表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
16/159

十五、おひい様、再び


 夢を見た――


 いや、別に「夢十夜」へのオマージュとかじゃあない。

 夏目漱石は人間の頃にそこそこ読んだけど、好きじゃなかった。当時は「あの人も厨二病でしょ?」とか思ってたわけだ。

 好きじゃないのに「読んだ」のは、「……趣味は読書でえ、良く読むのは夏目漱石、とかあ?」って言いたかったからです。

……漱石先生ゴメンなさい。

 引き篭もってたから、そんなセリフ言うチャンスは一度も来なかったし。


 だから、「夢を見た」ってーのは単なる事実で、ついでに言えば俺はこの異世界に来て以来、初めて夢を見たような気がする。




――おんぎゃあ、おんぎゃあっ――


 うおっ、めっちゃ赤ちゃん泣いてるじゃん、っていう夢。



 人だかりがあって、なんかワーワー言ってる。

 よくよく聴いてみると、


「殺せ」だとか、


「灼いてしまえ」だとか、


 不穏なこと言ってる。

 その人だかりの中心から赤ん坊の泣き声がするんだ。

 泣いてる赤ちゃん殺すの? いくら俺がクズだからって、赤ん坊を殺すようなクズじゃあない、って自任してる。


 俺は人混みを掻き分けて、その子を見る。

 たぶん、助けようと思ったんだと思う。でも、俺の手は止まった。



――赤ん坊の片目が、どこかで見たような色だったから。



 白目を染めるはずの色は、白色じゃなくて、黒。瞳の輪郭は紅。そして、瞳孔は緋金――



……皆さんに賛成。

 ここでなんとかしておくべきです。

 倫理? 道徳? 惻隠そくいんの情? 関係ありません。



――忌み子だ。



 正解。



――穢れた忌み子。



 それも、たぶん正解。

 彼女には、ここで消えて貰ったほうがイイ気がする。

 人類――特に俺の為に。俺が人類と言えるのかどうかはわかんないけど。



――殺してしまえ。灼いてしまえ。埋めてしまえ。骨の一欠けらも遺さぬように。



……うーん。そこまで言われると、ちょっと気が引けるなあ。

 そうだ! 山に捨てるってのはどうかな?

 なんかこう、運命に選ばれてる系のスッゲえヤツならローマ帝国建国伝説のロムルスとレムスみたく、狼が育ててくれるかもしれないし。って提案してみると、



――まあ、それでいっか。



 って話になって万々歳。

 これで自分の手を汚さずに済むねー。

 ……あれ? ……その子、男の子じゃね? ストップ、ストップ! 人違いだったから、待って!!




 って、ところで夢から覚めた。


 何、今の夢?

 てか、夢の中までクズ発言してる俺って、どうなの?



(…………)


 龍も眼が覚めたみたいで、ゆっくりと上半身を起こした。

 ちょうど、今起きたって感じ。

 もしかして、俺と同じ夢見てたとか?


『なあ、今のって……』


 そこで龍の宿舎の部屋の扉が開けられた。

 宮城から使者が来たそうで、朝一でそのご使者様の応対をしたというバアさんの、アワ食った顔を見るハメになる。

……イヤな予感がする。




 ―――




 宮殿の長ーい廊下を龍が歩いてる。

 前に来た時とは、たぶん反対方向――左に廊下を曲がる。

 宮城内なんて来る機会無いから、どういう構造になってんのかわかんないけど、すれ違う人の女性比が急に上がってく。

 お、なんか外に出たぞ。その先にもすぐに、また宮殿みたいのがある。あそこに行くのか?

 今通ってきた宮殿は柱とか朱塗りで、壁は白かったのに、こっちの建物は柱に何も塗られてなくて木目がそのままだし、壁は黄土色って感じだ。

 こっちの建物に入ってから、すれ違う人がみんな女性なんだけど。なんかイヤーな予感しかしないんだけど……。


 いやいやいや、まさか、ね。

 だいたい、今も前を歩いてるお使いの人は「五日後の出立の件」って言ってたし。

 最終打ち合わせとか、そーゆーんでしょ?

 変な夢見たせいで、なんかちょっと気分が悪いだけですって。


……いない、よね? あの人。



 お使いの人がひとつの扉の前で停止。


「南が虞衡、龍どのをお連れ致しました」


「入りなさい」


 扉越しに聞こえて来たのは間違いなく男の声。

 ほぅら、大丈夫、大丈、ぶ……じゃなかった!!!


「……よく、来たなぁ」



 開かれた扉の向こうには三人。

 右手に地官長のおっさんが正座してて、その対面の壁際に鎧姿の女が立ってる。

 龍の目の焦点が、とうとう一番奥に行く。どっかで見たヤツがいる。そんで、そいつは扉が開かれたと同時に声を掛けて来たヤツだ。


 ヤツは龍の姿を見るなり仏頂面から一転、紅の唇を裂くように、にんまりって感じで極悪の微笑みを顔に張り付けた。

 今日はキラッキラのキレいなおべべを着てて、髪もなんだか盛り盛りで簪とか差しまくってるけども、片目は布で覆われてる。何より俺がこの少女の形をしたモンスターを見間違えるわきゃーない。



『……お、ひ、い』


(朱蝶どの?)


 不覚にも、龍の不審げな脳内ボイスを聴いて初めて、俺は自分の重大なミスを思い知らされた。


 そうだったー! 俺、龍になんにも言ってなかったー!!


 だって長双さんにしごかれて考えまくったりだとか、龍のどんどん沈んでく感じだとか、なんか久々に充実した毎日送ってたりだとか、最近はそのせいで身体も借りてなかったし。

 だから俺がアイツの記憶や存在を心から押し出してしまっても、仕方ないじゃない。

 話すタイミング無かったじゃない?



 山が動く。いや、山ってほど身体がデカいわけじゃないけども。むしろ小さいけども。

 俺にとっては怪獣なわけで。俺の精神という都市を、我がモノ顔で蹂躙じゅうりんする大怪獣なわけで。

 ズゥン……ズゥン……っていう効果音が、眼前の怪物が立ち上がって一歩一歩近づいてくるたびに俺の心の中に轟く!


「姫様はこの者をご存知ですかな?」


 地官長のおっさんがずんずん歩く大怪獣に暢気に尋ねてる。いや、止めて止めて!



「知って……」


 ん?

 なんか言いかけて、怪獣の進撃が止まったぞ。

 何、どこ見てんの? この人。

 うん? 龍の左手の甲か。……そうか!!


「……なぜ、妾の刻んだ紋が無いのじゃ?」


 そうだよ、創消えちゃったんだったよー!!

 なんかアッチも戸惑ってるし、これバックレられんじゃねーの? 「は、なんすか? 人違いっすけど」みたいな感じで。

 まあ、周りは輪をかけて戸惑ってるみたいですけど。


 そんな「何、この状況?」的な雰囲気の中、龍がハッとして膝を折る。


「……申し遅れました。お初にお目にかかります。己は南が虞衡を拝命致しました、名を……」


「待て!」


 名乗って頭を下げようとした龍を押し止める小さな掌。その掌がソイツの顔に巻かれた布に伸びる。あ、ヤバーい。


「おひい様、何を!!」


 止めようとしたのか壁際から駆け寄った女武者さんの手が届く前に、例の≪竜眼≫が露わになった。

 瞳に刺し貫かれる。眼光って、まじでこういうのを言うんじゃなかろうか。



――黒々とした眼球。その中央に描かれた血紅の円。緋金色の光を宿した瞳孔。



 やばい、やばい、やばい、ヤバい!!

 なんか前回とは違う。今度は動けないとかじゃない。串刺しにされて、ぐぐっ、って感じでそのまま引きずり出される。

 浮上する、浮上させられる。強引に、強制的に。頭の底から身体の表層まで――




「どうじゃ?」



 そんな声が≪俺≫の頭上から降ってくる。

 マジかよ。今、この身体の主導権は間違いなく≪俺≫にある。……って、龍は?



『……これは、いったい』


 あれ? 頭ん中で龍の声がする!! 何、ポジション入れ替わっちゃったわけ?

 つーかこんな感じで聞こえるんだ。キモち悪っ!



「おひい様!! 突然、御ん眼を用いるなど、何を考えておられるのです?!」


 女武者さんがキレてる。


「別に良いじゃろぅ。ここは宮中、しかも廟殿びょうでんの内じゃ。……それよりも見よ、しょう! これが妾のしもべじゃ」


 スッゲえイイ笑顔と伴に指差されたトコロ――地面にぺたりと掌をつけた≪俺≫の左手――その甲には、なんか真っ赤な文字が浮かんでる。……マジかよ。


「しもべ、とはいったい?」


 地官長のおっさんは相変わらず戸惑ってる。


『朱蝶どのは≪巫姫≫様とお知り合いですか? いえ、それよりもこれはどのような状況なのでしょうか?』


 いや、龍くん。俺も訊きたい。何、このカオス?

 


「それで……」


 暴虐の姫様が俺を仁王立ちで見下してくる。そして一言。



「いつ、その身体を得て妾に出仕するつもりじゃ、朱蝶」


「おひい様?!」


「姫様、≪朱蝶≫とは?」


『しゅ、朱蝶どの?!』



 ま、ま、ま、待て――いっ!!!


……久々に遭った≪おひい様≫は、やっぱクレイジーだった。

 俺は、その緋金の瞳孔に射竦められる。射竦められてなーんも言えねえ。もう、ヤダあ!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ