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第4話「説明者」


 パピルが、改めて注ぎ直した紅茶を軍服の男は一口だけ飲む。匂いを確認して、舌の上に残る味わいを楽しんでいるようにも見えた。


「なんだ。ちゃんと淹れられるじゃないか」


「すみませんでした……」


「小賢しいことは、控えておきなさい。私でなければ、大事になっていたはずだ。そういう奴がいる、と言ってしまうのも恥ずかしいことではあるが」


 また一口。

 気に入ったのか、少し口の端が緩んでいるような気がする。

 それとも、意趣返しができたから嬉しいのだろうか。


「貴方は、どこの組織に入っているんですか」


 パピルは、おずおずと尋ねる。

 すると、軍服の男は肘をテーブルにつけ、含みをもたせて睨んでくる。


「なんだ、気になるのか。聞いてどうする」


「調査します」


「はっ。ただの居候にそこまでするのかな。だとすれば、デッドよ。死にものぐるいでそこの女を止めておけ。首輪でもいいから、手綱をつけてもいいから、留めておけ」


「……そこまでは流石にしませんよ」


「じゃあ、この女は死ぬぞ」


 冷たい一言を、なんとこの男はあっけなく言いやがった。ただの事象だと言わん限りの、感情に濡れていない発言。信じられない。


「私の所属は王国直属の部隊だ。そこの女が探偵よろしく私の職場を調べようとすれば、反逆者として処罰されるぞ。内容によっては死刑さえありえる」


 そこまでつまんなさそうに言い切ると、紅茶をグイッと飲む。


「パピル、一応辞めておこう。嘘は言ってない」


「……うん」


 流石に、パピルの身に危険があるのなら辞めておくべきだ。


「賢明な判断は、もっと早くしておくべきだったな」


 こいつ、いちいち余計なことを言わなければ気が済まないんだろうか。

 そこまで思って、軍服の男の表情を見る。

 したり顔だ。

 意趣返しだったり、反論だったりで気持ちよくなる典型的なタイプか。

 性格が悪そうだ。


「さて、『債務者』デッド・ロベット。お前のスキルがタンク系——つまりは、味方のダメージを肩代わりできるスキルだと単純に思っただろう」


「そう、聞きましたけど?」


「その認識で問題が。厳密に——事細かいものを見れば肩代わりなんかしていない」


「……? どういう?」


「そこの女——パピルと言ったか。例えば、パピルが100のダメージを受けたとすれば、お前はスキルでそれを引き受ける。その時、お前に与えられたダメージはいくらだ?」


「え、100じゃ?」


「残念、間違いだ」


 どういうことだ。

 肩代わりするなら、そのまま俺へダメージが移るはずだ。

 他の『戦士』や『騎士』のスキルがそういうものだからだ。


「お前へ与えられたダメージは三割程度に抑えられる。そういうスキルだ。『債務者』的に言えば、踏(・)み(・)倒(・)す(・)」


「踏み倒す……?」


「一定の値を超えたダメージや衝撃は、超えた分を破棄してお前が受け取ることになる」


「『債務者』的に言うなら、返済とかじゃないんですか?」


「どっちでも構わない。理解しやすいもので聞け。いちいち、訂正し続けるのも面倒だ。それより、どういうスキルかは分かったか?」


 尋ねた軍服の男は、煽るように聞いてくる。

 紅茶も優雅に飲んでいく。

 この男。やはり気に食わない。気に食えない。

 王国に勤めているとこうなってしまうのだろうか。

 それとも、逆説的に、王国に勤めてしまうとこうなってしまうのだろうか。


「わかりました。はい。でも、それだと俺が前のパーティーから追放された理由に繋がらないような」


「追放? なんだ、厄介払いでもされたのか」


「えぇ、まぁ、はい。そういう話は届いていなかった感じですか」


「当たり前だ。身内の出来事ならともかく。ギルド内の、小規模パーティーで起きた揉め事など上に上がってくるわけがない。なにより、興味はない。あるとすれば、面白いスキル持ちか優秀な奴の情報くらいなもので、それ以外は必要にならない。不必要だ。情報の精査など、持て余すしかないからな」


 それもそうか。

 パーティー内での喧嘩やら、人事問題なんかてのはある意味パーティーへ一任している。

 と言えばいいが、結局、パーティーの問題はそいつらの責任だ。他所へ持ち出すことも、他所へ広めることも、他所へ干渉させることも暗黙の了解で無くしている。そういう決まり事ではある。


「ちなみに、どういう理由で追い出されたんだ?」


「…………俺が、回復薬をたくさん使うから財政難になったから、て」


 しどろもどろの恥辱を感じながら呟くと、軍服の男は今まで見たこともないほど、真面目な顔つきになった。

 怖いとは思わなかった。

 むしろ、優しさを感じてしまった。


「財政難? お前のスキルを活躍させれば回復薬など節約できるはずだ。パーティーの状況を逐一理解して、把握して、最善手を導き出すリーダーならそうするはずだ。なにせ、お前に肩代わりさせたダメージは減少するんだから、活かさない手はない。むしろ、そう考えるのが筋道じゃないか。

 となれば、パーティーに起きている事象やメンバーが所持しているスキルへの理解を怠り、挙句の果てにはメンバーへ責任転嫁させてリーダーとしての面子を保とうとした。

 愚かな判断と言わざるを得ないが、お前にとっては不運の中でも幸運であったと、まだマシだったと言っておこう」


「……そうですか、ね。でも、財政難だったり低難易度の任務もこなせなくて」


「これは、憶測になってしまうが、財政難の原因はお前だけの負荷にしすぎた結果だ。恐らく、パーティーメンバーの構築が不十分だったのだろう。守りは強くても、攻め手に欠けていたとかそんなところだ。魔物の倒し方も分からず、有効な魔法も知らず、手探りで進めていく『勇者の真似事』をしていただけに過ぎない。

 そういうパーティー程、崩壊する。

 そういうパーティー程、高難易度依頼へ無謀にも挑戦して帰ってこない。

 無論、お前なりの問題点はあっただろうが」


「俺なり、の問題点ですか。……例えば、『債務者』の理解が足りていなかったとかですか」


「そうだな。お前自身がちゃんと活用できていればパーティーは機能したかもしれない。まぁ、お前を安易に追い出す時点で機能不全ではあるが。そんな後悔先に立たずの例文なんざは必要ないかな。問題は、お前自身に体力が無さすぎた」


 体力?


「ダメージを肩代わりする。これ自体は分かるはずだ。じゃあ、そのダメージはどこへ行く?」


「そりゃ、体にじゃ……」


「お前もそうだが、この世界に浸透していない真実があったとすれば、私は陰謀論者だとか、詐欺師だとか、意味不明な恥辱的扱いを受けることになるが、果たしてどうしてか、それが真実だったとすれば、私は狂気の境地に居続ける挑戦者として後世に語り継がれることとなるわけだ。無知は罪で、無知は嘲笑われる権利を持つわけになる」


「一体なにが言いたいんですか」


「この世界で、体力と呼ばれるものが存在する。そして、ダメージを受ければこれは減る。数字として減っていき、ゼロを超えることはない」


 ……ゼロ。

 それ以下はない。それ以上はある。でも、下はない。


「超えたらどうなりますか?」


 パピルが恐ろしそうに尋ねる。

 多分、気づいているはずだ。

 それでも聞いたのだ。

 事実かどうか。

 真実かどうか。

 確実にしたいから。


「死ぬ。問答無用でな。だから僧侶がパーティーに必須となっている。蘇生できるからな」


「でもそれじゃあ、体力てのが隠されている意味にはならないんじゃ」


「隠していなければ、お前達が多額の金銭を教会へ寄付してまで僧侶を選ぶ理由にならないだろ。盲目的に、パーティー構築に僧侶は必須だと思わせるためには、多少なりとも真実は隠すものだ」


 実際問題、金銭面に関しては苦しいと言うか。パーティー全体が陥っている問題は、賃金格差とも言える。

 僧侶への報酬は高く設定された後、他へはその残りを分配される。これが普通だった。再起不能者を復活させる僧侶への対応として当然だった。

 それがどうしてなのか。

 なぜ、死ぬのか。とか漠然としか判断していなかったから。


「無論、蘇生なんてのも単純にできるわけじゃない。死者を生き返らす術なんてないようなものだ」


「……じゃあ、今まで生き返った人達て一体、何者だって言うんですか」


「蘇生——ではなく、治療だと考えろ」


 治療。

 軍服の男の声音が、少し優しく聞こえた。

 まるで、俺の内なる怒りを鎮めようとしているかのようだ。


「治療、てことは死んでいないってことじゃ」


「ま(・)だ(・)死んでいない奴なら蘇生できる。そういう認識でいろ。僧侶が治しているのはあくまで負傷した部位や怪我であって、命そのものではない。だからと言って、お前が蔑ろにされた事実を突きつけて現在の僧侶達へ憎悪を向けるのは違うぞ。話の根本として、教会のやっている事とお前が受けた仕打ちは別の出来事だろ?」


 さて、話を戻そう、と続ける。


「お前の体力が少なすぎるために、全てを肩代わりすることができなかった。お前の中で消化できなかったダメージは、元々の所有者に返っていく。だから、回復薬なんてのも過剰に使うことになった。お前が消化できるなら、消費される体力は減少するはずだが、そうもいかなかった。元々の所有者に返るということは、本来受けるダメージをそのまま引き継ぐということだ。

 お前も、肩代わりした相手も、体力を消耗した状態になって継戦することなんて無理な話だ。それが積み重なった挙句、お前は追い出された」


 滑稽だな、と笑うつもりもないのに、楽しそうに言う。性格が悪い。性根が腐ってるんじゃないか。

 そう言いたかったが。言い返せなかった。

 全部事実だったから、侮辱されることは覚悟していた。追い出された日から。いつか、嘲笑う奴らを見返すつもりで、自分の運命として認識したのだ。

 でも、隣のパピルは、とてつもない形相をしていた。

 おおよそ、女の子とは思えないくらいに、だ。


「パピル、大丈夫だから」


 ソッと言う。今、彼女の顔を見てしまうと、俺も悔しさでおかしくなりそうだったから、前を向いたまま。


「あんなの、良くないよ……いい訳ないよ。仕方の無いことを責めるなんて、酷いよ」


 俺以上に、怒ってくれている。

 俺以上に、悔しがってくれている。

 それだけで、心が軽くなるようだった。


「ありがとう。いつか、お礼をするから。今は矛を収めて」


「…………うん」


 パピルは大きく深呼吸をする。

 けれど、瞳は目の前の人間への不信感で揺らいでいる。


「で、作戦会議は終わったか?」


「あなたをはっ倒す作戦じゃないですよ」


「そんなこと無理だから賢明な判断だな」


「それより、俺の体力が少ないってのは分かりましたけど、どれだけ少ないかとか分かりますか?」


「そこの女——名前はパピルだったか? そいつよりも少ないぞ」


 嘘だろ。

 パピルは生まれてこの方パーティーへ所属することもなく、近くのパン屋で働いている女の子だ。

 戦うこととか、魔物を相手にすることとか、依頼をこなすことなんてのと無縁の生活を送っている。

 そんな幼馴染よりも、俺の体力とやらは下らしい。


「それって、増えたりとかしないんですか」


「するのはするが。回復薬を使うと体力は減っていくぞ」


「え、そんなの聞いたことないですけど」


「厳密に言えば、体力の上限が減っていく。それに言うわけもないだろ。使ってもらえなきゃ、作る奴が儲けない。だったら、都合の悪いものは隠しておくに限る。体力の上限が減っていけば、必然と回復薬の消費は増えるからな。世の中そ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)ん(・)だ(・)」


 なんと世知辛い。

 いや、知りたくなかったというか。

 呪いのようなものだ。

 これから、どうやって薬師さんと顔を合わせればいいんだよ。


「まぁ、大抵のものは代償も伴うことを覚えておけばいい。お前が体力の上限を上げようとすれば、お前は死にものぐるいで鍛えなきゃいけないのと同じで、な」


「鍛えたら増えるんですか」


「増える。微妙に増えていく。個人差はあるが」


 そうか。

 増えるのなら、いいか。

 鍛え方なんか分からないけど、問題点の解決方法が見えている状態なのは今後の動きやすさに繋がる。


「あ、肩代わりする相手てどうやって選ばれるんですか」


「ついでのように、聞いてくるなお前」


「そりゃ、この機会を逃すのももったいないじゃないですか」


「そうか。残念だが、お前が選んで決めているからお前にしか判断できないぞ。自分の胸に手をあてて考えな」


 そう言われても……。肩代わりしてきた相手を思い返す。

 かと言っても、肩(・)代(・)わ(・)り(・)し(・)た(・)認(・)識(・)で(・)は(・)な(・)い(・)から分からない。

 いつの間にか俺は瀕死だった。相手を選んできた記憶も、味方への認識も、不明だ。唯一あるとすれば、パーティーを組んでいるかどうか。判断基準としては、曖昧で単純すぎる。

 俺の中で、スキルはそんな単純なものじゃない気がしているからかもしれないけど。


「例えば、パピルには『債務者』は発動するが、私には発動することはないはずだ。さっき顔見知りになった程度ではスキルが発動しない。それは『戦士』や『騎士』も同様なはず。ただ、問題があるとすれば」


 と、そこまでを紅茶で流すと、再び軍服の男は口を開いた。底知れぬ不愉快が顔を覗かせながら。


「これは私からお前への——デッド・ロベットへ。このスキル説明を、お前への貸しとするなら、私がダメージを受けた時、お前は肩代わりすることとなるはずだ」


「は?」


「お前が思っているより、単純な姿をしているだけだ。スキルというのは」


 あっけらかんと、さも当然のように言い切る。

 そうなんだろうか。

 でも、そうか。俺より、この人の方がスキル自体には詳しいはずだ。王国のなんたらに所属していて、スキルの詳細を記録していることも知っている人物であれば、スキルがなんたるかを把握していておかしくない。

 実際、俺のスキルは知っているのだから。

 だとしたら、俺はこの人に恩義を感じているということになってしまう。

 それはそれで、不思議な事象だ。

 俺はこの人へ恩を感じているかと言われれば疑問を抱く。

 なにせ、スキルの説明をしてくれるとは思っていなかったし、どうやって説明させようか画策していたわけだし。それが、なんだかんだで男の口から出てきて幸運だっただけ。

 それを借りに思うかと言えば、全くそんなことはない。


「さて、そろそろ仕事の話でもしようか」


「……なんでそんな嬉しそうに言うんですか。俺が仕事をするなんて一言も言っていないじゃないですか」


「するさ」


 断言してくる。

 確固たる意思。

 意固地な事実。

 こんなに強い意味が宿っているのは、なんらかの裏がありそうな気さえしてくる。

 怪しい。


「私が来た以上、お前は仕事をすることになっている。残念だったね。他の奴なら、お前はいつまでも職なし根無し草の放蕩の自由主義者でいられただろう」


 俺をろくでなしみたいな扱いをしないで欲しい。

 そこまでじゃない。


「それに、悪い話じゃないはずだ。金銭的にも、今までよりも、な」


「……金の問題じゃないと思いますけど」


「そうか。銀貨三枚だとしてもか?」


「……それは何日計算で?」


「一日だ」


「仕事の話て具体的にはなんでしょうか」


 破格の金額に、尻尾を振る。

 パピルよ、そんな不安そうに俺を見ないで。

 俺だって、こんな奴。手のひらを返した俺に、これ以上ないほど深い笑みを浮かべた奴は見たことないから不安なんだ。

 でも、悪い話じゃないと、そう思いたいんだ。

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