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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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十一、鬼たちの結論



 その日からというもの、玲華ちゃんはことあるごとに龍の家に顔を出すようになった。

 そして、彼女が現れるたびに、俺は何かと理由を付けて外出する。


「朱蝶どのは、玲華どのが苦手なのですか?」


 龍が心配そうに訊いてきたけど、俺は首を横に振った。


「若いふたりの邪魔しちゃ悪いじゃん?」


 建前だ。本当のことは言えない。

 まさか、巨乳から目が離せなくなる病気に罹ってるだなんて、兄貴の沽券に関わる。

 だから顔を赤らめる龍に何も告げずに、俺は今日も独りで外出する。



 俺たちがこの村に運び込まれてから既に二十日になる。俺が目覚めて十六日だね。

 流石に、村の人たちの警戒心も薄れてきたようで、俺が独りで歩いてても見とがめられることはほぼ無い。

 って言っても俺が歩いてる範囲なんて知れたもんだ。


 この村の中央北寄りに龍の家はあるっぽくて、そこを中心に20分圏内が俺の散歩コースだ。

 かと言ってそんな狭い範囲じゃ見るものも少ない。

 村を突っ切る小川や、藁葺きの背の低い家々や、集会所ぐらいしか無い。


 集会所ってーのは、目覚めた夜に俺が地下と屋根を突き破って、飛び出したあの大きな家だ。

 そこでは、今日も≪ムー≫の各部族の代表が相談してる。

 一度だけ、入口からその様子を覗いてみたら、チラッとおひい様の姿が見えたのですぐに踵を返した。

 龍によれば、おひい様は公爵様の名代扱いされてるらしい。


 玲華ちゃんのおじいちゃんのロウさんが、そうしてくれって頼んだんだって尚から聴いた。

 おひい様の恐ろしい力は、俺が目覚めた夜に、多くの≪ムー≫の人たちが体験してる。

 ロウさんは、おひい様のあの行動を、単なる示威行為パフォーマンスだと受け取っているふしがある。


……俺は絶対、本気だったと思ってるんだけど。たぶん、おひい様は≪ムー≫の人たち皆殺しにするつもりだったんじゃないか、って。


 公国にしてみれば、それが最高に単純でわかり易い。

 取引や戦争って段階に進行する前に、ぜんぶ無かったことにする――おひい様なら、それぐらいのこと考えてもおかしか無い。

 今は何を考えてるのかわかんねーけども。


 おひい様の思惑はともかくとして、ロウおじいちゃんは「長双を殺し、≪巫姫≫を人質にする」って言う主戦派に対する牽制のつもりで、おひい様を呼んでるらしい。

 効果は抜群でしょーね。



 ただ……まだ、そのおひい様は俺に謝りに来ない。

 強情にもほどがある、ってもんだ。


 俺から謝りに行くべきだろうか?

 でも正直、俺は対人関係でミスって来た口だから、こんだけ時間が経つとどうしてイイやらわかんない。

 だから、龍にはいつだって悪いと思ったら即座に土下座して来たし、仏かってくらい心の広い龍は許してくれるし。



……うーん、どうするべきだと思う?


『知るか』


(そうさのう、相手はあの≪巫姫≫じゃからな)


(≪巫姫≫といえど、所詮はひと。そのうち折れる)


(いや、ああいう娘は一度こうと決めたら頑として動かないものだ。俺の妻がそうだった)



 小川のほとりでぼけっとする俺の脳内では、俺の来し方について様々な意見が出てくる。

 俺の中の幽霊さんたち、プラス蛟だ。


 幽霊さんたちの合議は先日、俺が「巨乳」と連呼してたぐらいの頃に終わったらしい。




 ―――





――今を生きる者たちに、従う。

 それが、彼らの結論。


 当然といえば、当然の結論に思えるけど、勇気ある決意だと俺は思う。

 かの十八世紀最大の倫理派だったあの人だって「他者を道具として扱うのは仕方ない」的なこと言ってたのに、彼らは自分を「他者の道具」にしようとしてる。

 結論が復讐なら、復讐の為の。共存なら、共存の為にゆっくりと消えようとしてる。

 実際に、彼らの多くはもうだいぶ「≪気≫の流れ」とやらへ還り始めてる。


 最初は厚みのあった頭ん中に響くノイズが今では、それぞれの呟きぐらいに聞えるんだから、もの凄い速度だ。

 ふいに、ぽつりって感じで、


(感謝する)


 みたいな言葉が俺の身体ん中に響くと、喋ったヤツは大概消えてる。

……俺はなーんもしてねえのにな。


 勢いで鬼と誓いを立ててしまった蛟にも、現状に特に異論は無いらしい。


『竜は千歳を大きく超える時を生きる。数歳、数月、数旬などという時は刹那に等しいのだ』


 蛟が二百歳ってのでも充分驚きなんだけど、それでも蛟はまだまだ竜でも子供のうちに入るらしい。

 母ちゃんと一緒にいたわけだ。


 その母ちゃんとの話も昨日、なんとなく聴いた。




『……初め、あの沼に母とともに棲みついた時、歳経た魍魎がいた。なんという事もない、ただの下格の≪怪≫だった』



 俺が、今日と同じように小川のほとりでぼけっとしてた時、蛟は急に喋りはじめた。



『竜というものは、陰陽を和する。本来≪異気≫を祓い≪気≫を整える獣だ。ゆえに魍魎ごとき放っておいても害などあろうはずも無いはず、だった』


 俺も、俺ん中の≪ムー≫の人たちも静かに心を傾けていた。


『しかし、ある日その魍魎がこの腹に取り憑いたのだ。剥がそうと試したが何やら大きな≪異気≫を纏って鬼ども集めよる』


 どんどん、どんどん身体が穢されていった、そう蛟は言う。

 たぶん、長双さんあたりが活躍し始めた頃だったんだろうなあ、と思った。

 けど、長双さんが悪いわけじゃない。たぶん、地理の問題なんだ。



――戦場の≪気≫は≪兵気≫によって切り裂かれ、≪異気≫となることが多い――



 南沼に向かう俺たちに向かってそう言った、おひい様の言葉を思い出した。

 あの南沼――湖は、戦場から近くて、人里離れてる。誰も魍魎の変化に気づかなかったんだ。

 しかも、≪ムー≫と公国の戦争はかなり長期だったっていうから、そのバケモン――魍魎はゆっくりと大きくなっていったんだろう。

 そして、とうとう神獣でも子供で、力もそんなに強くない蛟のほうに取り憑いた。



『≪異気≫は祓えども膨れ上がり、この身は穢され、助けようとした母の身をも穢し始めた』


 そうか。

 あの時、蛟の母ちゃんが俺たちに襲いかかって来たのは、病気の息子を守ろうとしたからだったんだ。

 そんで、立派な神獣様であるところの蛟の母ちゃんをなんとか倒せたのは、穢されて弱ってたから、ってことなんだろう。



…………ほんとうに、すまないことしたなあ。


『母を殺したゆえに、貴様はこの身によって殺されるのだ。……憶えておるだろう?』


 そうだな。

 でも、一度ちゃんと謝らせてくれ。返事はなくてイイから。

 ごめん、な。



『…………』


 蛟の複雑な想いの沈黙が聞こえた気がした。




 ―――




「朱蝶どの、よろしいでしょうか?」


 昨日の蛟との会話を思い出して、ぼけっとしてた俺の耳の穴に、尚の声が這入って来た。

 振り返れば、困り顔の尚がいる。


「……おひい様ですか?」


 俺は思わず希望的観測を口にしてしまっていた。けど、訊かれた尚はやっぱり残念そうな顔。

 じゃあ、尚の用事はなんだろう?


「ロウどのが、朱蝶どのにお話を伺いたいと言っておられます」


 玲華ちゃんのおじいちゃんで、ラン族の族長のロウさんが、俺に?


「へー……まあ、いいけど」


 俺は立ち上がって尻に着いた草きれを払うと、先を歩く尚に従って、歩き出した。




 ―――




「人妖、いや、朱蝶どのか? 偶にこの屋を覗いておったな?」


 車座にみんなが座る奥の席にどーん、って感じで座ってるロウさんが声を掛けて来た。

 俺から見て右手側には中立派の≪ニュウ族≫を初めとした諸部族の人々が、左手側には主戦派の≪ファン族≫を初めとした諸部族の方々が並んでる。

 全員、同じような皮の鎧を着てるから、モブのみなさんはあんまり見分けがつかないけど、どっちのリーダーも目立つから良くわかる。


 何回か覗いて龍に確認をとったおかげで、俺は両派のリーダーを知ってる。


 ≪ファン族≫の族長にして主戦派の筆頭――≪ファン ブリョウ≫は若い。

 まだ二十歳ほどらしく、両親を長双さんに殺されている為に血の復讐を願ってるそうで。

 見た目はひとりだけ派手な赤い飾り紐を肩から垂らした、ゾウの皮をそのまま使ったみたいな灰色の皮鎧を着けてる。なかなか精悍な顔をしたちょっとアブなそうな青年。


 ≪ニュウ族≫の族長にして中立派の筆頭――≪ニュウ ノン≫は女性だ。

 たぶん、三十ぐらいの女武者は戦で夫を亡くしたらしいけど、≪ムー≫の未来を現実的に見つめてる。

 化粧っけもない平凡な顔の女性だが、たまに口にする言葉は的確で相手を黙らせるに充分。だから、平凡な見た目なのに随分存在感がある。


 そして、≪ファン ブリョウ≫とロウさんに挟まれる形で、おひい様が仏頂面を晒して座ってる。


 流石に気まずいなあ。

 俺を連れて来た尚はすすっとみんなの後ろを通って、おひい様と≪ファン ブリョウ≫の間に座ってしまった。

 置いてきぼりの俺は、ロウさんに手振りで勧められて車座の奥と向かい合う形で割れた場所、主戦派と中立派の間に座った。


 みんなからの視線が痛い。

 この場には全部で二十人ぐらいはいるね。その全員の目が俺に注ぐんだから、スッゲえヤダ。



「実は昨夜、孫から実に面白い事を聴いてなあ。……朱蝶どのの内には先の戦乱にて死んだ≪ムー≫の鬼が数多ある、と」


 ロウの言葉に、その場のおひい様と尚以外の全員がロウを見て、俺へと見開かれた目を注ぐ。

……玲華ちゃんか……確かに俺は龍だけには体内の現状を報告してるからなあ。


「しかも、その≪ムー≫の鬼たちは≪鼻削ぎ≫を如何にするか、結論を出した、と」


 今度は、おひい様と尚まで俺を見る。

 いや、ちょっと前に龍に報告したばっかりなのに、もう言っちゃったの?

 優秀なスパイだこと。かの女王陛下に仕えるという伝説の諜報員も真っ青だね。

 でも彼女にその自覚は無い気がするなあ。このロウさんがなかなか侮れないってことだろう。


「……そう、ですね」


 頷く俺に、ロウさんはさらに恐ろしい事実確認をしてくる。


「しかも、そなたは只今は≪巫姫≫どのの僕では無いとか?」


 俺もビックリしたし、おひい様もビックリした顔してる。

 それも、龍から玲華ちゃん経由で訊いたの?

 ちょっとちょっと、ふたりとも正直過ぎるよ!


「……なるほど。≪巫姫≫どのと朱蝶どの、ふたりの様子を見るに間違いのない事らしい。では、もうひとつ」


 ロウおじいちゃんの口から止めの一撃が放たれる。


「朱蝶どの。我ら≪ムー≫に付かぬか?」



 ええ? っていうかロウさんて和平派じゃなかったっけ?

 俺を使って何をしようってのよ?


 ヤバい、ヤバいよ……めっちゃ、おひい様が俺を睨んでるものぉ。



『…………』


 あ、俺の中の蛟が恐怖で震えてる。



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