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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二十三、おひい様、猛る



「おひい様あーー! どうか俺の身体に改造手術をおーー!! なんか、誰からも見えなくなるようにいーー!!!」


 そうだ! おひい様にステルス機能を付けて貰おう!!

 そうすれば≪神≫からだって隠れられるはずだ!

 だって俺のご主人様は≪破格≫とかいうヤツなんだもの、きっと22世紀からやってくるロボットぐらい頼りになるはずだ!


「行くから立て!」


 割れる人垣の中央をベソをかいた俺の手を引く、ちっちゃいお手手。



「≪巫姫≫様だ、有り難い」


「人妖なぞ、消えてしまえばいいものを!」


 左右に割れた人垣から飛び交う声に、おひい様は立ち止まる。

 そして、大音声にてのたまうことは――


「お前ら、殺すぞ!」


 水を打ったように静かーになる、ムーの皆さま。

 怒りに血走ったお目目で俺を一瞥したおひい様はさらに――


「朱蝶! やれ! 妾が許す!」


 俺の涙腺が「泣く」っていう働きをすっかり忘れてしまった。

 マズい。おひい様のこの眼はマジなヤツだ。


「おひい様?」


 本気なんですかい? ご主人様?

 そいつはマズいんじゃない? だっておひい様御当人が先日、ムーと長双さんのお話をまとめたばっかりじゃないですかい?

 今ココにいるムーの村人たちを虐殺なんてすれば、すべては水泡に帰す。というか、俺は殺人なんて犯したくありません。


「さっさとせい! ……そなたがやらぬなら妾自ら……」


 おひい様の手が≪竜眼≫を覆う顔の布へと伸びる。

――俺はその手を捕えた。


「何をす――」


 そして、軽いおひい様を担ぎ上げて、逃走する――


「朱蝶! 無礼じゃぞ! 降ろせ!」


 呆気にとられたムーの皆さまを後ろに残して、俺は風のようにおひい様が借りてる家へと走った。

 やっぱ、おひい様はクレイジーであらせられる!




 ―――




「……酔った……」


 途中から俺の肩に担がれたおひい様が暴れなくなったなあと思ったら、乗り物酔いをしてたらしい。

 まあ、人間を運搬する技術に関しては、尚とか長双さんとかに、俺が及ぶべくもないワケで。


 ムーの村を多少迷った挙句に辿り着いたおひい様の借家の前で、俺は漸く軽い身体を地面に降ろした。

 酔いのおかげでおひい様の怒りもおさまったらしい。ふらふらしながら、家の中に入っていく。

 そのあとに続きながら、俺はおひい様にご相談することに決めた。


 俺もさっきよりはだいぶ、冷静になった。

 冷静になって考えてみれば、いくら超人的なおひい様だって、かのネコ型ロボットには及ばないはずだ。

 ってか、おひい様ですら≪白帝≫の予言に対抗しうるのか疑問ではある。なんか≪白帝≫ってもの凄い神様らしいし……。


「おひい様、ご相談しなければならないことがあるんです……」


 床に俯せになるおひい様に俺は話しかける。


「――しゅ、朱蝶どの!」


 呼ばれて振り返れば、家の玄関のところに尚が立ってた。

 俺は思わず、野生の獣のごとく跳び退った。さっきの腹パンで、俺の尚に対する警戒心は臨界点にある。

 俺が跳び退ったのと同時に、尚もまた跳び上がっていた――


「申し訳ございません!!」


 尚の本日二度目のジャンピング・土下座だ。


「男に触れられる事など、滅多に無い事ゆえ、取り乱してしまいました!」


……なるほど、……良かったあ。

 俺は心底ほっとする。

 尚に嫌われたわけじゃなかったんだ。しかも、「男」ってことは、俺は尚に人間として見られているらしい。


「尚どの、こっちこそすいません。急に腕なんか掴んじゃって……ちょっと≪白帝≫様に会ったせいで、俺も取り乱し――」


「――≪白帝≫じゃとお?」


 俯せになってるおひい様が、ヘンな声を出した。

 毛皮に向かって出されたからくぐもってるのは当然だけど、珍しくおひい様が驚いてるっぽい。

 その証拠に、俯せだったおひい様が跳び起きた。そして、俺を見る。


「なぜ、≪白帝≫などという名がそなたの口から出るのだ?」


 詰問って感じだ。なんか怒ってるっぽい。

 でも、おひい様の問いに答える前に、俺には尚に確認すべきことがある。


「おひい様、すみません。その前に……尚どの、龍たちは?」


 土下座から顔を上げて固まってた尚も目を見開いてる。流石は≪白帝≫ってことか。ネームバリュー半端ない。


「……宿にて、朱蝶どのをお待ちです。もしかすると、戻られるかもしれない、と……それより、≪白帝≫様に謁見されたのですか?」


「ああ、はい。謁見っていうか、椅子に座ってちょっと二度ほど話しただけっすけど」


「二度! ……おい、朱蝶! まさか、そなた妾から≪白帝≫への主替えなど望んでおるまいな?」


「いやいやいや、滅相もないですよ! ……あの神様、俺のこと守ってくれないし……」


 なんか、俺に掛ける言葉もテキトーだったし。

 ついでに言えば、マッドサイエンティストっぽいし、怒らせると隕石降らせるらしいし。


「……≪白帝≫に比べておひい様の可愛いこと、可愛いこと」


「可愛いじゃと?」


 あ、やべ! 口に出てた。

……あ、でも喜んでるっぽいから別に、イイか。


「して、≪白帝≫がそなたを守らぬとはいかな事か?」


「ああ、えーと、話せば長くなるのですけど……それがですね……」



――俺は、蝶に生まれ変わったその日に見た光景から話し始めた。そう、デカい人間っぽい≪生首≫が掘り起こされた瞬間のことだ。

 そんで、≪崑崙≫へと逃げてしまった俺が、今回その光景を思い出してしまったことが問題だったのだ、と。

 ≪神≫様たちに、俺がそのデカい≪生首≫と関係があるんじゃないか、と思われてしまったらしいことを説明する。


「で、さっきこっちに戻って来る途中になんか≪神≫っぽいのに、≪二天≫とかなんとか言われまして……」


「≪二天≫のう。聞いた事も無い」


 そう言って、おひい様は尚の顔を確認するけど、尚は眼を瞑って首を振る。

 まあ、不思議関係のことでおひい様が知らないことを尚が知ってるわけもなさそうだし。


「……おそらくは、太古の≪神怪≫の類じゃろう。まあ、そなたは竜に近い能を持っておるからな。そのような≪神怪≫と繋がりが在ってもおかしくはない」


 ん? 初耳だぞ。

 能ってのは能力的なことですかねえ? 俺にそんな特殊能力あったっけ?


「竜に近い、能? それってなんですか?」


「身体を移り、その身体を己がものとする能じゃな。……≪神竜≫は口から吐いた泡に≪意≫を遷し、その泡はひとや獣に触れるとたちどころに消えると言う。そして、泡に触れた者の身体は≪神竜≫のものになるのじゃ。≪神竜≫が行う転化の術じゃな」


 へー、そんなことできるんだ? スゲーけど、それってどうなの?

 「神」まで付いちゃう竜なら、どんな生き物に変わったって弱くなっちゃうんじゃない?

 っていうか、確かに俺が蝶から龍の身体へ、龍の身体から蛟の身体へ、二回ほど移ったのと、似てるけども。


「≪神竜≫が得た身体はそのうち竜足るそれへと変じるとも言う。また、≪神竜≫でなくとも神獣たる竜は、その血肉によってひとの身体の組成を変える。それが、いわゆる竜の呪詛じゃ。怪や鬼――尸鬼の類じゃな、それらも身体を奪う能を持つと言うし、そなたがそれに近い能を持っておる事は、龍から聴いた時に予測しておった」


……まあ、そのようななりにまでなるとは思わなんだが、と言うおひい様。


 つまり、アレか。鬼だった俺に、蛟の身体を乗っ取らせてみたら、身体が変わっちゃってビックリ。みたいな?

 身体の組成を変えることができるのは、竜だけだから、俺の能力は鬼っていうよりは竜に近かったんだなあ、結果的に。……おひい様からしたら、そのような感じなのでしょうか?


 あれ? そうすっと俺ってなんなの?


「俺ってなんなのでしょうか?」


 訊いてみた。


「知らん」



 即答かよ。


「……しかし、事実、ただの鬼が竜を≪喰らう≫など聴いた覚えもない。妾も魍魎や≪異気≫に侵される程度の無角の竜よりは、朱蝶のほうが≪意≫は強かろうと思うてはいたし、結果、そなたは≪神怪≫になったわけじゃが、ひと足る姿まで取り戻すとは望外もいいところじゃし……」


 これまた、珍しくおひい様の歯切れが悪い。


「ところで、おひい様? なぜ、龍どのの身体は朱蝶どのに這入られて無事だったのですか?」


 尚の疑問に、俺もそう言えば、なんて思う。

 俺が龍の身体を自分のモンに変えちゃってたら、目も当てられないよ!


「……おそらくは≪閉神の術≫と、≪禺氏≫の系の為じゃろうな。≪禺≫のすえは竜の呪詛を受けておる。妾のように≪竜眼≫など顕れなくとも、無形の毒のようなものが身体を廻っておるのじゃ。≪竜気≫はあらゆる干渉を弾くゆえ、事無きを得たのじゃろうて。……あとは、朱蝶にその気が無かったのも大きかろう。能はあっても使い方を知らねば、働くものも働くまい」


……なんか、「お前はニート」って言われてるような気持ちになってヘコむんですけど。

 まあ、龍の身体を奪う形にならなくて結果オーライってことなのか?


「俺の特殊能力っぽいのの話はイイんですけど、それよりも俺はこれからどうすればイイっすか? 龍と玲華ちゃんには結婚式出るよー、って言っちゃったし……」


 でも、俺は結婚式に出る為に山なんかへ登った日には確実に≪神≫とやらに見つかって殺される。

 どういう攻撃が仕掛けられてくるのかもわかんねーし、対処法がまっったく! ……思いつかない。


 尚が「あー……」みたいな顔してる。

 一方、おひい様は、


「皐山へ向かえば皐山の≪神≫にりくされような。公国諸山においても、あの山の≪神≫は≪格≫が高い。いくら、そなたが≪神怪≫といえども敵する事適うまい」


 簡単に言いますよねー。

 一応、俺の命がかかってるんですけど!


「じゃあ、結婚式行くなって言うんですか? おひい様は?」


「おひい様。約を違えての婚儀への不参など、不義不信も良いところです。それでは、龍どのと朱蝶どのは顔を合わせる事すら適わなくなりましょう」


 え? マジで? 俺の身体から血の気が引く。


……いや、そうか! この世界は口約束が超重要だってこと忘れてた!

 いや俺も行くつもりではいたよ、結婚式。でも、まさかそんな大ごとになるなんて……。

 ヤバくね? 龍に二度と会わねーか、死ぬかって!!


 俺が激しく動揺する中、低い笑い声がおひい様のほうから聞こえてくる。


「……ふふ、そなたらは妾を誰と心得る?」


 おお、おひい様が何か不敵に笑ってるぞ!

 起死回生の作戦があるのか?!


「なるほど、朱蝶独りでは、皐山の≪神≫には敵うまい。……しかし、妾がちょぉっと手を貸してやれば、雑作も無い事よ」


 うん? なんかおひい様がおかしなこと言ってないか?


「おひい様?」


 尚も顔をなんだか蒼くしてる。


「……無角の竜――いや、≪怪≫の次は≪神≫か……腕が鳴るのお」



 え? ヤッちゃうんすか?

 イイんすか? 仮にも≪神≫様なんでしょ? ていうか俺、相談する人選をミスったんじゃ……。


 おひい様が高らかに笑い出す中、俺が早くも後悔に苛まれていると、俺の中でなーんか聞き覚えのある渋みのある男の声がした。


(≪巫姫≫様を、御止めせよ!)



 え? 誰?



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