第3話 領主の自覚、でもまだ可愛い子ども
——2年後
「よーし、書類仕事終わりだ」
「相変わらず早いね、リースは」
正午になる前に向こう1週間分の書類仕事は終わらせた。こんなもんに時間はかからん。
「アルも慣れてきたな。まだやらなくてもいいんだが」
「いいの。僕がやりたくて教えてもらったんだから」
今はもう呼びやすくアルって呼んでるが、アルトロンは領地に関わることを学びたいと私に頼んできた。
あまり触れさせたくはなかったが熱量もあったし、農産品の収穫量に関するものならいいかと教えちまった。
我ながら甘いんだよなぁ。頼まれると断りきれん。
「焦ることはねぇんだ。一個一個丁寧にやるんだぞ」
「うん。それは分かってるよ、リース」
「なあアル、そのリースって呼び方やめてくれよ。前みたいにお姉ちゃんって……」
「いーやーだ。リースは僕の婚約者なんだからお姉ちゃんって呼ぶのは違うもん」
「お、おう」
10歳あたりになってから、アルは婚約者ってのを意識し始めた。早く一人前になりたいと思って領地経営も学びたがったんだとは思う。
「リースは僕が婚約者なのは嫌?」
「嫌なわけないさ。アルのことは大事だしな」
「だったらいいよね! リースは僕のお嫁さ〜ん♪」
なんとも上機嫌だ。気分よくしているならそれだけで嬉しいさ。婚約者という立場がアルのことを守れるならなんだって構わん。
「しかし昼からの予定が空いたな。何しようかね?」
「えーっと、それなら街に行きたいかも」
「お、街か。買い物でもするのか?」
「特にはないんだけど、様子を見に行きたいなって」
ここんとこ不審な噂などは立ってないがやはり経営に手をつけると気になってくるんだろう。私としては純粋にお出かけを楽しんで欲しいがな。
「そうか。アルはいい領主になりそうだ」
「へへ、そうかな?」
「そうとも。昼食ったら行こうぜ」
街か。何か面白いものでもあればいいが。
————
——辺境伯領、クティルの街
「いい感じに賑わってるね」
「ああ、活気があるのはいいことさ」
屋敷から馬車で1時間、辺境伯領で一番大きい街に着いた。ここなら様々な情報も飛び交うし丁度いい。
今はお忍びで街を散策中、そして市場のど真ん中だ。
「野菜、果物、穀類……価格は適正だと思う」
「同感だ。多少の差はあっても許容範囲内だな」
「あれ? あんな芋見たことないな?」
「ほお、新しく出てきたやつかもしれんな」
ミストエッジ領では食用の作物に関して、様々なものを栽培することを奨励しており、流通も事後承認でいいとしている。
食べられる作物の幅を広げ、食糧難に備えるためには農家にある程度の自由がなくてはならないという発想だ。
「すみませ〜ん、この芋って何ですか?」
「これかい? メルパ農園の新作でね、蒸すと凄く甘いんだよ」
「へぇ〜、美味しそう」
「蒸したやつってあるかい? 一つ欲しいんだが」
「はいよ、200Gね」
蒸した芋にしては少し高い気もするが新作だとすれば妥当なところだろう。半分に割れば食べやすそうだ。
「ほれ、アル。あ〜ん」
「んあ〜……って、自分で食べられるよ!」
「ちぇっ、失敗したぜ」
「全くいつまでも子ども扱いして……ん! この芋すっごく甘い!」
「どれどれ……おお! たしかにこりゃ甘いな」
芋といえばジャガイモだったがコイツは全く違うな。主食にもなりそうだがデザートに向くだろう。
「これだけ甘いとお酒にもなりそうだね」
「確かにな。店主さんよ、この芋の情報他にねぇのか?」
「まだ生産が始まったばっかりなんだよ〜。次に入ってくるかも分からないんだ」
「そっか、残念」
「売れ行きはいいからメルパ農園にそれは伝えるつもり。安定生産できれば領主様にも献上したいって言ってたし」
「なるほど。ありがとよ、店主さん」
芋類が増えるのはいいことだ。食糧難になっても食いつなぐことができる。それを研究開発するメルパ農園には頭が下がるぜ。
「さて、他に気になる物は?」
「市場の状況は大体分かったと思うよ。おやつが食べたいかなぁ」
「お、いいね。私もなんか食いたいんだ」
確か飲食店が立ち並ぶエリアがあったはずだ。なかなか珍しいものも売ってるらしいし楽しむとしよう。
————
——クティルの街、グルメロード
「おお〜」
「流石に食の街ってだけあるよな」
食用作物の栽培を奨励し続けた結果、食文化が極めて発展し、王都すら超えるほどのグルメを堪能できるのがこの街だ。
辺境だってのにここまで人が集まる要因は食にあると言っても過言じゃない。
「見たことない料理が沢山!」
「目移りするよな。おっ、コレなんてどうだ?」
「んー? これは……なんだか凄そうな料理だね。食べてみたい!」
「ん、なら2つ頼むか」
目の前の屋台にあるメニューには肉とレタス、玉ねぎとトマトを丸いパンで挟んだ料理が描かれている。新作らしくまだ名前がないらしい。
注文してパラソルのあるオープンな席に座ってしばらく待つと実物が出てきた。
「おお……こりゃまた」
「大きいね。手で持って食べるみたいだけど」
「とりあえず食ってみるか。どれどれ……ん!」
こりゃ美味い! がっしりした牛ひき肉のワイルドな旨味とフレッシュなレタス、玉ねぎの甘みとトマトの酸味がソースと絡まって最高だ! 食器いらずでここまで肉を美味く食えるのは天才的だな。
「すっげぇぞこれ。絶対アルが好きな味だ。ガッと一口いってみろ」
「分かった! んしょ……んあ〜? ん〜?」
「ぐふっ! 全然食えてねぇのなぁ」
料理がデカすぎて顔の半分近くまで埋まってやがる。これじゃ料理を食ってるってより料理に食われてら。
「一旦皿に置きな。切ってやるから」
「む、むぅ……」
手持ちのナイフで四つ切りにしてやる。刀身は汚れるが水と火と風の魔法を合わせればその場で綺麗にできるし問題はない。
それにしてもちょっとむくれたアルはやっぱり可愛いぜ。
「と、とにかく食べる! んむっ……わっ! 凄い!」
「だろ?」
美味いと気づいて一気に食べ進めていく。あーあー、そんなに急ぐから……
「服にソース垂れてるし口周り汚しすぎだぞ」
「むごむごむご……」
「飲み込んでから喋れって。ほらこっち向け、拭いてやるから」
手までベタベタにしてるから自分で拭くに拭けなくなってる。まあこの点じゃ、まだまだ子どもか。
「食べ終わったら今日は帰るかぁ」
「んむ、んむ……っ、そうだね、遅くなるのもよくないし」
「よっぽど気に入ったな? コレ」
「うん! また食べたい!」
こうやって美味い飯があるのはいいことだ。アルが喜ぶなら尚更でもある。
後見人代理として、一応のアルの婚約者として、ここを守っていきたい理由の一つだ。
オーガスのおやっさん、私はまともに後見人代理の仕事ができてるかい?




