第2話 アルトロンとの日常
——手紙の到着から3週間後
「はっ! やっ!」
「よーしいいぞ! 次は左から打ってきな」
「うん!」
青空の下、辺境伯屋敷併設の訓練場でアルトロンに剣の稽古をつける。やはりなかなか筋がいい。が、どうにも小柄な体のせいでたどたどしく見えるがな。
「そのまま次は私に捕まらないように打ち込むんだぞ」
「う、うん! よっと!」
相手に拘束されないように立ち回る訓練だ。体格がもう少しあればなんとかなるがこうも小さいと対策はしておかないと。
「いい判断だ。続けて続けて〜」
「そう言うけどもう詰められてるよ〜!」
「はいよ、捕まえた!」
「わ、わわわっ!」
打ち込みが右ばかりになったところを狙い、アルトロンの左側から手を伸ばして抱き上げてしまう。
本当に軽くて細いんだよな、アルトロンは。
「う〜、今日もダメだった〜」
「でも日に日に上手くなってるぜ。自信持っていいぞ」
「えへへ、そうかな?」
う〜ん、なんとも笑顔が眩しくて可愛いねえ。早めに辺境伯領来て正解だった。実際、あと一歩遅けりゃ親戚の餌食になってたもんな。
「よいしょ、っと。最近は上天気だな。ちょっと前までは雨ばっかりだったが」
「そうだね。父上が晴れにしてくれたのかな」
「アルトロン……」
アルトロンを前に抱えながら訓練場の小屋の壁面に背中を預ける。陰になっていい感じだ。
地図上の直線距離で辺境伯領まで3日かかったが、その時点でオーガスの死からは10日経っていた。
防腐の魔術札を使ったにしても隠蔽には限度がある。それに葬儀ができてなければ魂が天に帰ることもできん。
「お姉ちゃんが来たときはびっくりしたよ。夜中に天井裏からいきなり入ってくるんだもん」
「すまねぇな。あの時はああでもしないとネズミやらなんやらがいそうだったんでな」
「でもよかった。あの日にお姉ちゃんが来なかったら僕おかしくなってたと思うから……」
屋敷に忍び込みアルトロンに会ったときはそれはもう大変だった。アルトロンが大泣きに泣いて結局朝まで泣き通し、その後丸2日寝たからな。
あんまりにも可哀想だったぜ。親戚に勘付かれないように泣くのをずっと我慢して、不眠になって、拒食になって、なんて不憫すぎる。
「お前の悩みの種になりそうなのはとりあえずなんとかしといた。だから伸び伸びやればいい。領地経営も私に任せてくれりゃいいさ」
「ぼ、僕は現状ここの領主だし今から学んでおいて損はないと思うけど」
「経営は後からでいい。自分のやりたいこと、得意なこと、苦手なこと、そういうのを見つけていくのが今は大事さ」
「そういうものかな?」
今のアルトロンに経営や政略なんてことは不要だ。心を傷めたこの子に今、人間の黒い部分なんて考えさせる必要なんかどこにもねぇ。
「そういえば葬儀のときに親戚の人たちは誰も僕に話しかけなかったけど……まさかお姉ちゃんが?」
「ああ、ずっとお前の横にいたのはそのためさ。怒気を向けてたからな」
「どおりでいじわる伯爵もがめつい子爵とかも怖がってたんだね」
「そういうことだぜ。まあ私がいる限り近づいてくることはねぇだろうよ」
意外に親戚のことは分析してんだな、アルトロン。子ども基準だが人を見る目があるらしい。そんなことはあんまり考えずにいてほしい年頃なんだが。
「近づいてこないならいっか。あ、そうだ! 僕ね、魔法の練習もしたいんだ!」
「おお、魔法か。どこまでできるんだったか?」
「えーっとねぇ、ちょっと変なんだけど火と水が使えるんだ」
「ほお〜、反発属性か。いいぜ、私でいいなら教えてやるよ」
相反する属性を使えるとはなかなかの魔法の才能だ。こりゃ魔法戦士も目指せるかもしれん。
「よっ、と。あそこに丁度いい的がある。何か発動して撃ってみてくれ」
「はーい! じゃあ……『ファイアボール』!」
——ボッ!
「ほうほう、いい感じだな。もう一つは?」
「えいっ! 『アクアバレット』!」
——ビシャッ!
「おお! 上出来だな」
アルトロンの魔法はかなり綺麗だ。オーガスは得意としていなかったはずだがどうしてここまで上手なんだ?
「アルトロン、どこで魔法を習った?」
「習った、っていうよりは独学かな」
「んな!? 反発属性のコントロールを独学でか!?」
「うん。僕の魔法ちょっと変で誰の型も合わないんだ。だから独学しかなくて」
「そうか……大変だなそりゃ」
魔法の独学は困難極まる。私だって師匠はいないがそれでも文献を参考にして5年かけて6属性と氷を習得した。型が合わないってことは教本すらアテにならんってことだ。
「……4歳の頃にお姉ちゃんの魔法を見て僕も魔法が使いたいって思ったんだ。そしたら6歳になる前に魔法ができちゃって」
「基礎魔力回路の形成前、しかも見様見真似で魔法をやっちまったのか……そりゃあ型は使えなくなるな」
「馬鹿だよね。もうちょっと待てばよかっただけなのに」
少し顔に影が落ちるアルトロン。魔法を使いたかったという気持ちは痛いほど分かる。私もその口だったからだ。
「馬鹿なんかじゃねぇさ。それに中途半端なものを見せた私にも責任がある。すまなかった、アルトロン」
「お、お姉ちゃんは何も悪くないよ! ただ、聞きたいことはあるんだ」
「なんだ?」
アルトロンが言うに真似たかったのは私の氷魔法だが何故か火と水になってしまったらしい。水だけならまだしも火が出てくるのは変だし文献にもなく困っている、と。
「ふむふむ、しかも記憶の中の氷の魔法陣を組むと火と水に分離する、と」
「変でしょ? だから見てほしくて」
アルトロンの出した火と水の魔法陣を見ていく。火と水としては問題は何もないんだよな。何がダメなんだ?
「私の出せる6種の魔法陣と重ねても火と水にしか一致しねぇなぁ」
「6つも同時に出せること自体が凄すぎると思うよ……」
試しに氷とも重ねてみるか。
何か分かれば……ん?
「なあアルトロン。もしかして記憶の中の魔法陣ってこうだったりしないか?」
「え? ああっ! これだ! でもここにあるお姉ちゃんの氷の魔法陣とは違うよ?」
「よく見てくれ。私の氷の魔法陣は火の魔法陣を左右逆にしたものが入ってるんだ」
「えっ、じゃあ僕は鏡写しを見て……そうだ! 怖くて、でも見たかったから手鏡に写して見てたんだ!」
なんとも4年間の疑問があっさりと解決してしまった。水は左右逆になっても同じだから余計に分からなくなってたはず。
もっと早めに遊びに来てやればよかったな。可哀想なことしたぜ。
「ともかく、だ。私の魔法陣で魔法を使えるようになっちまったんだ。責任は私にあるし魔法も稽古つけてやるよ」
「やったぁ! 僕も氷魔法使えるようになるかな?」
「それは練習次第だな。上達すればこんなこともできるぞ。手、出してみな」
——キュッ……
「わ、冷たっ! ……ええっ! すごい!」
「融けない氷のバラさ。やるよ」
「おお〜! ありがと、お姉ちゃん!」
うーん、笑顔が大変眩しい!
剣でも魔法でもいくらでも教えてやりたいね。
ま、今はともかく平穏な日々を作ってやらんとな。




