十二、ロウからの依頼
「望むものがあれば、言うてくれ。婿殿の友とあらば、儂の友でもある。融通しよう」
微笑むロウさん。でも目は本気っぽい。
何考えてんの? このジジイ。
「ま――」
「待てい!!」
俺のセリフを奪ったのはおひい様だった。
正座から跳び上がるように立つと、おひい様はロウさんを上から睨みつける。
おひい様の行動に身構えた≪ファン ブリョウ≫を、尚がねめつけて抑える中、おひい様はロウに怒りに震える声をぶつける。
「妾から僕を奪うと言うのか? ロウよ」
ロウさんはしれっと、
「朱蝶どのは≪巫姫≫どのの僕を辞している、そう聴いておるが?」
なーんて、口をきく。
おひい様が、激昂と伴に俺を指さした。
「アレは妾のじゃ!!」
――「アレ」って俺のこと?
「妾が捕え、妾が名づけた――妾の僕じゃ!! あやつにそのような事を決める権など無い!」
――カッチーン。カチンと来ました。
「おやあ? おかしいのう。龍の語りによらば、朱蝶どのに名を与えたは龍。捕えたのも龍。そのように聴いたが?」
「――何を……」
「しかし、我が孫の婿たる龍は朱蝶どのを友と扱い、≪巫姫≫どのは己が僕と言う。……さて、朱蝶どの。どちらの言が正しい?」
嫌なジジイだ。俺にだってわかる。
このジジイ、おひい様のプライドを刺激して、わざと俺にとって不愉快な言葉を引き出しやがった。
……このじいさんの思惑通りに運ぶのはイヤだけど、おひい様からの侮辱はもっと許し難い。
「俺は龍の友です。そこのちんちくりんの家来じゃあ、ございません」
「……ちんちくっ――」
絶句したおひい様の顔から急速に血の気が引いていく。
あんまり怒ると、そうなるタイプだったらしい。新発見だね。
その隣で尚が「あわあわ」してる。手と目を泳がせて「あわわ」って言ってる。
「さて、そなたの友の龍は、我が孫の婿にして我が友の息子。彼らならば≪ムー≫たる我らを援けるとは思わぬか?」
イイ性格してやがる。俺の言質を取ろうってのか。
この世界では文書が一般的じゃない。
つまり、口約束が絶大な効果を発揮するんだ。
この世界では、重要な約束を破ったヤカラは問答無用で村八分らしい。
……俺の場合は、どうなるか知らんけど、龍のこともあるし不用意な発言は避けないと。
「龍は公国の人間でもありますよね? 公国に対して弓を引こうって人間の味方なんかするとは思えませんけど?」
「ふふ、なるほど。朱蝶どのは儂を警戒しておられるな? じゃが――」
「――お待ちを。ロウどの」
ロウの言葉を遮る声が俺の右手側からかかった。
中立派の筆頭≪ニュウ ノン≫だ。
平凡な顔のノンさんは、俺を見ながらロウじいさんに尋ねる。
「ロウどのは『今日は、ここで≪意≫を述べるべき者を呼ぶ』と言って、この人妖を招いたが……まさか、この人妖の≪意≫を聴こうというのか?」
「そうじゃ。朱蝶どのの内には我らが同胞がいるのだ」
ロウじいさんの返答に、主戦派の≪ファン ブリョウ≫から低く嘲るような笑い声が響く。
若いのにブリョウの笑顔はどっか捻くれてる。ヤなヤツっぽい。
「ロウどのも耄碌したようだな? どうして、そこの人妖のうちに≪ムー≫の亡者がおるというのだ?」
そりゃごもっとも。そうです。
ロウじいさんよ、誰もそんなこと信じやしない。
だから俺はお暇しても良かあないか?
「……いるさね。その人妖の身体ん中には、たーんと≪ムー≫の≪ダオ≫がいる」
ロウさんの右手の後ろ、俺から見ると左手の奥からヨボヨボのおばあさんが現れた。
どっかで見たことあると思ったら、俺が起きた夜に真っ先におひい様の≪竜眼≫で動きを止められてた人だ。
「――≪シヴ・シャン≫、まさか貴方様までそのような?」
ノンさんとブリョウが揃って驚きの声を上げた。
現れたおばあさん――≪シヴ・シャン≫と呼ばれた老婆は、みんなが鎧姿の中で独り青色の着物の上から、茶色いポンチョみたいのを着てる。
エラい人らしいね。
「ニュウ族のノンよ。貴様の半身も人妖のうちにおるぞ」
「――バカな!」
ノンさんの顔が蒼褪める。
半身って、何?
「まったく、せっかく≪雷名≫どのの顔を拝んでいたのに……上の≪ダオ≫が妙に騒がしいと思えば……」
おばあさんの呆れ声。
いや、待って! その≪ダオ≫って何?
そう思って、おひい様を見ればまだ立ち尽くしてる。口の動きを見ると「ちんちくりん……」って動いてるように見える。
尚を見れば、まだ「あわわ」ってやってる。……ダメだ、コイツら。
「≪シャン≫。どうかこの場に立合いを」
ロウさんが頭を下げると、おばあさんは鼻を軽く鳴らして「よっこらせ」って言いながら、ロウさんのすぐ後ろに胡坐を掻いた。
「朱蝶どの。この方は≪シヴ・シャン≫――ムーの巫祝だ。≪ダオ≫の質を見て、我らを導く」
ロウさんからご紹介がある。
なるほど。歳経た巫女、どっちかってーとシャーマンみたいなモンか?
「≪ダオ≫とは……そうさな、公国で言う鬼や≪気≫と同じようなものかな? ただムーにおいては万物に宿ると言われているが」
おう、有り難いことにロウさんから丁寧な解説。
うーん、精霊信仰ってヤツなのか?
どっちにしても、そこのおばあさんはムーではなかなか権威というか、権力というかがありそうだね。
「ふん、帝域に生きる者はそこの≪巫姫≫にしろ、みな傲慢だ。……≪ダオ≫を従える事ばかり考えよる。ましなのは玲ぐらいだったよ」
「あの、玲って龍の母ちゃんですか?」
褐色の肌に深い皺を刻んだおばあさんは頷いた。
「そうさ。あの子は≪ダオ≫に生かされるって事を良く弁えてた。……人妖、お前の魂もまだましなほうらしい。同胞の魂が安らぎつつあるようだ……もの凄いものも飼ってるようだが」
目を細める≪シャン≫おばあさん。
マジで見えてるのか? 俺の中。
「……待て。そこの人妖のうちにいるというのか? 父や母も?」
ブリョウが訝しげにおばあさんに問う。
そうか。俺ん中には、ここにいるみんなの血縁がいたとしてもおかしくはないのか。
「おうさ。お前の母はおらんが、父はまだいるようだね。ついでにファン族の者も多い」
目を凝らして俺を見るシャンおばあさんに、ブリョウが疑問の声を上げる。
「そんな事があるか?! なぜ、我ら勇猛なファン族の者らの魂が、こんな人妖の中なんぞにいるというんだ!」
「呑んだのさ。この人妖は。……南沼の≪ダオ≫が歪み、膨らんでるって言っただろう? それがなんだかまたおかしな事になってた様子だから、狩り手を向かわしたんじゃないか?」
なるほど。ソイツらが俺たちを発見・回収したわけか。
おひい様の使う巫術とかとは、別の体系のなんかを使ってるのか? このおばあさんは。
「そこの人妖が呑み込んだんだよ。悪い≪ダオ≫ごとみーんな。……だから、地下に閉じ込めたんじゃないか」
よくご存知で。
しかし、そうか俺の扱いが微妙にヒドかったのは、このシャンばあさんのせいか。
そう考えるとちょっとムカつく。
「――聴いてない! ムーの≪ダオ≫が南沼にいたなど、そんな事は聴いてないぞ! シヴ・シャン様!」
狼狽えるブリョウにシャンばあさんは首を振る。
「同胞が悪い≪ダオ≫になってるなんて、言えるかね? それも特大のだ。……最近までは危うかった。けれど、それも人妖どんが何とかしちまったようだね」
シャンばあさんの言葉にブリョウが沈黙し、首を振ったあとで俺を睨む。
いや、睨むっていうか、これはなんだ? 顔がコワいからなんか睨まれてる感じがするけど……。
「――それで父は、みなは何と言ってるんだ? 何を求めてる? 仇討だろ? なあ、そうだろ?!」
「……えーと、『生きてるみんなに従う』って……」
「――バカな!!」
ブリョウが立ち上がったぞ。お、なんか車座を割って俺に向かってくる。
おう、なんだなんだ?
「偽りを言うな! ムーの勇猛な戦士たちがそのような惰弱な事を言うわけが無い!!」
「ちょ、待って! んなこと言われても……」
胸倉を掴まれて無理やり立たされる俺。
俺の顔にめちゃめちゃ、メンチ切ってるブリョウくん。
どうしろってーの?
(……己の言葉を伝えてくれぬか?)
俺の身体ん中でささやかな声が響く。何度か俺ん中で怒鳴ってた声だ。
え? 誰? コイツの父ちゃん?
「……えーっと『……勇を以て守り、膂力を奮って戦い、死すれば祖霊の下に還る。讎を討つは祖先の名に恥じぬ為……』」
「ちち、うえ?」
「……『じきに己も祖霊の下へと還るだろう。ならば、お前は己らに恥じぬように決めるがいい』……だって……」
ブリョウの腕から力が抜けてく。
だらんと腕をブラ下げて立ち尽くすブリョウ。
あー、コエー。急にキレんじゃないよ、まったく!
「ブリョウどの席に戻られよ。……朱蝶どのも座に着いてくれ」
ロウさんの声に呆然としながらのそのそ戻ってくブリョウ。
ちょっとビクビクしながら、その背中を見送って俺は座った。
「……さて、みなにもわかったと思うが、そこの朱蝶どのはこの場におるべきだ。異論はあるかな?」
沈黙。
呆然とするブリョウに、深く考え込むようなノンさん。
ちなみに、おひい様だけが立ったまま、まだ「……ちんちくりん」って呟いてる。
「……ロウさんは、俺になんかさせようって言うんですか?」
おひい様の呟きが漏れる中、俺は挙手しながら発言した。
ロウさんはふむ、って感じでちょっと考えるような素振りをしてから、口を開いた。
「朱蝶どのには、異界を見て来て欲しい」
異界? え、なんで? 急じゃない?
ビックリしたのは俺だけじゃないみたい。
ノンさんを初めとした中立派の人たちも、ブリョウを除く主戦派の人たちも一斉にロウさんを見る。
「……ちんちく……」
みんなの疑問が渦巻く広間に、おひい様のそんな呟きが響いた。




