九、ゴロゴロする日々
「とりあえず、頭上げて?」
「しかし、朱蝶様――」
「その様付けもヤメて?」
そう呼ばれるたびに首筋が痙攣する感じがする。気持ち悪いんだ。
とりあえず、尚と改めて正座で向き合う。尚の頭の形が残ってる床を挟んで。
「俺は尚どのの仲間っす。仲間のお願いは聴きたいし、できる限り叶えたい」
「――では」
「でも、おひい様とのことは別っす」
しょぼーん。
そんなあからさまに「しょぼーん」ってされると、コッチが悪いことしてんじゃないかって気がしてくるからヤメて欲しい。
「イイっすか? おひい様は俺にヒドいことをしました。こちとら踏んだり蹴ったりです」
実際、文字通りにされたわけだ。
「でも、俺も悪いことをしました。……今では、反省してます」
俺がやったのは言葉の暴力だ。
しかも、状況を盾にとったんだからタチが悪ぃ。
「なので、とりあえず、おひい様から先に謝って頂きたい。謝って頂くまでは俺は気持ち的には無所属です」
「つ、つまり、おひい様が朱蝶さ……どのに謝罪されれば?」
「俺もおひい様に謝って、仲直り。そんで、元通り」
そう、ココだけは譲れない。絶対に譲れない一線だ。
悪いことしたら謝る――これ、ジョーシキ。
「では! 早速――」
「待った!」
立ち上がった尚に俺は待ったをかける。尚が首を傾げながら俺を見る。
「尚どのが強引におひい様を謝らせるのは、無しっすから!」
尚は困ったような顔してるけど、俺の言ってることは、そりゃ当然ってもんだろ?
母ちゃんが出ばって悪ガキに頭を下げさせて許されるのは、せいぜい小学生までだ。
おひい様は十三か十四ぐらいのはず。だったら、自分のケツは自分で拭うべきです!
それにこの条件はそんなにハードル高くもないでしょ?
考えてみれば、おひい様は俺以外のメンバーは慰めたり、頼ったり、長双さんに対してはズバリ謝ったりしてるわけだから。
……世の大人たちは、たとえペットにだって子供が悪いことしたら謝らせるべきなのだ!
俺が要求してるのは物質的な報酬なんかじゃない! 精神的報酬なのだ!
俺は、今回は正しいはずだ! ……たぶん。
「わかりました! この尚が、なんとかしてみせましょう!」
なんで、そんなに尚が意気込む必要があるのかわかんないけど、まあいっか。
そのうち、おひい様のほうから顔見せに来るでしょ?
「……さて、どのように転びますか……」
そんな、ちょっと呆れたみたいな龍の呟きを聴いて俺はちょっとだけ不安になった。
―――
それから七日が過ぎた。
けれども相変わらず、おひい様は現れない。
代わりに尚が頻繁に顔を見せるようになったけど、その顔はいつも無念そう。
おひい様は俺が思ってた以上に強情っ張りだったらしい。
しょうがないので、今日も俺と龍と、ちょっと落ち込み気味の尚の三人でお茶を飲む。
荼とかいう植物を乾燥させて煎じた飲み物らしーんだけど、感覚としてはまんま緑茶だ。
公国じゃ飲んだこと無いから≪ムー≫独特の飲み物なんでしょう。龍によれば、ここでは栽培もしてるんだって。
≪ムー≫といえば、この村の人たちも、俺の中の幽霊たちも、日夜議論にせいを出してるらしい。
この村も、俺の身体ん中も、≪ムー≫は≪ムー≫でもいろんな部族がいるらしく、全然合議が成立しないみたい。
会議は踊る、されど進まず。ってヤツだね。
どっちにも、和平派、主戦派、中立派がいて、それぞれ長双さんの扱いで揉めてるらしい。
和平派は「≪鼻削ぎ≫を返還してこそ、我らと公国の和議が成る」と言う。≪ラン族≫のロウおじいちゃんが中心。
主戦派は「≪鼻削ぎ≫を血祭りに上げ、≪巫姫≫を人質に公国と争おうではないか」と言う。中心は≪ファン族≫の方々。
中立派は「≪鼻削ぎ≫を留め置き人質にして、公国に自治を認めさせよう」と言う。中心は≪ニュウ族≫の人々。
で、問題の中心の長双さんはというと、未だ地下牢で大人しくしてるらしい。
らしい、ってのは俺が長双さんと八日前の夜以来会ってないから。
俺の半身は相変わらず鱗に覆われてるんだ。≪ムー≫の人たちを刺激しないように、あんまり出歩かないようにしてる。
長双さんには会いたいけど、俺の中で行われてる会議のことを考えると軽々とは顔を見に行けない。
憎い仇の顔を見て、俺の体内で行われてる議論が、主戦派に軍配が上がっちゃった。なーんてことになったら目も当てられない。
たまに長双さんを見に行ってる龍の話によれば、元気そうなので一安心。
龍が部屋にいない間は一日中ゴロゴロしながら、身体ん中の≪ムー≫の議論に耳を傾けたり、時々口も出したりしてる。
もちろん、俺が肩を持つのは和平派だ。俺の体内には主戦派が多いからね。
で、龍がいる時は、龍に付き添って貰ってちょっとだけ外に出る。
龍は公国の人間だけど、≪ラン族≫との縁談が決まってるし、そもそも龍の親父さんはここにいる≪ムー≫の人たちの恩人に当たる。
だから、みんな俺の右の首筋とか手とかを見てぎょっとするけど、龍を見て「ああ」っていう顔をする。
最近は俺の姿にも若干慣れて来た様子。今日はとうとう子供に石を投げつけられた。……親愛の挨拶だよね?
ちなみに、この村は女性比が圧倒的に高い。
たぶん、五年前の戦争のせいなんだろう。俺が見る限り男・三に、女・七、って感じだ。
労働力が足りないせいか、働く女性の姿をよく見かける。
……なんかエロい。
ところでそんな散歩をしてると体内の≪ムー≫の人たちに変化があることがわかった。
――人数が減っていく感じがするんだ。
ちょっとホラーテイストだけども、実情は違った。
『≪気≫の流れに還っているのだ』
最近、めっきり大人しい蛟だ。しかし、「≪気≫の流れ」って何?
『≪気≫や≪異気≫は力を集め、操るだろう? あの力へとみな変わっている』
…………まじで?
じゃあ、あの身体ん中でパチパチいう感じのエネルギーって、なんか未発見の粒子でもなんでもなくて、人の幽霊だったの?!
『何を言うておるかは、わからんが。力とはひとの鬼のみに限らず、あらゆるものの果ての姿だ』
マジかよ! 今まで、滅茶苦茶使っちゃったじゃん!!
『貴様が何を懸念しておるかは知らん。しかし、鬼が力に変ずるは、妄執の晴れたゆえだ。……おそらく、同胞の姿を見て妄執を忘れたのだ』
……じゃあ、いいのか? いや、どうなんだ、それ?
前に俺は≪気≫は原油みたいだな、って思ってたけど、まさしく≪力≫とやらのほうが原油っぽいじゃないか?
確か人間だった頃、生き物の遺骸が地中で圧縮されて、原油になるっていう話を聴いたことがあるけど……。
ソレの「精神とか魂」版が、≪力≫ってヤツじゃねーか!
……原油の生物起源は一説によれば、って話だった気がするけど、こっちじゃ間違いなく元人間の魂やらなんやらがエネルギーに変換されてるらしい。
イイんだろうか? ……いや、仕組み的な問題なんだろうから、イイも悪いもナイんだけど。
「――そういえば、そろそろ七月の上弦ですな。七夕ということになりましょうか?」
人間の魂を源とした力を使用することの是非について、俺が足りない頭を悩ませてると、龍のそんな言葉が聞こえた。
「しちせき? 七夕じゃ無いの?」
「たなばた、不思議な言葉ですな」
なるほど。同じ漢字が脳内に浮んでも、読みは違うらしい。
考えてみれば、これも随分不思議なことだ。
つまり、俺は耳でふたつの音を聴いてる。――現実に話し手が発音してる音と、俺独自の読み。
さらに、そこに脳内に浮ぶ漢字まであるんだから、まったくもって珍妙極まりない。
まあ、助かってるからとりあえずはイイけども。
「それで、その七夕はやっぱ星祭的なヤツなの? こう、引き裂かれた女神と男神が会う的な……」
あれ? 自分で言っててなんか既視感が凄い。
こっちの世界に来てから、そんなような話を聴いたような……?
「朱蝶どのの世界では、そのようなものなのですね? ……こちらでは、女子が想い人の家の玄関の柱に手ずから結った紐を括るのです。紐の染め色などで、誰の紐かわかるようにして」
アラ、ヤダ!
何、ちょっと告白イベント?!
お兄さんの中の『オネエさん』が目覚めちゃう!
「まあ、≪ムー≫にはそのような風習はありませぬが……」
俺の中の『オネエさん』轟沈。
「上弦までには≪玲華≫どのも戻ってくるはずです」
あれ、そんな名前の人知り合いにいたっけ?
名前が漢字で浮かぶってことは≪ムー≫の人じゃ無いの?
「≪玲華≫って誰だっけ?」
「己の……なんというか……許婚、です」
「…………」
「朱蝶どの?」
――…………まっったく、忘れてたっ!!!
わしゃあ阿呆か! ……いや、阿呆でクズだったな!!
……いや、待てよぅ。俺も悪いが、向こうも悪いんじゃないか?
龍が俺のことをなんて言ってるかは定かじゃねえが、悪く言うはずは無い!
下手すりゃ「己の兄のような……」なんてことを、龍なら言いかねない! ……テレるじゃねえか。
いやいや、そうじゃなくて! そう、そんな俺に顔見せに来ない相手も悪い!
だから、お互い悪かったってことで! 忘れてた俺も悪かったし、その≪玲華≫ちゃんも悪かった、ってことで手打ちだね!
……なんかズレてるぞ。俺。
そうだ、龍がなんか言ってたな。「戻ってくる」とか、なんとか。
「戻ってくるってどこから?」
訊いてみた。
「狩猟、ですな。……己の為に大物を獲ってくる! そう意気込んでおりました」
「……アマゾネスなの? その娘」
「何を仰せかはよくわかりませぬが、確かに≪ムー≫でもふつう、狩猟は男の仕事ですな。……男手が少ないゆえ、女ばかりの狩り手もいるらしいのですが」
アマゾネスじゃん。
こんな森の深くで、愛しい男の為に獲物とってくるってなんか、アマゾネスじゃん。
……急に、龍のことが心配になってきた。
コイツは強えけど、流石にヘラクレスレベルじゃないはずだ。
下手すりゃ殺されちゃうんじゃないの?
「……旬ぶりかあ……」
ニヤけ顔でそう呟く龍に、俺はかける言葉が見つからなかった。




