二章第三話 獣達の邂逅
深夜の自室。蒼司はスマートフォンの画面をスクロールしていた。都市伝説、怪異、影にまつわる投稿を片っ端から漁る。断片的な書き込みの中に、一つの言葉が目に留まった。
影を喰う存在。画面の白い光が、蒼い瞳に映る。
(影を、喰う……?)
感情の残滓である影を、さらに喰らう者がいるという話。真偽は不明。
だが、ここ最近の街の空気を思うと、無視できる話ではない。時計を見ると既に時刻は午前二時を回っていた。明日は土曜日。学校はない。それでも蒼司は目覚ましをセットし、短いメールを一つ送信した。送信済みの表示を確認してから、蒼司は画面を消し、天井を向いたまま目を閉じた。
快晴の土曜日。トウマの住処である元ライブバーの一室に、ケイと蒼司は居た。カーテンから差し込む夏の光が、床に白い筋を落としている。
トウマはカウンターに肘をつき、蒼司から聞いた話を繰り返すように呟く。
「影を喰う、か。出会った事はねぇな……」
昨夜、蒼司がメールを送った相手はトウマだった。情報を共有する為に、直接会いに来たのだ。ケイはごく自然にこの部屋に居て、蒼司もそれを特に気にしていない。
逆にケイの方は内心、小さく気を落としていた。トウマから家に来いと連絡があった時、理由を期待してしまった。二人きりで、何か話があるのかと。
なのに蒼司が居た。胸の奥が、熱く、そして冷たく揺れる。
(期待してた……期待、私、何に期待してたの……?)
恋心が、初々しい感覚のままに波打つ。飲み終えたサイダーの様に心が泡立つ。ケイは焦げ茶の瞳を伏せ、空になったグラス見つめた。
トウマと蒼司はスマートフォンを操作しながら、都市伝説の真偽を確かめるように話を進める。明確な答えは出て来ずに、話題は自然と炎使いに移っていた。
「そうだ。炎使い……炎って、人それぞれ違うけど」「虹の七色。他にも居てるだろうな」「七色がTopTier?」「難しい言い回しすんな」
いつの間にか、トウマは蒼司をくそガキとは呼ばなくなっていた。二人の会話に、ケイが小さく割って入る。虹の七色の炎。自分が知る限りを、あの夜に理解した事を静かに口にした。
蒼司は青。トウマは橙。翠は緑で、顎は藍。
「四人揃ってたって事……」
蒼司が廃モールでの激戦を思い出す。四色が交差した夜。そして、最後に現れた桃色の炎。
「じゃあ、あの最後の桃色の炎は……?」
魂すら燃やし尽くして消えたトウマを復活させた、Zippoから溢れた桃色の炎。優しく、暖かい熱を帯びた蝶。蒼司の問いに、トウマは答えない。左耳の銀のピアスが、光を受けて小さく輝く。
「……言っただろ、他にも炎使いは居てるってな」
一泊置いての返事に、怪訝な顔をする蒼司とケイ。トウマは視線を逸らし、話を強引に戻した。違和感。
「それよりも、影を喰らう存在だろ、今は」
昨夜、影の匂いがすると絡まれた事。その前に路地で影の襲撃を受けた事。炎使いを知るクラスメートの存在。それらが何かしら繋がっているかもしれない、とトウマは低くまとめた。
グラスの水を飲み干し、氷がカランと音を立てる。トウマは立ち上がり、窓の外の夏空に目をやった。
「面倒くせぇ話になってきたな」
入道雲が大きく膨らみ、どこからか遠く蝉の声が聞こえる。
同じ頃。半壊した廃ショッピングモールの奥を、赤い短髪の大男が歩いていた。
何かを探す鋭い眼光が、影の残滓と激しい戦闘の痕を見つけた。焦げたコンクリート、削られた壁、いまだに薄い熱を帯びた空気。
……強力な炎使いが、この街にいる。それも複数。大男は右肩の虎の刺青に指を這わせ、低く息を吐いたその時だった。
「ねぇねぇ、何してるのかナ?」
不意に掛けられた声。振り返ると、瓦礫の上に小柄な少年が座っていた。翡翠色の髪と瞳。幼い顔付き。
周防翠だ。トウマたちとの戦いの後も、彼はこの街に残っていた。
夏の日差しが翠の髪を淡く光らせ、大男のタンクトップ姿の右肩に刻まれた虎の刺青を照らす。
「刺青、カッコイイネ。強そうだヨ、オジサン」「……オジサンじゃないな」
翠が楽しそうに笑う。緑の瞳には、危険な火が灯っていた。
次の瞬間、瓦礫の上から翠が飛びかかる。勢いのまま繰り出された拳を、大男は片手で受け止めた。
それが、戦いの始まりだった。止められた右拳を起点に身を捻り繰り出される両の踵が大男の腕を削る。小柄な体躯から繰り出される怪力が、腕に重く響いた。
着地と同時に跳ねる翠、大きく飛んでから振り下ろされる拳がコンクリートの床面を穿つ。先の一撃を身を捩って避けた大男は、舞い散る破片ごと、翠へと返しの拳を打ち込む。
互角に近い拳打の応酬が続く。熱気を引き裂くように大男の右拳が一閃し、翠が大きく後方へ吹き飛んだ。瓦礫を転がるも、すぐに起き上がった翠は、瞳を細めて笑った。
「オジサン、強いネ!名前は!?」「赤鉄、一弥だ」
名前を聞き、翠が拳に緑の炎を宿す。それを見た一弥も、右手に炎を灯した。
猛々しい、真紅の炎。赫の光が、夏の廃虚を焦がすように揺れた。
緑と赤の炎が、壊れたモールの空気を更に熱で歪めていく。




