二十八、≪神≫との決着、そして……
「尚どの、東南へ三歩! 龍どの、南へ二歩!」
長双さんの声――
“少、陰……≪離≫……炎、禍”
≪神≫のかすれた声、そして丘に数本の赤い柱が地上から空に向かって建ち上がる。
直径2メートルくらいはありそう、高さは最大で20メートルくらい?
――火炎の円柱だ! 丘の下生えや咲いていた白い花の花弁が、上昇気流を巻き起こす火柱によって火の粉へと変わる。
数秒間、丘と大気を灼いた火柱は、地上から離れて空高く上るように消えた。
『≪神気≫を用いた術だ。しかし、長双とやらはやりおるな』
俺の身体を奔らせる蛟が長双さんを褒めてる。
そうか、さっきの長双さんの指示は火柱を読んでたからなのか?
『それだけでは無い。≪神≫の咽喉を半ば潰している。あれならば祝詛も満足に語れなかろう』
なんか蛟がニヤリとしてる感じがする。
そんで俺は、蛟に言われて初めて気がついた。
あの≪神≫、血塗れの上に傷だらけだ。なんか、前肢っていうか腕に到っては片方無いし、髪の奥の両目が輝きを失ってる。
――いや、そんなことより、あそこに見えるのは……そんで、長双さんが抱えてるのは……。
「――おひい様、尚どの、長双さん、龍! ゴメンなさーーい!!」
みんな生きてるっぽい!! おひい様はぐったりしてるけど、長双さんが抱えてるなら大丈夫なはず!
「朱蝶どの!」
「朱蝶どの、ご無事でしたか!」
龍と尚、ふたりの声を聴きながら俺の身体は止まらない。
そう、蛟が奔ることを止めないのだ。
ねえ、止まらないの?
『≪●≫に繋がる≪神≫を殺せる機など、そうあるまい!』
ああ、さいですか……。
蛟の操る俺の身体は、火の粉が舞い、丸く焦げ跡の残る丘を駆け抜ける。
ぐんぐん増す速度。ほんと、獣じみた速さだよ。
考えてみれば俺の身体は現在、半人半竜ってとこなんだから、当然と言えば当然なのかしら?
俺はその間に戦場を確認。
丘のほぼ真ん中、龍は主に、丸太を振り回す玲華ちゃんの相手をしてるらしい。考えてみれば、玲華ちゃんも≪神格≫クラスなんだから、≪神≫に操られる可能性は充分にあったわけか。
龍はその玲華ちゃんの振り回す丸太を避けながら、足を引っ掛けて転ばせたり、腕を掴んで突撃をいなしたりして、長双さんたちに近寄らせないようにしてる。
丘の南側、傾きかけた太陽を背負って、その長双さんと尚が、≪神≫の相手をしてるみたい。長双さんはかなりダメージを負ってるし、おひい様まで抱えてる。でも、元気そうだ。
尚は鎧を削って、腹のあたりを裂かれてるみたいだけど、やっぱり元気そうだ。
「朱蝶どの! ≪縮地≫が来ます!」
長双さんが俺を振り返りながら言ったけど……≪縮地≫って何?
「おそらく、朱蝶どのの眼前です!」
『望むところだ』
――蛟が俺の中でそう呟いた時、丘の上から≪神≫が消えた。
俺の身体は既に龍の横を通過して、長双さんまで15メートルほどのところまで来ている。その長双さんに斬られまくってた≪神≫が丘のどこにもいない。
瞬間移動――縮地ってことか!
つまり、長双さんの予測が正しければ――
『来るぞ!』
衝撃音。そして俺の視界を覆う巨体が突如現れた――
『見事だ。貴様の同胞は!』
そう言いながら、蛟は横から繰り出された相手の右腕を、俺の左足で下から蹴り上げる。
相手の太い右腕、もう爪が一本しか残ってない右腕の、人間で言う手首あたりが、ヘコんでる。
相手の骨が蹴りの威力で、蹴られたのと反対側の鱗を突き破っていた――
「開放骨折?」
『ぎゃはっ』
蛟が笑ってる――
獣が笑うとこんな感じなのかもしれない。
なんて、俺が考えてる間にも、蛟は止まらない――
一足飛びで、相手の巨大な頭部を飛び越える。
≪神≫が操る≪神気≫が粘度増してこちらの動きを追ってくる。
だけど、この身体のほうがそんな≪神気≫の動きよりもよっぽど速い。
≪神≫は腹を地面につけて、両脚をがに股に開いて首を含む上体を持ち上げてる。
その≪神≫の竜の身体の背中に、俺の足の裏が触れる。触れると同時に、蛟は思いっきり背のど真ん中を踏み抜いた!
――足の裏から、鱗が割れて、相手の骨が砕ける鈍い音が俺の体内へと伝わってくる。
“少、陽……≪坎≫――っが……”
≪神≫がそこまで呪文を唱えた時、長双さんの剣が、右側から≪神≫の頭部、頬の辺りを串刺しにしていた――
『重ねて見事!』
蛟はそのまま俺の身体を操り、ズンズン相手の身体を砕きながら歩く。
『どれほど≪神気≫を纏おうとも、器たる身体を砕いてしまえば、なんという事も無い!』
蛟もスゲえけど、俺の身体もスゲーな! おい!
長双さんが剣を引き抜くと同時に、こちらに向かって走って来ていた尚が、大斧を思いっきり振り下ろした。
――≪神≫の左脚がぐしゃりって叩き潰される。切れたっていうよりは、重さと力で千切られたって感じ。
バランスを崩した≪神≫の身体が横転する。蛟が地面へと跳び降りる。
ズンッ――
低い地響きと伴に、≪神≫の身体が転がった。
『――≪神気≫によって、頭と胴を繋ぐ頸部を守っておるわ! 所詮はただの器だな!』
俺の身体の中で蛟の冷笑が轟いた。
尚が≪神≫の脚を叩き切った斧の刃を寝かせて、旋回させると、また振り下ろす。
今度は頸の部分を叩き切ろうとしてる――俺は思わず目を瞑った。
乾いた音がして、俺が目を開けると、尚の大斧が弾かれていた。
「なるほど。≪神気≫を守りに使っているのですね……興味深い」
長双さんが暢気に言いながら、俺を見た。
「朱蝶どのならば、斬れるのではないでしょうか?」
「……たぶん」
でも、蛟がヤルとか言い出しそうだなあ……。
『貴様がやれ。右腕が折れている。貴様の操る左腕は無事だろう』
そう言えばそうか。
身体中が痛むから、今いちわかってなかったけど、俺の身体はかなりの重傷だったな。
特に、右腕なんか玲華ちゃんにヤラれてバキベキだし……。
俺は慣れない手つきで左の腰に差してある、剣をどうにか左手で抜いた。
『髄骨を断てば良い。それで≪神≫とて≪意≫を喪う』
静かで冷ややかな蛟の声。
そうだ。そもそもコレは俺が招いたピンチだった。俺のせいでみんな余計にケガしたようなモンだ。
俺はさっき自分に誓ったんだ。龍たちを守る為なら手を汚すって。
まあ、コイツは≪神≫だし、蛟の母ちゃんの時みたいな生命っぽさは希薄だ! さっさとやっておひい様の手当しないとね!
俺はそう自分に言い聞かせながら、剣を逆手に握って、切っ先を≪神≫の頸部へと当てた。
黒髪を割ってされされた蒼白い頸。人間の皮膚みたいなそれと、鱗の境目。
だいたい、この辺り。
見当をつけて、俺は剣を持ち上げて、勢いよく突き刺した――
…………はずだったのに……。
剣が頸の手前でピタリって止まる。
「朱蝶どの? いかがされました?」
「……いえ、なんでも」
そう長双さんに応えるように、俺はまた剣を持ち上げて、垂直に降ろす。
――なんでだ? また止まった――
「朱蝶どの?」
「長双様、朱蝶どのでもやはり≪神気≫が貫けないのでは?」
尚の疑問に俺は心の中で首を振る。
そう、俺の剣は≪神気≫を切り裂いている。俺は≪異気≫をかなりの範囲で展開して、≪神気≫から盛大に力をブン捕ってるんだ。
ココは、エネルギーで満ち満ちてるから、みんなに影響を与える心配は無い。
――でも、エネルギーは十分なのに、俺の腕が勝手に止まる。
『――やはり、か』
蛟の哀しそうな呟きが俺の内部に響いた。
――同時に折れてたはずの、俺の右腕が軋みを上げて動き出す。
「お前――っ!!」
『確かめさせて貰った』
そうして、竜と化した俺の右腕が、蛟の意志によって≪神≫の頸部へと潜り込んだ――
太い頸の中へと、突っ込まれた右腕が、頸よりは若干細い脛骨を掴む。そのまま爪を立てて握り潰した――
どんな握力――そう思ったのもつかの間、俺はなぜか嘔吐していた。
「朱蝶どの?」
長双さんが尚におひい様の身体を優しく受け渡して、俺に駆け寄る。
尚はおひい様を抱きかかえながら、俺の様子に呆然としてる。
「大丈夫ですか? 朱蝶どの?」
長双さんの手が俺の背中を優しく撫でる。
「だい、じょう――お」
――また、吐いた。なんだ? どうしたんだ? 俺の身体は?
『……当然だ。貴様はこの身体にて同類を殺めたのだから』
同類? この≪神≫と、俺が?
蛟の言葉が静かに俺の身体の中に満ちる。
『貴様――いや、お前から初めてそう聴いた時、俄かには信じられなかった』
蛟の声が震えている。
なんでだ?
『しかし、お前は間違いなく、この身の内から消え、≪白帝≫と会っていた!』
怒り。たぶん、怒りだ――
蛟の声の震えはたぶん、怒りのせい。
『――お前との盟約は反古だ――今より、この身を返して貰う』
――え? なんて言った?
次の瞬間、俺の中の蛟の気配が膨れ上がっていった――
そして、蛟の絶叫が俺のものだった口から溢れ出した。
「お前は、裏切った!」




