第1話 婚約破棄、からの坊やとの婚約
「ヴァレリス=オルガマーク! お前との婚約はここで解消させてもらう!」
「は?」
パーティの真っ最中に王太子のオレリオから放たれたのはあまりにひょんな言葉だった。
「お前はこのアルカ嬢に脅迫をかけた疑いがある! 暴行などもだ!」
「は、はぁ?」
なーにを言っとるんだこの脳内お花畑王子は? 脅迫だっていってんのは私がただアルカにちょっと注意したときのことだぞ?
「とにかく、お前とはもう婚約を解消する! 許しを請うというなら……」
「はいはい、分かりましたよ。そんじゃあな。お前も元気でやれよ、ボンボン」
反論するのも馬鹿らしい。パーティなんてダルかったし丁度いいや、さっさと抜けてしまおう。
王子がなんか騒いでるが知ったことじゃないね。
————
——3日後、公爵家執務室
「やってくれたな、ヴァレリス」
「仕方ねぇだろ、親父」
連日の書類仕事で頭を抱える親父のライネルには悪いことしたとは思ってるがあの場じゃああするしかなかったわけで。
「まあいい。そもそもオレリオ王子との婚約は望まれない形ではあった。あちら側の過失で解消されるなら良しとするか」
「王子も馬鹿だぜ。婚約はこっちが手綱握ってたのによ」
王子とアルカ、その他同調した勢力は国王からそれはそれはデカい雷を食らったらしい。左遷に降格、平民落としといい気味だ。
「で、どうするんだ? 『龍殺し』『一騎当億』『氷獄魔女』その名をほしいままにするヴァレリスよ」
「やめてくれって、こそばゆいんだから」
私が王国に対して有利だったのはこれ。
15の時には騎士団長も将軍も倒してたし、この前魔物の大群が来た時も正体隠して大暴れしてた。
シンプルに言えばただただ強すぎたってことだ。
そのせいで親父に色々迷惑かけてることは知ってるがどうにも止められん。
「まあ正直私を嫁に欲しいってとこはないだろうな。表じゃ暴れ者の巨女、イノシシ令嬢で通ってるだろうし」
「そんなことは……ないとも言えないのが困ったところだ。全く誰に似たんだか。容姿は亡き母に似て美しいというに」
「どう考えても親父だろ。オーガス辺境伯のおやっさんが言ってたぜ」
「あれは若気の至りでだな……はっ、そうだ、オーガスのところから手紙が来ていたんだ」
「おっ、いつもの息子自慢かい?」
オーガス辺境伯は親父の旧友でよく暴れていたらしい。時々手紙で息子を自慢してくる親バカだがいい人だ。
「親父? どうした? 顔が青いぞ?」
「なんてことだ……オーガスが、オーガスが」
「おやっさんがどうかしたのか?」
「急死したようだ……」
婚約破棄の次は辺境伯の急死かよ。なんか大変なことになってきたな。
「急死……親父、他にはなんて書いてある? それだけのために寄越した手紙じゃねぇだろ」
「あ、ああ……すまん、少し動揺した。書いているのは執事のロバートのようだ。差出人はオーガスになっているな。封蝋もオーガスしか捺せないものだ」
「そりゃあまたリスキーな……ってことは」
「ああ。辺境伯領に問題があるといって間違いないだろう」
もしロバートがオーガスの名で封蝋まで捺したとするなら最悪打首まで覚悟していることになる。公文書の偽造だからだ。そこまでして内密に伝えたいこととなると……
「ヴァレリス、この屋敷にネズミはいるか?」
「いないね。駆除したからな」
「静寂魔法は?」
「もう張ったぜ」
「すまない。助かる」
万一にも聞かれたらマズい。この前ネズミ駆除しといて正解だったぜ。
「ロバートによれば辺境伯領で最近発掘された資源のことを考えると親戚回りがオーガスの息子アルトロンの後見人を狙ってくると見ているようだ」
「ああ、そりゃあ厄介だな。あの領地は資源狙いだけで運営できるほど甘くねぇ。下手な奴なら辺境の防衛を崩すぞ」
「ロバートもそこを心配している。オーガスの一族が作り上げた強固な辺境の防衛線と領地、領民を勝手の知らぬ者に渡したくない、と」
ロバートのじいさんは一族でずっとオーガスのとこ、ミストエッジ家に仕える本当の忠臣だ。オーガスの一人息子、アルトロンのこともいたく大事にしてたしな。
「んで? 主題はなんだ?」
「私、ライネル=オルガマークにアルトロン君の後見人になってほしいそうだ。してやりたいのは山々だが……」
「普段の親父なら二つ返事だがなぁ。今は婚約破棄事件の貴族回りの処分で手が回らんし……すまん、親父」
「お前が謝ることでもないさ。しかしどうしたものか……代理を出すにしてもミストエッジ家のことを考えるとな。うーむ……」
たしかに難しい。事情を知らない下手な後見人代理では親戚回りのいざこざを上手く処理できないはずだ。それに辺境伯領の運営もな。
「はっ! そうだ、一つ上手くまとめられる方法があるぞ」
「本当か? あー、カーケウス侯爵あたりに頼むとかか? あいつは口も堅いし」
「いや違う。またお前に迷惑をかける形にはなるのだが……」
「なんだよ? 今さらあのボンクラ王子の婚約者になる以上の迷惑があるかよ」
「ヴァレリス、お前はアルトロン君の婚約者になってくれ」
「はい?」
親父、徹夜のしすぎか? 早く寝かせてやらないと。私はもう20歳、アルトロンの坊やは8歳だぞ? いくらなんでも無理が……あ、そうか、なるほどな。
「……なるほど、婚約者ってことにして私を辺境伯領に置く寸法か。表向きの戦績だけでも辺境の防衛戦力としては十分だ。牽制にもなる」
「それだけで親戚は手出しできなくなる。その上仮にも公爵令嬢、頭脳明晰の評はある。後見人代理として申し分ない」
「おやっさんのとこには何度か遊びに行って走り回ったからな。土地はある程度把握してるし」
おやっさんには小さい頃に戦い方を教えてもらった恩もある。16の時に会ったアルトロンは弟分みたいで可愛かったし力になってやりたいのは事実だ。
それならいっちょやったりますかね!
「世間ではこう言われるんだろうな〜。婚約破棄され貰い手のないイノシシ令嬢が政略のコマとして格下の辺境伯令息と婚約させられるとか」
「滅多なことを言うんじゃない。全く……」
「アルトロンの方がもっと可哀想だぜ? 父親を亡くし母もおらず、公爵に後見人となってもらうために12も上の女、しかもイノシシ令嬢と婚約されられるんだ」
「ヴァレリス……はぁ、すまんな、本当にお前には迷惑をかける」
「……いいさ。こんな私でも親父や辺境伯は認めてくれてんだ。力になりてぇのは本心だぜ」
しんみりしちゃいかんな。とにかく善は急げだ。さっさと用意して辺境伯領へ向かおう。あんなに可愛いアルトロンが魔物に食われる前に早く守ってやらんといかん。




