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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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二十二、怪我が多かった日




 敵の敵は味方、なんて言葉があるけど、俺と尚の間ににわかに発生した連帯感はソレに近い。というより尚から一方的に押し付けられる連帯感。

 あの、姪っこを猫可愛がりするオジサンのせいだ。

 次の目的地、南邑を目指して歩きながら、尚の背上の球体の上にいらっしゃるおひい様に聞えないように小声で愚痴を言ってくる。


「……いつもああなのです。巧みにおひい様には聞こえない機を窺って、尚を責めるのです」


 尚のかけられたお小言は「責める」ってほどのもんじゃない……俺に比べれば。

 それでも毎回会うたびにチクチク小言を言われたら、胃に穴でも開くかもしれない。まして言って来るのが主君の弟なんだから。


「……その情熱をなんか別のことに活かせないんすかね?」


 ちょっと納得いかないけど、共に被害者ではあるし、同意を示しておくことにしよう。



「ふたりとも、何をぼそぼそ話しておるのじゃ?」


「――いえ、おひい様。なんでも無いっすから」


「……そうか」


 おひい様のジトっとした視線が気になるので、話題を変える。

 とりあえずあのオジサンから尚が貰った斧について触れておこう。


「推様に貰ったその武器、デカいっすねー。そういえば鎧姿なのに、いつも武器持ってないっすよね? なんでっすか?」


「無手にて大概、事は足りますゆえ。……それにこれ以上強くなったら、いよいよ嫁の貰い手がなくなるとおひい様が」


 なるほどねー。そりゃ、その怪力なら大抵の相手はノックアウトできるだろう。

 それに結婚の件も頷ける。誰も夫婦喧嘩で殴り殺されたくないだろう。

 でもそんなことを言うわけにはいかないので、とりあえず当たり障りないこと言っとこう。


「美人なのにお嫁さんの貰い手ないとか世知辛いっすね」


 尚は間違いなく美人だ。陽に灼けた健康的な肌。ふっくらと厚い唇。目はちょっとタレ目の童顔だけど、鎧の下のプロポーションは均整が取れてるっぽい。

 その怪力さえ無ければ、さぞモテたことだろう。


「え?」


「ん?」


 なんか尚がビックリしてる。俺なんかまずいこと言ったかな?


『朱蝶どの。未婚の女子を公の場ですら無いこのような時に褒めるのは、貞操観念に悖るというものです』


 そうなんだ、へー。でも、俺、鬼だから大丈夫だよね?


「しゅ、朱蝶どの、何をそのような!!」


 軽く肩を押されただけだと思った――

 だけど、身体はもんどりうって後方へと飛ばされる。

 視界がゆうに五回転ぐらいはしただろうか。最後に背中――そして後頭部に堅い物がぶつかった。いや、俺が何か堅い物――樹木あたりにぶつかったんだろう。


「朱蝶!」


「朱蝶どの?!」


「す、すみません!!」


……ふつうの人の身体だったら即死だったね。

 くらくらする。痛みに視界が涙で滲む。それだけで済むんだから龍の身体も大したもんだね。

 そして、俺は誓った。二度と尚の前では失言をしない――って。こんなやっすいギャグパートで命を落とすのは不本意です。




「……申し訳ございません……」


「いえ、大丈夫ですから。……それよりも≪気≫ってなんなんですか? 人間の身体の強度を増したりとか、筋力を上げたりするみたいですけど」


 歩きながら謝る尚に、内心ビクビクしながら返事をする俺は逆に問い返した。後頭部にはおっきなタンコブがひとつ。

 頭を打ったからちょっと心配になったけど、そのぐらいなら大丈夫、って身体の持ち主の龍が言ってたから大丈夫なんでしょう。たぶん。


「さあ……正直、よくわからないのです。おひい様か、≪雷名≫様に尋ねられたほうがよろしいかと」


「なるほど。……長双さん≪気≫ってなんですか?」


 長双さんもおひい様曰く「死んだ後は≪神格≫の人」なんだし、かなりの理論派だからうまく説明してくれるだろう。


「≪気≫とは大気に遍在するもので、力や物を≪つなげる≫ものだと言われています。基本的に目には映らないものですから、ほかの感覚に頼っても捉えにくいのですが。朱蝶どのの言われるように身体の強くしたい部分を密に≪つなげ≫て強くし、身体の外部にある力と、内部の力を≪つなげ≫て異様な膂力――筋力を発揮させます」


 ふーん、「≪つなげる≫もの」か。つまり、≪気≫自体が力――エネルギーってわけじゃないのか? あれ、≪気≫=≪つなげる≫ってどこかで聞いたような。


『……校にて剣術の老師が口をすっぱくして言っておられたではありませんか? 憶えておられないのですか?』


 あー……忘れてた。でも、正直に言うと尚を見るまでは≪気≫なんてものの存在自体に懐疑的だったし、長双さんも街ではバカ力を見せてくれたこと無かったし。


『それこそ尚どのは≪気≫との親和性が高いのでしょう。そして≪雷名≫どのは≪気≫の操作が巧みなのでしょう。普段、膂力に訴えることなどありませんから。しかし、ふたりほど強く≪気≫を従え、多く纏うことが出来る者など、そういないはずです』


 長双さんが龍に教えてた時はあくまで技術訓練だから、≪気≫なんて使う必要なかったってことか。


「長双さん、俺もその≪気≫って使えるんですかね?」


「難しいことを訊かれますね。というより、朱蝶どのも龍どのの身体にて≪気≫を纏っておられるわけですし」


「ああ、なるほど」


 龍の身体のスペックの高さは、無意識に身体に≪気≫を纏ってるから、ってことになるのか。

 じゃあ、龍も意識的に≪気≫を使えるのかな?


『己も尚どのと同じく言わば≪意≫せずして≪気≫を使っているくちですな。さきほど≪雷名≫どのが言われていたように、≪気≫は捉えにくいものですから』


 ふーん、難しいな。


「――≪気≫とは、未分化のものじゃからのぅ。それ自体が曖昧模糊としておる。使えているかはともかく、どのような者でも少なからず≪気≫を纏うておるはずじゃ。己の身体の内部に向かって≪意≫すれば、それを扱うことも出来るのじゃろうが……」


 珍しくおひい様が他のメンバーの会話に参入してきたね。しかも、荷物の上から後ろを振り返ってるところを見ると、さらに珍しいことに長双さんに話を促してるみたいだ。


「そう、ですね。……私が身体を操る時に思い浮かべるのは≪ひも≫ですね――例えば拳を使う時、足の裏から脚、そして腰から腕へと≪ひも≫が通っていると考えるのです。重心の変化による威力の向上とは別に、もっと素早くその≪ひも≫が力を取り込み、力が伝わって行く――そのような感覚でしょうか?」


 わかり易いけど、わかりにくいな。

 長双さんの言葉は理に適ってるようだけど、人体にはエネルギーそのものを伝導する≪ひも≫みたいな器官は存在しねえはずだ。

 結局は、イメージ次第ってことになるのかな? 血管とか神経とかを、血とか微弱な電気信号とかが流れてくイメージに近いのかもしれないけど。

 どっちにしても自分だけの身体感覚を他人に伝えるっていうのは難しいってことなんだろーね。


 たとえば「あなたの見ている赤色と、私の見ている赤色は本当に同じ色なんですか?」とか「あなたの虫歯の痛みはどのくらいの痛みなんですか?」なんて質問に答えるのは難しい。

 あっちの世界でもこっちの世界でも俺たち人間は、何かしら想像力の上に住んでるってことになるわけ。……俺は鬼なわけだけど。

 その辺りの事は、飛行機を作ろうか、論理学を勉強しようか迷って、結局、論理学を取ったウィーンの人にでも任せとけばイイ。


 阿呆の俺が考えることじゃない。下手の考え休む似たり、ってね。



「俺が長双さんみたいに意識的に≪気≫を操れるようになるにはどうすればいいでしょうか?」


 そう、そこが問題なんです。このままじゃ、尚に肩を軽く叩かれて複雑骨折――なんて悲喜劇も起りかねない。それに使えるものなら使ったほうがイイに決まってる。

 うん? 長双さんから返事がないぞ?


「……意識とは……ああ、≪意≫する事ですか? ……私もこれまで多くの部下に≪気≫について説いてきたのですが、ものにはなりませんでしたからね。しかし、朱蝶どのは頭が好い。やるだけやってみましょうか」




――ということで、その夜からメニューがひとつ増えた。具体的には狩猟のあとで、座学。

 こう、座禅でもして≪気≫の流れを感じろ、とかでは無く、座学。……なんかなあ。


「……ということで、よろしいですかな? つまりは≪気≫が働いている状態と、己の筋力のみで動いてる状態を、正確に別けて捉えられねばならない! ということです」


 長々と話した後で長双さんはそう締めくくる。


「ああ、なんだ、簡単ですね」


「簡単? とんでもありません。多くの者は知らず知らず≪気≫の世話になっているのです。ですから己の純粋な膂力と、≪気≫が関わった膂力の差がわかりません」


「いや、わかるので次をお願いします」


 長双さんが肩を落として溜息を吐く。「もう、これだから若いヤツはしょうがねえなあ」みたいな感じで。


「……では、そうですねえ、指を≪気≫で強くしましょうか。全身を身体本来の力で支えながら、それとは異なる≪気≫で身体が覆われている印象を指だけに与えて下さい。指の節々を≪つなぎ≫固める感覚でしょうか? ……あとは、そうですね、ついでに腕の筋力を≪気≫で補助して下さい。指と同じように、しかし指とは違って、肌の外から力を拾って腕の細い筋の一本一本を膨らませるような感覚ですね。……それで、せっかくですし、あそこの岩にでも穴を開けてみてください」


 なんか急にハードモードになったぞ。あと、なんか投げやりだ。

 まあ、いいか。長双さんの言うことだ、間違いはないだろ。うん、大丈夫。よし。俺は頷いて長双さんの指し示した、大きな岩の前に立つ。


 まずは脱力した。俺の≪元の人間の身体≫をイメージ。スゥッて感じで何かが身体のあちこちから抜けていく。うん、身体が重いぞ。つまり、これが純粋な肉体の力なわけだ。


 続いて≪この身体≫の平常時のイメージを右手の人差し指だけに付与する。お、なんかモヤッとしたのが指を覆うぞ。さらに節々を固める――指の第一関節と第二関節を添え木とかギプスで固定する感じかな?

 おっと、これだと指の根本とか手首とかヤっちゃうね。手を軽く握ったり開いたりして、関節の位置を確かめる。中手骨と手根骨って言うんだっけ? 手の甲に浮ぶ骨と、手首の辺りの関節を形成する骨――これも固めて、人差し指の骨から腕の骨を一本の鉄の固まりにするイメージ。

 人間の手って骨多いな……。ついでに指の皮膚とか爪も固める感じで。いいぞ!


 次は、腕の筋肉の筋一本一本を膨らませるイメージか。皮膚一枚で隔てられた体内と夜の森の大気。≪この身体≫を動かす時のことをイメージすると、さっきの「モヤッとしたもの」が大気に拡がってく。湿った空気みたいのが「モヤッとしたそれ」を経由して腕の肌を透過する。筋肉が膨らんでる感じがするぞ。で、腕ん中でパチパチ弾けて暴れてる感じがする。


 この今入ったのが≪力≫ってヤツでしょうか? エネルギーってヤツ? 熱エネルギーって感じじゃないな。でも原子エネルギーってほど大層なもんでもなさそう。なんかヒッグス粒子的な未観測の粒子とかあるんでしょうか?

 それでこのなんか「モヤッとした感じの、形のありそうで無いもの」――現在、腕全体を覆っているのが≪気≫ってヤツなのでしょうか?


……ちょっと、感動。ユリイカ的発見ってヤツでしょうか?


 あとは……確か関節とか軟骨とか筋肉が、衝撃を緩和するはず。念のためにほかの指の関節とか筋肉とか肘とかにも、この空気よりはちょっと存在感のあるエネルギー的なものを吸収させて頂きましょう。うん、大丈夫。



――俺は腕以外の力をダランって感じで抜いたまま、岩を指で突いた――


――俺の肩を衝撃が襲う! 体内になんか鈍い音が響いたよ? あ、肩から先に力入らねえ。入れようとすると肩が痛え。

 結果、俺は岩を突いたままの格好で肩の痛みに悶絶するハメになる。脱臼ってヤツでしょうか?


「……え?」


「長双さん! 肩が、肩がなんか、抜けちゃったみたいっす! ヤベえ、痛い!」


 ぼやっとして佇む長双さん。ダメだ、頼りにならない。

 俺はなんとか、自分がさっき岩に開けた直径2センチぐらいの穴から、自力で指を引き抜いた。

 うお、肩から先がブラーンってする。腕って重い! 重みでまた肩が痛い!

 左手で慎重に右腕を支えて、何とか地面に腰を落ち着ける。


 漸く、ゆっくりと俺に歩み寄る長双さん。やっとかよ。

……違った、俺が穴を開けた岩だった。ねえ? 俺は? 長双さん、肩が外れてる俺は?!


 長双さんは、じっくり穴を確認してからとうとう俺を振り返る。やった! きっと長双さんなら、某映画のメル・ギブソン並みに肩を嵌めるのなんてお手の物のはず。

 ほら、座ってる俺の肩を掴んで……


「好い!! 才がある!!」


「いぃっってえぇぇぇ!!」


 何を考えたか長双さん、俺の両肩を掴んで揺する、揺する。――意識飛ぶわ!!


「これは凄い! 少し説かれた程度で、あの巨岩を穿ってみせるとは! 朱蝶どのには≪気≫を操る才がある!!」


 才能とかじゃねえ! 俺は≪気≫なんて不思議存在カケラも無い世界から来たからだ! 長双さんが言う「≪気≫が働いてる状態」と「筋力のみで動いてる状態」の差が説明されてわかっただけだ!


 だから、肩を掴むんじゃねえ!!




――って思ったところで、本当に意識が遠のいた。





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