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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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三、復路、南邑


 ムーの村の廃墟に到着してから、俺たちの旅は急に順調になった。

 それまでは標高差はあったけれども、360度、どこを向いても山があった。


 ロウじいさんたちが築いたムーの村は、南を世界の果ての≪大荒≫に、北を南沼の≪怪≫に、その他の方角は西南の皐山を初めとした山々に守られてたわけだ。

 天然の要塞ってわけだねー。そりゃ、終戦後も見つかんなかったワケですよ。

 考えてみれば、俺は気絶してる間にあの村に運び込まれたんだから、周辺の地理もよくわかって無かった。

 出発してから気づいた俺は、マジで阿呆だと思う。



『本当に阿呆だな』


 ≪牛≫をやってる五日間、まったく口を利けなかった俺の喋り相手になった蛟が、身体ん中で笑う。

 ぐうの音も出ない。


 俺の身体の中には今や数えるほどしか、幽霊たちがいない。

 俺は五日の間、無言の暇を持て余して点呼を取ったりもした。というか、≪神≫に追われてる状況だったので、気を紛らわす為でした。

……ひとつだけ大いに気になってたこともあったしね。


 結果、判明したのは、俺の中に残ってる総勢21名の幽霊たちの存在だった。

 ブリョウの父ちゃんのツァン。ノンさんの旦那さんは≪ミン≫という名前だということが今さら判明。

 ≪ミン≫本人もノンさんを見るまで、自分の名前を忘れてたらしいからしょうがない。


 そのほかのみんなを紹介してると大変なことになるので、割愛。

 ちなみに、残った21名のうち、8名ほどは皐公国の人だった。どうも今までは数千人からのムーの人たちの声量に圧されて、なかなか俺まで声が届かなかったらしい。

 その中には、おひい様の元部下の巫祝だという3人も含まれていた。彼らを含めた皐公国の8人の心残りは、どうやら都にあるらしい。


……だけど、俺の気がかりの種は21人の中には居なかった。


 あの「≪巫姫≫様を止めろ!」って言ってた人だ。


 旅に出てから気がついたけど、あの渋い声は、たぶん……。

 なーんて思ってたけど、いないんじゃ結局わからずじまいだ。

 きっと、結婚式なんてイイもん見たから、成仏しちゃったんだろうなあ。……俺としては、一度、ちゃんと話してみたかったけども。



……まあ、そんなこんなで、俺たち一行はなんとか山に囲まれた深い森を抜けることができた。

 もちろん、俺たちの往く手にも山は見える。けれども、大概はルネサンス以来の風景画のごとく、遠景に霞んで見える。

 近くにあるような小山や、岩山には≪神≫なんてモンはほとんどいないらしい。



「山にも系というものがある。この先は山系からはぐれておるのじゃ。……山系に遵って、同じような姿の≪神≫がそれぞれに御坐を持つのが普通ゆえ、まあそう心配する事は無いじゃろうて」


 とは、おひい様の御言葉。


 なるほどねー。山ならどこにでも≪神≫がいるってことじゃないらしい。

 山系っていうのは、平成の日本でも時々使われてた概念だけど、あれは単に山脈ってことで。こっちの世界では≪神≫の在・不在にも関わってくるらしい。



――お前の生き得る地は狭い――



 なーんて言ってた≪白帝≫の言葉を鵜呑みにしてた俺は、冤罪の指名手配犯気分だったけど、そう怖がることも無い、ってことか。


「ここらで、最も≪格≫の高い≪神≫は一度、ほふっておるからな。今、あの≪神≫がまともに≪神気≫を操っていたならば、少々危うかったかも知れんが」


 頭上から降ってきたおひい様の言葉にちょっと当惑。


「姫様? しかし、皐山からここまで既に二百里以上隔たっているのですよ?」


 俺の後ろから龍の疑問が飛んで来た。

 そう、既に旅は本日で七日目に突入してる。

 五日目の昼を廃墟で過ごした俺たちは、午後も疲れた身体にムチ打って、のらりくらりと進んで距離を稼いだし、昨日だってかなりの速度で歩いた。


 昨日からはおおよそ一か月前に一度歩いた道だ。

 行きの時は、湿地帯や狭くなっていく道幅に、だいぶ手間取ったモンだけど、この五日の荒行に比べれば余裕だ。


 そう、あの五日は本当に本職のクライマーや冒険家でもびっくりするんじゃないかって、大自然への挑戦だった。

 ペースを落とさずに、山を避けて歩くんだから、必然的に谷間や河や崖、沼地や藪や木々の密生地帯を踏破するハメになったので。

 ≪気≫様様もイイところだ。向こうの世界の人間のアスリートクラスでも悲鳴を上げる難行だったはずだもの。


……そうやって、稼いだ距離、およそ二百里――84キロを越えて、俺たちを捕まえられるっていうの?

 そんなムチャな話は無い。84キロっていえば都内から近場の海水浴場に行ける距離だ。……そう言えばこっちの世界では海で泳ぐっていう習慣はあるんだろうか?



「皐山の≪神≫自らがこの場まで赴く事は、もちろん無理というものじゃが、諸山の≪神≫は≪●≫にて通じておる。ゆえに、妾たちの往く手に別の≪神≫が罠を張るは造作も無い」


「……≪神≫ってのは情報も共有してんすか?」


 上を見上げるとおひい様の影が頷いたように見えた。

……厄介なことこの上無いね。通信速度がどのくらいなのかは知らないけど、どうも俺たちが体力を削って出せる歩行速度よりは早そうだ。

 あながち≪白帝≫の言うことも、ウソじゃ無かったらしい。


「≪神≫を弑し、神産みを行ってより、八日か。そろそろ動き出す頃合いじゃろうが……。巧く妾のかけたしゅが、新たな皐山の≪神≫に効いておれば良いが……」


「姫様はそのような?!」


 おひい様の呟きに、龍が驚きの声を漏らし、先頭を歩く長双さんまでもが足を止めて振り返った。


「……姫様は、≪神≫に呪をかけられたのですか?」


 長双さんもびっくりしてるらしい。

 何? おひい様、またなんかやらかしたの?


「ふん。少うし、眼をくらませるだけのものよ。大したものではない」


「……姫様がそう、仰せならば……」


 苦笑しながら、踵を返す長双さん。

 龍からは嘆息が聞こえて来た。どういうこと?



『……「ひと」たる身で≪神≫に呪をかけるは、摂理に挑むようなものだ。呪が返されて、下手をすれば死ぬる。本来ならば、≪神≫に通用すまいが……』


 おいおいおい、待てよ、蛟! ……おひい様がアブねーじゃんか!

 蛟が俺の中で、にやりって笑う気配がする。


『≪竜気≫を操り、新たな術理を創るような≪破格≫には無用の懸念よ。朱蝶、お前は主に恵まれている。まことに≪●≫より逃げおおせる事も適うかもしれん』


……なるほど。

 考えてみれば、おひい様が危ない橋渡ってんのも俺の為か……。

 ちょっと、感動。


「……これが巧く行けば、妾が≪神≫どもを従える事も……」


 ぼそり。ほかのみんなには聞こえなかったかもしれないけど、真下の俺には確かに聴こえた。

 上から零れた本音に俺は戦慄する。

……何を考えてるんだ、このおひい様。


『……前言を撤回しよう。……先が思いやられる』


 蛟もまた、震えながらそう言った。



――そんなこんなで、おひい様の壮大な野望を垣間見せられながら、七日目も順調に進み、野宿ののち八日目を迎えた。



 日昇前の紫色の薄闇の中、出発の荷造りをしながら、俺は訊き忘れてた事をおひい様に訊く。


「結局、俺ってその、≪世界の法則ルール≫的なヤツから、どのぐらい影響受けてんすかね? ……≪神≫殺す時、盛大に嘔吐したし」


 尚と俺がロープで荷物を括るのを、樹の根本で欠伸しながら眺めてるおひい様は眠そうな目をこする。

 その樹の上で、龍はまだ器用に玲華ちゃんを抱っこして寝てるし、長双さんはちょっと離れたところで剣を抜いては鞘に戻す、っていう作業を延々と繰り返してる。

 俺たちは荷物が多いから夜明け前から旅支度。俺たちっていうかおひい様の荷物なんだけどさ。



「……そうじゃのう……根っこのところで、多少引っ張られておるのう……」


 ダメだ。まだ半分以上、寝てるわ。

 と思ったら、おひい様は顎をこっくりやりながら、寝言みたいに一言。


「……そなたが、≪意≫を確と持てば、まあ、≪神≫のひと柱やふた柱……って、れぬ事も無かろう……」


 もの凄いテキトーに聞こえる。

 まあ、けども俺次第ってことか。そんなことを考えながら俺はグイッとロープの端を引っ張った。



――日の出と共に俺たちは出発する。俺たちよりも少し遅く起きて来た龍は、まだ寝ぼけてる玲華ちゃんをおんぶ。

 素振りへとトレーニングを移行してた長双さんは、汗ひとつ掻かないままに剣を鞘へと納めて、先頭を歩き出す。


 ここ二日、旅は順調とは言え、長双さんの寝ずの番は地味に続いていた。

 五日目に一度限界を迎えた長双さんではあったものの、1時間ほどだった睡眠時間を、体感で3時間ぐらいに伸ばしたら安定した。

 おそろしい。十代の頃でも、3時間の睡眠じゃ俺はまともに動けなかったけど、長双さんはイケるらしい。


 ちなみに、長双さんが寝てる間は他のメンバーが全員で番をした。

 万が一戦闘になっても戦えるようにだ。非効率だけど、俺たちが長双さんの疲労を軽減させるにはそれぐらいしか無い。

 いくら近くに山が少ないとは言え、万が一ってこともあるから全員で。……まあ、おひい様はガン寝だし、玲華ちゃんもすやすや寝てたけど。



 そんな甲斐もあってか、俺たち一行はとうとう、夕暮れに浮び上がる龍の故郷に戻って来た。


――南邑だ。



 思えば行きの時、俺は与えられた任務とか、よくわからないこの世界の事情とかを深く考えすぎてたのかもしんない。

 特にこの龍の生まれ故郷では、龍が頭の中でさっさと生家に案内してしまったから、ほぼ思い出が無い。

……尚が龍の生家を穴だらけにしたこと以外……。


 俺の弟分の故郷に対してそんな扱いをしては失礼極まり無いので、今回はよく観察しようと決めた。


 ここ南邑は都や南鄙に比べれば遥かに小さい。

 でも、ロウじいさんたちが築いた、あの世界の果てムーの村とはどっこいどっこいだ。

 むしろ周りに広がる田んぼや、畑は、南邑のほうが遥かに広い。


 小さく見えるのは高い城壁や建物が無いからなんだろうね。

 田畑と村の間には、幅が1メートルぐらいの濠があって、田んぼを廻った水が流れ込んでる。

 濠の内側には幅を広く取ってから高さ1.5メートルくらいの丸太を連ねて、横木を渡した柵がある。


 南邑を上空から眺めたら、キレイな正方形なんだろうね。柵は真っ直ぐに立ち並んでて、途中でカクッと折れ曲がってる。

 柵の一辺のちょうど真ん中辺りに立木の丸太が無い、幅が3メートルぐらいの入口が一か所あって、その両脇の丸太だけ太くて高い。3メートルくらいの高さかな?

 その上にはこれまた長い横木が渡されてて、ちゃんと≪門≫って感じになってる。扉は無いけど、濠を越えてかかる短くて広い橋みたいのもある。


 まあ、実は立木の丸太や、横木が無い柵が途切れてるところが、ちらほらあるんだけど。

 だから、前回はその≪門≫を通らずに柵の外側を回って直接、濠のふちに建てられた龍の生家に行ったわけだ。

……しかし、柵がこんなに中途半端でイイのかねえ。



「では、今宵も己の家に泊まると致しましょう」


 そう言った龍が前に出て、濠を伝って歩き出そうとすると、


「待て、龍よ」


 と、おひい様から声がかかる。

 龍が振り返り、おひい様が俺の背中の荷物の上面を軽く叩いた。「降ろせ」の合図だ。

 俺が腰を折って、慎重に荷物を地面に置くと、上から滑り降りたおひい様を尚がキャッチする。


「まず、朱蝶を≪牛≫らしゅうせねばなるまい」


 尚の腕の中、おひい様は言う。


「はい?」


「尚」


「はい、おひい様。……朱蝶どの、すみません……」


 申し訳なさそうな顔をしながら、尚は俺が置いた大荷物の中に手を突っ込むと、一本のロープを引っ張り出した。

 そして、すみません、って呟きながら、そのロープを俺の首に緩く巻く。

 そのロープの端を渡されて佇むおひい様。


……正しい。確かに、俺とおひい様の関係を正確に現してる図だ。


「良し! ゆくぞ!」


 綱を引っ張り、真っ直ぐ≪門≫へと歩き出すおひい様。

 引っ張られて従う俺と、その横を気の毒そうに俺を窺いながら歩き出す尚。

 呆気にとられる長双さんと、龍。


「お牛?」


 龍に負ぶさった玲華ちゃんが、そんなことを龍の顔を覗き込みながら尋ねてる。



――……ハードだ。このプレイは俺にはちょっとハード過ぎるよ! おひい様っ!!



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