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第3話「新参者」

 

「……ていう、話で。どう思う?」


「どうも何も……『アドバイザー』が言うならそうなんじゃないの?」


「いや、それはそうなんだけど」


 次の日、パピルの元へやって来た俺は少し辟易としていた。ここ数日、入り浸っていることに申し訳ない気持ちがあった。でも、問題を解決させなければ余計迷惑をかける。

 いつまでも、職なしというのは良くない。

 だから、ギルドへ顔を出したのに目立った成果がでなくてげんなりとした気分を引き連れてきた。


「根本的な解決になっていないっていうか。てっきり、パーティーでも紹介してくれるのかと思ったら、『債務者』の説明だけで終わって、どうしろっていうんだよ」


「まぁ、タンクとか。ダメージを肩代わりできるっていうのも、今(・)時(・)じゃないもんね」


 差し出してくれた紅茶をありがとうと優しくつぶやいて飲む。あったかい。それに、少し甘い。喉の奥を通り過ぎた後には、心地よい幸福が居座っていた。


「そう、今時。どこのパーティーだって、ダメージ前提の構成をしていないのに」


「ここ最近の魔物はやけに強いって聞くね」


「あぁ……文字通り、一撃必殺。タンク系のスキルが無かったら無理だ。しかも、依頼のレベルが高くなればなるほど、早期決着を求められる」


「見るからにデッドは貧弱だもんね」


「うっさい」


 気にしていることを。

 まぁ、でも、その通りなんだ。

 貧弱な体では、ダメージの肩代わりをしたところで意味が無い。俺の体で受け止めきれない衝撃は、対象者に跳ね返ることになる。そうやって、タンクとビショップの二人がまとめて弾け飛んだのを思い出して鬱気味になる。


「でもさ。『債務者』ていうことはさ、何か意味のある言葉だとは思うんだよね」


「意味って……『騎士』とか『戦士』スキルの方がよっぽどいい意味があるじゃん」


「そうじゃなくってさ……。ほら、『債務者』て『騎士』と比べて、個人的な感じがするから」


「個人的?」


「特別感ていうか、そんな感じがするっていうか」


 そう言われたら、ちょっと気分が上昇して——すぐに落ちる。


「『債務者』が特別て、どういう煽りだよ〜……」


「もー、そうじゃないって」


 テーブルに突っ伏して、顔を隠して、考える。

 特別。

 言われてみれば、『騎士』がもっと大雑把な役職を示しているとすれば、俺のは限定的な役職だ。

 と、思うのは俺がパーティーにとって疫病神だった経験からかもしれない。

 でも、『債務者』ていうスキルを持った人なんか、あまり聞かない。借金を抱えている人は見たことがあるが。あの人達が『債務者』のスキルを持っているのなら、俺はああなるていうことだろうか。

 それは嫌だな。

 そう思っていると、扉を数回叩く音がする。


「あ、はいはい」


 配達だろうか。

 パピルは椅子から立ち上がり、すぐそこの玄関まで駆けつける。金色の髪が残像を描く。相変わらず、綺麗な髪だ。見とれてしまっていると、パピルの開けられた扉の先が、朧気に見えてしまった。


「え、あの……」


「失礼、デッドはいるかね。と思ったらいるじゃないか。上がるよ」


 真っ赤な軍服。それは、この国の兵隊の服だ。

 警備や治安維持や罪人の取り締まりや果てには処刑人としての側面のある恐ろしい人物が身につける。

 腕章も、勲章も、数えるのも億劫な眩しさを放っている。

 その人物が、真っ直ぐこっちへやってくる。

 強面の顔を半分火傷でもしたのだろうか。皮膚の境目ができている。余計に恐怖心を倍増させてくる。


「失礼、座るよ」


「え、あの。どういったご要件で」


 パピルが戸惑いながらも、尋ねた。

 しかし、無視するように軍服の男は俺の前を陣取る。

 そして、鋭い視線で貫いてくる。


「デッド・ロベットに違いないね」


「違わない、ですけど。なんですか」


「『アドバイザー』との相談は済んだか」


「済みました、けど」


 質問に答えてくれない。

 有無を言わさない姿勢なのは仕方ないとして、対話の意思を見えないのはいかがなものだろうか。

 なんとなく、嫌いなタイプだ。


「では『債務者』であるデッド・ロベットへ仕事の斡旋だ」


「……は?」


 仕事?

 どういうことだ。


「仕事ってなんですか、デッドへ何の仕事をさせるつもりなんですか……!」


 パピルが俺よりも感情的に聞いてくれる。

 不安を声にしてくれている。

 それだけでも、救われたような気がする。

 なのに、軍服の男は暴力的なほど冷たく睨む。


「お前はこいつのなんだ? 母親か?」


「……幼馴染ですけど」


「であれば、部外者か」


 カチン、と脳内に音が響く。

 心臓が早まる。空気が薄く、熱くなる。

 しかし、そんな俺は止めるようにパピルは隣に座ってきて腕を掴んでくる。


「デッドの住居を提供しています。ここは私の家で、デッドの家です。彼にだけ話があるのなら、場所を変えるのが筋ではありませんか?」


「……」


 軍服の男は腕を組んで、細めた瞳でパピルを見つめる。

 やけに高圧的だ。


「それもそうだ。まぁ、お前に聞かれようと問題ないから私はここへ座ったわけだが」


「そうですか。お茶をお出ししますね」


「あぁ、お構いなく」


 そんなトントン拍子に話が進む? 険悪な雰囲気は漂っているが、臨戦態勢という感じじゃない。

 パピルもお茶を用意しに行った。

 キッチンはすぐそこなんだけど、瞬間的に軍服の男と二人きり。

 気まずい。


「……仕事の斡旋て、どういうことですか?」


「そのままの意味だ。『アドバイザー』から何も聞いていないのか?」


「はい、なにも。『債務者』のスキルを教えてもらったくらいです」


 軍服の男は、大きく溜息を吐き出す。

 え、俺何か失礼なことでも言ったのだろうか。


「そこら辺、不親切だよな。いや、あの爺が優しかったことなど、あまり無いが」


 ……親身になってくれている。

 さっきまでのバチバチな表情はどこへ行った。


「では、『アドバイザー』の仕事も知らないのか」


「えぇ、まぁ。知らないと言えば、はい」


 しどろもどろになった返事の通り、『アドバイザー』という名前しか知らない。具体的な業務だとか、役目だとかそういうのは知らない。実際、ギルドからの通達が無ければ関わることなど無かっただろうし。仕事を紹介してもらったり、とあるパーティーへ推薦してくれたりするのかと思っていたが、そうじゃなかったし。


「かいつまんで言えば、デッドのスキルを記録して、そのスキルを活かせそうな職員に口添えする感じだな」


「パーティーを紹介してくれたりとかじゃなく?」


「そういうのはしない。大抵、どんな仕事であろうと職に就いている奴がほとんどだ。お前のような例外を記録するために、『アドバイザー』とかいう名前を使っているだけに過ぎない」


 ん? サラッと罵倒されたか?

 チラッと横目でパピルを見ると、紅茶を山のようにポットへ詰め込んでいた。


「だから、記録を見て。爺から直接話を聞いたので、仕事を紹介しに来たわけだ。そうでもしなければ、『アドバイザー』を受けた奴は捨ておかれたままになっている。良かったな、ろぐでなしではなくなるぞ」


 おーっと、パピルさん。ポットへそんなに砂糖を入れてはいけません。というか、どうやって詰め込んでるんだ。魔法でも使ってるのか? 明らかにポットへ入る容量をオーバーしているはずだぞ。


「ちなみに、記録てどこへ?」


「王国ギルドに、だな。一応、スキルがどういうものか。個人差はあるのかどうかなども情報として残している。そうでなければ、スキル次第で職業や人生が決まってしまう不自由さを放っておく怠惰な王国と見られてしまうから」


 怠惰でないのはいいが、中途半端な仕事をされては困る。


「中途半端な仕事だと思ったな?」


「いいえ……とか、取り繕う関係じゃないですね。はい、中途半端な仕事しかしないなって思いました」


「素直なのはいいことだ。そういう奴ほど、あっという間に死んでしまうけどな」


 パピルが注いだ紅茶にこれまたどっぷりとミルクが追加される。とんでもない甘い香りが漂ってきて、飲んでいないのに胸が焼ける。


「特に『債務者』のお前は、一歩間違えれば即死してしまう。爺からはタンク職がお似合いだと言われただろう。実際、その通りなんだが。厳密に、事細かいスキルの説明をすれば、『戦士』や『騎士』のスキル達とは違う代物だ」


「じゃあ、その説明をしてくれたり?」


 恐る恐る聞き返すと、軍服の男は鼻を鳴らした。

 無表情でも、鼻につく。

 こちらの一挙手一投足を精査しているような感じがして、気に入らない。


「しようと思えばできるが。ここからは、交渉をしようじゃないか。お前に仕事の斡旋をしてやって、スキルの説明までするなんて、私の得が何もないからな」


「値踏みするような目で見てきてるのに?」


「相手の力量や行動や表情を伺う、観察するのは私にとって必要不可欠なものだ。それとも、評価されて困ることでもあるのかな?」


 言われてみれば、困ることなんてあるだろうか。

 パーティーを追放され、無職の身。

 孤独ではないものの、幼馴染の住居に転がり込んで食っちゃ寝の生活。

 テーブルで、あーでもないこーでもない、と愚痴たれる日々。

 そんな人間が過小評価されるのなんて当然で、今更他人からの期待に応えようだなんて——期待されようとするのなんて、背伸びしすぎだ。

 今、できることを、ただ、頑張る。

 これくらいの努力から始めるべきなんじゃないだろうか。評価される前提で動くのは、もう少し後でもいいはずだ。

 となれば、やるべきことは決まった。


「分かりました。貴方の仰る通りではあります。自分自身のことを鑑みた時、他者から必要とされることに固執していたような気もします」


「そうか。自己分析ができるのは及第点だな」


「まぁ、はい。……ところで、交渉ていうのは別に仕事に関わることだったりとかじゃなくてもいいんですよね?」


「まぁ、そうだな」


 安心した。

 俺はパピルへ目配せをする。

 長年の付き合いから、言葉を介さずとも意思疎通ができる。

 そそくさと、素早い動きで紅茶がなみなみ入ったティーカップを、軍服の男の目の前へ、これみよがしに置く。やけに重い音がしたのは、怖さすらある。


「なんだねこれは? 砂糖が溶けていないではないか」


「はい。仕事の斡旋をして頂けるせめてものお礼として、大量の砂糖を振る舞うのがこの家の礼儀でして」


「聞いたことないな。それに、私も含め王国のため働く人間としては、市民からの施しは受け取らないようにしているのでな。それに、甘いものは少々苦手でな。申し訳ないが——」


「仕事を、ご紹介して頂けることへの、お礼です」


 無表情の中でも、眉だけは感情豊かだ。

 ピクリと、一瞬だけ動いた。


「言うなれば、報酬となります。是非とも、お受け取りを」


 言い切って、心の中でほくそ笑む。

 これで相手が、受け取れないと言えば『債務者』のスキル情報を教えてもらうことで手を打てば、交渉成立となる。

 交渉をしたことなんてないが、我ながら上手いことできたような気もする。

 パピルと顔を合わせ、お互いににやけ顔なことを共有する。


「詰めが甘いな」


 ポツリ。

 軍服の男がつぶやく。


「私は、人からの貰い物を捨てることはしない派だ。あまつさえ、報酬を受け取らないなんてのもそんな殊勝な心遣いは持ち合わせていない」


 軍服の男は、ティーカップを持つと全て飲み込んだ。

 砂糖も。ミルクも。一滴も零すことなく、一息に飲み干した。

 俺と、パピルは思いがけない行動に目を見張る。


「……ふぅ。さ、ありがたく頂戴したところで。これ以上の悪巧みはないか?」


 ぐうの音も出なかった。

 俺とパピルは同じように頷くことしかできなかった。

 てか……砂糖一気飲みできるの怖いよ…………。

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