第一章 末っ子、キャプテンになる
「ということで、Rain Crownのキャプテンは――新宮楓花です」
「よろしくお願いします!」
ぱちぱちぱち、と拍手が起こる。
楓花は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「えっと……まだ全然頼りないんですけど、みんなと一緒に頑張りたいと思います。よろしくお願いします!」
「キャプテン!」
「楓花、よろしくー!」
「頼りにしてる!」
「任せた!」
「待って!」
楓花は慌てて顔を上げた。
「任せないで! 一緒にやって!」
笑いが起きる。
楓花も笑った。
でも心の中では、ずっと同じ言葉がぐるぐるしていた。
――本当に私でいいのかな。
◇
キャプテンになったからといって、次の日から急にしっかり者になれるわけではない。
「楓花、今日の集合って10時だよね?」
「うん、10時!」
「11時って書いてあるけど」
「……え?」
スマートフォンを見る。
11時。
「…………11時です」
「キャプテン?」
「ごめん!」
別の日。
レッスン終わりに、みんなで円陣を組むことになった。
「楓花、掛け声!」
「え?」
「キャプテンでしょ」
「やばい考えてない!」
「嘘でしょ!?」
15人の視線が一斉に集まる。
「えっと……Rain Crown――」
「うん」
「……がんばろー!」
沈黙。
「普通!」
「ダサい!」
「うるさい!」
笑い声が響いた。
楓花は顔を真っ赤にする。
キャプテンになっても楓花は楓花だった。
◇
それでも。
不思議なことがあった。
「はい、休憩!」
音楽が止まる。
みんなが水を飲んだり、スマートフォンを見たりしている。
その中で、楓花は一人の少女を見ていた。
さっきから、ほとんど話していない。
「どうしたの?」
「え?」
「なんかあった?」
「別に」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
ただ、隣に座った。
しばらくして。
「……今日、全然できない」
少女が呟いた。
「振付?」
「うん」
「じゃあ、あとで一緒にやろ」
「楓花も間違えてたじゃん」
「だから一緒にやるの!」
少女が吹き出す。
「キャプテンなのに」
「キャプテンだって間違えるから!」
二人で笑った。
楓花は、誰かを引っ張るのが上手いわけではない。
正しい答えを持っているわけでもない。
でも。
誰かが一人になっていることには、なぜか気づいた。
◇
白藤莉歌は、一人で歌っていた。
レッスンが終わっても、同じフレーズを何度も繰り返している。
「莉歌ちゃん」
「何?」
「まだ帰らないの?」
「もうちょっと」
「そっか」
「楓ちゃんは?」
「帰る」
「じゃあ帰れば?」
「うん」
そう答えたのに、帰らない。
しばらくして、莉歌が振り返った。
「……何?」
「別に」
「帰るんじゃなかったの?」
「帰るよ」
「いつ?」
「莉歌ちゃんが帰るとき」
「なんで?」
楓花は少し考えた。
「一人だと寂しいかなって」
「子どもじゃないんだけど」
「……じゃあ、私が寂しい」
莉歌が吹き出した。
「そっち?」
結局、その日は二人で最後まで残った。
◇
朝比奈こはるは、ダンスの振付に苦戦していた。
「違う! そこ右!」
「右!?」
「逆!」
「どっち!?」
「こはるの右!」
「分かってる!」
「分かってないから言ってるの!」
何度やっても間違える。
それでも、こはるはやめなかった。
「もう一回!」
「ちょっと休憩したら?」
「やる」
「でも――」
「やる」
頑固だった。
だから楓花も残った。
一時間。
二時間。
「楓花、もういいよ」
「何が?」
「私に付き合わせてるから」
「別に付き合ってないよ」
「え?」
楓花は鏡の前へ戻る。
「私も練習したいから」
こはるの隣に立った。
「はい、もう一回」
こはるが少しだけ笑う。
「……ありがと」
「できてから言って」
「厳しい!」
でも楓花は知っていた。
こはるが「もう一回」と言い続ける限り、
きっと自分も帰れないと。
◇
蒼井真姫は、少し違った。
何でもできるように見えた。
姿勢も綺麗。
覚えるのも早い。
人前で見せる笑顔も、すでにアイドルみたいだった。
だから楓花は、最初あまり心配していなかった。
そんなある日のレッスン後。
みんなが帰る準備をしている中、真姫だけが鏡の前に残っていた。
笑っている。
何度も。
同じ笑顔を繰り返している。
楓花は近づいた。
「真姫ちゃん」
「ん?」
振り返る。
完璧な笑顔。
「どうしたの?」
「……疲れてる?」
ほんの一瞬。
真姫の笑顔が止まった。
「大丈夫だよ」
「そっか」
楓花はそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、ご飯行こ」
「え?」
「お腹空いた」
「急だね」
「付き合って」
真姫が笑った。
今度は、さっきとは少し違う笑顔だった。
楓花は何も言わなかった。
でも――
その違いだけは、ちゃんと見ていた。
◇
キャプテンになって、一か月。
スタッフに聞かれた。
「どう? キャプテン」
楓花は即答した。
「向いてないと思います」
「早いな」
「だって連絡間違えるし、円陣の掛け声は滑るし、私よりしっかりしてる子いっぱいいるし」
「でも最近、みんな楓花のところに来るね」
「……そうですか?」
「気づいてない?」
気づいていなかった。
振付が分からなければ、
「楓花、ここ教えて」
不安なことがあれば、
「楓花、ちょっと聞いて」
忘れ物をすれば、
「楓花、どうしよう」
「最後のは私に言われても困るんですけど」
スタッフが笑った。
「全部できる人が、キャプテンじゃなくてもいいんじゃない?」
「じゃあ、何する人なんですか?」
「それを見つけるのも、キャプテンの仕事かもね」
「丸投げじゃないですか」
そう言いながら。
楓花は少しだけ嬉しかった。
◇
その日の帰り。
「楓ちゃーん!」
振り返る。
15人がいた。
「ご飯行こ!」
「何食べる?」
「お腹空いた!」
「楓花決めて!」
「なんで私!?」
「キャプテンだから!」
「そういうときだけキャプテン使うな!」
笑いながら、みんなが先を歩いていく。
楓花は少し後ろから、その背中を見ていた。
一人。
二人。
三人。
無意識に数える。
四、五、六。
今日、元気がなかった子。
七、八、九。
レッスン中、足を気にしていた子。
十、十一、十二。
歌割りを不安がっていた子。
十三、十四――。
「15」
全員いる。
それだけで、少し安心した。
「楓花ー! 遅い!」
「今行く!」
走り出そうとしたとき。
真姫が振り返った。
「楓ちゃん」
「何?」
「今日、レッスンで結構注意されてたけど……大丈夫?」
足が止まった。
「……見てたの?」
「見えるよ」
「そっか」
今日は何度もダンスを止められた。
本当は悔しかった。
みんなが帰ったあと、一人でもう少し練習したかった。
でも。
15人が待っている。
だから楓花は笑った。
「大丈夫!」
真姫は、少しだけ黙った。
「……そっか」
「ほら、行こ!」
楓花は先に走った。
◇
その夜。
ベッドに入ってから、ふと思い出した。
――今日、悔しかったな。
昼間は誰かのことを考えていた。
だから、自分の悔しさについて考える暇がなかった。
今は一人。
泣きたいなら、泣いてもいい。
楓花は目を閉じた。
「……」
少し待つ。
でも。
涙は出なかった。
「……まあ、いっか」
そのとき、スマートフォンが鳴った。
『キャプテン、明日の集合時間何時?』
楓花は吹き出した。
『自分で連絡見て!』
送信。
でも心配になって、自分でも確認する。
「……9時」
今度は間違えない。
たぶん。
スマートフォンを置く。
キャプテンになって、一か月。
まだ何をすれば正解なのかは分からない。
それでも。
15人が笑っているなら。
15人がちゃんと前を向けるなら。
自分のことは、
少しくらい後回しでもいい。
その頃の新宮楓花は、
それを――
優しさだと思っていた。
まだ知らなかった。
「少しくらい」を繰り返すうちに、
15人を見ることばかり上手になって。
いつか、
16人目の自分だけが、見えなくなってしまうことを。
ーー続くーー




