表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
32/159

三十一(一章終話)、≪白帝≫の庭、そして、受肉





――錐揉み状に≪何か≫に引っ張られた俺は、気づけば椅子に座ってた。


 この異世界では見たこと無い、四つ足の座面の高い椅子。


 空を仰げば、夜なのになぜかヒドく明るい。


――星々が周ってる。ゆっくりと、でも高速で。

 数限りない星が、光の尾を夜空に引きずりながら、俺の頭上を周っていた。


 すべての星の、孤を描く光の跡が、俺の姿を残酷なほどに照らし出していた。

 龍の身体じゃない、――半透明の人型の何か――そんな俺の姿を。



――夢じゃなかったのか。


 俺はやっぱり喪ったのか。


 滲む視界に、光が屈折して、様々な交点を創り出し、輝いていた。

 光の粒が散りばめられた涙の海が、今度こそ俺を溺死させてくれればイイのに。



「――そうか、喪ったのか」


 低いけど良く透き通る声が、俺に掛けられる。

 涙を零しながら、前を見ると、全身真っ白なおじいさんがいた。


 纏め上げられた髪も白く、長い髭も白く、白絹の着物に、黒い瞳の真ん中に純白の瞳孔が輝いていた。


「それで、何を喪った? 国かな、故郷かな? 祖父母か、父母か、それとも連れ合いか、子かな?」


「…………違います」


 俺は首を横に振った。遠心力で、涙が頬を伝っていく。

 こんな量じゃ、俺は溺死させて貰えやしない。


「――無二の友人です。――俺の宿主で、ゆりかごで、先生で、鏡で、分身――俺よりも、ずっと……ずうっと、凄いヤツ」


「――なるほど。ゆえにこのような空の果てまで、≪●≫を伝って飛んで来たか――耐え切れずに逃げ出して来たか」


 おじいさんの言葉に、俺はぼやけた掌で涙を拭って辺りを見回す。


 俺とこのおじいさんが対面して座る二脚の椅子。その下には白くて四角い石のステージ

 石床の終わり、おじいさんの背後には夜露に輝く芝生と花々が広がり、その先には果物畑みたく、整然と木々が立ち並んでる。

 木立の間に、白く薄闇に浮かぶ建造物が見えた。


 振り返れば、俺が座る椅子――それが置かれた白石のステージの終わりは、断崖だった。

 その下には雲が――雲の海がどこまでも広がって、太陽の最後の一欠けらを呑み込もうとしてる。


「ここは、雲海の西の果て。この世と大荒の狭間だ。お前は、ここまで≪●≫に乗って翔んできたのだよ」


「何に、乗って?」


「――そうか。お前は≪●≫を知る前に、絡み取られたのか。――なるほど、≪●≫は自らを呼ぶ名を持たぬ」


「え?」


「しかし、重ね重ね稀有な事よ。≪●≫に囚われておるはずなのにそれほど≪●≫を保ち得るとは。いかな≪神≫でも生半には見破れぬ」



 おじいさんの言ってることが全然、わからない。

――でも、ひとつだけわかったことがある。


 俺はまた、逃げ出したんだ――



「戻らなきゃ――」


「なぜ?」


「アイツが俺には『出来る』って言ったから」


 それ以上の理由が要るか?

 間に合うかもわかんねえ。

 でも、長双さんも尚もおひい様も待ってる。

 何より、アイツの――龍の言葉を、嘘になんかできるわきゃーない。


 おじいさんが、笑み溢した。


「時は不可逆ではあるが、≪●≫は刹那を繋ぎ、ここ――≪崑崙こんろん≫の時は断たれておる。≪●≫を伝って東南の果てへと飛ばしてあげようか」


 すっくと立ち上がるおじいさん。そして、俺へと手を伸ばす。


「名は?」


「朱蝶です。――あなたは?」


 そういえば誰?


「≪白帝≫と。ひとにはそう呼ばれている。朱蝶、事を成したらいつか私の前に来なさい。そして、お前の成事を語っておくれ」


 微笑む≪白帝≫のおじいさんは指で、トン、と軽く俺のこめかみを押した。

 それだけで、俺はまた高速でどこかに運ばれてく。




 †††




――今のは、なんだったんだろう? 夢かな?


 視覚の奥に星々の残照を確かに感じながら、俺は≪眼≫を開いた。


――そこには、兇悪な前肢の爪に、腹部を貫かれて宙に浮いている、龍の身体――


『降ろせ!!』


 俺は、俺の≪身体≫の内側から絶叫する。


 俺の身体――バケモンの身体は、ゆっくりとその爪を――龍の身体を下していく。



『赦さぬ』


 俺とは別の声が身体ん中に轟いて、前肢が停止した。

 たぶん、コイツだ――今の声の主が、龍を殺しやがったヤツだ。


『赦さぬ、赦さぬ、赦さぬ――母を殺したひと供を、喰ろうてくれる』


 母? ――そうか。


『お前の――母ちゃんを殺したのは、俺だ』


『……?』


『お前の爪が貫いてるヤツじゃない。アイツ――龍の身体を借りて、俺がお前の母ちゃんを殺した』


 俺は長双さんの推測を思い出す。

 子――つまり、コイツは初めに出現した≪蛟≫の子供で、母親の敵討ちのつもりで、俺たちに襲いかかってきたわけだ。


――でも、何かがおかしい。ノイズが聞こえる。


『鬼如きが――苦しい――我が母を――苦しい――殺めようなど――苦しい!』



 苦しんでるのか?

 俺は体内のノイズに耳を澄ませる。

……ノイズじゃない。声だ。



――なぜ、このような事に。


――死してのち、囚われるなど。


――妻に逢いたい。


――ああーー。


――殺してやる、己を殺した者を殺してやる!


――ひととしての死をくれ。



 声。様々な声が、折り重なりながら、ノイズを形成していた。

 曖昧な声に、明確な声。デカい声。小さな声。

 怒号に、呪いの言葉。悲嘆に、哀しみの絶叫。悔悟に、惜愛――俺も呑み込まれそうになるほどの絶望の渦。


『赦さぬ! ――いっそ、殺してくれ!』



 そして、そんな声が産み出す、感情の渦に、コイツ――竜の子供は苦しんでた。

 半分、≪怪≫になりながら。身体は変質して、崩れ、周囲を巻き込むように穢していく。


 そうか。ここには――この身体には、幾千とか、幾万とかの人の幽霊が押し込まれてるんだ。

 全員、意識も混濁しながら、もしくは≪異気≫とやらに呑み込まれながら。

 今にも弾け飛びそうなこの身体を辛うじて支えているのは、この竜の子供の復讐心か。


 コイツをねじ伏せれば、みんな助かるかな?


『――助けてくれ!』


 声の渦に溺れそうになる、竜の子供の悲鳴が聞こえた――




『全員っ、聴けえっ!!』


 怒号を放った。

 俺の声はこの身体の中の誰よりも大きい。俺の意識はこの身体の中の誰よりもしっかりしてる。

 きっと、さっきまで龍に――その身体に、守ってもらっていたからだ。


 身体中に響いてたほとんどの声が、静かになった。



『――俺が、救ってやる!』


 俺は龍と出会って決めたんだ。――正直になってバカをみる――って。

 だから、言う。正直に。


『――どうやってかは、わかんねー。何人、何千人いるのかも知らねー。でも、出来る限りヤる!』


 そう、今、俺はいわばキレている。逆ギレだ。

 勝手に他人の身体に乗り込んで、好き勝手のたまってんだから、逆ギレだ。

 でも、龍と初めて対話した時にも俺はそうしたじゃねえか。


『――どうにかして、俺がお前ら全員助けるから――だから、この身体を俺にクレ!!!』


 しかも、今回は他人様ん家の母屋まで乗っ取ろうってんだから、盗人根性ここに極まれりって感じだね。



――……妻に逢わせてくれるか?


『誓う!』


――……ここから出してくれるのか?


『なんとかする!』


――仇を討ってくれるか?


『ヤだけど、努力しよう!』


――ひととして死なせてくれるか?


『しつこい! ――みーんな纏めて、俺がどうにかするさ! お前らが納得するまで付き合ってやる!! ≪異気≫だかなんだか知んねーけど、俺が逆に呑み込んでやる!!!』


 だって、俺は正直者のバカだもの! 百円拾ったって、交番に届けるさ!!



『――母の仇に身体を譲れ、と?』


 竜の子供の声だ。そうか、そうなるな。

 コイツとしちゃ納得できまい。


『じゃあ、お前は一番最後だ』


『……何を言うておる?』


『母ちゃんの仇討つんだろ? でも、先に俺が消えちまったら、みんなの希望が叶えらんねえ。だから、お前が最後に俺を殺せ。それで――俺だけで勘弁してくれ』


 ほかのみんなまで、殺されちゃかなわねえからな。


『……本気、なのか?』


『ああ、本気さ。わかんだろ?』


 俺には相変わらず、龍みたく≪閉神の術≫なんて使えない。

 だから、コイツにも伝わってるはずだ。俺の本気が。


 死ぬのはヤダし、もっと生きていたい。

 でも、ココでまた腰が引けちまうのはもっとイヤだ。

 俺が引いちまって、尚が、長双さんが、おひい様が死んじまうのはずうっとイヤだ!!


 俺の最高の友達の、敬愛する師匠の、俺の片割れ――良心の言葉を嘘にするなんて、まっぴらゴメンだ!!!


 ひょっとすると、勢いに任せてるだけなのかもしれない――

 この覚悟を、嘘にしたくなる日がいつか来るかもしれない――

 この想いを、無にしてしまう時が来るかもしれない――

 コイツには龍を殺された恨みだってある――


 それでも、俺は、龍と一緒に過ごした日々を、

 龍と語り合った日々を、

 龍に教えてもらった時間を、

 龍がくれた勇気を、

――全部、嘘になんて出来るわけが無いから。


 龍が命を、人生を、可能性を――全てを賭けたチャンスを、どうして無駄に出来るっていうんだよ?!


 どうして、信じてくれた龍に応えない理由があるって言うんだよ?!


――俺は、鬼だ。人間じゃなくてイイ。それでも、これだけは譲れない――

 俺は、龍だけには『友だち』だって、龍だけには、胸を張れる結果を遺したい――


……だって、幽霊がいるんだもん。あの世だってあるでしょ?

 あの世に行った時に、友達ヅラできる俺じゃなくてどぉーーすんだ、って話でしょーーよっ!!!

 


『…………良いだろう。その言葉――誓いを違えるなよ……貴様、名は?』


『朱蝶。お前は?』


『無い。ただ≪蛟≫と呼ぶがいい。……この身体を≪朱蝶≫に譲る』



――その瞬間、辛うじて緊張を保っていた、≪身体≫が崩れ出す。

 マズい、なんかヤバそうだ。


『みんな、俺んとこに来い!!』


 俺は身体ん中の全員を呼び集める。

 この身体は俺の身体感覚にはデカすぎる! 維持できないんだ!


 出来る限り拾う感じで、イメージしろ!

 お、なんかデッカい≪気≫と似た感じの「モヤッとしたモン」がこの身体を中心に拡がってる感じがするぞ。

 ≪気≫が全身を覆う肌理の細かい膜って感じなら、こっちはデッカい網だ。荒い編目に膜が張ってる感じがする。こいつが≪異気≫ってヤツか。


 そもそも、コレが諸悪の根源だ。どうにかしたほうがイイ。

 どうしよう? ……うーん? …………えいっ!


 俺は強引にその≪異気≫っていう網みたいなモンを引っ張った。実際に引っ張ったわけじゃない。

 こう、なんつーか、心を使って身体ん中に収納する感じ、だろうか?


『――っ!!』


 竜の子供――≪蛟≫がなんか驚いてる感じがするけど、構ってらんねえ!

 身体が崩壊してるんだ!

 出来る限り拾う、なんて言ってらんねー!


 イメージしろ、慣れた人間の身体のイメージだ!

――俺の意識、頑張ってくれ!! 俺の乏しい想像力、働け!!




 †††




――気づいてみれば、俺は水の中に立ってた。いつまにか振り出した雨の滴がぽつぽつ落ちて、水面に小さな波紋を起こしてる。


 ああ、龍。出来たらしい。龍の言う通りだったよ。


 俺は波紋に揺れる、水面に映った少し龍に似た顔に、そう報告する。


――居なくなっても、お前は俺を助けてくれるんだ……だろ?


 知ってるさ。阿呆の俺にだってわかってる。

 水面に映り込んだこの顔は龍の顔じゃない――今の≪俺の顔≫だ。

 でも、わかるだろう? お前が身体を貸してくれたから、巧くいったんだ――



――なあ、龍。俺は、お前に誇れる『俺』でありたいよ。ずっと、さ…………。




――――俺の視界はゆっくりと、暗転した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ