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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二十四、おひい様、思いつく


(早う御止めせぬか!)



 その声は、確かにどこかで聞き覚えがある。

 でも、俺の体内で今まで聞こえてたどの声とも違う。


 ちなみに、俺の身体の中で聞こえる声には大きさに差がある。

 身体の中もこの世界の法則に従うらしい。つまり、≪意≫とやらが強いヤツほど声がデカい。


 例えば、ブリョウの父ちゃんのツァンはかなり声がデカくて、ノンさんのダンナの声はちょっと大き目ぐらい。

 で、断然デカくて、この身体にさえも影響力を発揮する蛟の声。


 今、聞こえてきた声はツァンと蛟の中間ぐらいの大きさに聞える。

 シャンばあさんの言うことから察するに≪神格≫らしいツァンよりも、この声はデカくて、この身体の元持ち主の蛟よりも小さい。

 つまり、かなり≪意≫が強いということになるはずだ。


 なのになぜか、今までちっともこの渋い声が俺の体内に響いたことなんか無かった。なんでだ?

 今初めて喋ったのか? でも、なんでこのタイミングなんだ?


(そのような事を考えてる場合では無い! 早う≪巫姫≫様を御止するのだ! ≪神≫を弑さば、≪神気≫が乱れ、貴様が次の≪神≫となり御坐に縛らるるぞ)


 なんですと? ソイツは聞き捨てならない。

 俺は高笑いを続けるおひい様を見る。


「おひい様、≪神≫を殺すと俺がその≪神≫になっちゃう、って俺の中の誰かが言ってますけど、大丈夫なんすか?」


「あ……」


 高らかに笑ってたおひい様が、急に真顔になった。

 え? ダメなの? じゃあ、なんでそんなに自信満々だったの?


「……忘れておった」


「…………」


「……おひい様」


 流石の尚も呆れてるらしい。


「そうじゃのう。なるほど、朱蝶はもはや≪神怪≫であった。器を求める≪●≫に皐山の新たな≪神≫に据えられてもおかしゅうない。朱蝶を救う為に朱蝶を手放しては元も子も……」


 なるほどねー。

 俺は危うく、≪神≫なんかにされて、皐山とかいうお山に延々と居続けなけりゃならなくなるトコロだったのか……。

 そういや≪白帝≫もスッゲー昔から≪帝≫だか、≪神≫だかやってるらしいし、山から動けないとか言ってたし。

 そんなのは、できることなら俺も御免こうむりたい。


 おひい様が唸り出した。何やら考えてるご様子だ。

 そこへ、頼れるお兄さんが顔を出した。


「≪巫姫≫様はいらっしゃいますか? おお、朱蝶どのも尚どのもおられましたか」


 長双さんだ。今日はヒゲもばっちり剃って整えて、身形もなんだかキレイそう。ムーの皮の着物を着てる。

 その脇には、なぜかシャンばあさんも居る。


「≪巫姫≫よ。なにやら南の御山から流れる≪ダオ≫が騒がしいけど、またぞろ、人妖どんがおかしな事でもしたんじゃないのかい?」


 シャンばあさんがヒドい。でも、ほぼ正解だから何も言えない。


 ふと、唸ってたおひい様が、長双さんに目を止めた。次いでシャンばあさんを軽く流して、俺を見る。

 そして、兇悪な笑みを浮かべた。


「……手があった! フフ、ふへへへ」


 不気味な笑みを溢すおひい様を、首を傾げて見る長双さんとシャンばあさん。眉をひそめる尚。



……俺はなんか、イヤな予感しかしない。




 ―――




「ひとが竜を弑す理由がわかるか、朱蝶よ?」


「はあ。……えーと、あれですか? 竜の呪いだかなんだかが欲しいからですか?」


「たわけ! そのような事で、神獣たる竜を弑す者がおるか! おったとしてもそのような強突く張り、竜に一飲みにされるわ!」


「はあ……」


 おひい様が何を言いたいのかわからない。ついでにこれから何をするのかもわからない。

 ちなみに、今、俺と長双さんと尚は三人がかりで、『あるモノ』を運ばされている。

 コレがいったいどうして必要なのか、おひい様以外は誰も知らない。

 そのおひい様は俺たちが運ぶ『あるモノ』の上に乗っかって、ふんぞり返りながら俺に話しかけてくる。


「まあ、妾の祝詛が皐山の≪神≫に届かねば、その由を知る事となろうが」


「はあ」


 そう、とりあえずはそこに落ち着いた。

 ≪神≫様なんかとケンカしたってしょうがないし、皐公国第一の巫女さんのおひい様が、≪神≫様の説得を試みるそうだ。

 朱蝶はウチのペットだからちゃんと面倒見ますよー、って事らしい。


……どうも、おひい様は説得が失敗することを望んでるっぽいんだけど。


「シヴ・シャンが祀りのにえは用意すると言うとったし、宝玉は妾の物を使えばよいし、祝詛は届いてしまうじゃろうなあ」


 とか言ってるぐらいだ。おひい様のしたいことはわかんねーけど、イヤな予感しかしない俺としては、すんなり説得が成功することを祈るだけだ。


「ところでおひい様。贄って、つまりイケニエってことですよね? ……人とかじゃないっすよね?」


 そう。おひい様によれば、巫女さんやお貴族様や国の王様的な人たちが≪神≫様にお願いする時には、細かい作法的なものがあるらしい。

 なんでも祭壇を造ったり、宝石を地中に埋めたり、生け贄を捧げたりするらしいんだけど……。


「そなたは、本当に阿呆じゃのう。贄にひとを欲するような≪神≫は悪神くらいじゃ。御坐持つ≪神≫がそのようなものを欲するわけもない。祀りが絶えてしまうわ」


「そういうものなんですか」


 とりあえずは一安心。

 俺の為に誰かが死ぬってのは、知らない人だったとしても非常に気分が悪い。というか胃がキリキリする。それが例えば、俺を私刑リンチにかけたムーの人たちだったとしてもだ。


「此度は皐山ゆえ、贄は雄鶏一羽じゃな。玉は翠玉のけいを用意したしな。聞き届けられてしまおうなあ。さすれば『これ』の出番も無いのう」


 生け贄とか、作法とかは御山の≪神≫様によって変わるらしい。そういうことも全部知ってるんだから、やっぱおひい様は頼りになる。

……でも。


 だから、なんでそんなに残念そうなんだ、おひい様は!

 いったいこんな『モノ』担がせて、何をしようって言うんだ?


「しかし、≪神≫にまみえる事が適うとは。いやあ、重畳ですねえ」


 最後尾の長双さんがそんな暢気な事を言ってる。

 大丈夫? あの人、本当に状況わかってるのかな?


「卿。それに尚。ふたりとも、妾が呪を刻みし得物を身から離すなよ? 鬼を操られ、かの≪神≫により本当の≪神格≫とされてしまうやも知れん」


「はい、おひい様。心致します」


「心得ました」


 俺の後ろに続くふたりは当然のように応えるけど、俺はそんなこと聴いてない。


「え、おひい様? 本当の≪神格≫って、ふたりとも死んじゃう可能性あるんすか?」


「まあ、あるだろうな。強い≪神≫は己の手足を欲する事が多い。特に皐山の≪神≫はひとの頭に、竜の身を持つと聞く。かの≪神≫自身の≪意≫はひとに近かろう」


 えー!! ふたりの命も懸かってるんすか?! 責任重大じゃない!!

……っていうか、人のヘッドに竜のボディって、そのデザインなんだよ?

 気持ち悪ぃよ! てゆーか、悪ふざけかよ! 創ったヤツ出て来いよ!!



「ひとの首に竜身ですか! いやあ、楽しみですね」


「……朱蝶どの、朱蝶どの。いざとなったら、おひい様を抱えてお逃げ下さい……この尚めが殿しんがりをつとめますゆえ……」


 これから会う≪神≫様のデザインを聴いて、さらにウキウキし出す長双さんと、決死の覚悟を固めたらしい尚。

 勝手に自分の命を天秤に載せられちまったはずなのに、ふたりともどっかズレてる。


……こりゃあ、俺がしっかりしないと!

 そんなふざけた格好のヤツにみんなを殺させるわけにはいかねえ。


 いや、その前におひい様の説得が成功することを真摯に祈ろう!



「……しくじらぬかのう……」


 おひい様のこの上なく不謹慎な呟きが頭上から聞こえて、俺は頭を抱えたくなる。

 実際には、このデッカい『モノ』を運んでるから、両手が塞がってるんだけど。


『…………』


 実に不満そうな蛟の沈黙が聞こえた気がした。




 ―――




「朱蝶どの? 姫様? それに、尚どのや長双さんまで、なんですか、『それ』は?」


 ムーの村に帰った俺たちを、ムーの着物を着た龍が驚きと伴に出迎えた。

 その隣にはロウじいさんと、玲華ちゃん、そしてシャンばあさんに、幾人かのムーの人たちが四人を遠巻きに囲んでいるところだった。


 いつもと違うのは龍だけじゃない。普段は男たちが着てるような皮の着物を着てる玲華ちゃんも、今日は紺地の着物の上に色とりどりの着物を重ね着して、首の回りから胸元にはビーズの装飾品がかけられてる。

 もちろん、俺が知ってるプラスチック製のビーズなんてあるわきゃ無いから、木を削ったりして作ってるんでしょ。それでも彩色を施したビーズのモザイクはなかなか派手だ。

 それだけじゃなく、玲華ちゃんは化粧までしてる。いつかのノンさんみたいなケバい厚化粧じゃなくて良かった。

 髪の毛も、もりもりでどうやって編み込んで、立体的に仕上げてるのか俺にはわからないくらい。


 そして、何より良かったのが、重ね着した着物と装飾品で、玲華ちゃんの巨乳があまり目立たないことだ。

……本当に助かる。



「龍! 気にするでない! シヴ・シャンよ! 用意は良いか?」


 シヴ・シャンがちょっと顔をしかめながら、おひい様の言葉に頷いた。


「公国風の祈りはわかんないから、細部はわちゃめちゃだろうが、まあ祭壇とお供えは用意してあるよ……だけど」


 シャンばあさんは俺たちが担いでる『モノ』と、その上でふんぞり返ってるおひい様をじっくり眺める。


 言いたいこたあ、わかる。

 俺だって何もこんな『モノ』好きで担いでるわけじゃない。しかも、『これ』を担いで御山まで、えっちら、おっちら、行かにゃならんと来た日にゃ、俺だってイヤだ。


「……まあ、あたしゃ、ムーのシヴ・シャンだし、帝域の≪神≫さんだかなんだかが消えようが、何しようが知ったこっちゃ無いけどね……」


 ムーじゃ≪精霊トゥアム≫に逆らおうなんてヤツはいないんだけど、そうシャンばあさんは溜息をついた。


 なるほどね。宗教が違うから、異端もカルトもクソも無いってことなのか。だから≪神≫様が殺そうが何しようが知らねーよって。

 シャンばあさんも信心深そうに見えて、けっこうドライだね。


「≪巫姫≫どの! どうか、ムーに災厄が及ぶような事は避けてくれ!」


 ロウじいさんも心持ち蒼い顔して、おひい様に嘆願する。

 考えてみりゃ、このじいさんもかなりの苦労人だね。


「知らん! その時は、長双卿を頼れ! 貴様の言う事は聴かぬ!」


 ロウじいさんの顎が落ちた。


 そう、おひい様は根に持つタイプなのだ。

 おひい様を利用しようとしたり、おひい様と俺の離間を画策したロウじいさんが、そう簡単に赦されるわけがねえ。

 俺は何とも思ってないけど、俺のご主人様は敵認定した相手には惨忍です。はい。



「さて、婚礼へと向かおうではないか!」


 おひい様が意気揚々と宣言した。



 はい。今日は龍と玲華ちゃんの結婚式です。

 ちなみに、俺が担いでる『モノ』とは蛟の母ちゃんの遺骸です。はい。


……生き物の死体を担いで、御式に参列……。冠婚葬祭って言うし、別にイイよね? 龍?



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