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プロローグ 泣くのは、あとで

「大丈夫?」


気づけば、新宮楓花はまたその言葉を口にしていた。


レッスンルームの隅。

一人の少女が、鏡に背を向けて座っている。


「……大丈夫」


「嘘」


楓花はその隣に座った。


「大丈夫な人、そんな顔しないもん」


「どんな顔?」


「今にも泣きそうな顔」


少女は少し笑った。


そして、楓花を見る。


「楓花こそ、今日ずっと元気なくない?」


「え?」


図星だった。


今日のレッスンは散々だった。


振付を間違えた。

何度も注意された。


自分だけ遅れている気がして、悔しかった。


本当は――少し泣きたかった。


でも。


「私は大丈夫!」


楓花は笑った。


「それより、話聞くよ」


     ◇


昔から、そうだった。


誰かが一人でいると気になる。


困っている子がいれば、放っておけない。


泣いている子がいたら、自分のことより先にそっちへ行ってしまう。


だからよく、


「楓花って、お姉ちゃんみたい」


と言われる。


でも本人としては、ちょっと納得がいかない。


本当は甘えたい。


「疲れたー」って寄りかかりたい。


「今日頑張ったから褒めて」って言いたい。


失敗したら、慰めてもらいたい。


自分では、どう考えても末っ子気質だと思っている。


なのに今日も、


自分より先に誰かの「大丈夫じゃない」を見つけてしまった。


     ◇


レッスンが終わった。


「楓花、ちょっと残って」


スタッフに呼び止められる。


「……私、何かしました?」


「なんで怒られる前提なの」


「今日めっちゃ間違えたので」


「それはそう」


「やっぱり!」


スタッフが笑った。


そして、少しだけ真面目な顔になる。


「Rain Crownのキャプテンを決めようと思ってる」


「はい」


「楓花にお願いしたい」


「はい」


数秒。


「…………はい?」


ようやく意味を理解した。


「え、私!?」


「うん」


「なんで!?」


思わず声が裏返った。


「私、全然しっかりしてないですよ!?」


「知ってる」


「知ってるんですか!?」


「今日も振付間違えてたし」


「じゃあ、なおさらなんで!?」


スタッフは笑った。


それから、誰もいなくなったレッスンルームを見る。


「楓花、いつも15人のこと見てるでしょ」


「……え?」


「一番前を歩く人じゃなくていい」


楓花も鏡を見る。


そこには、自分が一人。


でも少し前まで、その後ろには15人がいた。


「一番後ろまで見られる人に、お願いしたい」


楓花は黙った。


キャプテン。


自分には一番似合わない言葉だと思った。


「……私に、できますか?」


「分からない」


「そこは『できる』って言ってくださいよ!」


二人で笑った。


それでも。


怖いより先に、15人の顔が浮かんだ。


だったら――。


「……やってみます」


     ◇


帰り道。


グループチャットには、いつものようにメッセージが流れていた。


『明日の集合何時?』


『連絡見て』


『どこに書いてある?』


『誰か教えてー』


「もう……」


楓花は笑いながら、集合時間を打ち込む。


すぐに、


『さすが楓花』


のスタンプ。


まだ誰にも言っていない。


自分がキャプテンになることを。


スマートフォンを胸に抱き、小さく呟く。


「……キャプテンか」


頼られるのは、嫌いじゃない。


誰かの役に立てるのも、嬉しい。


でも――。


「私も、たまには甘えたいんだけどな」


誰もいない夜道で、少しだけ頬を膨らませる。


そして笑った。


「まあ……やるしかないか」


このときの楓花は、まだ知らなかった。


15人を見ることに慣れすぎて、


いつしか――


たった一人だけ、見えなくなってしまうことを。


それが、


新宮楓花自身だということを。

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