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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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二十一、南鄙城主・皐推




 南鄙の城壁は、俺たちが出発した公国の首都の城壁よりも小さい。

 高さがまず4メートルくらいだと思う。城壁一周も、龍によれば七里ほど――つまり、約3キロ。首都の七割程度らしい。

 それと城壁を近くで見て気になったのが、ところどころ色が違うこと。


「ああ……それは戦で壊された為です」


 長双さんは簡潔にそれだけ言った。俺もそれ以上は考えないことにする。わざわざ地雷を踏みに行く必要はない。

 俺たちは南鄙城内を真っ直ぐ官邸まで貫く道を、無言で進んだ。実は、この旅路では無言になることが思いのほか多い。人間関係のせいだ。


 俺と長双さんは大丈夫だけど、俺の中の龍に気を遣う長双さんはあんまり話しかけて来ない。

 その長双さんは自分と同類の尚に頻繁に話しかけるけど、そのたびにおひい様が≪鼻削ぎ卿≫って言葉を発して撃沈。

 そのおひい様は「初めて、城外に出たぞ!」って、はしゃぎまくって尚にことあるごとに問い質すけど、尚もあんまり知識がないらしく口を濁す。

 その尚にしてみれば、鬼という存在が物珍しいらしく、俺になんやかや訊いてくるけど、俺に鬼のことなんかわからねえ。


――結果、無言。

 お通夜か! ってぐらいチーンってしてる時がある。


 で、俺は龍と脳内会話に逃げるわけだ。まあ、話すことなんてこの旅の今後ばっかりなんだけどね。


 そんな無言に慣れきった俺たち一行が、南鄙官邸の城主との謁見でにわかに盛り上がった。



「――叔父上!!」


「――ハッちゃん!!」


 叔父上? ハッちゃん? なにそれ?

 とかいう俺の疑問をよそに――跪くほかのふたりもよそに、おひい様が眼の前のおっさんに抱き付く。そのおっさん――どっちかっていうとオジサンって感じの人――もひしと、おひい様を抱きしめた。

 中肉中背のそのオジサンは首都にいる公にどこか似てるけど、公ほど品がイイ感じじゃない。居丈高な感じもしない。良く言えば親しみ易そう、だからオジサン。

 でも着てる着物は公に負けないぐらいちゃんとしてる。この暑いのに、絹のテカテカした光沢のある橙色のインナーの上に黒い着物を重ね着。

 頭の上の冠も、数珠を伸ばしたのみたいのこそ付いて無いものの、ヒスイとかの宝石で飾られてる。


「……おひい様の叔父上――公の弟君であられます、≪皐推こうすい≫様にございます……」


 隣で跪いてる尚が、ぼそぼそ耳打ちしてくれた。

 なるほどねー。叔父さんと姪っ子の感動の対面なんだ。

……その叔父さんのほう、城主の皐推さんはさっきからおひい様の頭をわしゃわしゃ撫でまくってるけど、礼儀的に大丈夫?


「卿! 上卿じょうけいたる御身がそのようでいかがなさいますか?」


 大丈夫じゃなかったみたい。壁際のお年寄りから嘆きの声が上がった。


「――南鄙宰なんひさい朗召ろうしょう。そちの忠言しかと受け取った! ……ハッちゃん、お席に戻りましょうね?」


「はい! 叔父上」


 あらまー、あのおひい様の素直なこと。

 それにしても「ハッちゃん」てなんだ。姪っ子が可愛いからって、その呼び名はどうかと思う。


 えへん、と咳をひとつして、城主・皐推が口を開く。


「皆の者、公命大儀である。わしがここ南鄙が城主・上卿・皐推であるぅん?」


 締まらねえ。なんで、そこで語尾が上がった?


「おお! 長双どのではないか? 貴殿もおられたとは、兄上も粋な計らいをするな!」


「恐縮にございます、殿下」


 なるほど。長双さんは五年前にこの城を救う為に出陣したんだったか。顔見知りなのも頷ける。


「卿ぅ!」


「――すまん! 朗召……皆の者、大儀であった! この南鄙にてゆるりと休むが良いぞ!」


 そう言うと推オジサンはおひい様を呼んで、ぺちゃくちゃ喋り出した。

 おひい様が苦手そうな長双さんも珍しく話に加わる。取り残された俺は、同じく取り残された尚を見る。


「あのぅ、皐推様はいつもあのような感じなんですか?」


「そうなのです。困ったことに、おひい様を殊のほか可愛がっておられ、甘やかされるのです……尚がおひい様を躾けても、躾けても、推様の御来訪によって無に帰する」


 後半は愚痴だ。つまり、身分は違えど尚と推オジサンはライバル関係にあるらしい。

 おひい様の教育方針について。

 俺としては尚を応援したいけど。


「叔父上! あれが妾の僕にございます!」


「ハッちゃんのしもべ? じゃあ、わしも一言、言っておかぬとな。……お、良く見れば尚ではないか。ふたりともちこう寄りなさい」


「お気を付け下さい。声を上げぬように」


 意味不明な注意を促しながら立ち上がる尚とともに、俺も推オジサンの元へと向かう。

 人の良さそうな笑顔の推オジサン。


「そちが我が姪の僕か。……なるほど、悪くない。さすがはハッちゃん、見る目があるのう」


 そう言われて照れるおひい様の耳に届かないような低い声が俺の耳元で轟いた。


「ワレぇ……うちの姪っ子に手ェ出したら、承知せえへんからのぅ」


 思わず皐推を見返すと微笑んでる。ただ、眼の奥は笑ってない。

 さらに尚を見ると、眉根を寄せて首を振ってる。

 あー……なるほど。このオジサンはダメなタイプの人だわ。姪とかを可愛がり過ぎてダメにするタイプ。

……おひい様があんな感じの理由がちょっとわかった。




 ―――




「私は≪巫姫≫様に表向き嫌われておりますからね。そのようなことを言われたことはありません。……しかし、殿下もお人が悪い」


 与えられた部屋に戻ってから、さきほどの一件を長双さんに話した。

 長双さんはあからさまに苦笑してる。


「しかし、殿下は有能な方なのですよ?」


 フォローも忘れない、出来た大人の長双さん。

 長双さんによれば、あの推オジサンが南鄙の城主にならなければ、何年も前にこの城は蛮に陥とされていたはずだという。


「元はここ、南鄙は豪族の小城だったらしいのです。それを皐推様が建てなおされ拡げられた。さらには戦後もさらに富んでいるのです」


 戦も終わりこの南鄙に余力があるからこそ、南沼開墾に着手し得るのです、そう長双さんは言う。

 そうか。戦が終わった事で、人口の増加が予想される。それだけじゃない、長双さんが蛮を撃退したからこそ、この国はさらに富み栄えるんだ。


『…………』


 龍の悲痛な沈黙が聞こえた気がして、俺はそれ以上考えることを止めた。




 ―――




 翌朝。もう一日、南鄙に泊りたいとおひい様がわめき出すんじゃないかと思ったら、旅支度を整えて俺と長双さんを待っていた。

 意外に思っていると、尚が近寄って来て、


「一刻も早く出立致しましょう。ここはおひい様の教育上よろしくありません」


 と、耳打ちしてくる。

 どうやら、珍しく尚がおひい様に強硬に反対したようだ。俺としては賛成です。はい。



 昨日の南鄙官邸の謁見の間で、推オジサンにご報告することになる。

……本当はもう会いたくないけど、何も言わずに立ち去ることはできないもんねー。



 城主の数段高い席に座る推オジサンは、おひい様に寂しげな視線を送りながら言う。


「わしから、尚と朱蝶に下賜するものがある――兵器じゃな。斧鉞ふえつと剣じゃ。受け取るがよい」


 壁際から昨日の嘆くおじいちゃん、南鄙宰――この城の行政長官だね――の朗召さんが重そうに武器を推オジサンの傍らまで持ってくる。

 そう言えば、この人が五年前の戦の時に首都まで救援要請に行ったんじゃなかったかな?

 なんか、苦労してそうだわー。


「尚、ちこう寄れ」


「はっ!」


 暗い顔をした尚が立ち上がり、推オジサンの手前の階段の途中でまた跪いた。

 尚が差し出した手の上に、斧が置かれる。その時、尚が推オジサンに何か耳打ちされた。

 俺は尚がすこーしだけ身震いしたのを見逃さなかった。


 斧を捧げ上げながら、元の位置にバックしてくる尚。その表情は窺えない。

……ねえ、何言われたの?


「朱蝶、ちこう寄れ」


「……はいっ!」


 尚を見習って、推オジサンの前に跪きながら手だけ伸ばしてると、その手の上に重量がかかる。金属の重さ――命を断てる重さだ。

 推オジサンが顔を寄せてくる気配がした。


「……ハッちゃんに感謝せぇよ。こいつはお前なんぞには勿体ねえシロモンじゃ――あの子になんぞあったらぼてくりましたるからのぅ! ――苦しゅうない」


「……ハイ」


 最後にふつうのテンションで言われた「苦しゅうない」が余計に怖かった。


「これにて、兵器下賜の儀を終える」


 嘆きのおじいちゃんの口から発せられた朗朗とした声が謁見の間に響く。

 でも城主が退室しない。


「ハッちゃん! わし、寂しい!!」


「叔父上! 妾もです!!」


 惜別の抱擁を繰り広げるふたり。

 間違いなく同じ遺伝子――ジャイの遺伝子を精神に持つふたりの抱擁を俺は、若干蒼褪めながら眺める。


 ふと、隣を見ると浅黒い肌を俺と同じように蒼褪めさせている尚がいる。


「……なんて言われたんですか?」


「……『尚ちゃん、あんま、おじさんいじめんといてえな。――苦しゅうない』と……尚がおひい様を急かしたことなど、推様はご承知だったのでしょう」


――あっれー……。俺の時とだいぶテンション違うよね?


「はあっ」


 溜息を吐いてるけど、俺が言われた事に比べれば、尚のかけられた言葉はぬるい。

 ぬるくてちょうどイイ温度の掛け湯ぐらいぬるい。むしろ甘い。激甘のスイーツぐらい甘い。


……激励、なのか? 俺に対する言葉は、あのオジサンなりの激励なのかもしれない――違うか。違うだろうな。

 どうやら俺は一目で尚よりも嫌われてしまった、ということ――


 くわばら、くわばら。

 もう出遭うことが無いように、雷が落ちないように俺は口の中で呟いた。


『このまま巧く魍魎を退治できたとしても、帰りには立ち寄ることになるのではないでしょうか?』


 龍の現実的な観測は、聴かなかったことにした。



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