 そのまま悪神の妹は、ぼけっとしてた尚に頭から突っ込んだ――

 尚は、咄嗟にその娘を抱き留めるけど、勢いを殺し切れずに宿の壁に衝突。壁を破って、宿の奥へと姿を消す。


――唖然。俺としては、唖然です。


……なんなんだよ、お前らっ!! せめて、ふつうに闘ってくれよ!


「――尚っ!」


 おひい様の声に悪神――≪四姐≫が反応する。


「てめぇだな? ……≪竜眼≫持ちっ!」


 怒号。大気どころか、周囲の木造建築がブルブル震える怒鳴り声だ!



「期待させやがって、……それをぉ……」


 なぜか涙を浮かべながら、ズンッ、と一歩を踏み出す悪神。


……マジで、コイツなんなの?!


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