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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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七、望郷



 内容盛りだくさんの夜から一夜明けて目覚めると、俺の身体は相変わらず半ば鱗に覆われていた。

 でもケガは治ってる。


 そのことを先に起きてた龍に訊いたら、


「昨夜、姫様が再びお出でにくださって、創癒をなされたのですよ」


 との、こと。



……流石に昨日はちょっと、言い過ぎたかなあ、って早くも後悔。


 うーん、でも俺は自分の思ってることを言っただけだしなあ。

 イイ・悪い以前に、実際に俺には選ぶ権利、というか力があってしまうわけで。


 考えてみれば、これは人間だった頃から通しても、初めての経験なのかもしれない。

 俺は、いつでも状況に、周囲にお伺いを立てて来た。

 向こうの世界に居た頃も、こっちの世界に来てからも、それはあんまり変わらなかった気がする。


 いや、もちろんこっちの世界に来てからは自分で決意して、行動してきたつもりだ。

 龍との信頼関係だって、そうやって築いて来たつもりだし、みんなを守ることだって俺の意志で決めたことだ。

……向こうの世界に居た頃は、自分の意志で引き篭もってたっていうのは置いといて。

 蝶になってからの「巨乳ちゃんの谷間で潰される」っていう決断も、自分の意志といえば意志だったっていうのも置いといて。




 ―――




「そーゆうのとは、何が違うのかと問われれば、今回は自分で状況を動かせてしまう、というトコロが違うんだよなあ」


「はあ。……そのようなものですか?」


「そのようなものなのだよ、龍くん」


 てな感じで、俺は龍の部屋の床に正座しながら、対面して同じく正座する龍に話しかける。


 そう結局、俺の中身は、なーんにも変わっちゃいないのかもしれん。

 キレてたからとは言え、おひい様に対して酷なことをああもスラスラ言える俺は、やっぱりクズなんだろう。


 阿呆の俺が、クズの思考でモノを考えたって、ロクな結論が導き出されるわけがねえ。


 だから、俺は俺の外部に独立した良心に相談する。――龍だ。

 これが俺が今できる最良の選択だ。

 人間の時も、この世界に来たばっかりの時も、他人の顔色窺ってるクセにぜーんぶ独りでやろうとしてた。

 クズの身のほどをわきまえて無かったんだ。


 龍は真人間。

 その真人間の龍ですら、俺に相談したり、おひい様に相談したりしてたらしいんだから、クズの俺が独りっきりでなんかしようなんて、まさしく愚の骨頂。


 龍に相談し始めながら、「さぞ、耳の痛いことも言われるんだろーなあ」と思ってたら、その龍の口から意外な言葉が出てきた。



「……昨夜は、思わずあのような事を申しましたが、よく考えてみれば姫様も悪い」


「マジで?」


「おかしな事を申しましたか?」


「……いや、別に、そういうわけじゃねえけどさあ」


「――姫様は確かに、朱蝶どのとは主従であられる。しかし、主が主足らざれば、僕が逃げるもまた道理というもの」


「そういうモンなの?」


「ひとの主従にあってはそのように簡易には参りませぬ。しかしながら、朱蝶どのと姫様の御関係はどちらかというと、≪仙≫の師弟や、巫者が鬼怪を使役する場合に近いのでしょう」


 近いっていうか、そのまんま最後のたとえ通りなんじゃねーのか?


「そーゆう場合、下のヤツがその師匠とか主に納得いかない時はどーなんの?」


「≪仙≫の場合は、老師を変えるのでしょうな。巫者と鬼怪の場合は、鬼怪が主を≪喰らい≫ます」


「ふーん。……――っ、食うの?」


 俺の頭の中に、俺が大口を開けておひい様の頭をかじる映像が……浮ばない。

 おひい様がいくら小っちゃいって言っても、そこまでは小っちゃかー無い。


「≪喰らう≫と申しましても、すべは様々でしょうな。要は在り方を損なう、というところでしょうか? その辺り己も詳しくは知りませぬが。もちろん、まさしく食す、という事もございましょう」


「……何、じゃあ、俺がおひい様から本格的に解放リリースされるには、俺がおひい様を≪喰らう≫しか無いわけ?」


「そこです。……朱蝶どのは鬼怪とは言い難いのではないでしょうか?」


「え? そうなの?」


「ふつう、鬼怪の如きが≪怪≫に成りかけていたとはいえ、竜――蛟を≪喰らう≫などあり得ないのでは無いか、と考えるわけです」


 え? そういうことなの?

 つまり、俺は蛟を≪喰らった≫ってことになるのか?

……待てよ。


「いやいやいや。あの時に龍は、勝算も無いのに俺に『出来る』なんて言ったの? そんなわけ無いでしょ?」


「もちろんです。が、賭けに近かったのは否めませぬ。――しかし、己は朱蝶どのには『出来る』と思うたから、賭けたのです」


 真っ直ぐな目でそう言い放つ龍。

 やめてくれ。そんな瞳で俺を見ないでくれ。

 俺には少ーしばかり眩しすぎる。クズの俺はそんな眼差しには耐え切れないのだよ、龍くん。


「成算はあの夜の姫様のお言葉に因って立ちました。


――朱蝶は、的も無いのに飛び続ける矢のようなものじゃ。確たる≪意≫が無さそうに見えて、しなやかな≪意≫を持っておる――


……朱蝶どのは既にお気づきかもしれませぬが、おそらく朱蝶どののご存知の世界と、この世は違う。……≪意≫の強さこそがものを――」


「――待った!!」


 俺は龍の発言に思わず、腰を浮かせた。

 龍は軽く首を傾げてるけど、コイツは今、間違いなくヘンなこと言った。


「今、なんつった?」


「えーと、姫様が仰せになられた事ですか?」


「違う、そのあと!」


「この世では≪意≫の強さこそがものを言う?」


「その最初の言葉だよ! 『この世』ってなに?」


「ですから、朱蝶どのは異界から参られたのではないのですか?」


「…………」


 俺は、龍にそんなことは言ってなかったはずだ。

……いや、でも俺が龍の身体を借りてる間中、俺の思考は龍にダダ漏れだったわけだから、わかってもおかしく無いのか?



「――朱蝶どのは、帰りたいとお思いでしょうか?」


 そう訊いてきた龍の顔が微妙に引き攣ってた。


 そんなことは正直、訊かれるまでは思ってもみなかったけど……。

……今では、ちょっと帰りたいような気もしてる。


 俺は向こうで幾らかやり残してきたことがある。

 真面目に生きる。努力する。それ以上に、両親に何も返して無いし、中学ん時の≪ヤツ≫の名前も、顔も思い出さなきゃいけないような気がしてる。

 もうちょっとだけ、マシに生きれるような気もしてる。


 でも、なんでだろう? 龍が言いたくなかったことを言っちゃったみたいな顔してないか?


「己は、朱蝶どのと別れとうありませぬ。しかし、朱蝶どのが、帰りたい、と仰せになるのであれば、この一生を――一命を賭けます」



…………コイツは、バカだ。俺が思ってた以上のバカヤロウだ。

 コイツが「命賭ける」って時は本当に命賭けるんだからシャレにならん。

 俺が帰る為だけに「命賭ける」って、バカなんじゃねーか?!



「幸い、この邑はこの世の果て。≪大荒だいこう≫まではすぐです。朱蝶どのがどちらからいらっしゃったのかは存じませぬが、もしかすると帰れるかもしれませんよ?」



 帰れる――その言葉に俺の胸が疼いた。

 そうだ、龍は蛮――≪ムー≫は昔に、たぶん、スッゴい昔に≪大荒≫とやらからこっちの世界に来たって言ってた。

 同じルートを逆に辿れば、もしかすると、俺は帰れるのかもしれない。


 俺の身体がどうなってるのかは確かにわかんねー。

 もう、とっくに生命活動を止めて腐ってる可能性だってある。

……でも、ちょっとだけ。ほんの一瞬だけでも、母さんと父さんの顔を拝みたい気がしてくるから不思議なもんだ。

 幽霊みたいな形でもイイから。どうせ、終わった人生だから。


 しかも、もしかしたら、万が一って確率で元の人間の身体に帰ることも出来るかもしれない。

 向こうに戻って生き返れば、龍や長双さんほどじゃないだろうけど、俺がスルーして来てしまったイイ奴らと今度はちゃんと向き合えるかもしれない。

 そんなヤツらと本音を交わせるかもしれない。


――行ってみなけりゃ可能性はゼロだ。

 そして、行ってダメでも、たぶん、今の俺ならそんなに後悔しないだろう。



「己は悔いを残したくありませぬ。むしろ、帰りたい、と願われる朱蝶どのを引き留めたほうが、悔いるでしょう」



…………じゃあ、なんでテメェは、今にも泣きそうなツラしてんだよ。



「朱蝶どのには既に沢山のものを頂きました。己の限界を認める勇気を、みなを守る力を、分かち合い思いやる喜びを。だから、あとは己らの仕事です。――公国と≪ムー≫は歩み寄れる。朱蝶どのが己に証を立てて下さった」


 そう言って、俺の眼の前のコイツは、くしゃっとした泣き顔みたいな笑顔を見せる。



…………でも当の俺には、そんなこたぁ、コレぽっちもした覚えがねえ。

 むしろ、ぜーんぶ俺がテメェから貰ったモンだっつーの。



「己には、拝命した官職があり、長双さんの事も、≪ムー≫の者たちの事もございますれば……共は出来かね、ますけれども……朱蝶、どのが、帰りたい、と……」



 あぁーー!!

 阿呆は俺じゃねーか! コイツみたいなバカじゃなくて、本当の阿呆だ!


 俺は俺の中に居るヤツらに約束したじゃねーか!

 それを放って、投げ出して、長双さんのこともコイツにぜーんぶ押し付けて、そんで帰る?

 わしゃあ、阿呆か!!!



「バーカ! 帰ってなんかやるもんか!」



 俺はそう言って、泣いてんだか、笑ってんだか、よくわかんねー顔の龍の頭に、人間っぽいほうの左手を伸ばす。


 俺からすれば、龍は、友だちで、先生で、鏡で、分身で――もう、宿主やゆりかごって感じじゃないけど。


 でも、龍からすれば俺はやっぱり兄貴みてーなもんなんだろうね。

 俺には弟なんかいなかったから、よく知らんけど、兄貴は弟が頑張ってる時にはいつでも助けてやるモンだろ?

 だから、もうちょっと頼ってくれや。じゃないとお兄さん寂しいから。



 俺は、かなり大人びた、でも頑張り屋の弟分の頭を、不器用に撫でた。

 そうだ、こいつはまだ十五なんだったなあ、とか改めて思いながら。




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