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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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十三、異界――≪大荒≫へ


「ロウどの、何を考えておられる?」


 ノンさんが詰問するようにロウさんを睨む。ほかの人たちもざわざわしてる。

 まあまあ、って感じでロウさんは両掌を伏せて、空中で抑えるみたいなポーズ。


「我らの視野は狭すぎるのだ。そもそも我らムーは千数百歳も前に、異界から来たという。……無理にこの帝域に暮らす事は無い」



……あー、そうか。そうね……。そういうことも考えられなくは無いか?

 千年以上も経っちゃったけど、みんなで里帰り、的なね?

 なんかヘブライの人みたいな話のような気もするけど、そもそもこっちの世界のほうがムーの人たちからしたら異世界なんだから。


 でも、おかしいぞ? なんで今まで試そうとしなかったの? ココって世界の果てにめちゃくちゃ近いんでしょ?


「今まで試したことは無いんすか?」


 訊いてみた。


「異界との境には厚く霧が立ち込め、幾千仭いくせんじんとも底の知れぬ谷がある。谷の向こうには大地があるようだが、縄を投げても引っかかるものが何も無いらしい。谷の幅が一番狭いところでも二十歩を超えるのだ」


 なるほど。霧の上に、幅が30メートルぐらいの底なしの谷か。

 この世界には当然のごとく飛行機なんて便利な物は無い。

 幅跳びで30メートルは、いくらこの世界の人たちが≪気≫を使えるって言ってもキツいだろう。


「朱蝶どのならば、容易かろう」


 ロウさんのお言葉に納得。

 確かに俺は、目覚めた初日にめちゃくちゃ跳び上がったからなあ。

 助走なしでも、その気になりゃ30メートルぐらい余裕で跳べるだろ。


「……それはたぶん、イケると思いますけど。そのあとはどうするんですか?」


「朱蝶どのには縄を幾本か持って跳んでもらう。朱蝶どのが支える縄を伝って、向こうの大地に建材とひとを送るゆえ、丈夫な柱を建てて橋を渡す」


 なるほどねー。まあ、イケるか?


「ふん、ロウよ。お前、黙ってるつもりかね?」


 シャンばあさんが口を挟む。ロウさん苦笑してるけど、何?


「この千数百歳、≪ダオ≫に好かれた者――公国でいう≪神格≫とかいうのだね、それがこのムーにも何人も産まれた。そいつらの幾人かは谷を跳んで向こうに渡ったのさ」


「え? 前例があるんすか?」


 じゃあ、なんでみんな向こうに帰らないの?


「だーれも、戻ると言って戻って来やしない。向こう側でなんぞあったか、はたまた死んだか……」


「え……」


 何、その帰らずの谷? ちょーコエーじゃん!

 ちょっと待ってよ、そんなこと俺にやらせるつもりだったの? このジジイ!


「今、それを言うつもりだったのですよ、シャン。……しかし、そのような者らと朱蝶どのは根本から違う。望みはあるでしょう?」


「……さあて、ねえ。向こう側には≪ダオ≫が行かない。この老いぼれにはわかんないからねえ」


 えー……。

 キッツいわあ。それ。

 マジでイヤな予感しかしないんすけど。


「しかし、故地への帰還は我らの宿願でもあります。それに我らが故地へと帰る事が叶えば、帝域での無益な争いなどに悩む必要も無い」


 そうであろう? そう言ってロウさんは一座を見回す。

 みんな唸りながら、「確かに」とか「一理ある」とか言ってるけど……。

……待て待て待て。俺の気持ちはどーなるんだ?



「受けてくれるな? 朱蝶どの」


「――いやいや、ちょっと待ってくだ――」



(――許諾せよ)


(受けいれろ、朱蝶)


(我らはその為に貴様に従ったのだ)



 口ぐちにそう言うのは俺の体内の幽霊さんたち。

 いやいや、アンタらはもう死んでるからそーゆう事が言えるわけで……。


『……受けるしかあるまい。朱蝶』


 えー。なんで蛟までソッチ側なの?


『拒めば、またぞろこやつら悪鬼に変じかねん』


 マジかよ! なんなんだよコイツら!

 タチ悪ぃよ! もう、誰だよ? 「自分のことを放って生きてる人に従うなんて、勇気ある決断だ」みたいなこと言ったヤツは?


『貴様だ』


(お前だ!)



「…………わかりましたよぅ」



――こうして、半ば脅迫された形で俺は異界とやらへ行くことになった……。渋々。




 ―――




「異界へ、ですか?」


 驚く龍に俺は胸の前で手を高速で振る。


「いや帰る、とかじゃ無いよ? ただ、パッと跳んでまたパッと戻って来るだけだから」



 龍の借りてる家に戻ってきた俺は、事情を説明している状況。

 あの後の話し合いで、俺はロープを持って跳ぶ前に一度、様子見で谷を往復することになった。

……何度も恐怖の谷を跳び超えるなんて勘弁して欲しいけども。準備は大事だし。


「……己が玲華どのに、喋った為に……」


「いやいやいや! それはカンケーねえよ! 俺の中の鬼の人たちはそーゆうつもりだったわけだし!」


 高速で首を横に振る俺に、龍は沈黙を返す。


「…………」


 視線を切って下を向いて、なんか考え込んでるみたいだ。


「だから、龍が気にすることじゃねーからさ。あれでしょ? なんか結婚式挙げるんでしょ?」


 そう、俺たちのムーの村への滞在もだいぶ長引いてしまっている。

 俺たちは公爵様の命令で遥々こんなところまで来たわけだから、そろそろ都に帰らにゃならん。

 その前に、龍と玲華ちゃんの結婚式をしとこうって話らしい。


 長双さんのことはまだ結論が出てないから、とりあえず客人待遇という名の捕虜になるらしい。

 あとは、ロウさんの話によると、おひい様が復命して公爵様にご説明。で、公爵様の御指示を仰ぐって話になってるらしい。

……おひい様は終始固まったままだったけど……。

 おひい様独りじゃ帰れないから、もちろん尚と龍も一緒ってことで。


 俺は都に帰っても「誰?」みたいな感じになること請け合いだから、この村で待機。

 異界に渡るのがうまくいったら、そのまま橋を架けるのを手伝うことになるでしょう。

……無事、だったらネ……。



「…………己も行きます」


「は?」


 ずっと黙ってた龍の突然の一言に、俺の頭に巨大な「?」が涌いた。

 何言ってんの、このコ?


「ですから、己も朱蝶どのに担いで頂いて異界――『大荒』へと渡ります」


「……いやいやいやいや。待て。お前は、これから結婚すんでしょ? 何言っちゃってんの?」


 龍は首を振る。


「朱蝶どのの生に勝るものではありません」


 断言しやがった。それはマズいんじゃないか?

 とっても玲華ちゃんには聴かせられねーよ?


「それに朱蝶どのは詰めが甘い。お独りで向こうに渡らせるにはどこか不安です」


 おいおい、心配してくれてんのはわかるけども、なんか傷つくぞお兄ちゃん。

 いや、そりゃ龍が一緒なら俺は大層心強いけども、ダメでしょ。そんな危ないことさせらんない。


「朱蝶どの、己は折れませぬ。己は朱蝶どのの為ならば、この一命を賭けると言うたでしょう?」


 マジか。こいつマジか。

 ヤバい、目がイッちゃってる。……実は、俺らん中で一番ヤバいのはコイツなのかもしれん。


「さて、明日にはもう試みるのでしょう? では寝ましょう」


 そう言うと、龍は俺の返答も聴かずにさっさと寝に入る。

……えーー……。玲華ちゃんになんて言えばイイんすか?




 †††




「朱蝶どの、龍様をよろしく頼みましたよ!」


「……はあ」


 ムーの村から南に二十里――8.4キロくらいかな? 俺たちは今、例の≪大荒≫とやらを目前にしてる。本当にあの村は世界の果てにあったわけだ。 

 霧でよく姿が見えない玲華ちゃんから掛けられた応援に、俺は微妙な返事を返した。


「さて、参りましょうか? 朱蝶どの」


 俺の肩に担がれた龍から飄々とした声が掛かった。


「やはり、わたしも参りましょうか?」


「いやいやいやいや……」


「玲華どのは暫しお待ちください」


 そう、玲華ちゃんは龍から「異界に行く」って打ち明けられた瞬間、「ではわたしも」と即答してきた。

 それを龍とふたりで宥めすかして、なんとか道案内だけにして貰って、俺たちは今跳躍の準備に入ってる。

 山に慣れた龍とその上≪神格≫クラスの玲華ちゃん、そして身体スペックが常軌を逸してる俺の三人は昼前に村を出ると、ものの1時間ほどでココまで辿り着いた。


 世界の果ては、なんか想像してたのと違う。

 こう、もっとなんかココに到るまでに紆余曲折がありそうな気がしてたのに、思いのほかすんなり着いて拍子抜けだ。

 水がザーザー流れ落ちる音が聞こえるけど、眼の前にあるはずの谷も、そこに流れ落ちてるはずの滝も霧のせいで見えない。

 でも霧に覆われたこの場所は一歩足を踏み外せば、間違いなく命が無い谷がある。


「……そういや、ムーのご先祖さんはどうやってココまで来たの?」


「この谷は≪兵主神≫と≪黄帝≫との神争いにて出来たと言いますので、わたしたちの祖が到る前には無かったのです」


「あー、なんか聴いたな。それ」


 確か、学校の授業で……あれ? なんか、こう大事なことを思い出せそうな……。


「玲華どのは己らが戻らなかった場合、邑へと告げて下され。決して、玲華どのも渡ろうなどとは考えぬように。……朱蝶どの、参りましょう!」


「――行くか!」


 龍の言葉に考えるのを止めて、俺も肚を括った。

 コイツは俺がどうなろうとも生きて返さにゃならん。


 霧のせいで良く見えない足許を慎重に確認して、俺は跳躍準備に入る。

 下手に助走をつければ谷に真っ逆さまだ。助走はつけない。代わりに俺がコントロールできそうな分だけの≪異気≫を染み出させる。


「行くぞ!」


「はい!」


 龍の返事を聴いて、俺は深い霧を割るように思いっきり跳んだ――



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