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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二十一、再び≪白帝≫の庭、そして宣告


 色とりどりの星の軌跡に照らされながら、≪白帝≫のおじいさんが問いを重ねる。


「それで、此度は何から逃げて来た? また、お前の分身を喪ったのかな?」


 俺の両頬をすうっと涙が伝う感触がした。


「…………夢です。それこそ儚い夢から、醒めてしまったんです……」



 そう。あれは男なら誰もが、一度は夢に見るシチュエーションだ。

 自分のことを好きな女の子がいて、そのコに告白される――


……確かに、俺にとっておひい様は恐怖の大魔王だ。それは今でも変わらない。……いや、正確にはあの一瞬だけは違った。



――そなた! 本当に忘れておるのか? 紺と赤と橙の三色の紐じゃぞ? 妾が、この妾が手ずから編んだというに!! ――



 そう、おひい様が、口にした瞬間――

 おひい様は恐怖の大魔王から、『ツンデレの天使』に変わった……。


 あの瞬間に限って、これまでおひい様から振るわれて来た数々の理不尽な暴力は、ただの『不器用な愛情表現』へと、俺の脳内で変換された――

 そして、何より龍のいつかの言葉。



――姫様が、朱蝶どのにのみ、じゃれつくのは甘えの裏返しです――



 俺は確信したんだ。

 おひい様が俺にゾッコンだ、って……。

 ≪竜眼≫さえ開かなけりゃ、ただのちょっと性格に難がある美少女に過ぎないおひい様が、俺に惚れてくれてるんだ、って……。


…………すべては、ただ俺独りだけが見ていた白日夢だった――


 そう、おひい様のあの言葉は『告白』でも、ましてや『デレ』でも無い。

 『ガキ大将の気まぐれ』だったんだ……。劇場版だった、そう、それだけのことだったんだ……。



「ふむ。なんとも知れぬが……それにしても、此度はおかしな出で立ちだな」


「え?」


 首を傾げようとしても傾げる事ができない。

 なんでだろう? あと視線が異様に低いような……。


 首が何かに固定されたように動かないので、目線だけで下方を確認。

 なんか俺の顎の下に白い板状のものが見えるんですけど?


……っていうか、首だけじゃなくて、首から下がまったく動かせないんですけど……。


「ああ、なるほど。気づいておらなんだか。どれ……≪≫」


 そう言って≪白帝≫のおじいさんの指が空中で縦に円を描くと、そこに物理法則を無視した水たまりができる。

 だいたい、直径40センチくらいの水たまりが、水面を俺の顔に向けて浮いてる。


「すっげ……え?」


「身写しの術じゃ。手前の姿をとくと眺めるが良い」


 その≪身写しの術≫とかいう水たまりの水面には、一脚の椅子が映っていた。

 座面には、半透明の生首が載ってる。その生首は俺が驚いて目を見開くと、同じように目を丸くする。


「……あのう、コレ、俺っすか?」


 水面の生首の口も同じように動く……。


「うむ」


 半透明の生首……俺がっ?!


 瞬間、俺の脳裏(?)をよぎったのは近世ヨーロッパにおいて行われたというギロチン刑に付随した実験。

 ギロチンによって瞬間的に切断された生首には、意識があるんじゃないかっていうヤツ。

 結論は確か、短時間だけど切断された生首には意識があると思われる反応が確認できたらしいけど……。


「コレは……違うヤツだよなあ……」


 なんでかわかんないけど、俺はふつうに発声できてるもんねえ……。肺とか無いはずなのに……。

 それどころか、痛みも無いし、たぶんコレは幽霊的な状態での生首ってことなんでしょうか?

……いやあ、この世界来てからだいぶ、不思議な事にも慣れたと思ったけど、まさか自分がこうして生首になる日が来るとは思わな……。



「……生、首……」


 俺の記憶が電流のように、ゴースト状態の生首を駆け巡った!



「ほう。おもしろいものを知っておるようだな?」


 おもしろい? いや、そんなイイもんじゃない。――あの・・≪生首≫は!!



――そう、俺はとうとう思い出したんだ!

 俺が蝶になった初日、まだ夢でも見てるんだと思ってた頃に見た、あの光景。



――春。――畑。――農夫。――水牛。その水牛に繋がった犂。――そして……。



「……デッカい≪首≫……」


 そうだ! なんで俺は忘れてたんだろう?

 たぶん、あの光景を見せられる為に俺は、この世界に呼ばれたっていうのに!!



「≪意≫だな」


 ≪白帝≫のおじいさんが、宙に浮いてる水たまりを掌で、ぱしゃって掻き消しながら、そう言った。


「≪意≫って、意識ってことっすか?」


「そうさなあ。意識という言葉は≪●≫の語彙にも無いゆえわからんが、おそらく似たものだろう。……≪意≫とは今のお前と同じかたちのものだよ」


「半透明の生首っすか?」


「近いな。……良いかな、≪ひと≫に限らずあらゆるものの身体とは、三つの部分から成る。……頭部、胴部、そして末端部だ」


 えー……。なんかスゴい単純化されてる感じなんすけど。


「まあ、聴きなさい。……そのうち、身体の始点を定めるのは頭部。そして、そこに宿る≪意≫だ」


「認識が存在に先立つ、ってことっすか?」


 それこそ「我思う、ゆえに我在りコギト・エルゴ・スム」ってヤツだ。

 そういえば、龍も確か「この世界では≪意≫の強さがものを言う」って言ってたな。


「ふむ。なるほど。観る者によってこの世が構築されている、という考え方か。……興味深いが違うな。そも、それではそのの由来と、『在る』という事に関する理法が抜け落ちているのではないか?」


 おお、≪白帝≫様、頭イイわ! 流石は≪帝≫ってヤツなんだろうか?

 認識論と存在論の約二千年に渡る論争の焦点のうちのふたつを一目で看破しちゃったよ!


「それで、お前が知るところではどうなる?」


「えーーっと。……確か、科学理論を突き詰めればなんとかなる! ……みたいな話だったような……」


 つまり、あれだ。存在論的な話に関して言えば、「物そのものへ」っていうお言葉で有名なオーストリアの人が言ったみたいな話になるんじゃないか?

 要は「物の存在」ってのは確かに「在る」けど、人間はそれに触れる為には「直観」することが必要で、さらに「直観」を体系化するには科学が必要、みたいな。


 現代の地球では確か、物質とか事象とかは「波」と「粒子」に分解されて、人間の意識は「クオリア」だかに分解されて……みたいなお話になってたはずだ。

……ま、ぜんぜん、わかんねーけどね!


「なるほど。理法が与えられておらぬのか。……つくづくおもしろい。……さて、頭部に宿る≪意≫だが、それはお前の知る『くおりあ』とやらに似るのかもしれん」


 ≪白帝≫様の言葉に、ふと、俺はこれまで気になってたことを確認してみる。


「…………俺の思考内容、読んでますよね?」


「うむ」


「…………」


 プライバシーもクソもあったモンじゃない!!

 重大な人権侵害だ!!!


「続けるぞ。……身体から≪意≫を断つと、どのようなものも胴部において使役される≪気≫の類を操れぬようになる。……お前の友が語った事はそのような≪意≫と知れ」


 なんか大雑把な話だけど、要は≪気≫ってーのは身体と心が連動してて初めて操れる、ってことなのかな?


「おそらくは、お前が今首だけなのも、よほど今の身体に根強く≪意≫が張られているからだろう。≪意≫が及ぶ事によって、身体が動き、≪気≫を纏い得る。そういう事だな」


 へーー……。まあ、当たり前っちゃ、当たり前の話のようだけども。


「さて、しかしながら、強力な≪意≫を持つもの――例えば≪神≫や≪神怪≫や、さらに≪格≫の高いものだな。それらは巫術によって≪意≫を縛り、身体を縛ろうとも、≪意≫に介さぬ」


 ああ、おひい様の≪竜眼≫が効かないようなヤツね? はいはい。


「そのようなものは、直接、首を切り離す。そうして別々に封を施すのだ。――つまり、お前が見たものは、その『片割れ』だ」


「……は?」


 なんか、サラッともの凄い重要なことを……。


「それにしても、つくづく惜しい。お前は此度も≪●≫を渡って翔んで来た。帰りも同じようにお前の身体へ還る事だろう。≪●≫を通してお前の記憶は流れ出す。――さすればお前は死ぬ」


「……え?」


……急に何言ってんの? この神様?


「まあ、身体に戻る事は手伝ってやればなんとかなるだろうが、お前はもうその≪首≫の事を思い出してしまった。……諸山の≪神≫が放ってはおくまい。お前の末路はどこぞの≪神≫の腹の中だなあ」


 急っ!! 急なんですよ! いつも!!!


「……せっかく、おもしろい事を知っている者にうたと思ったのに……」


「いやいやいや、待って下さい! え、なんでっすか? 俺はあの≪首≫を見ただけっすよ?」


「偶々だと? この世の因果と理法は≪●≫のうちにある。その≪首≫を眼で捉え、≪●≫に繋がる≪神≫さえも知らなかったお前は、やはり、その≪首≫に繋がれている……そう、諸山の≪神≫は考えるだろう」


 何、その超理論? 俺が気持ち悪いことこの上ないあの≪首≫に繋がってる? 意味がワカンねーよ!!

 身に覚えのないことで俺は殺されるってのか!!


「なんとかなんないんすか?!」


「うむ、そうさのぅ……山には近づかぬ事だな。さすれば、少し長らえるかな。……おそらく」


「おそらく……って……」


……待て! 待てよおう? よく考えろ、俺。


 この≪白帝≫様は、今、俺の末路は≪神≫様の腹ん中って言った……。

……≪白帝≫様も≪神≫様じゃなかったっけ? ……俺、そのうちどころか、今から≪喰われ≫ちゃうんじゃないの?!

 ああ、首だけだから逃げられない!!


「ふむ。お前は、只今は、身体を持っておらんからな。その懸念は無用だな」


「……持ってたら≪喰らう≫んすか?」


「ふぅむ……」


 考える≪白帝≫様。

 やめろ! 俺みたいなの≪喰った≫らハラ壊すから!!


「無いな。お前は大層おもしろい」


「――じゃあ、≪白帝≫様がこの俺を守ってくれたってイイじゃないっすか?」


「≪神≫とは御坐――この身の場合は、この≪崑崙≫の頂上だな。それと≪神気≫の及ぶ範囲、そこから離れられん。無理だ」


「――っ! でも、山に近づかなきゃイイんすよね? だったら大丈夫っすよね?」


「帝域において御坐、すなわち≪神≫がおる山はここを除いても五千三百六十九ほど在る。そこにそれぞれの≪神≫が≪神気≫を拡げる麓を含めれば、お前の生き得る地は狭い。……広大なこの世と言えど、お前が≪神≫どもより隠れ潜む事が出来る地など、無いに等しいのだ」


「でもでも! 今までだって、特に何も――」


「五千三百六十九の狩り手が、一匹の獲物を追うのだ。お前に気づいていなかった≪神≫では無く、お前に気づいた≪神≫どもだ。それに強い≪神≫ならば≪神気≫を伸ばしたり、≪神格≫を遣ったりもする。諦めろ」


「――諦められるわきゃ――」


 お? なんだなんだ? 首の辺りがスースーするぞ?


「時が来たな。お前の身体が、お前の≪意≫を呼んでおる。さて……」


 ≪白帝≫様がすっと立ち上がって、生首であるところの俺へと手を伸ばしてくる。


「ま、待って下さい! 巧く遠回りとか!! なんかそういう裏ワザ的な――」


「さらばだ、朱蝶。もし、お前がその身体を引きずって無事≪崑崙≫まで辿り着けたならば、庇護してやろう」


 むちゃくちゃだあ!

……って、叫ぶ前にまた指で、トン、ってこめかみを押された。

 前回よりも勢いよく、俺の視界は高速で巡る。そして、俺は考える。



――忘れろ、忘れるんだ俺の阿呆な心!! 忘れてしまえば怖くない!!!

 あのなんかデッカい≪生首≫のことなんて忘れてしまえ!!!


 そうだ! 玲華ちゃんの揺れる巨乳のことや、おひい様とお付き合いできたと思ってたさっきまで考えてたデートプランなんかを考えるんだ!!

 きっと≪神≫様たちもそんな阿呆に見向きなんて――




≪見つけた≫



【幾百歳を超えて】



〔とうとう見つけた〕



――“≪二天≫だ”――





…………オワタ。


 俺の≪神怪≫としての生もこれにて終了、という鐘の合図のように、そんな≪神≫様たちの声が一瞬のうちに、俺の心に流れ込んできた。




 ―――




 そして、俺が再び目を開くと、そこには固まったままの龍と尚がいた。

……ぜんぶ、夢だったらイイのに……。

 あれ? もしかして夢だったんじゃないの? 白日夢ってヤツ?




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