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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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一、朱蝶、飛翔す


――この世には、数多の≪神≫が在られます。



 学校に来た若い史官はそう、語り出した。


 この世界では文字が一般的じゃない。秘術に近い扱いを受けてるみたい。

 だから、皐公国に限らず、歴史をつかさどる官吏は記憶にそれを刻み込むらしい。

 史官も世襲制だから、その家ごとに記憶術が伝わってるって龍が言ってたなあ。



――≪神≫は主に峻嶮しゅんけんな山の頂に台を持っておられます。我が公国ならば、南の皐山こうざんにまします≪神≫が最上の≪神≫にございます。


 山岳信仰ってやつなんだろう。

 地球でもエベレストなんかを、「神々の座」とか言ったりしてたっけ。

 チョモランマってのはまんま「大地の神様」的な意味合いだった気がするし。


 険しい山を登れなかった人間が「あっこには神様とかいるんじゃね?」的なノリで考え出したもんなんだろーな。

……この世界には本当にいそうだけども。


 ちなみに、史官の家に伝わる記憶術ってのは唄――韻律で語呂を合わせて憶えるものが多いらしい。


 みんな真剣に語り、聴いていた。

 若い史官は自分の記憶がどの程度正確なのか試す為に。生徒は歴史を学ぶ為に。


 そして、俺はこの異世界を理解する為に。



――帝域においては、帝に登られ、≪神≫へと登仮された、≪五帝≫が最も有名でございましょうな。


 そうか。どっかで聴いた事のある話だと思ったら、これは夢だ。

 たぶん、龍の身体ん中で聴いた、いつかの歴史の授業なんだ。



――≪五帝≫において最も古い≪神≫は、≪風帝≫またの名を≪古竜帝≫と言います。


 ≪風帝≫ねえ。まんま風の神様だったりして。



――次が、≪水帝≫にございますな。その名の通りこの大地を飲み込むほどの洪水を起こされたと申します。ゆえに、悪神と呼ばれる事も多い。


 確か俺たちの旅の初日に、道端の石碑を見て龍が≪水帝≫の御子がどうとか言ってたっけ?



――その次が、≪炎帝≫にございます。≪神竜≫の系のすえとも言われ、牛のような角を額に生やされていたとか。


 竜の子孫なのに、牛の角って。みたいな事を言ったら、龍に(……不敬です)って注意されたっけ。

 歴史って言うよりは、神話って感じなんでしょうねえ。ここらへんは。



――さらにその次が、≪黄帝≫にございます。およそ今より千歳前に現れた帝にして、≪夸父こほ≫――巨人や蛮を率いた≪兵主へいしゅ蚩尤しゆう神≫を討たれ、帝域を治められました。


 神々の戦争ねえ。なんかギリシャ神話みたいだね。

 巨人のティターン族を率いたクロノスと闘った、クロノスの子供のゼウス。

 人間の考えることはどの世界でも似てるね。それとも、どこかで起源が一緒なのかな?



――そして、≪黄帝≫の御子にして、≪五帝≫の最後、≪白帝≫にございます。以上が≪五帝≫史の概要にございます。そも≪帝≫とは本来、≪神≫と同義にございましたが、≪神≫よりも強い――


 ≪白帝≫の情報、少な! って、突っ込んだら。(朱蝶どの、お静かに)って注意されたっけなあ。

……ほんと、龍との思い出が懐かしいなあ……。


……うん? 待てよ、≪白帝≫って他にもどっかで聴いた気がするぞ……。

 しかも、つい最近どっかで。


 あー、思い出せねえや。龍との思い出は勝手に溢れてくるのに、なんで、こう――



――朱蝶。


 うん? 誰かが俺のこと呼んでるのか?

 でも、もうちょっとだけ。あと5分でイイから、龍のことを思い出させてくれ。


――朱蝶どの?


 さっきのとは別の声だなあ。しかも、なんか聞き覚えがある声。

 こう、優しいお兄ちゃんみたいな、感じがする。


――朱蝶!


 あー、もう、うるせーなあ。

 起きるよ。起きればイイんでしょ?




――眼を開けた。

 ぼんやりとした灯りが、暗がりに点ってる。

 格子越しの壁に、ジリジリ燃えてる松明が刺さってる。


「うん? 格子?」


 木製の長い棒が何本も、俺と松明の間に見えるな。



『漸く、目覚めたか』


 頭ん中に響く声は――あの竜の子供、≪蛟≫か?


「朱蝶どの、うなされていたので心配しましたよ?」


 お、この聴き慣れた声は――


「長双っ……さん?」


 やっぱり、長双さんだった。雷に撃たれたから、大丈夫かな、って思って御当人を見たんだけど……。


「どうかされましたか?」


 長双さんは割と無事っぽいけど、大丈夫じゃなかった。


「……なんすか? その格好」


 俺は思わず怪訝な顔をしちまう。

 長双さんは、一枚の木の板から頭と両手首だけを出して――つまり、首と手首に一枚の板を嵌めてた。

 長双さんの両腕は控えめな「バンザイ」の格好のまま、手首は頭の両サイドで固められてる。


……この夏の新ファッション?



「只今、龍どのと姫様が私の助命を嘆願してくださっているのですが。……いやあ、参りましたね」


 助命? いや、それよりも龍って……。




――ああ、そうか。


 俺は漸く気がついた。


 長双さんが、コワれてしまったんだ、って――



 だって長双さんが、そんな木の板ごとき、壊せないわけがないもの。

 かと言ってファッションなんかでもあるわけがない。


――たぶん、この人は、自分を責める為にこうしているんだ。


 考えてみれば、長双さんは龍にめちゃくちゃ目をかけてた。愛弟子、って言ってもイイくらいだった。

 自分の養子にしようとしてたぐらいだし。旅の後半にはなんでか、龍からも歩み寄ってた。


――そんな、愛弟子がいなくなった。この世界のどこからも――


 その事実に、心の強い長双さんでも耐えられなかったんだ。


 だから、救えなかったはずの龍が、罰を受けようとしている自分の命を救おうとしてる。……そんな夢の中に逃げ込んでしまったんだ。

 この姿は、長双さんの代償行為なんだ――



――俺は、心臓を握り潰されるような痛みを覚えた。


 あの長双さんが――≪雷名≫なんてふたつ名があって、めちゃくちゃ強くて、どんな時にも冷酷なほど冷静で――誰より頼れる、このお兄さんの心が。

――コワれてしまっている。


 どれだけ長双さんにとって、龍の存在が大きかったことだろう?

 たぶん、長双さんにとっては、龍は希望みたいなものだったんだ……。


 龍を喪った哀しみは、俺だけのモノじゃ無い。

 長双さんはもちろん、きっと、あんまり龍とは話す機会も無かった尚も、あのおひい様だって、似たような痛みに耐えてるはずなんだ。



「あの、朱蝶どの?」


――俺の頬は涙に濡れていた。


 もしかしたら、雷に撃たれたのがいけなかったのかもしれない。

 一億ボルト以上の電流が、あの強かった長双さんの頭に何かしてしまったのかもしれない。


 あの強くて頼りになる≪雷名≫長双は戻らない――


「大丈夫、ですか?」


 それでも、自分がそんな状態なのにも関わらず、俺の心配をしてくれる長双さん。

 そう、長双さんはやっぱり優しいんだ。


「朱蝶どの? どうされたというのです?」


「長双さん!!」


 俺は長双さんの澄んだ瞳を真っ直ぐに見返した。


――受け容れよう。強く無くてもイイ。弱くても、たとえどこか心が壊れてしまっていてもイイ。


 今度は、俺が長双さんを守るんだ。

 いろんなものを守る為に戦ってきたこの人を。

 俺みたいなヤツでも守ってくれたこの人を。

 時々、非人間的だったけど、俺を教え導いてくれたこの人を。


 今度は俺が守る――


 そう、決意を固めた俺の横――木格子の外から、ヒドく懐かしいような気さえする声が――今、俺が最も聴きたかった声がかけられた。




「ああ、朱蝶どの。目覚められたのですね? ――良かったあ」



 心底ほっとした、って感じの声。


――え?



 俺は首が捻じ切れるんじゃないかって勢いで格子の外を振り見る。


「四日も目を覚まされなかったので、心配致しました」



 顔。よくよく考えてみれば、コイツの顔をまじまじ見るのなんて初めてだ。

――でも、この声を俺が聴き間違えるわけが無い。

 ずっとコイツの中で、直に聴いてたんだから――



「どうかされ……ああ、少し照れ臭いですなあ。……別れ際、あのような事を言ったというのに……」


 少し赤らめた顔から、俺の視線は急降下する。……足はある。

 つまり、幽霊じゃない。いや、あれはあっちの世界の常識で、こっちではそういうのは通用しない。



「……鬼じゃない?」


「ええ」



「生きてるの?」


「ええ、……不肖ながら、己――龍は生きております! 朱蝶どの!! ご無事で――」



「――龍――っ!!!」


 俺は感激に身を任せて、格子があることも忘れて、思いっきり龍に跳びつこうとした――


――次の瞬間、俺の身体は斜めに跳び――イヤ、飛んで――格子の上部を突き破り、さらには仄暗い通路の天井を突き破り、止まるところを知らないまま――


……え? どこまで行くの?



 俺は、どんどん離れていく相棒の姿を眼下に見送って、そんなことを考えてた。




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