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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二十五、龍の結婚


 新郎新婦を先頭に俺たちは進む。

 手を繋いで幸せそうな龍と玲華ちゃん。

 その後ろに玲華ちゃんの親族のロウじいさん。玲華ちゃんのご両親は見たことないけど、地雷を踏み抜きそうなので、未だに訊けてない。

 そして、儀礼には欠かせない神主さんとか神父さんみたいなモンなんでしょう、シャンばあさんが続く。シャンばあさんもよぼよぼなのに、歩く速度は若いふたりに負けてない。元気だねー。


 シャンばあさんのさらに後ろから、木立を断ち割る長い影。

 その上にはテレビ『にほん○話』みたいに、おひい様が跨って「ふははは」って笑い倒してる。

 何がそんなにおかしいのかと言うと、時々、蒼い顔して振り返るロウじいさんのリアクションがツボらしい。どうも、おひい様からは自分が竜に乗って、ロウじいさんを追いかけ回してるように見えてるらしい。

 俺のご主人様はドSであられる。その上、ガキだ。


 出発する前に「このまま、ムーの邑を一回りせぬか?」って言って、尚にゲンコツを食らってたくらい、おひい様はガキだ。



……しかし、俺の命は完全に、そんなおひい様の手に握られてる。



「で、俺たちはどこまで行くんすか? ロウさん」


 また、蒼い顔で振り返っておひい様に笑われたらしいロウじいさんに尋ねる。

 ロウじいさんが振り返るたびに、おひい様が爆笑するから、こっち向いてるタイミングがわかって便利っちゃ便利だ。


「……そうさな。およそ十五里ほどかな。山へ行くと言うても、登るわけではないからな」


 十五里、だいたい6キロちょいか。

 俺たちがムーの村を出発したのがお昼ごろだったから、このペースだと片道一時間半くらいかな?


 ムーの結婚イベントってーのは、皐山の麓をちょっと登って、お空の上のほうからムーたちを護ってるっていう≪精霊≫さんの本体に結婚のご報告をするってことらしい。

 ムーとしては別に、山の上の≪神≫様とかはどうでもよくて、ただ標高が高いほうが≪精霊≫さんに聴こえ易いから、そういう風習になったそうで。


 というか、ムーの信仰ではお空高くには別世界があるって言われてて、そこに≪精霊≫さんが住んでて、みんなをそこから護ってるんだって。



「……あるのかねえ? 別世界」


 お空を見上げようとした俺だったけど、蛟の母ちゃんのデカい身体と、森の梢に遮られて、ほぼ見えなかった。


 考えてみりゃ、俺はどこから来たんだ?

 こないだ龍と行った≪大荒≫とやらは、確かに蝶の身体を持ってた頃だったら行き来できたかもしれないけど、俺に霧で真っ白な風景の記憶なんて無い。

 それに、気づいたら蝶になってたってことは、俺は鬼――幽霊状態でこっちに来たんだろう。

 幽霊どころかその成れの果てすら無かった、あの≪大荒≫をゴーストのまま渡ったとは思えない。


 そうすっと、よくある召喚とか、それっぽいのに落ち着くのかもしれない。

 一度、おひい様に巫術にそういう技術体系があるのか、訊いてみるべきかもしれん。



 ちなみに、前に龍と玲華ちゃんと三人で≪大荒≫の際まで行った時は、ムーの村からほぼ真南に二十里――だいたい8キロ強だったけど、今日は南西に進んでるっぽい。

 俺たちの進む方向には、皐山という御山が見えてるはずだ。おっきな荷物のせいで俺からは見えないけど。



……それにしても。この二月ぐらい、本当にいろいろあったなあ。

 人間だった頃には考えられなかったことばっかだ。……というか地球尺度(メートル法)の常識じゃ考えられないことばっかだな。


 蝶になったり、デカい≪生首≫見たり、人の身体に寄生したり、宿主と友達になったり、ロリの御嬢ちゃんが『恐怖の大魔王』だったり、独居老人みてえな鬼畜なお兄さんとお知り合いになったり、ちょっと気の弱いバカ力の女の子に突き飛ばされたり。

 果ては巨大な爬虫類を殺したり、バケモンの中に入って身体乗っ取ったり、老獪なじいさんに利用されたり、しわくちゃのばあさんに貶されたり、友達の許婚が巨乳だったり、神様と会っちゃったり、余命を宣告されたり。



「…………ロクなことがねえ」


「朱蝶どの? いかがされましたか?」


 思わず漏れてしまった呟きが、後ろの尚に聞こえてしまったらしい。


「いえ、なんでもないっす」



 そう。今までは確かにロクでも無いことしか起きなかった。

 だけど、今日は違う! 友達にして、弟分かつ、俺の良心でもある、龍の結婚式なのだ!

……たぶんだけど、この世界に来てから初めて、心から喜ぶべきイベント。

 あとは俺が生き残れれば、言うことは無い!!


……生き残れれば……。



「龍様?」


「うむ、尚どの」


 なんだ? さっきまでぺちゃくちゃ喋ってた若いふたりが急に足止めて名前呼び合ってるぞ。

 どうした? 愛の言葉を囁き合うのか? ヒューヒュー……とか考えてる場合じゃ無かった。



――空気が変わった。

 どことなくヌメッとした感触。肌に纏わりつくようなそんな感じ。そう、≪大荒≫へと跳んだ時に突っ込んだ≪気≫の層と似た感触だ。

 でも、あれほど濃く無い。濃くは無いけど、なんかチクチクする。身体中の毛穴を、柔い棘でつんつん突かれてるみたいな感じ。

 これが≪神気≫ってヤツ?


「おうおう、早いお出ましじゃな?」


 頭上からおひい様の威勢のイイ声が降ってきた。


「おい、≪巫姫≫やい! 祭壇はまだ先だよ! どうするね?」


 シャンばあさんが振り返っておひい様に訊いてる。


「ふん、愚問じゃな! ≪神≫が姿を現すまではこのまま進む!」


 おひい様の言葉に俺たちはまた進み始める。ちょっと警戒感を強めながら。


 明らかに空気っていうか、環境までが一変した。

 空気が粘性を増しただけじゃない。

 こんなに五月蝿かった? ってぐらい鳥の鳴き声が頻繁に聞こえる。

 急に鹿の群れなんかが、俺たちの進路上を横切る。横を見れば森の奥に猿みたいな影が、木々を渡って行くのが見える。


 動物や鳥だけじゃない。ちょっとずつ斜度を増す森を進むほどに、俺たちに蔽いかぶさるように枝葉を拡げた木々が太く、逞しくなっていく。

 俺たちが踏んだ下生えが、次の瞬間には起き上がってくる。


 虫が飛び回って俺たちにたかり、微生物までもが光の中に埃と伴に浮き上がる。密林に大小の生き物たちの気配が溢れる。

 むせ返るみたいな生命の気配。地中から立ち上ってくるような熱量エネルギー


 今まで見て来た森や密林ジャングルの比じゃない。

 そうだ、考えてみれば、都を出たばっかりの時のほうが、森には生気が溢れてた。

 南へ――つまり、あの南沼へと近づくほどに、森は静かになっていたんだ。俺は今さらそんな事実に気がつかされる。


 ≪異気≫がエネルギーを食い漁ったあとの森ばかりを、俺は見て来たってことだろう。

 そして、これが本来の姿なんだ。


 染み渡るような陽光に、ところどころ陰を落としたような沼や池。

 梢の天蓋を透過した薄緑の光に戯れる生き物と、花や草木。

 俺たちにまで、絡みついて来そうなぐらい勢いよく伸びる蔦。


 普段の俺なら、「いやあ、森林浴って感じ?」みたいなこと口走ったかもしれない。

 でも、怖い。

 コレってかなりコワいんだ。


 ココで生きてる生き物たちはなんかおかしい。

 木の幹に付いてた蛹が、俺たちが二三歩進む間に、羽化してもう翔んでる。

 さっきまで、木に巻き付いてた細い蔦が、いつの間にか俺の腕ぐらいの太さまで膨らんで、木を絞め殺そうとしてる。


 別に、頭が二つあるトカゲとか、なんか気持ち悪い生き物とかが出てくるわけじゃないし、モンスターだって一匹たりとも出て来ない。

――でも異常。成長速度が異常過ぎる。

 森に在る生命反応がいくらなんでも多過ぎる。


 俺が思い出したのは人間だった子供の頃、湿った地面なんかの上にある、ちょっとした大きさの石を持ち上げた時に現れる別世界だ。

 石の下にはそこだけの生態系が構築されてた。

 石の裏側にへばり付いた土色の繭とか、ぶにぶにしたナメクジとか、飛び出してうねってるミミズとか、黄色くて長いヘンな生き物とか、ダンゴ虫とか、ワラジムシとか、全部に襲いかかってる蟻とか、なんかの虫の白い卵とか、カビだか苔だかよくわかんねーヤツとか、糸引いてるなんかとか……。


 俺がそんな生き物たちのサイズになって、あそこに、石の下に放り込まれたみたいな。

……今の俺の気分はまさしくそんな感じだ。

 正常な生き物が、正当な手段で殖えてるだけなのに、なんでか気持ち悪ぃ。

 もっと言うとコワい。コイツらなんか『増殖』って感じで殖えてる。尋常じゃない勢いで増えてる。


 圧倒される。ただ「生きてる」ってだけなのに凄く圧倒的だ。俺のちっぽけな生命が霞んでしまう気がする。



「なるほど≪神気≫とはよう言ったもんじゃ。……おそらく、≪異気≫に侵された森のほかの場を蔽えるほどの生を、この場にて産み出しておる。均衡を保つつもりなのじゃ」


 おひい様の言葉にちょっと納得。

 つまり、この≪神気≫に護られた森は、まさしく『ノアの方舟』状態なんだ。

 でもこんな救世の舟ってか森には居たく無い。

 なんか、そのうち二三本腕が生えてしまいそうだもの。



「しかし、以前この辺りの森に入った時には、これほど生気が溢れてはいなかったのですが……」


 不思議そうに、玲華ちゃんが呟く。


「ふん、帝域の≪神≫とやらは加減を知らんのさ。たぶん、悪い≪ダオ≫がいなくなったからだよ。こんな景色を急に創り出して、まったく子供染みた事だ」


 シャンばあさんが悪態をつく。

 大丈夫なんでしょうか? シャンばあさん。

 たぶん、その声、ココの≪神≫様に聞こえてると思うんですけど。


 俺の心配をよそに、シャンばあさんが声を上げた。


「ほうれ、あそこが祭壇さね。……さて、公国の事情だかなんだかは置いといて、婚儀のご報告を≪精霊トゥアム≫に申し上げて、さっさとこんなトコとはおさらばしようじゃないか!」


 シャンばあさんが指し示した場所は、ちょっとだけ開けてた。丘って感じだ。

 その丘の真ん中にテーブルみたいな台が置いてある。その上にはテーブルクロス的な布が被せられてて、さらにその上に木製の檻に生きたニワトリが入れられてる。


 丘が開けてるおかげで、進行方向にデカい岩山が幾つも連なって見えた。一番高い山の先っぽを雲が覆ってる。白いゴツゴツした岩肌を晒した、岩山群だ。

 尖ってるって言ってイイぐらい高々と伸びた山の表面にはところどころ、緑色が振ってある。岩に根っこ張ってる樹木なんだろうね。


 しかし、遠目にも見える山はデカい。裾野は狭そうだけど、雲に先端を隠された頂上は2000メートル級はあるんじゃないかしら?

 こっから見ると、太っとい柱がそびえ立って太陽を遮ってるように見える。



「よし! みな、ゆっくり降ろせよ!」


 おひい様の号令で俺と尚と長双さんは、蛟の母ちゃんの遺体を降ろす。

 しかし、この死体もおかしなもんで、ちっとも腐ったりしてない。匂いはちょっと生臭いけど、その程度。

 ひと月近くも放置されてたっていうのに、ほぼあの時のままだ。獣も虫もたかってなかったし、食われた痕も無い。竜ってそういうモンなんだろうか?


 俺がそんなこと考えてる間にシャンばあさんがスタスタ、鶏を載せたテーブルの前まで歩いて行ってしまう。

 その後をめかし込んだ玲華ちゃんに手を引かれ、龍がついて行く。


――うん、なんかイイ。

 緑の丘を手を取り合って進むふたり。誂えたみたいに、丘の周縁には白い花が咲いてる。


 俺はちょっと泣きそうになる。

 おかしなモンだ。喜ばしいことなのに泣きそうになるなんてーのは。

 さっきまでコワかったのがウソみたいだ。



「我らムーの子らを見守りし≪精霊トゥアム≫よ。優しき護り手よ。この日、この場にて『ラン 玲華』と『虞衡 龍』の婚姻を御報せ申し上げる。命短きムーの子らに、齢若い両人に深い慈しみと加護を賜い給え……」


 シャンばあさんが空を仰いで祈りを捧げる背後で、龍と玲華ちゃんが膝を折ってお辞儀をする。


――ああ、悪く無い。

 こういうのは本当に悪く無い。

 龍と語り合った日々が、俺の中に流れ込んでくるみてえだ。


 許婚がいるとか聴かされた日にゃあ、こう複雑な感情を覚えもした。なんか男として負けたような気すらした。

 でも、カンケーねえや。そんなことこの光景に比べたらどうでもイイ。


 たぶん、こうやって人ってのは繋がってく。

 繋がって広がって、そうやって身を寄せ合って。寄りかかり合って生きてくモンなんだろうさ。


 そんな姿はこの世界の≪神≫様なんかからしたら、酷く弱くて不完全に見えるのかもしれない。

 でも、俺はそんなことは思わない。

 きっと、俺が人間だった頃、どっかで憧れてたのはこういうモンだったんだろうな。


……あの頃、俺は手を伸ばしもしなかった。

 誰かに振り向いて貰うことばっかり願って、イジけてたみたいなもんか。そうしていつだって、おいしいコトばっかり願ってた。

 弱いトコ見せ合って、頼り合って、絆ってーのはそういう感じで強めてくモンなんだろうに。


――それを俺に教えてくれたヤツが、今、またひとつ、太い絆を結ぼうとしてる。


 なんでかちょっと淋しくもある。

 やっぱり、どっか負けたような気にもなる。

 でも、やっぱりそんなことはどーでもイイや……。


 俺はもしかしたら、こんな繋がり、龍と玲華ちゃんみたいな繋がりは永久に持てないかもしれない。

 それでも、ヘンな言い方だけども、だからこそ俺がこのふたりを守ろう。

 きっと、ふたりの繋がりは俺にとっても宝物になる。かけがえのないものになるから。




 俺は漸く、そして突然、理解した。

――たぶん、これが『人間』ってことなんだ、って。


 想いを重ねて、もっと強い想いにしていく。

 大切だから仕舞い込むんじゃなくて、得難いから手を伸ばすのを怖がるんじゃなくて。

 ペット扱いがどうだとか、下僕だからどうだとか、≪格≫とやらがなんだとかでもなくて。


 ロウじいさんだってそうだ、ムーの為なら幾らだって悪いことするだろうし、シャンばあさんも、仇の長双さんのことを認める。

 あのブリョウだって両親の為に、ノンさんだってニュウ族の為に。

 玲華ちゃんが龍の為に、牢屋を壊して暴れたみたいに。

 ムーの人たちが子供の為に、俺を殴ったみたいに。


 龍が≪大荒≫で自分のケガなんか顧みなかったみたいに、

 長双さんがいつだって身体張ってくれたみたいに、

 尚がおひい様第一で動くみたいに、


 そのおひい様がどれだけ眼から血を流そうと、俺を、俺たちを助けてくれたみたいに。


 誰かの為に血を流せる。誰かの為に手を汚せる。――それが、たぶん『人間』なんだって。


 俺が、龍と玲華ちゃんのこと守ろうなんて思うのも、それに近いのかもしれない。

 所詮はペットの片思いだとしても。俺が今、見ている光景に俺の居場所が無かったとしても、俺はなんかそれでもイイ気がしてる。


――悪く無いよね? こういう俺も、たまにゃ悪く無いはずだ。



「朱蝶どの!」


 龍が俺を見て手招きしてる。なんだよ、もう、ソコに俺なんかが行ったってなんにもなんないのに。

……と思いながらも行くのは、やっぱペット根性の賜物でしょうか?


「何?」


 駆け寄った俺に、立ち上がった龍と玲華ちゃんが顔を見合わせてから微笑む。


「ムーの婚儀には、ふたり証人が必要なのです。シャン様は≪精霊トゥアム≫への証人。そして、もうひとりはわたしたち自身への証人です」


 玲華ちゃんが笑顔でそう言った。


「朱蝶どのをおいて、ほかには無いのですよ。受けて頂けますか?」



…………ちょっと、待って。


「何か事情があるのでしょうが、己らの婚儀の証立てをするのに、朱蝶どの以外にどなたがおられるでしょうか?」


 龍が蛟の母ちゃんの亡骸を見ながら、苦笑してる。



…………だから、待って。


「朱蝶どのはわたしたちの誓いを聴かれるだけです。よろしいですか?」


 玲華ちゃんの言葉に、俺は頷いた。

 半べそです。はい。


「己は生の限り、玲華どのをいつくしみましょう」


「わたしは膂力の限り、龍様を御守り致しましょう」


……龍と玲華ちゃんのセリフが本当なら逆のような気もするけど。

 俺はふたりに顔を窺われて、涙ながらに大きく頷いた。


「き、き、聞き届け、ました!」


「これにて、両名の婚姻は成った!」


 シャンばあさんが満足そうに言い放った。


…………俺の居場所が無い?

 ふたりは用意してくれてた。俺にも手を差し伸べてくれた……。


 俺、頑張るっす! 番犬として、超、頑張るっす!!



 俺が勝手に心の中でペットの誓いを立てた瞬間、森の奥から轟音がこだました――




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