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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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十九、旅程


 さて、龍の説明によればこの世界ではこんな少人数で長旅をすることは滅多に無いらしい。

 旅っていうと、村レベルとか、街レベルとか、軍隊レベルとか、国家レベル――要は、大小の共同体主導で行われることが多いんだと。


 いわゆる冒険者みたいな職業の人は基本いないらしい……。ちょっと残念。

 ただ、仙人とか道士みたいのはいるらしく、あときこりとか龍みたいな虞衡ってのがイメージ的には冒険者に近いのかもしれない。

 独りで山とか森の未開地区に入るのはそれだけ危険だってことだねー……。まあ、モンスターがいるんだから当然ですか。



 ちなみにモンスター――怪とか鬼ってのは、そう簡単に現れるもんじゃ無い。

 俺みたいに街の中に入ってくるなんて例外中の例外だし、それどころか開けた街道にまで出てくることは、まあ無いという。

 ということで、とりあえず南鄙――南の城砦都市を目指す俺たちの旅は結構安全なんだそうだ。


 南鄙まではおよそ五百里――210キロで、龍の脚ならゆっくりで七日、ちょっと急げば五日もかからないし、本気を出せば丸一日でイケるらしい。


 いや、待て待て。東京湾から日本海までの本州横断が直線距離で200キロぐらいって聞いたことがあるぞ。

 フルマラソンのトップクラスでも時速20キロ弱の速度のはず。しかも、俺が知ってる日本とは道路舗装のレベルが違うこの世界で210キロを一日って……。

 改めて、龍の身体のスペックに驚かされる。



 しかし、俺たち一行には明らかに体力の無さげなおひい様がいる。だから当初の予定では、十日――旬で行ければイイんじゃない、って感じだった。はずなのだけど……。


――俺のすぐ後ろを急かすみたいに、小山がズンズン追って来る。ちょっとコワい。こういうホラー系ロードムービーあったよね?

 まあ、その小山は尚が背負ってる、おひい様を含むところの荷物なわけで。


『……この様子であれば、南鄙まで五日というところでしょうか……陽が暮れる前にふたつ目の公館が見えるでしょう』


 龍の脳内ボイスがちょっと呆れてる。

 「公館」っていうのは五十里ごとにある公国運営の宿泊所だそうで。宮城発行のパスポートを持ってりゃ泊めてくれるらしい。

 思いのほか、優雅な旅になりそうだな、なーんて思う。

……まあ、それもこれも龍の身体の体力があってこそなんだけど。



 長双さんはといえば、尚が担いでる荷物のせいで見えないけど、その後ろを歩いてる。その証拠に長双さんのいるはずの小山の影から、たまに弓弦を弾く音がして、紐が結ばれた矢が飛んでいく。

 広い街道の左右に広がる田んぼ。その中にまばらにある林や池なんかで休んでる野鳥を射落としてるらしい。で、紐を辿って行って獲物を回収。


「先に行ってて下さい」


 って一言置いて、颯爽と林の中に躍り込む。そんで、ちょっとしてから進行方向の街道上に出現。その手には鳥の首が握られてる。

 真っ直ぐ進んでる俺らの倍以上動いてるんじゃないのか?

 だけど元気いっぱいでまた、矢を放つ。

 既に長双さんの腰は、ウエストを一周するぐらいの数の鳥の屍骸で飾られてる。


「昼餉は豪勢になりますよ」


 と、ほくほく顔の長双さん。


 そんな長双さんを眼下に見下ろしながら、暇に飽かせて鼻歌を口ずさむおひい様。


 そう、俺を含めみんなよゆーです。軽々と脚が進みます。

 太陽がだいぶ高くなったから、そろそろ午前11時ぐらいなんだろう。俺たちが出発したのは、朝焼けの中――たぶん朝の6時前ぐらい。

 つまり、ぶっつづけで5時間くらいは歩いてるはずなのに、余裕。みーんなバカげた体力だよ、ほんと。


 どこまでも広がる田畑の景色も、スッゴいのどかで癒されますなー。蝶の時には恐怖とともに眺めてたもんだけど、それも今となってはイイ思い出だ。

……だけど、ちらほら田んぼの中に現れる農夫を見ると、なーんか忘れてる気がしてくる。なんだっけ?


 お、そんなことよりなんか往く手に森が見えてきた。黒々した森の中まで続いてく街道の脇、森の入口に平屋のデッカい建物が見えてきた。

 これが、公館ってヤツか。調子に乗って、


「野郎ども、昼飯にすっぞ!!」


 って言ったら、みんなに「はあ?」って顔で見返された。……ゴメンなさい。




 俺の心のダメージはともかく、てな感じで出発時の不安が嘘みたいに旅は進んでいく。

 飯を食って心身ともに満たされた俺たちは、公館の人たちに竃を使わせてもらったお礼と伴に長双さんの仕留めた鳥を何羽か渡して、午後も意気揚々と森に入る。


『しかし、問題は南鄙を過ぎてからです』


 その通りだ、まったく龍くんの仰るとおり。

 南鄙から南沼までは、さらにおよそ五百里あるんだ。

 しかも、今度は街道なんか無い。途中までは南邑まで続く道があったり、蛮との戦争で造られた道路があるそうだけど、さらにその先は道無き道を行くことになる。

 龍もほぼ足を踏み入れたことの無い、森の深みだ。龍独りだったとしても、深い森の中を百里進むには丸一日かかるそうだ。

 初期の計画では南鄙から南邑までのおよそ二百里――これに四日。南邑から、かつて長双さんが攻め亡ばしたっていう蛮の村までさらに二百里――これには六日。そこから南沼までの百里――これに四日をかける予定だった。つまり、最初の都から南鄙までの十日を入れて、行きだけで全部で二十四日の予定だった。だいぶ前倒しになりそうだけど。


 特に最後の百里が問題だ。一度、龍の親父さんたちが大勢で通ってるからと言って、森の険しさは街道とは比べものにならない。

 もちろん公館なんて便利な設備は無いから野宿になる。

 もやしっ子の俺の精神力で耐えられるかしら? ……なんてことは思わない。なぜなら、俺は蝶の生活で鍛えられてるから。


 そんなことを考えてると、街道の脇の草むらの中にちっちゃな石碑みたいのが建ってるのが眼に入った。

 なんだアレ?


『里石、ですな。帝域の治水の際に≪竜帝≫が遺したとも、≪水帝≫の御子・≪しゅうしん≫が遺したとも言われております。おおよそ五十里ごとに古いみちに在ります。この街道は古途を拡げたものゆえ、残っているのでしょう』


 へー……。≪水帝≫ってのは学校の授業で出てきた気がするけど、≪竜帝≫は聞いたこと無いな。

 あと帝域ってなんだっけ?


『帝域とは、帝都におわすていが管轄する大地――帝国、すなわち、この世ですな』


 あれ、帝国ってことは公国よりもデカいの?


『なるほど。校において学ぶ史話では、確かに帝国建国までは進んでおりませなんだな……。帝国とは二百五十歳ほど前に≪竜帝≫が興したと言われる国です。我が公国も帝国の内に含まれます』


 ああ、つまりデッカい帝国っていう枠組みがあって、その中の各地方に小っちゃい国があるわけだ?


『然様です。我が公国は帝国東南方にあり、隣接する他国を監督する立場にあります』


 ふーん、あの公爵様めちゃくちゃエラいわけだな……あれ、そうすっと蛮っていうのはなんなの? 帝国がこの世界の全部なら、みんな帝国人でしょ、なんで戦争してたわけ?


『……南の蛮、東の≪≫、北の≪てき≫、西の≪じゅう≫などの異なる族は、≪大荒だいこう≫の果て――異界から帝域に参ったと聞いております。つまり、帝国内にあって帝を崇めぬ――異なる民ですな……ゆえに、戦が終わらなかったのです』


……悪い。なんかイヤな話をさせちまったな。


『いえ……それよりもくれぐれもお気を付けください。我々が今向かっている南沼は、帝国下の東南の皐公国の南の果て――すなわち、この世の果ての≪大荒≫に程近い。ゆえに異界にも近いのです』


 異界に近いって、まさか悪魔の大軍勢とか攻めてこないよな?


『あくま、というものについてはわかりかねますが、この世の果ての近くには強い怪や、悪神が顕れるとも申しますゆえ』


 えーー……。これから俺たちが眺める予定の≪魍魎≫ってのは大丈夫なのか?

 ひょっとしてむちゃくちゃ強いんじゃないの? 俺たちも危ないんじゃないの?


『さあ、怪の強さや手強さについては、己ごときではなんとも……≪巫姫≫様に訊かれるのがよろしいのでは?』


 なるほど、一理あるね。


「おひい様あ?」


 俺は小山の頂上で鼻歌を口ずさんでるおひい様を歩みを止めずに振り返る。

 おひい様は動く小山の上に俯せに寝そべって、暇そうに脚をパタパタやってる。


「なんじゃ?」


「≪魍魎≫ってのはどのぐらい厄介な怪物なんでしょうか?」


「厄介? 笑わせるな、朱蝶」


 鼻で笑いながら、尚の歩みとともに揺れる球体の上で、おひい様は器用にも上半身を起こした。

 なんか、独りだけ自分の脚で歩いてないのにエラそうだな……。いや、実際こんなかで一番身分は高いんだけど。


「魍魎なぞ、怪としての≪格≫は下も下じゃ。恐るるに足りぬ。妾の指揮の元に見事滅してくれようぞ」


「は?」


『え?』


「今なんと、おひい様?」


 俺と龍と尚が疑問の声を上げる。

 さらに俺と尚はピタリと同時に歩みを止めた。


「なにゆえ止まったのですか?」


 最後尾の長双さんの声が、尚が背負う小山越しに聞えて来た。


「いや、だから長双さん。おひい様が≪魍魎≫とかいうバケモンを滅するとか、なんとか仰られるわけですよ!」


 俺たちのミッションはあくまで、おひい様の≪竜眼≫でその化け物を捉えて貰うことだ。

 退治なんて俺たちの仕事じゃねー!


「おひい様、何を無謀なことを仰せられるのです!!」


 背上のおひい様をどうにか視界におさめようとして、尚が頻りに首を傾げてる。


「何が無謀なことがあるか? ≪神格≫と呼ぶに相応しい者がふたりもおるし、その上にこの妾がおるのじゃぞ」


 いや、おひい様は確かに現在進行形で、俺たちの頭上にいるわけだけど。

 ふたりの≪神格≫って何それ?


「長双さんと尚どのは≪神格≫とやらなんですか?」


 確かにふたりとも人間離れはしてるけど、ちっとも神様のようには見えないよ?

 尚は鉄頭だし、怪力だし、長双さんも強えーけど。……そう言えば、長双さんの脇腹も鉄みたいな固さだったっけ?


「死すれば≪神格≫となる事、請け合いじゃな。尚も≪鼻削ぎ卿≫も≪気≫との親和性が高い」


 おいおい≪鼻削ぎ卿≫って……。


「おひい様! そのような名で卿を呼ばれるとは!!」


「構わんじゃろ、のう≪鼻削ぎ卿≫よ」


 振り返って言葉をかけるおひい様に向けて、苦笑を溢す長双さんの声だけが聞こえる。


「構いませんよ。尚どの≪巫姫≫様はこの長双めに気を遣って下さっているのです」


 気を遣ってるようには思えないけど、まあ、長双さんがイイなら俺は何も言うことは無い。

 それよりも、問題はおひい様の「≪魍魎≫退治するぜ」発言だ。


「長双さんはどう思います? 退治は俺たちの仕事では無いですよね?」


「私も怪などと言うものには遭ったことが無いので≪巫姫≫様にお任せします。姫は言わば専門家ですからね」


 それに退治できるならしてしまったほうが好いでしょう、と長双さん。

 相変わらず軽いなー、長双さんは。重い事のはずなのに軽々と言ってくれるなー。


 

「よし! 決まったのう!!」



 俺たちのミッションは≪魍魎≫討伐に変更になったらしい。


「……朱蝶どの、いざという時には、この尚がおひい様を抱えて逃げますゆえ……」


 おひい様に聞こえないようにぼそぼそ言う、尚の声が実に申し訳なさそうだった。

 その陽に灼けた肌には汗が光ってる。やっぱりサイボーグじゃないみたいね。

 尚も大変だなあ。






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