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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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十七、おひい様、怒られる

 今、目の前でおひい様と地官長のおっさんによる、龍と俺の処遇を決める会議が行われようとしているわけだが、俺はまだ自分の質問に誰も答えてくれてないことに気づいた。



「えー、重ねてつかぬことを伺いますが、それでなんでおひい様が本日、ココにいらっしゃるのでしょうか?」


 そうなのだ。なぜ、おひい様がココにいるのか?

 俺だってバカ――いや、俺はバカになろうと決めたわけだから、阿呆じゃないって言っとこ。

……そう、俺だって阿呆じゃないから薄々は感づいてる。でも、他人の口から聴くまでは意地でも信じない。


「そなたは思うたより阿呆じゃのう。南沼に行って魍魎をこの≪竜眼≫にて捉える為に決まっておろうが」


「……それは、おひい様が旅に同道されるということでしょうか?」


「それ以外に何がある?」


 マジかよ……。俺の安息の日々がリニアエクスプレスに乗って時速600キロで遠ざかってく。

 いや、まだだ! まだ諦めてはいけない!


「地官長様、よろしいのですか? いくら魍魎とかなんとかを遠目に眺めるだけとはいえ、公国の姫がそんなヘンピな場所に赴いても?」


「こちらも何度も御止めしたのだが、姫様は≪≫であられる上に、公国の巫祝の頂点だ。公の御裁可が下った以上、地官から言うことは無い」


 ちくしょう、このおっさん使えねー! てか≪婦≫とか≪巫祝≫とかなんだよ?


『≪婦≫とは≪雷名≫どのがお持ちの下卿と同じ≪禄位≫です。≪巫祝≫とは、――巫術を行う者――神に仕える者ですな』


 なるほど。つまり≪婦≫ってのはお貴族様みたいなことで、さらにおひい様は巫女さんの頂点で姫様だから、地官長でも強く言えませんよー。ってことか。

 龍くん、有難う。俺の希望を根こそぎする情報だ!


『……泣くことはないのではないですか?』


 泣いてねーよ! ちょっと目から汗が零れただけだ!

 そしてなんで俺をおひい様は、そんな生温かい目で見てるんだ?


いやつよ、朱蝶は。妾の身を案じておるのか? どうじゃ地官長どの? 鬼とはいえども朱蝶は可愛げがあろう。……このように主想いの僕を、その主から引き離すことに呵責は無いのか?」


 180度違う! 違うんですよ、地官長様……って言おうとしたら、地官長のおっさんが固まってる。

 口と眼を半開きにしたまま固まってる。何、どういう遊び? それ。


「おお、しもうた」


 おひい様が地官長のおっさんから、その緋金色の視線を逸らすとおっさんの時間が動き出す。


「――姫様、≪竜眼≫にてこちらを見るはご遠慮下され。身がもちませぬ」


 マジ? ≪竜眼≫ってそんな無差別に効果発揮するんだ。≪聖なるもの≫とかじゃ全然ないじゃん。

 あれ、でも俺は見られてもふつうに喋れたし、尚に至ってはおひい様を過失で殺しかけてたけども?


『朱蝶どののことは良くわかりませぬが、あの尚どのは≪気≫ゆえの力をよほど多く纏っているのでしょう≪竜気≫を弾くほどに』


 何、それ? どういうドラ○ンボール? そのうち、誰かがか○はめ波的なの撃っちゃう感じ?


『何を仰せかよくわかりませんが、校にて剣術の老師がよく言っていたではないですか? ≪気≫とは――』


「――朱蝶、聴いておるのか? ぼーっとしよってからに」


「あ、すいませぇん。聴いてませんでしたぁ。おひい様の御尊顔に思わず見惚れてしまってましたぁ」


「……まったく、しょうの無い僕じゃ。……良いか、この≪巫姫≫の名においてそなたと龍の身体を地官から米千せきにて買い取ることと決めた」


 俺の御世辞にまんざらでも無い顔で、微妙にニヤケながらおひい様は宣言する。チョロインか! ……いや、待て待て人身売買じゃん!

 てか、頑張れよ! 地官長のおっさん。


「……姫様、困りますな。地官下ということは龍は公国――公の所有物ですぞ。そのような取引を持ちかけられて勝手に受けたとなれば、この頸が飛びまする」


『ちなみに、およそ十石にて男ひとりが一歳に食う量を満たしますゆえ、千石ならば百年分――破格ですな』


 そうなの? ……えーと、日本の成人男性が食う米の量は確か一日三合いかないくらいのはず。でも確か、江戸時代の人は四、五合の米を食ってたって聞いたことがあるな。

 たぶん、おかずで摂取するはずのミネラルとかタンパク質とか繊維の問題なんだろうな。つまり、江戸時代は粗食だったからかなりの栄養素を米とか玄米とかから摂らなきゃならなかったはず。だから沢山食わにゃならん。龍もばかばか米とか粥とか食ってるし。

 この世界でも一食はかなりの粗食だから、一日五合食うとすると一合180グラムで――五合で900グラム。つまり、一年の米摂取量はざっと330キロ。そうすっと一石33キロ。で、千石は33トン!? そんなに米あんの!? ……っていうか『破格ですな』って龍、冷静だな?!


『まあ、≪雷名≫どのの養子の件も似たような話でしたし、このような話は珍しくは無いのです。……それといくら≪巫姫≫様と言えども、米千石を一括にて払うことはできますまい。おそらくは≪合わせ貝≫による信用借りでしょうな』


 そうだった。この世界には貨幣が無いんだった。これも龍の身体に入ってから数日で発覚した衝撃事実だったな。

 辛うじて二枚貝を証文として片方ずつ持つってーのがあるんだったっけ? で、貝殻にはそれぞれ同じ数字を彫っておく。二枚貝の合わせ目は個体によって全部違うから証文の代わりになる、と。

 で、庶民はそんな大きな買い物はしないから、主に≪合わせ貝≫は上級官吏しか使わない――だから、数字が使われる、と。


『然様ですね。未だ朱蝶どのが言われる≪カヘイ≫だの≪ショウモン≫だのは良くわかりませぬが。……それに数ぐらい庶民も使用しておりますよ』


 十とか、百とか、千とか、数の位が上がるたびに下に列が伸びてくヤツだろ? それに同じ位の数でも――例えば、≪九≫って数字を表すのに、≪一≫みたいな横棒を横に九つ書き連ねるって、楔型文字せっけいもじでももうちょいマシだぞ?


『はあ……相変わらず朱蝶どのが言われることは不可思議ですなあ』



……なんか、やりにくい。やりにくいぞ! コレ。


『何がやりにくいと言われるのです?』


 いや、独りで考えてることなのに、全部が聴かれてるってかなりやりにくいだろ?

 なんかいちいち説明口調になっちゃうし、おちおち変なこと考えらんねーよ!


『ふーむ、なるほど。暫し黙っていましょうか?』


……悪ぃけど、その方向でお願いします。


『承知しました。……しかし、変なこととはどのような?』


 頼むから黙れよー。そこ食いつくなよー。……あと、万が一変なこと考えてても聴かなかったフリしてね?


『…………』


 そこは答えねーのかよ!!



「――姫様、嵩の問題では無いのです。このような取引自体、お受けできないのです」


「ならば、地官長どのは妾に一方的に折れよと申すか? 僕のひとつも手に入れられぬようでは≪巫姫≫の沽券に関わるわ! ……米千二百二十五で折れてくれぬか?」


 まだ、やってたよ……。いや、でも地官長のおっさんは取引自体受ける気が無いみたいだし、大丈夫か。

 それにしても、おかしな対話だな。

 おひい様は地官長のおっさんの事を≪竜眼≫で見ないように俺に顔向けてるし、おっさんはおっさんで、興奮したおひい様に見られるたびに「ビタッ」って動きを止める。

 何このコント。


「もうよい! 埒が明かぬわ! 朱蝶、そなたが決めよ!」


「ですから、姫様、そのような――」


 あ、おひい様、おっさんの事、今わざと止めたな。

 しかも、睨んで止め続けてる。


「朱蝶、一言『美しい姫様のご足下にて奉公しとうございます』と言え。さすれば、この旬と八日の事は水に流してやろう」


 あー、まだ忘れてなかったんだ。意外と根に持つな、おひい様。

 しかし、俺が「おひい様の元で働きたいっす!」って言ったところで、地官長のおっさんが折れるわきゃ無いし。折れて貰っても困るし。

 うーん、どうしよう? ……てか、地官長のおっさんに交渉持ちかけんのが間違ってるんじゃねーのか?


「あのぅ、おひい様、ひとつよろしいでしょうか?」


「なんじゃ? 申してみよ」


「御父上――公に直接ご相談されたほうが早いのでは?」


「…………」


 あれ、なんで黙ってんの?

 どうしたの、おひい様? なんか言ってくれないと不安になっちゃうよ。

 俺、なんか間違ったこと言ったかな?



「……って、おった」


「え?」


「……知っておったわ! 龍とやらが父上の臣下ならば、父上にご相談申し上げるは道理じゃろう! そなたに言われずとも、疾うに気づいておったわ!」


「はあ」


「そなたがあんまりに早う妾の元にて働きたそうな顔をしおるから、情け心を出してここで地官長どのに話をつけてやろうと思うたまでじゃ! ……よいか、そなたの為なのじゃぞ」


「……はあ」


「じゃが、そなたが我慢がきくというのであれば、妾から言うことは無い! 父上にご相談申し上げるがゆえ、暫し待っておれ!」


 そう言うなりおひい様はバッと立ち上がると、キラッキラの着物の裾を両手で持ち上げて走り出す。

 バンッと扉を開け放って、廊下へと駆け出して行った。


「ちちうえ~!!」


 廊下におひい様の父呼ばう声がこだましてる。

……今かよ?!


「……行ってしまわれたな」


「……行っちゃいましたね」


 おひい様がいなくなって身体が自由になった地官長のおっさんと顔を見合わせた。


「尚どのは行かずとも良かったのかな?」


 地官長のおっさんの視線を追うと、俺の背後の部屋の隅で尚がうずくまってる。

 なんか落ち込んでるみたい。


「尚など、おひい様には必要ないのです。このように失敗ばかりなのですから、当然と言えば当然なのですが……ふっ」


 何、そのニヒルっぽい笑い?

 鋼の身体にガラスのハート、ってか? どこ製のサイボーグなんですか? サイボーグだったら製造元に送り返してやれるのに。

 しっかり整備してもらって来いよー、ってな感じで。


「……まあ、そう落ち込むでない」


 地官長のおっさんもかけるべき言葉が見つからないらしい。適当な言葉でお茶を濁してる。

 ふと、地官長のおっさんを見ててひとつの懸念を思い出した。


「地官長様、まさか公がおひい様のおねだりを聴いちゃう、なんて事は無いですよね?」


 一度、龍の眼を通して見たことがあるだけだけど、あの立派な公爵のオジサマが子煩悩で娘になんでもあげちゃう。……なんて姿は想像できない。


「まあ、あるまいて……公がご了承を得られぬと見越して、強引に話をつけにこられたと思うておったが、まさか気づいておられなんだとは」


「じゃあ、龍の身体を俺が乗っ取るなんて話は……」


「無い。姫様に話を持ちかけたは、後々面倒なことにならぬとも限らぬと思うたがゆえ、だ。……あの姫様のご性情だからのぅ、ここで詰めておくべきじゃろう」


「なるほど」


 しかし、これで俺が龍に存在していて貰わなければならない最大の理由――おひい様に対する防御壁としての機能はかなりの確率で果たして貰えそうだ。


『……そのような事、ですか……ハァっ』


 溜息吐かれちまったよ、頭ん中なのに龍に溜息吐かれちまった!!

 物理的にどうやって吐いてんのか気になるけど、それ以前に俺にとっては死活問題なんだっつーの!

 あの傍若無人な――いや、暴虐無双なおひい様に延々としもべとしてコキ使われてみろ! 死んでしまう!!



 その後、俺と地官長のおっさんは五日後に迫る旅について話をする。

 俺が頭ん中で喋る龍の言葉を口に出して、龍の意見もおっさんに伝え、次第に立ち直って来た尚も参加する。

 尚はおひい様の護衛兼、お世話役として同行することになってるらしい。尚がいてくれればおひい様も無茶はできねーだろ。

 しかし、みんなの対応の柔軟なこと。俺は一応、モンスターの類のはずなんだけどねー。


 そんなことを考えてたら、


 バアンッ――って音がして、急に部屋の扉が開いた。

 そこに立ってたのは泣きじゃくるおひい様。


「……尚ぅ~。父上に怒られたぁ」


 断られんの、早ぇーーな!!


「……≪竜眼≫のまま、ウロウロするな、ってぇ」



 そっちかよ!!



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