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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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三、衝撃的事実



 俺の眼の前にはモノホンの超人がいる。

 屋外の俺を放置して、入口からも窺える二十畳はありそうな広間へと向かう超人。

 土が剥き出しの地面から、獣の皮の絨毯が引いてある広間へと、土足のまま堂々と侵入する超人。


 精神は子供、肉体も発育不足。


 しかし、その眼光は比類ない。



――おひい様がぐりると視線を動かすと、緋金の光が、その場に身構える蛮の人たち、屋外も屋内も全員を停止させた――


 本当に、ヤルつもりだ。おひい様は。



――……あの頃から≪巫姫≫様は上に立つ者が何をすべきなのかを好くわかっておられました――


 いつかの長双さんの言葉を思い出した。


 その通り、おひい様はわかってるんだ。

 自分の部下を命がけで守るってことを。

 守る為には手を汚すことをイヤがってはいけないことを。っていうかおひい様は嫌がってなんかいない。

 俺は知ってる。この人、ドSだもの。


 おひい様は、俺みたいな「正直なバカ」になろうとしてるヤツじゃない。

 言わば「欲望に忠実な獣」に近い。


 そんな獣を押さえつけるはずの尚が、今回はおひい様を止めようとしない。


 え、なんで? これはマズいだろ?

 村をまるまる虐殺させるつもりか?


 なんだかその尚が痛々しそうに俺を見たあと、蛮の人たちを憎しみを込めてニラむ。何? 同情してんの? 俺に?

 そう言えば、コイツは過失があればすぐ謝るし、ほんわかタレ目でどことなく抜けてるヤツだけど、竜の死体の頭をたたっ切ろうとしてたような苛烈なヤツだった。

 つまり、あれか? おひい様の言葉を真に受けて、俺への復讐だから目を瞑ろうとしてるのか?


 おひい様が、広間の奥で胡坐掻いてるガタイのイイおじいちゃんに向かって歩きながら、例の短刀を懐から取り出した。

 族長ってヤツなのか? 鹿みたいな獣の皮を腰に巻いて、上半身には皮の鎧を纏ってる、白い短髪のおじいちゃんは、動けないらしく、浅黒い顔を蒼褪めさせてる。


 あ、マズーい。



「お待ちを! 姫様!」


 そんな魔王の歩みを阻む、土下座の勇者。――龍だ。


「止めるな、龍! 貴様も友を痛ぶられて腸が煮えていよう?」


「ただいまの朱蝶どのならば、彼らの力などものともせぬはず。その創は、わざとその身に受けられたのでしょう。……朱蝶どのに、その由を質すべきです」


 龍が必死な眼差しで俺を見る。

 だけど、俺の身体は動かない。おひい様の≪竜眼≫に縛られてるから。

 おひい様は白々しく、


「朱蝶は傷心の為に口が利けぬようじゃ。なれば、仇を取るは主たる妾の役目じゃろう!」


 龍を睨むおひい様。

 でも、龍も引かない。


「創つき、傷んだ己らを保護したは彼らです! 何卒、怒りをお収め下さい」


 そう、旅のメンツの中でも特に頑固なふたりが、今、バチバチ火花を散らしてる。

 おひい様が、龍を避けて進もうとすると、龍が膝を器用に動かして、ずずいって往く手を阻む。

……なんか左右にしか動かないふたりを見てると、古い8ビットのゲームみたい。


 しかし、なんでおひい様は龍に≪竜眼≫を使わないんだ?



「――なんでしょうか? この騒ぎは?」


 ゴツいおじいちゃんの右手の後ろ、広間の奥から、板を嵌めたままの長双さんが現れた。


「おお、卿よ。そなたも、こやつらを血祭りに上げようではないか!」


「長双さん、姫様を御止めください!」


 我先に、長双さんの加勢を得ようとするふたりに、困惑しつつも長双さんが俺を見た。


「それよりも、なぜ、姫様は朱蝶どのを縛っておいでで?」


「え?」


「は?」


「……あー……」


 わかるのか、長双さんには。俺が≪竜眼≫でおひい様に縛られてるってことが!

 長双さんの的確な問いかけに、疑問の声を上げる龍と尚。

 言葉に詰まるおひい様。


「……これはじゃなあ、つまり――」


 それまで様子を窺っていた尚がツカツカ歩み寄ると、いつかのように「スパン!」って、おひい様の後頭部を叩いた。

 おひい様の首が前に沈む。それと同時に、≪竜眼≫の効力が切れたらしく、その場に停止していた全員が息を吐いた。


「創を負った朱蝶どのを縛るなど、何を考えておられるのですか?!」


「しかし、尚。妾は――むぐ」


 尚がこれまたいつかのように、片手でおひい様のほっぺを「ムニッ」って掴む。


「しかしも、でもも、ございません! 朱蝶どのがおひい様の僕だというのならば、きちんとご自分で創癒なされるべきです!」



……尚の言葉は有り難い。有り難いんだけど、どこか納得がいかない。

 何、そのペット感覚? 「アンタが飼い主なんでしょ、ちゃんとポチにご飯やんなさい!」みたいな母ちゃん的発言。


 渋々、しかも、渋々って感じのおひい様に、ケガを治されてる俺って、どーなの?

 ちょっと待って?! 俺ってみんなの仲間じゃ無かったの?

 あれ、俺ってけっこうみんなの為に身体張ったよね?

 片思いってヤツなの? ねえ、ひょっとして俺って「俺は人間だワン!」って思ってるおバカでカワイイわんちゃん的なポジションなのかな?


…………否定できない。……よくよく考えると、否定できない。

 俺は元、元、元は人間だけど、そのあと蝶になったわけだし、ある意味、龍に「採集」された身の上だ。

 そのあとは鬼――龍に寄生する幽霊的ななんかだったし、今に至ってはもう、よくわかんねえ生き物だ。


 だけど、俺が「おひい様のペット」なのだとすると、だいぶわかり易い。


……龍クンに名前を付けて貰って可愛がられてた子犬は、ある夜、一匹で出歩いておひい様に強引に首輪を着けられました。

 龍クンよりもおひい様のほうがエラかったので、子犬の所有権はおひい様にありまーす。


――その子犬が、俺。


 子犬が成長して成犬になったとしても、ペットはペット。


――その成犬が、現在の俺。


 なんっってわかり易い図式!


 これがかのドイツ人のおっさんが言ったとかいう「共同存在ミット・ザイン」を理解した、ってヤツなのかしら……よくわかんないけど。

 世にも名高い「世界・内・存在」ってヤツなのかしら? ……よくわかんないけど。


 つまり、アレか……母ちゃん――尚が居て、父ちゃん――長双さんが居て、息子――龍が居て、末っ子――おひい様が居る家族。

 そのワガママな末っ子に飼われてるペット的ポジション――俺――だった、と!!!



『……気の毒に……』



……憐れむんじゃねえ!!


 俺の懊悩を慰める蛟に、俺は逆ギレした。


――い、イイさ! ぺ、ペットだって構うもんか!

 みんな、優しいし、特に男子ふたりは……俺のこと、仲間だって……。



『……泣くな、朱蝶』


(そうだ、泣くな)


(生前、うちでも狗を飼っていた。あの狗は家族だった)


(そのようなことで泣くやつがあるか)



 俺の頭ん中で、今や幽霊――鬼になってしまった人たちの慰めの囁きが飛び交う。


……みんな、優しい。でもなんか、違ーう!



 俺がそんな衝撃的事実に打ちひしがれてる間に、もうひとつ衝撃的な言葉が、さっきの蛮のおじいちゃんから飛び出した。


「まさか、龍の従妹いとこの≪巫姫≫どのが、これほど恐ろしいとは……油断した」


「はい?」


 俺は精神世界から現実へと帰還した。

 いつのまにか、おひい様の俺に対する治療は完了していて、今は尚の隣にちょこんって感じで座ってる。

 その横に龍、続いて手枷・兼首枷をしたままの長双さんが居て、俺は蛮の男衆ふたりに脇を固められて、その横に座らされた。


 俺たちの対面にはさっき、帝語で変なこと言ったゴツいおじいちゃん――たぶん、この村の村長なんだろう――がふさふさした獣の皮の上に胡坐あぐらを掻いて苦笑してる。

 殺されかけたってのに豪胆なことだ。


「しかし、ほんに龍の母君、れいどのとはだいぶ気性が違う。見た目はどことのう似ておるというに」


「顔も知らぬ伯母上と比べられてものう」


 え、何?

 待て待て、ふたりは従兄妹なの?

 そんなこと聴いてないよ?


 それと、何?

 この村長のおじいちゃんは龍の母ちゃんを知ってるのか?

 え、てゆーか龍自身とも知り合いなのか?


 だから龍は自由の身で、龍の血縁のおひい様も自由の身だったの?

 尚は考えてみれば、ハーフだから……なのか?


 待って! あれ、そもそもなんで俺たちこんなとこに居るの?

 蛮って壊滅状態じゃなかったの?

 まだまだたくさん生き残ってるじゃん。

 俺が寝てた時間は四日だって、龍は言ってたけど、四日の間に俺たちどーして蛮の人たちの村にいることになってるの? 



 疑問がどんどん浮かんでくる。そう、目覚めてから小一時間ほど、俺は漸く現状を正確に認識し始めている。

 とてもじゃないけど、把握できそうにない現状を。


 そんな俺を、村長っぽいおじいちゃんが睨んでくる。


「その人妖は、もう逃げぬのか? 我が邑の者の仕打ちを許すか?」


「え?」


 俺は思わず、みんなを見た。

 龍と長双さんが頷き返してくる。尚は心配そうに俺を窺ってる。

 そうか、痛めつけられた俺の返答次第で、また修羅場に逆戻りすることもあるのか?

 おひい様は首を横に振ってるけど、とりあえず頷いとこう。


「……はい」


 俺の返事に、おじいちゃんは心底ほっとしたようだ。

 固い眼差しがちょっとだけ緩くなった。


「……では、今宵の事は水に流そう。そちらも流してくれ」


 自分に向けられたその言葉を無視しようとしたおひい様の頭が、尚に掴まれて強引に頷かされた。

 龍が代わりに返事をする。


「それは、もう、もちろんの事です」


「では、他の三名は変わらず我が客人として。『鼻削ぎ』は、また獄へと戻す。人妖は……そうさなあ、獄に繋いだところでしようが無いし」


「己が、お借りしている部屋ではいけませぬか?」


「まあ、よかろう。……尚どのには、≪巫姫≫どのの手綱をしっかり握っていて貰いたい」


「……わかりました」


「若い者らに罪は無い。それが儂らの掟じゃからのう」


 軽く長双さんを睨んでから、龍と尚の返事を聴いて、胸を撫で下ろしたおじいちゃんは、最後にとっておきの衝撃を俺に与えた。


「我が孫娘の許婚、龍の顔を立てるとしよう! 良いか? 皆の者!」


 周囲の蛮の人たちが固い顔をしながら、不承不承頷く中で、俺はなぜだかスッゴく衝撃を受けていた。



……え? 許婚? マジ?


……なんか、なんか、なんだろう? この気持ち……。


 呆然自失の体の俺は、リア充である俺の友達に手を引かれていく――



 なんというか、敗北感、に苛まれながら……。




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