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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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二、蛮の邑



――俺の頬を濡らした涙を、風が拭ってた。



 今、俺の脳内ではかの有名な「古典」とも言うべきSF映画のテーマ曲が流れてる。



――管楽器の低音が鳴り響き、そして、オーケストラが総力を結集したような壮大な音が続く。

 ゆっくりと静かに消えていく音を打ち消すように響く力強いドラム。繰り返され、次第に力強さを増していく音楽――



 曲名は確か――『ツァラトゥストラはかく語りき』――だ。



 同名の書物はかなーり有名だろう。俺でも知ってるぐらいだし。

 超人――スーパーマンの物語。


 でも、その超人は俺たちがよく知ってる青いコスチュームに身を包んだりはしない。

 ただ、単に「精神的」にスッゲえ「超人」って言う話だったと思う。

――人間を、精神的に「超越する」ということがどういうことなのかを描いた物語。


 どうして、そんな書物と同じタイトルを冠した曲が俺の頭ん中に流れているのかというと、夜空に輝くSFちっくなお月様がやけに近く見える事が理由なんだろう。

 あとは、今の俺の身体のせいだと思う。

 あの映画では、ラストに主人公が「超人間的な存在」へと変貌する。それは精神的に、そして、肉体的にも。

 だから、あの映画ではあの曲――『ツァラトゥストラはかく語りき』が流れるんだろうね。



 俺は下を見下した。

 俺が開けた建物の大穴の底で小さく見える龍が俺を見上げてる。その上の階から、龍と同じく俺を見上げている何人かが見えた。


 さっきまで俺が居た場所はどうも、地下だったらしい。

 一瞬だったけど、地下から一階を通過する時に、何人かの姿――ついでに元気そうな尚とおひい様の姿も見えた。



 眼下に広く視野を取れば、丸い家屋が幾つも見える。

 月明りに照らされた屋根はぜーんぶ藁葺きだ。


 さらに大きく俯瞰すれば、まあるく孤を描く木の柵と、その外側には同じく丸い濠が見える。

 この感じは公国の村じゃあ無い。

 でも、少し前にも見たことがある。あそこは廃墟だったけど。


――蛮の村だ。たぶん。



 そして、地下から飛び出してしまった俺は、現在、上空で風に吹かれながらその村の夜景を眺めてる、というわけだ。


 跳躍なんてレベルじゃない――もう、飛翔だ。


 気づけば俺の身体からは大量の≪気≫――っていうか≪異気≫だろう――が染み出している。


 つまり、精神的には相変わらずヘタれな俺は「かく語る」ほうでも、あの映画の主人公でも無い、超人ってことになるんだろう。

――なんなの? この身体――


 身体の力と精神のヘタれ具合のアンバランス。

 そうして、俺の頭ん中にはあの曲が流れる。そうだ、お決まりの「現実逃避」なのだ。



「デッカいなあ、月」


『朱蝶、貴様は何をしたいのだ?』


 心底困惑してるらしい、蛟が言う。


 何をしたい、ってちょっと龍が生きてたことに感極まっただけです。

 跳びつこうとして、ちょっと身体に力が入ってしまっただけです。≪異気≫のせいで。


『……二十丈はあるぞ。この身体は脆そうだ。落ちるから身体を固めろ』


 そうか、落ちるのかあ……。


「……って、落ちん――っ」


 上昇速度が緩んでるなあ、とは思ってたよ。それが一瞬停止して、俺の声を吹き飛ばしながら落下していく。

 でも、なんか、こう≪異気≫とかの不思議系な力で飛べるんじゃないの?!


『≪応竜おうりゅう≫でもあるまいし、飛べるわけがない』


 マジか! 先に言えよ!


『ほれ、さっさと身体を固めんか』


 俺の頭ん中に沢山の人の喚声――っていうか絶叫が響き渡る。

 そう、この身体の中には、さっきから喋ってる蛟だけじゃなくて、ひとつの都市ぶんの人口に匹敵するぐらいの人間の精神が詰め込まれてるんだ。

 蛟の声がデカくて、今まであんまり聞こえなかったけど、全員が一斉に悲鳴を上げれば、そりゃうるさい。

 俺の身体は今や絶叫マシーンと化してる!


 万有引力の法則はこの世界でも健在なんだ! ≪異気≫を展開しながら、俺は恐怖に眼を瞑った――




 ―――




 どうやら俺は蛮の村のど真ん中に落下したらしい。



――鈍い衝撃が≪異気≫で強化した身体を襲った。

 無事っぽいけど、なんかおかしい。右腕の感覚が無い。


 俺がゆっくりと閉じた眼を開けると、右腕が鱗で覆われてる。

 それどころか、なんか俺の身体イメージの倍ほどの太さに膨らんで、腕の先の手には五本じゃなくて、三本しか指が無い。

 指は一本一本が太くて、その先端からは鋭い爪が伸びてる。その爪が土の地面に突き刺さって、どうやら俺の身体の着地を助けたらしい。

 それにしてもなんだ、この腕? おいおい、これじゃあまるで――


『ふむ、少々不安だったから手を出させて貰ったが、要らぬ世話だったな』


 蛟の声だ。え? お前、そんなことできんの?


『できたようだな』


 まじかあ……。咄嗟に右腕だけに元の身体を再現するなんて。

 獣的な勘ってやつなのかな?……。


 まあ、いいや。とりあえずは有難う。


『うむ。それより何か不穏ではないか?』


 うん? あっれー……。


 蛟の言葉に辺りを見回せば、藁葺きと土壁の家々から、怪訝と警戒に顔をゆがめた人たちがぞろぞろ出てくる。

 みなさんの手には各々、黒い石の刃が括り付けられた鍬だとか、錆色が染みついた鎌だとかが握られてる。


 そうか、かなりデッカい音したもんな。でも、ちょっと待って。いきなり、そんな険しい顔で睨まなくても。うん?

 彼らの視線を追えば、俺の肥大化した右腕に行きついた。


人妖にんよう……皐の人妖が、逃げた」


 耳慣れない言葉――その単語だけじゃなくて、聞えた言語自体が耳慣れない語感を伴っていた。


「人妖?」


『人型の≪怪≫だな。≪神格≫に劣らぬ力を持つ。貴様はどうやら、それと考え違いをされたらしい』


 なるほど。この腕じゃしょうがない。

 いや――「皐の」って言ってたな……。



 俺の頭が急速に回転し始める。


――木格子に遮られた、俺と長双さんの居た部屋――つまり地下牢。首と手首に板を嵌められて大人しくしていた長双さん。

 長双さんの「助命」に奔走しているという、龍とおひい様。そして、蛮の村――


……これは、アレか? ひょっとして、長双さんの悪名が悪いほうへと機能しているんじゃないか?

 でも、まだ状況が不透明だ。


 俺が「人妖」って呼ばれる理由と、おひい様と龍、あと尚が自由の身である理由がよくわからん。

 蛮の人たちにとっては確かに≪雷名≫長双は仇だろう。

 でも、敵対関係にあるはずの皐公国の俺と長双さん以外のメンバーが解放されてる理由がわからん。


 そんなことを考えてたら右腕の指が勝手に爪を地面から引き抜いた。

 そのまま爪を剥いた右腕が振り上げられていく――咄嗟に俺はその攻撃的な右腕を≪異気≫によって空中に固定した!!


『何をする?』


 いやいや、そいつはこっちのセリフだっつーの! 何するつもりだ、蛟?


『決まっている。殺すのだ。このひと供はこの身――お前に害意を持っている』


 待て待て待て。アンタはどこの世紀末に生きてるんだ。

 モヒカンか? キミの心は「ひゃっはー」とか言ってるモヒカンレベルなのか?


『よくわからん。とりあえず離せ。こやつらを殺す。こやつらは察するに、貴様の同胞はらからの敵であろう』


 あー、もう、面倒くさい!


 俺は強引に右腕の肉を≪異気≫で萎ませる。

 初めてやったけど、うまくいったみたいだ。鱗と爪が剥がれ落ちて、俺の右腕からは血が流れた。

 強引に皮膚や肉を剥離させた感じなんだろう。――激痛が奔った。

 でも、俺はこの一月ほどの長双さんのしごきや、獣たちとの戦闘で肉体的な痛みには耐性ができてる。


『何を……』


「うるさい! 黙って俺の言うこと聞いとけ!」


 俺は大人しく、ハンズアップを決めて、周りの人たちのされるがままにした。

 殴られそうになったら、殴られて、蹴られそうになったら、≪異気≫なんかで守らずに蹴られたし、武器っていうか農具で斬られもした。

 そうしてボコボコにされた後で、俺は俺が飛び出してしまった建物へと引きずられていく。


『何がしたいのだ?』


 屈辱――そう言わんばかりの蛟の声が聞こえた。


 俺は長双さんの立場を悪くしたく無いだけだ。


……そういえば、この身体は元は蛟の物なのに、言語の翻訳が機能してる。蛮の人の言葉もだ。

 それだけじゃなく、ちゃんと考えてる暇は今まで無かったけど、竜である蛟とも問題なく言葉が交わせる。


 翻訳機能は龍の知識によるものじゃ無かったってことか?


 俺は痛みに朦朧とする意識の中でそんなことを考えてた。




 ―――




「朱蝶!」


 天井に穴が開いてる建物の中から、幾人もの人間が引っ立てられ、放り出された俺を迎えた。

 その中に龍も、尚も、おひい様もいた。


 特におひい様は俺に駆け寄ると、この身体を抱きしめて、頭を撫でる。


「このように血塗れで、どうしてそなたともあろう者が、そのような被虐を受けたのだ?」


 なーんて、らしく無いことを口にする。

 おかしい――こんなに優しいおひい様は何かがおかしい――俺の背筋に鳥肌が立つ。

 そんなことを思っていると。


「……ようやった朱蝶。これで大義が立った」


 って、俺にだけ聞こえるような声で囁く。

 俺が思わず顔を上げると、兇悪な笑顔がそこにあった。



「おひい――」


 俺が声を出そうとすると、おひい様は、自分の片目を覆っていた布を引っ手繰って≪竜眼≫を開眼する。

 緋金の輝きは健在で、それどころか光の強さが増している。

 俺を――大量の≪異気≫を保有するはずの俺を、強引に黙らせる強さ。


――強力になってるのか? たった四日、俺が眠ってた間に?



『――これは――』


 俺の左手の≪紋≫が紅く輝いて、そこから流れ込むおひい様の意志が、蛟の言葉すらを縛って行く。

 たったの四日前には血を流してたはずのおひい様の≪竜眼≫は、明らかにレベルアップしてる。


 この世界の肉体派の人たちは、「身体を操るセンス」が飛び抜けてる。

――でも、おひい様は肉体派なんかじゃ無い。なんで、≪竜眼≫を操るのが巧くなってんだ?


 経験なのか? 箱入り娘だったおひい様が死力を尽くした戦闘を経て、大きく成長したとでもいうのか?

 あれか? 少年漫画方式なのか?

 こう、生き返るたびに強くなる的な。昨日の敵は今日の友的な。


 確かに否めない部分はある。

 この身体の中に居る蛟とは呉越同舟状態にも関わらず微妙に協力関係にあるし、龍のことも最初は俺の敵なのか、なんて思った。

 だからって、おひい様が強くなるのは良くないと思う。


 自然現象――雷にさえ干渉できるような人がこれ以上強くなったら、ワガママに対抗できなくなってしまう。

 おひい様の暴虐が止まらなく――


「これが、貴様らの答えか? 長双どのだけでは飽き足らず、妾の僕までこのように害うとは」


「そこな人妖が脱獄を――」


「じゃかあしいわい!」


 口ごたえをしようとした蛮のおばあさんが、おひい様の剣幕――≪竜眼≫の一睨みで停止した。


――俺は悟っていた。おひい様は長双さんの命を助けようとなんてしてなかったんだ、ってことを。

 おひい様はただ、単に待ってたんだ。

 自分の≪竜眼≫が回復するのを。手駒の俺が目覚めるのを。この人たち――蛮の人たちをやっつける口実ができるのを。



 動けない俺の瞳に、おひい様の満足げな微笑みが映ってる……このままじゃ、血の雨が降ってしまう!!


 なんて簡単に、長双さんの切実な想いを無視するんだ!


 俺は呆れて言葉も出ない。ってか喋れないだけだけど……。


 俺はおひい様が冷酷な一歩を踏み出す姿を見つめた。





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