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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二十八、≪神≫との決着、そして……


「尚どの、東南へ三歩! 龍どの、南へ二歩!」


 長双さんの声――



“少、陰……≪≫……炎、禍”



 ≪神≫のかすれた声、そして丘に数本の赤い柱が地上から空に向かって建ち上がる。

 直径2メートルくらいはありそう、高さは最大で20メートルくらい?


――火炎の円柱だ! 丘の下生えや咲いていた白い花の花弁が、上昇気流を巻き起こす火柱によって火の粉へと変わる。

 数秒間、丘と大気を灼いた火柱は、地上から離れて空高く上るように消えた。



『≪神気≫を用いた術だ。しかし、長双とやらはやりおるな』


 俺の身体を奔らせる蛟が長双さんを褒めてる。

 そうか、さっきの長双さんの指示は火柱を読んでたからなのか?


『それだけでは無い。≪神≫の咽喉を半ば潰している。あれならば祝詛も満足に語れなかろう』


 なんか蛟がニヤリとしてる感じがする。

 そんで俺は、蛟に言われて初めて気がついた。

 あの≪神≫、血塗れの上に傷だらけだ。なんか、前肢っていうか腕に到っては片方無いし、髪の奥の両目が輝きを失ってる。



――いや、そんなことより、あそこに見えるのは……そんで、長双さんが抱えてるのは……。


「――おひい様、尚どの、長双さん、龍! ゴメンなさーーい!!」


 みんな生きてるっぽい!! おひい様はぐったりしてるけど、長双さんが抱えてるなら大丈夫なはず!


「朱蝶どの!」


「朱蝶どの、ご無事でしたか!」


 龍と尚、ふたりの声を聴きながら俺の身体は止まらない。

 そう、蛟が奔ることを止めないのだ。

 ねえ、止まらないの?


『≪●≫に繋がる≪神≫を殺せる機など、そうあるまい!』


 ああ、さいですか……。


 蛟の操る俺の身体は、火の粉が舞い、丸く焦げ跡の残る丘を駆け抜ける。

 ぐんぐん増す速度。ほんと、獣じみた速さだよ。

 考えてみれば俺の身体は現在、半人半竜ってとこなんだから、当然と言えば当然なのかしら?


 俺はその間に戦場を確認。

 丘のほぼ真ん中、龍は主に、丸太を振り回す玲華ちゃんの相手をしてるらしい。考えてみれば、玲華ちゃんも≪神格≫クラスなんだから、≪神≫に操られる可能性は充分にあったわけか。

 龍はその玲華ちゃんの振り回す丸太を避けながら、足を引っ掛けて転ばせたり、腕を掴んで突撃をいなしたりして、長双さんたちに近寄らせないようにしてる。


 丘の南側、傾きかけた太陽を背負って、その長双さんと尚が、≪神≫の相手をしてるみたい。長双さんはかなりダメージを負ってるし、おひい様まで抱えてる。でも、元気そうだ。

 尚は鎧を削って、腹のあたりを裂かれてるみたいだけど、やっぱり元気そうだ。


「朱蝶どの! ≪縮地≫が来ます!」


 長双さんが俺を振り返りながら言ったけど……≪縮地≫って何?


「おそらく、朱蝶どのの眼前です!」


『望むところだ』


――蛟が俺の中でそう呟いた時、丘の上から≪神≫が消えた。

 俺の身体は既に龍の横を通過して、長双さんまで15メートルほどのところまで来ている。その長双さんに斬られまくってた≪神≫が丘のどこにもいない。

 瞬間移動――縮地ってことか!


 つまり、長双さんの予測が正しければ――


『来るぞ!』


 衝撃音。そして俺の視界を覆う巨体が突如現れた――


『見事だ。貴様の同胞は!』


 そう言いながら、蛟は横から繰り出された相手の右腕を、俺の左足で下から蹴り上げる。

 相手の太い右腕、もう爪が一本しか残ってない右腕の、人間で言う手首あたりが、ヘコんでる。

 相手の骨が蹴りの威力で、蹴られたのと反対側の鱗を突き破っていた――


「開放骨折?」


『ぎゃはっ』


 蛟が笑ってる――

 獣が笑うとこんな感じなのかもしれない。


 なんて、俺が考えてる間にも、蛟は止まらない――

 一足飛びで、相手の巨大な頭部を飛び越える。


 ≪神≫が操る≪神気≫が粘度増してこちらの動きを追ってくる。

 だけど、この身体のほうがそんな≪神気≫の動きよりもよっぽど速い。


 ≪神≫は腹を地面につけて、両脚をがに股に開いて首を含む上体を持ち上げてる。

 その≪神≫の竜の身体の背中に、俺の足の裏が触れる。触れると同時に、蛟は思いっきり背のど真ん中を踏み抜いた!


――足の裏から、鱗が割れて、相手の骨が砕ける鈍い音が俺の体内へと伝わってくる。



“少、陽……≪かん≫――っが……”


 ≪神≫がそこまで呪文を唱えた時、長双さんの剣が、右側から≪神≫の頭部、頬の辺りを串刺しにしていた――


『重ねて見事!』


 蛟はそのまま俺の身体を操り、ズンズン相手の身体を砕きながら歩く。


『どれほど≪神気≫を纏おうとも、器たる身体を砕いてしまえば、なんという事も無い!』


 蛟もスゲえけど、俺の身体もスゲーな! おい!


 長双さんが剣を引き抜くと同時に、こちらに向かって走って来ていた尚が、大斧を思いっきり振り下ろした。

――≪神≫の左脚がぐしゃりって叩き潰される。切れたっていうよりは、重さと力で千切られたって感じ。


 バランスを崩した≪神≫の身体が横転する。蛟が地面へと跳び降りる。


 ズンッ――


 低い地響きと伴に、≪神≫の身体が転がった。


『――≪神気≫によって、頭と胴を繋ぐ頸部を守っておるわ! 所詮はただの器だな!』


 俺の身体の中で蛟の冷笑が轟いた。


 尚が≪神≫の脚を叩き切った斧の刃を寝かせて、旋回させると、また振り下ろす。

 今度は頸の部分を叩き切ろうとしてる――俺は思わず目を瞑った。


 乾いた音がして、俺が目を開けると、尚の大斧が弾かれていた。


「なるほど。≪神気≫を守りに使っているのですね……興味深い」


 長双さんが暢気に言いながら、俺を見た。


「朱蝶どのならば、斬れるのではないでしょうか?」


「……たぶん」


 でも、蛟がヤルとか言い出しそうだなあ……。


『貴様がやれ。右腕が折れている。貴様の操る左腕は無事だろう』


 そう言えばそうか。

 身体中が痛むから、今いちわかってなかったけど、俺の身体はかなりの重傷だったな。

 特に、右腕なんか玲華ちゃんにヤラれてバキベキだし……。


 俺は慣れない手つきで左の腰に差してある、剣をどうにか左手で抜いた。



『髄骨を断てば良い。それで≪神≫とて≪意≫を喪う』


 静かで冷ややかな蛟の声。


 そうだ。そもそもコレは俺が招いたピンチだった。俺のせいでみんな余計にケガしたようなモンだ。

 俺はさっき自分に誓ったんだ。龍たちを守る為なら手を汚すって。

 まあ、コイツは≪神≫だし、蛟の母ちゃんの時みたいな生命っぽさは希薄だ! さっさとやっておひい様の手当しないとね!


 俺はそう自分に言い聞かせながら、剣を逆手に握って、切っ先を≪神≫の頸部へと当てた。

 黒髪を割ってされされた蒼白い頸。人間の皮膚みたいなそれと、鱗の境目。

 だいたい、この辺り。


 見当をつけて、俺は剣を持ち上げて、勢いよく突き刺した――


…………はずだったのに……。

 剣が頸の手前でピタリって止まる。


「朱蝶どの? いかがされました?」


「……いえ、なんでも」


 そう長双さんに応えるように、俺はまた剣を持ち上げて、垂直に降ろす。


――なんでだ? また止まった――


「朱蝶どの?」


「長双様、朱蝶どのでもやはり≪神気≫が貫けないのでは?」


 尚の疑問に俺は心の中で首を振る。

 そう、俺の剣は≪神気≫を切り裂いている。俺は≪異気≫をかなりの範囲で展開して、≪神気≫から盛大に力をブン捕ってるんだ。

 ココは、エネルギーで満ち満ちてるから、みんなに影響を与える心配は無い。


――でも、エネルギーは十分なのに、俺の腕が勝手に止まる。



『――やはり、か』


 蛟の哀しそうな呟きが俺の内部に響いた。


――同時に折れてたはずの、俺の右腕が軋みを上げて動き出す。


「お前――っ!!」


『確かめさせて貰った』


 そうして、竜と化した俺の右腕が、蛟の意志によって≪神≫の頸部へと潜り込んだ――

 太い頸の中へと、突っ込まれた右腕が、頸よりは若干細い脛骨を掴む。そのまま爪を立てて握り潰した――


 どんな握力――そう思ったのもつかの間、俺はなぜか嘔吐していた。


「朱蝶どの?」


 長双さんが尚におひい様の身体を優しく受け渡して、俺に駆け寄る。

 尚はおひい様を抱きかかえながら、俺の様子に呆然としてる。


「大丈夫ですか? 朱蝶どの?」


 長双さんの手が俺の背中を優しく撫でる。


「だい、じょう――お」


――また、吐いた。なんだ? どうしたんだ? 俺の身体は?


『……当然だ。貴様はこの身体にて同類を殺めたのだから』


 同類? この≪神≫と、俺が?

 蛟の言葉が静かに俺の身体の中に満ちる。


『貴様――いや、お前から初めてそう聴いた時、俄かには信じられなかった』


 蛟の声が震えている。

 なんでだ?


『しかし、お前は間違いなく、この身の内から消え、≪白帝≫と会っていた!』


 怒り。たぶん、怒りだ――

 蛟の声の震えはたぶん、怒りのせい。


『――お前との盟約は反古だ――今より、この身を返して貰う』



――え? なんて言った?



 次の瞬間、俺の中の蛟の気配が膨れ上がっていった――

 そして、蛟の絶叫が俺のものだった口から溢れ出した。


「お前は、裏切った!」


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