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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二、親父とは


 ということで、俺たちはゆっくり進んでいる。速度はたぶん、行きの前半とあんまり変わらないぐらいだと思うけど、警戒しながら進んでるわけだ。

 行きはよいよい、帰りはコワい……みたいな感じだ。


 実際は行きも結構コワかったけど、今の俺の心境に比べれば大したモンじゃない。



「また、≪神気≫のようですね。……かなり迂回しなければ」


 長双さんが立ち止まって、そう言った。

 長双さんが腕を身体の横に伸ばすのと同時に、後続の俺たちも足を止める。


 そのたんびに、俺はかなり緊張してる。

 おひい様の話では、俺には確かに≪魂≫はあるんだけど、俺が≪神≫を殺して気持ち悪くなった事実は変わらない。

 つまり、俺には確かに≪何か≫の影響が及んでるんだ。


 そのあたりのことを詳しく訊く前に、≪牛≫にされちまったから、どのぐらい俺にその≪世界の法則ルール≫みたいなのの影響があるのか訊けずじまいだけど……。

 とにかく、俺が≪神≫とやらに遭遇した時、まともに戦えるかはスッゴく不安。

 あと、玲華ちゃんも不安。一応、おひい様が出発前に玲華ちゃんの着物の襟ぐりに血でなんか文字を書いてたっぽいけど、戦闘になれば龍も玲華ちゃんを庇うので手いっぱいだろう。


 そうすると、まともに戦えるのはおひい様と長双さんと尚になる。

 この三人に限ってなんかあるとは思えないけど、おひい様は余裕ぶっこきまくってるし、長双さんは≪神≫との戦闘を心待ちにしてるふしがあるし、尚は力み過ぎててなんか不安。

……大丈夫だとは思うんだけど。……大事な戦力の尚がすぐに戦闘に入れるように、おひい様と巨大な荷物も俺が背負ってるわけだし……。



 そんな不安に俺が苛まれていると、少し辺りを見回してから長双さんは龍と相談して、進路を決定した。


 国都へと戻る旅は既に五日目に突入してる。けど、万事がこの調子なのでかなり時間がかかってる。

 五日っていえば、行きの時は国都から南鄙まで歩けた。俺たちパーティの脚なら五百里――つまり、おおよそ210キロを歩ける日数だ。

 でも、まだ行きで立ち寄った「ムーの村の廃墟」さえ見えてこない。流石に初日には南沼に着いたけど、ムーの村を早朝出発したのにも関わらずとっぷり陽が暮れてからだった。

 その日は結局、湖のほとりで野宿。


 龍が歩きながら説明してくれたけど、ムーの村から南沼までは三十里ぐらい――つまり、12.6キロぐらいってことらしい。

 森が深いしかなり迂回してるとは言え、行きはあれだけサクサク進んだだけに、俺はちょっとげんなりしてる。

 だって、行きの旅程を考え直してみると、都から南鄙までの五百里・南鄙から南邑までの二百里・南邑から廃墟までの二百里・廃墟から南沼までの百里で――千里!

 俺たちはまだ千里――つまり、420キロも歩かなきゃならないんだ! しかも、直線距離の420キロじゃなくて、遠回りしながらの420キロ……。


 この五日でそのうちどれぐらいの距離を消化できたのかは知らないけど……。

……気が遠くなります……。


 あと、地味にヤバいのが長双さんの疲労度だ。

 深い森の中だけあって、この近くには複数の≪神≫がいるらしい。ソイツらが昼夜を問わずに、≪神気≫を伸ばしたり動かしたりしてるみたい。

 結果として、野宿中もほとんどの見張りは長双さん任せにならざるを得ない。

 寝てる間に起こされて、移動したことも三度ほどあった。


 元気に先頭を歩いてるように見える長双さんだけど、つまり、この五日ほとんど寝てない。

 一応、一日1時間くらいは、おひい様が≪竜眼≫を開いて見張りを代わって、長双さんを休ませてはいるんだけど……。

 おひい様といえども、≪竜眼≫を使い続けるのはかなりキツいし、いざという時≪竜眼≫が使えないんじゃ、どうしようも無いってことで……。


……長双さんが、それで大丈夫、って言ったから俺も割りと安心してたんだけど……。



「……もうひと柱くらい≪神≫を弑し奉っても、同じでは無いでしょうか……?」


 長双さんのそんな呟きが漏れ聞こえて、俺は思わず足を止めた。


「……長双さん?」


 龍にもどうやら聞こえたらしく、俺の後ろから長双さんを案じる声をかける。


「…………安心してください。ほんの冗談ですから、……ちょっとした……」


 俺たちを振り返って微笑む長双さんの顔に疲れが色濃く浮び上がっていた。

 目の下には真っ黒なクマができて、頬がコケてる。ヒゲも伸び放題で、行きの時は小まめに整えてたのに、今じゃ無精ヒゲを通り越して山賊っぽくなってる。

 再び前を向いて歩き出した長双さんの背中を見て、俺は悟った。


……今の、ホンキだった!


 俺はどっかで長双さんは無敵超人――完璧人間だと思ってた。

 いや、実際に長双さんはソレに限りなく近い。精神的にもほぼ、まともだ。たまに鬼畜っぽい発言をするのは長双さん自身が「デキる人」だから。

 天才には、凡人の尺度は通用しない。歩きながら龍が話すことによれば、長双さんはあの皐山の≪神≫とタイマンまで張ってたらしい。

 肉体的にも間違いなく鉄人。


……その長双さんの精神と肉体が、限界を迎えようとしてる!


 考えてみりゃ、そらあそうです。

 昼は歩き通し、夜は見張りで気張ってる。長双さんがいくら完璧超人だって、これじゃ過労死してしまう!!

 たぶん、長双さんが最初に考えてたよりも、時間がかかってるんだ。長双さんの計算が乱れてる。


 俺は思わず龍を振り返った。

 龍は俺の顔を見て、ひとつ頷くと、


「もう少しです。もう少しで、あのムーの邑の廃墟が見えるはず。そうすれば、山々の間から抜ける事が適うでしょう」


 こんなとこで長双さんが倒れたら、俺たちは詰む。


「龍よ、あとどれほどでかの廃墟は見えるのじゃ?」


 俺の背上の荷物の上からおひい様の声が降ってきた。


「……大きく迂回したとしても、おそらくは昼過ぎには着くかと……」


 今はたぶん、太陽の高さから言って午前の8時ぐらいかな?

 だから、あと4時間くらいか……。


「よし。卿よ、妾と代われ。尚、前に出て妾を運ぶのじゃ。≪牛≫は卿を荷の上にて休ませてやれ」


「はい、おひい様」


「モゥ!」


 俺は一声鳴いて、立ち止まると、荷物を地面に降ろす。

 その荷物の上から滑り降りたおひい様を尚がキャッチする。


 長双さんも立ち止まって振り返る。

 その長双さんに俺は親指を立てて、荷物の上を指し示して、一声。


「モゥ(乗りな)!」


 長双さんは苦笑を浮かべた。

 疲労困憊の身体を引きずって、荷物の上に俯せに乗る長双さん。その身体を俺と龍で手早くロープで固定した。


「……これで、多少の事で落ちる事は無いでしょう」


 長双さんは早くも静かな寝息を立ててる。マジで限界だったんだ……。

 俺は思わず死んだように眠る長双さんに向かって手を合わせた。合掌。


「……さて、ゆくか」


 そう言うと、おひい様は≪竜眼≫の布をひったくって眼を開ける。

……でも、おひい様は4時間近くも≪竜眼≫を開きっぱなしで大丈夫なのか?



「さて、時が惜しい。……龍、前を行け、≪牛≫は後ろより、付いて参れ! ものども急ぐぞ!」


 そう言うとおひい様は、龍を先頭に立てた。


「……イヤーー! ……」


 龍の背中の玲華ちゃんが泣き出し、それをあやしながら龍は駆け出した。

……おひい様を背負った尚は、それを追う。


「こーわーいぃー!!」


 玲華ちゃんの泣き声が一段と大きくなった。




 ―――




「……ふむ……、好い眠りでした」


 長双さんの声。

 俺は地面に置かれた荷物の上にロープで括りつけられたままの長双さんを気怠く見る。

 駆け寄る元気は、とてもじゃないけど残ってない。


「……これは?」


 長双さんが荷物に乗っかったままの姿勢で疲れを滲ませた俺たちを見た。

 微妙に首を傾げてる。


「……この辺りならば、近くに山はありません……いかがでしょうか、姫様?」


 泣き疲れて眠る玲華ちゃんを膝に抱いて、鼻血をタラタラ流してる龍の問いかけに、おひい様も≪竜眼≫を封じて頷いた。


「卿も起きた事だしのう。十里のうちに≪神気≫も無い。まあ、大丈夫じゃろう。……朱蝶、口を利いても良いぞ」


 おひい様はそう言うと、膝から崩れ落ちた尚の背中から降りた。

 おひい様もちょっと疲れてるみたい。

 尚は、もうぼろぼろだ。


 尚は二十歳前だろうけど、この二時間くらいに十歳ぐらいは歳をとったように見える。

 ほつれた髪を口の端で咥えながら、溜息を吐いてる。


「……どうされたのですか?」


 クマが若干薄くなった長双さんの顔を見て、俺は尊敬の念を新たにした。


「長双さん、起きてくれて良かった……」


 俺も疲れた。俺の顔は引っ掻き傷だらけだ……。

 太陽は中天に差し掛かる前だし、予定よりはだいぶ早く、誰にもケガが無くムーの廃墟には着いた。

 でも、道中は悲惨だった。


――特に、玲華ちゃんがあんなに暴れるとは……。



 道中、泣き叫ぶ玲華ちゃんは容赦なく≪神格≫レベルの腕力を発揮して、龍は右往左往することになった。

 先頭の龍がそれだと、後続の俺たちもうねうね動くことになる。


 しかも、泣き叫ぶ玲華ちゃんの声に、とうとうおひい様がキレたから大変だ。



――くそ餓鬼めっ!! それほど恐ろしいなら、黙らせてやろう! ふへ、フヘヘヘ――



 兇悪な笑い声を溢しながら、尚の背中でおひい様まで暴れ出す始末。

 それを抑えようとした俺の顔に、おひい様が爪を立てた。……「フーッ!」って唸るその様子は、まさに機嫌を損ねた猫だった。


 結果、フォーメーションを変えて、俺が大荷物と長双さんを背負ったまま、玲華ちゃんを背負う龍と、おひい様を抱える尚の間に入って、とりあえずこと無きを得たわけだが。

 俺たちが走って移動した為に、最後尾に下がったおひい様の指示は、要領を得ず、あわや≪神気≫に突っ込みそうになるわ、囲まれたから引き返せと言い出すわ。

 龍は龍で背中で暴れる玲華ちゃんに気を取られて、谷に落ちそうになるわ、木の枝に顔面をブツけるわ。



……マジで、辛かった……。

 長双さんに付いて来て貰って良かった。

 じゃなかったら、俺たちは五日ももたなかった。


 長双さんの影は俺たち一行の中じゃ意外と薄い。

 俺は頼りにしてるし、みんなもそうだろうけど、どこか「居て当たり前」感がある。

 その証拠にムーの村で、長双さんが二十日以上も地下牢に籠ってた時も、俺たちは地味にあんまり気にして無かった。


 いなくなってわかる有り難味ってのはあるモンだ。特に、非常時には。


「お疲れのようですね?」


 長双さんは苦笑を浮かべてる。


「……卿も、もう少し休むが良い……」


 比較的に元気なおひい様も、珍しく長双さんに直に気を遣ってる。

 末っ子ポジションのおひい様ですら、親父ポジションの長双さんに対してこうなんだから、龍と尚の気の遣いようは凄まじいものがある。


「長双さん、何か食べ物を調達して参りましょうか?」


「長双様、渇いてはおられませぬか?」


 明らかに疲れた顔をしてるのに、そんなことを言い出すふたりに、長双さんは戸惑ってるらしい。


「……いえ、お気遣いのみで……」


 長双さんがいつに無く動揺してるのを見て、俺は人間だった頃の自分の親父――父さんを思い出した。

 決して頼り甲斐のある人じゃ無かったけど、酒もタバコもましてや浮気もしたこと無かったなあ、って。

 なんかどこにでもいるような営業マンだったと思うけど、よくよく考えてみたら父さんが何を売ってたかは知らない。

 それでも、毎日家には帰って来たし、母さんに邪険に扱われながらも、怒ったりしたことは滅多に無かった。


……一度だけちゃんと怒られたこと、それは大学受験に失敗した時だ。

 滑り止めの学校行く、って言った俺に、父さんは「諦めが良すぎる」って言って不器用に怒鳴ってたっけ……。

 俺は確か「何今さら父親ヅラしてんだよ」みたいなこと言ってしまった……。


……もうちょっと、親父孝行するべきだったなあ、なんて手遅れながら俺は思う。

 弱音を吐いたトコ見たこと無い長双さんを前に、そんなことを思うのだ。




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