二十九、変質する自我(エゴ)
突然ですが、表記ルールを少々変更させて頂きます<(_ _)>
これまで特別な単語は『』にて囲って参りましたが、作者自身、少々、『』に頼り過ぎていたのではないか、と(汗)
という事で、お読み頂いている皆様には突然の表記ルール変更にて、大変ご迷惑をおかけしてしまうとは存じますが、特別な単語を囲う『』を→≪≫に変更させて頂きました。
ご意見、ご感想、ご陳情を、感想およびメッセージにてお気軽に安藤土呂環までお願いいたします。
あまり問題が無くそのままお読み頂けるようでしたら、このまま表記ルールを変更して、今後も執筆・改稿に励みたいと存じます。
また、大きな表記ルールの変更は基本、今回のみという事で何卒ご寛恕を(汗々)
引き続き、拙著『意天』をお楽しみ下さい<(_ _)>
鱗。堅い鱗が、身体を這いずり上がるように、俺の首筋を蔽う。
もう、左腕と顔の上半分以外は完全に蛟の支配下だ。
――コイツにこんな事ができたなんて!
俺は動揺しながらも、抵抗する。
意味わかんねーからだ!
『裏切っただって? 俺が蛟を裏切ったってのか?』
いったい、どうしてそんな結論になるのか、俺には少しも理解できないぞ!
「……朱蝶、お前はどうやら考え違いをしている」
俺のものだった口から、獣の唸り声のような声が漏れてる。たぶん、声帯も竜のそれに近づいてるんだ。
「朱蝶どの、では無い……のですか?」
長双さんが怪訝な顔してる。ほぼ単独で≪神≫なんかと斬り合っていた長双さんが。
不意の一撃を受けようと、仲間がどんどん脱落してしまっても、身体に鱗を生やした俺が戦場に乱入しようとも、驚かなかった長双さんが驚いてる。
「≪仙≫……いや、≪転仙≫というべきか。長双、貴様も聴くが良い」
「――その身体、蛟どのか? 何ゆえ、朱蝶どのの身体を奪う?」
玲華ちゃんを背負った龍が走りながら近づいてきた。
玲華ちゃんはどうやら、≪神≫の手から解放されたみたいだ。龍におんぶされてぐったりしてる。
「龍、貴様もだ。……≪禺≫の系を負いし者。それに≪竜眼≫の≪巫姫≫に、≪神格≫に等しき娘まで……」
蛟は獣の唸り声を出した。
たぶん、嘲笑ってるんだ。身体を共有してる俺にはわかる。蛟は今、自嘲してる。
『俺が、何を間違えてるってんだ?』
笑う蛟に、俺は訊く。
コイツが何を言おうとしてるのか。それに俺は心を注ぐ。
一頻り獣の笑い声を放ったあとで、蛟は呟く。
「お前――朱蝶の過ちとは、朱蝶がこの蛟を裏切ったと考えている事よ。……むしろ、重大な過誤は、この蛟にこそある。……朱蝶を捉え損ねていた蛟に、な」
「何を言っているのですか?」
長双さんの言う通りだ。
コイツが何を言いたいのか、ちっともわからない。
「朱蝶が裏切ったのは、朱蝶自身――その心だ! ……朱蝶は≪●≫に捉えられている!」
『だから、俺はお前にそう言ったじゃねーか!! それがなんだってんだよ!』
「≪●≫……それはどのような?」
長双さんも首を傾げてるし、龍も蛟が言ってることがわかんないらしい。
ただひとり、尚だけがなぜか浅黒い肌を蒼褪めさせていく。
「そこの娘は気づいたようだな? ――そうだ、この≪朱蝶≫というものに、≪意≫など無い!」
≪意≫が無い? 何それ?
「…………蛟どのは、何を言っておられるのです?」
龍が尚を見た。
尚は今や、信じられない、とでも言うように口をパクパクさせてる。
『俺に、意識が無いとでも言いたいのかよ? ふざけんなよ?』
俺は心の中で、鼻で笑った。俺が「哲学的ゾンビ」だとでも言いたいのか? ふざけてる!
人間だった頃の俺は、確かに周囲の顔色ばっかり窺って、「自分って何?」って感じなヤツだったけども、今は違う!
『俺は、≪皐 朱蝶≫だ! ソレ以上でも、ソレ以下でもねえ!!』
俺は押し返す。蛟に支配された身体を取り戻す為に。
蛟の意識を、意志を押し返す! 俺の身体を蔽う鱗が若干後退した。
「……そうだ、この蛟もそう思っていた。……だからこそ、信じられなんだ!」
蛟が俺を、俺の意志を押し返す。
俺と蛟は、この身体の支配権を巡って、陣取り合戦をしてるみたいなモンだ。
俺はかなり劣勢だけど、このまま押し切られたら、それこそどうなるかわかんねえ!
果たすべき約束や、決意したことだってあるのに、幽霊に逆戻りはゴメンだっつーの! それどころか消えちまうかもわかんねーし!!
「朱蝶。お前は、お前が自らそれを択んだと考えている。だが、それは違う! お前は択ばされただけだ!」
『てめぇ、たいがいにしろよ!』
「……おかしいとは、思わんか? 万に一人の≪神格≫たる者が、この場には三人もいる。……≪破格≫たる≪巫姫≫もいる。……なぜ、お前は龍に宿った?」
『……知るか!!』
知らねーよ! 第一、カンケーあるか! それがどうして、俺が無意識だ、なんて話になるんだ!
コイツ、阿呆なのか?
「……導かれたのだ、朱蝶。お前は、≪●≫に遵って導かれたのだ! 全ての因果は≪●≫のうちにこそある――」
……蛟の言葉に、俺の思考は停止する。
――この世の因果と理法は≪●≫のうちにある――
いつか≪崑崙≫で聴いた言葉。≪白帝≫の言葉。
「――竜は、竜の纏う≪竜気≫は≪●≫をも弾く。百歳より以前、≪●≫は竜を理法に絡め取る為に≪禺≫のひと共を遣った。……それと同じだ」
尚が愕然としてる。
龍が、顔を蒼くしてる。長双さんが眉根を寄せて、顔をしかめてる。
みんな、なんだって、そんな顔してんだよ? ていうか、蛟は何言っちゃってんの?
『…………お前、何、言ってんの?』
蛟は哀しそうに笑った。
そして、告げる。
「――朱蝶、お前にもわかるように説いてやろう――既にお前には、お前の語るような≪魂≫とやらは無い。……お前は≪●≫の傀儡だ」
…………は? 傀儡? 操り人形ってこと?
いやいやいや、だって俺は自分で決めて来たじゃん! ほら、さっきだって自分でペット根性を新たにしたじゃん?
「朱蝶。お前には確たる≪意≫があるように見えた。……ただ、それだけだ」
……入力されてたって? そう言いたいのか? 蛟は。
いや、待てよ。待てって。
ほら、昔、イギリスの経験主義者が言ってたみたいに、人間ってのは産まれた時は「白紙」だったとしよう。
その白色を染めるみたいに、社会とか世間とかの色に染まってくとしよう。
そうやって、自我だか人格だかが形成されると、してみよう。
……俺、こっち来た時から、向こうの世界の記憶あるし!
何色だか知んねーけど、かなり捻くれた色に染まってるし、色落ちしたとしても、地の色は変わってないっしょ?
『……俺は、俺だろ?』
蛟は笑う。それも酷く哀しそうに。
「……いつか、朱蝶、お前は問うたな? ≪神格≫とは、≪●≫に囚われてなお、己の≪意≫や記憶を保つのでは無いのか、と」
ああ、そういえば訊いたな。
蛟はあの時、快刀乱麻の切れ味で、俺の質問を一刀両断してたけど。
「その通りだ。≪神格≫は≪意≫を保つ。記憶も保つ。……しかし、それは≪●≫に保管され、≪●≫によって変質する」
『――変、質?』
「記憶はともかく、≪意≫は≪●≫の存在と撞着せぬように、変えられる。そうして、時を経て、そこの≪神≫の如く成る」
≪神≫みたいに? あの機械みたいなモンに俺が成るってーの?
なんか「不気味の谷」の向こう側に跳んで行っちゃうって?
「器に成り果てる前に消えよ、朱蝶。お前はもう、変質しはじめている。≪神≫を殺せなんだ事が証だ。……お前は既に自らに立てた誓いを裏切った。裏切って、同胞を危険に晒した。お前は、そのうち自らの手で、今のお前が同胞と認める者すら殺めるぞ」
なんだよ? それ……。
偏向かかってるってのかよ? そんでもって俺は、俺じゃ無くなるっての?
俺の≪魂≫はもう、無くなっちゃってて、今、俺が俺だと思ってるのはその残りカスだってのかよ……?
『…………蛟は、俺が完全に俺じゃ無くなっちまう前に、引導渡そうって? ……そういうこと?』
「……そうだ」
『…………』
俺は考える。なんか阿呆の頭でいろいろと考える。
つまり、アレか。運命を決めちゃう存在的なモンがこの世界には、確かにあって、俺はソイツの操り人形だった、と。
ソイツのおかげで、俺は龍の中に這入って、おひい様に捕まって、長双さんにしごかれて、尚に面倒かけたり突き飛ばされたり腹パンを食らっている、と。
ついでに言うと、現在進行形でソイツから「ロボトミー手術」を受けてて、どんどん俺じゃ無くなっていってしまってる状況だ、と。
手術が完成すると、俺はさっき戦ってた≪神≫みてえになっちまう、と。
……そうすっと、俺たちの≪神≫との戦闘はそもそも、なんだったんだ。と、まず言いたい。
あと、結局、その≪二天≫だか、なんだかはなんだ、とも言いたい。
……しかし、それはひとまず置いといて。俺がもう既に俺じゃ無いかもしれない、なんてワケわかんねー話も置いといて。
蛟はご親切にも、俺が少なからず、俺であるうちに殺してやろうじゃないか、と申し出てるわけだ…………。
――えーーっ!!
親切、なのか? そりゃあ、親切なのか?
思いやりなんでしょうか? それって、本当に俺の為なんでしょうか?
いや、俺だってそりゃ、自分じゃ無くなっちゃうのはイヤですよ?
でもだからって「消えろ」って、暴論じゃないっすか? 言葉の暴力通り越して、ただの暴力じゃないっすか。TDN、暴力じゃない?
『有り難メーワクだっつーの!』
俺は思いっきり、蛟の≪意≫とやらを押し返した!
俺が俺であろうが無かろうが、俺は俺で、俺には俺固有の≪魂≫がある!
断言しよう! 俺の≪魂≫はクズである!
よく俺には聴き取れない、なんだか超常的存在が在るらしーが、そんなモンがわざわざ俺のクズってる≪魂≫なんか使うわきゃねーだろうが!
阿呆の俺でもソレぐらいわかるわ!
――ということで、俺は思いっきり、俺の身体の主導権を主張する!
ノリと勢いで、蛟から口を取り返したトコロで俺は宣言した!
「――俺は、≪皐 朱蝶≫だっっ!!!」




