一、朱蝶、牛扱いされる
あの「神産み」とか言うのを、おひい様がやってから二日が経った――
――「神産み」――
あとでおひい様が言ったことによれば、≪神≫ってのはたまに、萎み過ぎて弱くなったり、どっかの≪神怪≫や竜とかに≪喰われ≫たりして、消滅することがあるらしい。
おひい様と龍のご先祖の≪禺≫っていう一族は、どうもそういう時に、竜を殺して「神産み」とやらを行ってたらしい。
今から二百五十年も前、≪竜帝≫とやらが≪帝国≫を創った時は、≪神怪≫とか悪神とかが多くて、≪神≫が消滅するなんてことが一年に何回もあったらしいけど、この平和なご時世にそんなバケモン――竜や≪神怪≫どもは滅多に出現しないんだって。
だから、≪神≫もなかなか消えない。
たまーに経年劣化みたいに、萎んでしまう≪神≫もいるけど、消滅までには至らないらしい。
≪帝国≫ができて以来、この世界全部を巻き込むような大戦が百年前の大内乱以外に無かったから、この世界に染み渡る≪気≫が千切られて≪異気≫になることが少ないってのが大きいそうで。
≪気≫と≪神気≫は結局、同じ根っこを持ってるから、近場で戦争が起ったりすると≪神≫の≪神気≫も弱まるそうで、それが繰り返されると、萎んでしまって≪神≫は消滅する運命なんだって。
この世界のシステムは相変わらず、よくわかんねーけど、この世界では一定数の≪神≫がどうしても必要で、人工的にでも産み出さないと大惨事になるって話みたい。
……なんだかんだで、この世界はかなり機械的っていうか、無機質なモンに支配されてる気がする……。
世界のバランスがどうだ、なんて話は知ったこっちゃねえけど、あの≪神≫とやらに出くわすのは二度とゴメンだ。
あれが、俺と同類だなんて気分悪ぃ。
…………遠目だったけど俺は、あの衝撃映像を暫らく忘れることができなさそうだ……。
――切り離された蛟の母ちゃんの、頭と胴――
それぞれの切り口から、にょきにょき肉だかなんだかよくわかんねーモンが伸びて、二匹のバケモンになる。
一匹は竜の頭に、鳥の身体。もう一匹は竜の身体に、人間の頭。
それだけでも気持ち悪いのに、そいつらはいきなり闘いだした。
……よく見ると、闘ってるんじゃなかった。……その二匹のバケモンは食い合ってたんだ!
今のうちに逃げる、っていうおひい様の号令が無ければ、俺はその食い合いに見入ってしまってたかもしれない。
人間ってのは素晴らしいものから眼を逸らし難いように、醜いモンや気持ち悪いモンからもなかなか眼を逸らせないらしい……。
「……≪神≫とは器ゆえ、取り替えが利く。器に中身が注がれる前ゆえ、あれらは≪喰らい≫合った。一匹となった器、そこに注がれる中身が≪●≫、その一部という事じゃ」
俺の頭上から、おひい様の声が降ってきた。
「……なるほど。私は、その≪●≫とやら、此度初めて耳にしましたが、どうやらとんでも無いものに眼をつけられたようですね?」
先頭を歩く長双さんが振り返って俺を見た。
「…………」
「鳴け! ≪牛≫め!」
俺の上から罵声が浴びせられる。
「姫様、それは遠慮申し上げます。……それよりも……」
長双さんの視線が、俺の後ろの龍を、そして龍におんぶされてる玲華ちゃんを捉えたらしい。
「龍ちゃん? だいじょうぶ? わたし、重くない?」
「玲華どのは、軽いです。千里だとて歩けます」
おぶさりながら、龍の顔を覗き込む玲華ちゃんに、微笑み返す龍。
一見、ラブラブな新婚夫婦ぶりで結構なんだけど。
実は、前回の皐山の≪神≫との戦闘の、ほぼ唯一にして最大の被害が玲華ちゃんの心に与えられていた。
――そう、玲華ちゃんは絶賛、幼児退行中なんだ!
―――
――山の麓からムーの村へ逃げ帰って夜になってから、眼を覚ました玲華ちゃんの様子がどうもおかしい、そう龍が言いに来た。
俺はと言えばおひい様の借家で、尚と一緒に出発の荷造りをしてた。
ムーの結論は出たし、龍と玲華ちゃんの結婚式は終わったしで、俺たちがココにいる必要はもう無い。
「産まれし≪神≫が朱蝶を狙う前に還るぞ!」
とは、おひい様の御言葉。
長双さんは、ロウじいさんとシャンばあさんに連れられて、ムーと、これからできる予定の長双さんの村の間で結ばれる契約の最終確認をしているらしい。
龍は龍で、自分の借家で玲華ちゃんの介抱をしながら、荷造りをしていたらしいのだが……。
「玲華どのが、こう……なんというか……」
言いよどむ龍の背中には、その玲華ちゃんが負ぶさってる。
……と言うよりは、龍の首に腕を巻きつけてしがみついてるように見える。
「……いちゃいちゃすんなら、自分の部屋でやれよ」
俺が苦笑しながらそう言うと、おひい様に引っ叩かれた。
「そなたは≪牛≫じゃと言うたじゃろうが! 口をきくな!」
「…………モゥ」
俺の鳴き声に龍は一瞬、怪訝そうな顔をするけど……。
「ねえ、龍ちゃん、お外であそぼうよー」
って、玲華ちゃんに腕を引っ張られてよろめく。
そのセリフに、俺とおひい様は思わず顔を見合わせてしまった。
「……龍ちゃん? お外? 玲華どのはどうされたのですか?」
部屋の奥で荷物をデッカい布で包んで、ロープで縛りあげてた尚までが、呆気にとられた。
「それが、なんとも……」
――龍の話によれば、玲華ちゃんは起きてからずっとこの調子。
最初はちょっとした冗談かな、なんて思ってた龍は、ふと気づいたそうで。
「……己と玲華どのが初めて会ったのは、五つ時分でありましたが、まるでその頃のような振る舞いでして……」
玲華ちゃんは、龍の肩越しに俺とおひい様と尚を覗き見ては、急に隠れたりして「きゃはは」って笑ってる。
確かに小っちゃい子供みたいだけど。
「どれ……」
おひい様が、≪竜眼≫を露わにした。
≪竜眼≫に見られた玲華ちゃんの顔が、一瞬ぽけっとなったと思ったら、次の瞬間くしゃくしゃになる。
「……こーわーいー……!」
「……え……」
あ、おひい様がなんかキズついた顔してる。
玲華ちゃんに泣かれて、ちょっとキズついてるっぽい。……と思ったら、なぜか俺を睨んでくる。
「……姫様はこわくないですよ、玲華どの? ほら、お綺麗なお顔立ちでしょう?」
龍が自分の背中に隠れた玲華ちゃんをあやす。
首をふりふり、龍にしがみつく玲華ちゃん。
……そういう、プレイにも見えなくはないな。……なんか羨ましい。
「……なるほど。わかった」
おひい様はそう言うと、いそいそと≪竜眼≫を封じた。
俺のご主人様は箱入り娘だ。だから、たぶん誰かに拒絶された経験も少ないんでしょう。
しかも、その相手が従兄の嫁で、いつもと違うってんだから、キレるわけにもいかない。
結果、ざまあみろって思ってにやにやしてた俺が、おひい様に無言で殴られるハメになった。
「それで、玲華どのは?」
そう訊く龍の背中で、玲華ちゃんは漸く泣き止んだ。
どうも≪竜眼≫がコワいらしい。おひい様の顔を覗いては龍の背中に隠れるのを、繰り返してる。
「≪意≫が幾らか失われたようじゃ。……妾や朱蝶、尚の事も憶えておるようじゃから、そのうち常のように戻るとは思うが……」
おひい様のちょっと不機嫌そうな顔。
つまり、記憶はそのままに意識だけが子供になっちゃったらしい玲華ちゃん。
その玲華ちゃんに「こわい」と言われてしまったおひい様は、普段から玲華ちゃんに「こわい」と思われてた可能性が高い。
……子供は正直だからね。
「姫様、玲華どのは戻るのですね?」
念を押す龍。まあ、龍も自分の惚れた相手が、精神的に子供のままじゃちょっとアレだろう。
具体的にナニとは言わないけど、龍も新婚早々大変だ……。
「ああ。……短い時とはいえ、≪神≫に≪意≫を囚われておったのじゃ、このぐらいで助かったと思うべきじゃろう。……まあ、玲華にまで気が廻らなかった妾の責じゃが……」
おひい様が反省してる。まあ、確かに同じ≪神格≫クラスでも、長双さんや尚には装備に呪文を書いたりしてたのに、玲華ちゃんは放置だったけども。……ちょっと気の毒になったので、おひい様の肩をぽんぽんって叩いたら、殴られた。
グーパンです。痛く無いけど、納得いかない。
「……そうですか」
そう呟いて、自分にしがみつく玲華ちゃんに向けて微笑みかける龍。ちょっとハニかむ玲華ちゃん。
そこで、龍がふと、顔をこちらに向けた。
「時に、なぜ朱蝶どのが≪牛≫なのでしょうか? それに、朱蝶どのの額のその紋は?」
……そこなんですよ、龍くん。
―――
現在、大きな荷物を背負って森を歩く俺の額には相変わらず、おひい様が自分の血を塗りたくった紋様――というか、文字が描かれてる。
そう、書いてある血文字は、ズバリ≪牛≫だ。
――おひい様あーー! どうか俺の身体に改造手術をおーー!! なんか、誰からも見えなくなるようにいーー!!! ――
いつかの俺の懇願をおひい様は憶えてたらしい。
だけど、おひい様といえど、俺にステルス機能を付けることはできないらしい。
でも、このままだと俺はどっかの≪神≫か、その手先の≪神格≫あたりに発見されてしまう可能性大。
そこでおひい様は一計を案じた。
「…………モゥ」
俺は現在、おひい様の呪文によって、動物の牛に偽装されてるらしい。
俺の普段を知らないヤツには、俺は立派な牡牛に見えてるという話らしいけど……。
「……≪牛≫どの、御気の毒に……」
最後尾の尚の声が俺の耳に届いた。
≪神≫に俺が≪朱蝶≫だとバレないように、みんな俺を≪牛≫と呼ぶ。仕方ないのかもしれないけど、それが一番クル。精神的ダメージ半端ない。
ちなみに、俺たち一行は今朝、ムーの村を出発して国都へと歩き出した。
本当はムーの村に留まる予定だった玲華ちゃんと長双さんも、一行に加わってる。
玲華ちゃんは本人が、龍と離れたくないって、ごねたから。……子供は正直だからね。
……長双さんについては。
「――みなさん、進路を北から東へと変えます。往く手に大きな≪気≫の乱れがある――おそらくは≪神気≫でしょう」
「みな、≪鼻削ぎ≫どのに遵うぞ!」
おひい様の言葉に、長双さん以外の面子が頷いた。
そう、長双さんは索敵要員なんだ。
長双さんにはなんでか≪気≫の流れが読めるらしい。
いくらおひい様が俺に牛の偽装を施したって、≪神≫の眼はそうそうごまかせるモンじゃ無い。……ということで長双さんは言わば俺の為に付いて来た。
まあ、長双さんはなんかエラくなるんだし、どっかで公爵様に会いにいかにゃならんのは、ならんのだろうけど……。
なんか、申し訳ない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、長双さんは意外なことを口にした。
「……まあ、私としては諸山の≪神≫ともう一戦交える事は、やぶさかではないのですが……」
……この人、アレだ。戦闘中毒だ。
本当はムーの村に残ってるより、このメンバーで旅したほうがヘンな敵に会えると思ってるんじゃないかしら?
だから、付いて来たんじゃないかしら?
アレか? サ○ヤ人なのか?
死にかけるたびに強くなるのか? 二日前もけっこうな大ケガしてたのに?
「……次は、しくじりませぬ……」
最後尾から聞こえた、尚の力んだ声に、俺はものスゴく不安になった。
こんな感じで、大丈夫なんだろうか……って。




