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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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三十、ラスボス覚醒




 ≪神≫の身体に右手を突っ込んだままだった俺は、吐しゃ物をまき散らしながら身体を捩って、人間に戻りかけの右腕を太い頸から引き抜いた!

 そうして、≪神≫の死体の傍らの地面に、両手両膝を突いて四つん這いになる。

 俺の身体は今や、蛟との主導権争いで膨らんだり萎んだりを繰り返してる! 竜から人へ、人から竜へ、目まぐるしいったらありゃしない!


「朱蝶どの?!」


 そんな俺に、蒼い顔して驚きの眼差しを注ぐ龍。


「……ああ、そうだ! 龍、俺は≪朱蝶≫だ! そうだろ?」


 俺の言葉に龍は身体を硬直させる。

 次の瞬間、ひとつだけ強く頷いた!


「そうでしょう? 長双さん、尚どの?」


 続いて俺は立ったまま俺を見つめてる長双さんと、おひい様を抱えたまま座り込んでる尚を見た。

 長双さんは微笑んで首肯し、尚はぽかんと口を開けたままゆっくりと頷いた!


「そうなんだよ! 蛟!」



『≪●≫は、朱蝶、お前の――』


「――知らねーよっ!! そんなモン、俺にはどうだってイイ!!」


「……朱蝶どの?」


 龍が俺の顔を窺ってくる。そう、現在、俺の身体は蛟との勢力争いの真っ最中なんだ!

 俺の身体を蔽う鱗が、にょきにょき増えたり、ぼろぼろ剥がれたりしてる!


 心配すんじゃねえ、龍! 大丈夫だっての!



『お前は、≪意≫を永久とこしえに喪おうとも構わぬと言うか?』


「カンケーねえんだよ! 俺がその≪意≫を喪うとか、俺じゃ無くなるとかどーでもイイわ!」


『ふざけた事をぬかすな! その手を同胞の血にて染めたくはあるまい!』


「大丈夫だ! 俺は、龍もおひい様も長双さんも尚も、玲華ちゃんだって傷つけたりしない!」


『お前は、守れなかったではないか!』



 その通りだ。俺は確かに守れなかった。それどころか、余計にみんなに傷を負わせちまった! でも……。


「――長双さんがいる!」


 そう、長双さんが負傷したおひい様を守ってくれた――


「龍もいる!」


 龍は≪神格≫クラスの玲華ちゃんすらも見事に足止めしていた――


「尚どのがいる!」


 そう、≪神≫の脚だって叩き切れる、バカ力を持ってる尚だっているんだ――


「――その上、≪破格≫とやらのおひい様がいる!!」



『それがなんだと――』


「きっと、みんながなんとかしてくれるんだよ! 俺が≪神≫とやらに成り果てようが、ワケわかんねー≪ソレ≫の操り人形に成り下がろうがっ!!」


『――貴様! ふざけるのもたいがいにせよっ!』


 こっちは大マジメだっつーの!!


「≪白帝≫が言ってたんだよ! 俺は≪ソレ≫に囚われてるけど、その≪意≫ってヤツを保ってる、珍しいヤツだ、って!」


 確かに言ってたはずだ。それがどのくらい珍しいことなのか、俺にはわからない。

 でも、≪白帝≫っていうもの凄くエラくて、うん百年も存在してる神様が言うぐらいなんだから、結構珍しいはずだ。


「だから、たぶん、意外と時間はあるはずだ! 蛟が思ってるよりも!」


『――しかし』


「希望的観測? 甘いって? んなこたあ、わかってら! ――でも、お前がいるじゃねーかっ!!」


『……なんだと?』


「いざとなったら、俺から身体を奪って、俺を消しちまえばイイだろうが! もともとそーゆう話なんだからよっ! 俺が完全に俺じゃ無くなってからでも構わねえだろ?」


『……待て……確かに、そうだが。しかし……?』


 お、蛟に俺の口癖がうつってる。

 ついでに、自分がした判断に戸惑ってるみたいだ。

 自分の哀しみや怒りの理由が、コイツわかって無いらしい。


「お前もだいぶ、人間ごときに染まってきたじゃねーか?」


『…………?』


「……蛟。お前が最初の約束破ってまで、俺の身体を奪おうとしたのは、そりゃあ、俺に同情したからだろう?」


『同、情だと?』


 蛟はよくわかってないらしいけど、たぶん、そうだ。

 いや、竜と≪神≫とやらの因縁とか、よくわかんない理由もあるんだろうけど、コイツは間違いなく俺に同情的だ。

 じゃなきゃ、お前がお前であるうちに消してやる、なんて発想は出て来ないだろ?


……しかし、俺も自分のこと阿呆だ、阿呆だと思ってたけど、俺に輪をかけて阿呆なヤツがいるとは思わなかった。


「そうさ、蛟。もうお前は、たぶん俺の仲間なんだろうよ」


『仲間? 同胞だと、そう言うのか?』


 身体ん中の蛟の気配が急速に萎んでいく。

 俺の身体が脱皮したみたいに、ぽろぽろ青翠色の鱗を落とす。


「俺は、きっと、お前が言うみたいに、俺じゃ無くなっちまうんだろうさ。……でも、まだ時間があって、おひい様やみんなの力借りればなんとかなる気がしねえか?」


 俺独りじゃ、なんともなんねえさ。そりゃあな。

 でも、幸いなことにこのクソッたれな世界は、俺に頼れる仲間をくれた。


「その、俺には良く聴こえない≪ソレ≫は、たぶんだけど、この世界の法則ルールみたいなモンなんだろ? ……じゃあ、俺が俺で無くなっちまうってのもしょうがないのかもな」


 俺は世界に逆らってばっかりだからね。

 俺から仲間取り上げられないってんなら、俺から≪魂≫を取り立てようって話だと考えれば、少し納得がいく。


「……でも、それは今じゃねえ。俺は、まだ約束を全部果たしてねえし、ペットの誓いも果たしてねえんだ!」


 そう言って、俺は龍と玲華ちゃんを見た。


「朱蝶どの?」


 龍が不思議そうに、俺を見返す。



――そう、俺が番犬根性を発揮したのは、何もずっとペット扱いされてたからじゃない。

 俺は見たんだ。

 夢なんて、不確かな形ではあったけど、こっちの世界の夢は、地球でみんなが見る夢に輪をかけて、真相に近い気がする。



――≪龍≫を守る為には、もっと強い力を……――



 俺の夢の中で、龍の母ちゃんはそう言ってた。

 玲華ちゃんの力だけじゃ足りない、って。もっと力が必要だって。



 そして、俺はあの夢を見て以来、ひとつの事実に気づいていた――


――もし、俺が龍の身体の中に這入って無かったら?


 俺が龍に勘違い極まりないアドバイスをして雪を殴り倒してなかったら、長双さんはそこまで龍に興味を持た無かったはず。

 俺が龍の身体を勝手に借りて夜の街を徘徊しなかったら、おひい様に出遭って無かったはず。

 おひい様が俺をしもべにしなかったら、尚も仲間になって無かった。


……長双さんとおひい様のふたりが、龍が命令された「南沼の怪、討伐」イベントへの参加が確定したのはいつだったか、俺は知らない。

 でも、俺はおひい様に初めて出遭った夜も龍の名前を出したし、長双さんと初めて会った時には龍の身体の中にいた。



 例えば、長双さんとおひい様と尚のうち、誰か一人でもいなかったら、蛟の母ちゃんが登場した時点で龍のパーティは全滅してた可能性が高い。

 で、もうひとつ余計に言えば、俺がいなかったらバケモンになりかけてた蛟にヤラれてただろう。


――おひい様は龍の血縁だったし、長双さんはムーを通して、尚はおひい様を通して、龍と浅からぬ関係がある。

 でも、俺っていうピースが欠けていたら?

 みんな、スレ違ってただけかもしれない。……歴史に「ifもしも」は、無いんだけどね。


 それにこれは単なる自惚れかもしれない。

……俺は、ずっと龍に対して申し訳ない、って思ってたから。


 コイツがいなきゃ、魂がクズってる俺は、阿呆のままで、後悔してるだけで、腐った生涯を終えただろう。

 いや、実際に人間だった俺の生涯はそうして幕を閉じたのかもしれない。


――でも、俺は≪朱蝶≫になった。


 朱蝶になって、龍と話して、ぜーんぶ分け合って、そんでこの二か月ほどやって来た。

 正直、世話になりっぱなしだ。そのクセ、なーんも龍に返して無い気がしてる。

 今日、≪神≫なんかと闘ったのも俺のせいだしね。


 でも、たぶんだけど、俺にはできることがある。

 龍に対して、出来ることがある。



 コイツを守れる仲間を増やすんだ――

 俺がいなくても、大丈夫なように。

 俺が、俺で無くなっちまっても、安心できるように。


――たぶん、龍の母ちゃん、玲さんが願ってたことは、それだ。


 俺を操ろうとする≪世界の法則ルール≫が、クズの俺に本当に手を出してきたっていうなら、何をさせたいのかはわからない。

 ≪二天≫とやらと、俺がどんな関係があるのかもわからない。


 だったら、俺がやるべきことはひとつで、やりたいこともひとつだ。



「龍、安心しろ! この兄貴かつ、番犬ペットの俺が、お前を守ってやるさ!」


 なんか怪訝そうにしてる龍に向かって、俺は自身満々で胸を叩いた。

 そう、今の言葉は正確じゃない。

 たぶん、俺は最期には、俺じゃ無くなって、蛟に始末される運命だ。

 だけど、俺にはまだやれることがあるはずなんだ――


「――だから蛟! 俺を殺すのはもうちょっと待ってくれ――」


「――なんじゃあ、それは!!」


――え? この声は……。


 俺が龍から声のほうに視線を移すと、尚に抱っこされたおひい様が目を開けてる!


「――おひい様! ご無事で……」


 喜びの声を上げようとして、俺は息を飲む――


 おひい様の眼が血走ってる!!

 ≪竜眼≫に至っては、なんか赤黒いオーラが発散されてるんですけど……。


――キレてる! なぜかは知らないけど、おひい様が起き抜けにキレてらっしゃる!!


 キレたおひい様の眼差しに竦み上がる俺に、ご主人は怒りを迸らせた低い声を静かーに、ぶつけて来る。


「……朱蝶、もう一度、ゆうてみよ。そなた、誰の許しを得て、蛟に殺されるなどと誓ったのじゃ……?」


 目覚めが低血圧な人間だった俺には、信じられないことだ。

 起き抜けにそんな、ホンキでキレることができるなんて……。


 頭から血をたらりと垂らしながら、おひい様は尚に掴まって、地上に降り立つ。

 そして、仁王立ち。

 上から四つん這いになったままの俺を見下した。


「……お、おひい様、その、それはですね、なんというか……」


「……朱蝶。返答には心せよ。妾への背信とみなさば、そなたの身体を切り刻む……四肢をもぎ、二度と妾に歯向かえぬようにしてくれよう……」



――切り、刻む、って……四肢をもぐ、って……どうして、そう物騒なことを思いつけるんでしょうか?


「答えんかい! ワレえっ!!」



――こうして、今回のボス戦が開幕した。


……ちなみに、蛟は俺の中で凄く小さくなってます。はい。



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