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第768話 ボース村編入3

 法王国は政教一致の国であり、国の代表たる法王は教会(清)だけでなく、政治(濁)の仕事もあるから大変です。ギルフォード流交渉術は不義理な行為に甘くありません。

~ミア視点~


 陛下アレスにご相談して、しばらくした後、ボース村からの使者が法王城に来訪してきました。予想通りの反応です。早速、謁見しましょう。今回は前回と違い、正装を身にまとっています。決して華美ではありませんが、法王らしく純白で格式高いデザインとなっています。前回の服装(冒険者)は親近感を、今回の服装(法王)は威厳を演出しています。


 謁見の間に行くと、見覚えのある村人が数人来ていました。


「えっ、法王様?」


「ああ、法王様だ!」


「……ようこそいらっしゃいました」


 私の装いに一瞬とまどったものの、前回会った時のように気さくに声をかけてきました。思わず「よく来ましたね。お疲れでしょう。応接の間でお茶でも飲んで一服しましょう」などと言いかけましたが、喉の奥で押し留めました。今回はいつもの私と違う自分を演じなければなりません。


 今回の私は慈悲深い教会の法王というより、

 厳しい交渉も厭わない冷徹な政治家なのですから。


 彼らを横目に少しツンとした感じで威厳を醸し出すよう、ゆっくりと玉座に座りましたが、彼らの用件は既に分かっています。さて、なんと言ってくるでしょう。


「実は、大陸の関税が急に上がりまして……」


 やはり……


 ですが、ここはあえて厳しい対応でいきましょう。

 冷徹な政治家モードです。


「あらっ、そうなんですか? それで?」(無表情)


「えっ?」


「それが、私に何の関係があるんでしょうか?」


「えっ、だって……(ごにょごにょ)」


「ご用件はそれだけですか?」(淡々)


「いや、違います。先日のお話、編入案の件ですが、道路整備は後でもいいことにしました」


「あらっ、そうですか? どうして変更されるんですか?」


「えっ、だから、大陸の関税が上がったんで、連邦に加盟してる法王国に入りたいと思いまして……」


「ああ、その件でしたら、白紙になりました」


「えええええ! そ、そんな!」


「こちらが折角、編入案を提案したのに、先に道路整備しろという厳しい条件を突きつけたのはどちらでしょうか?」


「ですから、それは取り下げます!」


「いえ、取り下げなくて結構です。編入案を白紙にするだけですから」


「な、何とかなりませんでしょうか!」


「それでしたら、もう一度、ザンナ村長と会談しましょう」


「わ、わかりました。今度はいつお越しで」


「何を言ってるんですか? 会談を希望してるのはボース村でしょう?」


「えっ、はい、そうですが?」


「それなら、そちらがこちらに来るのが筋ではないんですか? 用向きがあって会談を希望してる方が動くのが道理ですよ。こちら側は特段、会う必要はないのですから」


「……わ、わかりました」


 ふぅ、陛下アレスとの打ち合わせで、冷徹に対応しましたけど、なかなか疲れますねぇ。いつもの私なら、こんな対応は絶対にしません。陛下のおっしゃる「清濁併せ吞む」というのはこういう事を言うのでしょうね。う~む、後からどっときます。


 お母さん(大司教)が内政を嫌がるのもよく分かります。確かにこのような行為、慈悲のかたまりであるお母さんにはできないでしょう。自分もそんなお母さんを見たくありませんし。


――――

――――――


~ザンナ視点~


「何! 編入案を白紙だと!?」


「ええ、思った以上に厳しい対応でした……」


 ううむ、柔和な女性の法王ということで、甘くみていたようだ。場の流れとはいえ、あんな条件なんて付けなければ良かった。しかし困った……まったく愚かな判断をしたものだ……


「で、どうしたらいいんだ?」


「もう一度、村長と会談してくれる様です」


「おお、また来てくれるのか?」


「いえ、今度は村長に来るようにと……」


「えっ? 俺が? 向こうに?」


「会談は村の希望によるものだから、村の方が来るのが筋だとか」


「ううむ……」


 こりゃ、かなり手厳しくなったなぁ。本当に同一人物か? 俺が会った時の優しそうな猊下と今回の行動が一致しないぞ。だが、行くしかないよな。選択の余地はない。


――――

――――――


「ザンナ村長、どうぞ、こちらへ」


「ああ」


 リンクス司教に案内される。


 早馬を飛ばして、法王国の中心部にある法王城に来たが、俺の来訪を予想していたようで、すんなり謁見の間まで通される。おお! 玉座に先日会った猊下がいる。あの時と違い、立派な装いだな。リンクス司教は猊下の横で立ったままだ。


 こうして見ると偉い人だったんだな。そうとは聞いていたが、あの時は実感が湧かなかった。猊下はまったく偉ぶらなかったしな。しかし、よくよく考えたら、こういう立場の人間は自ら遠出しないもんだよな。頭の中ではまだ整理が追いついてないが、とにかく用件を話すか。


 目の前の猊下が先日会った猊下と同じ人間なら通じるはずだ。


「猊下、この前の編入案の件だが、行き違いがあった様だ。俺は賛成と返事したんだが……村人達がうるさくってな……まあ、仕切り直しといこうや、ははは」


「……」(無表情)


 あれ? 何も返事をしてこないぞ。

 まあ、いいか、このまま続けよう。


「とにかく、編入案に賛成だから、それでいこう。なっ!」


「……」(無表情のまま)


 むむ、まだ、黙ったままだ。しかも、少し表情が硬くなってるぞ。



~すると、そこへ一人の男が入ってくる~


 カツ、カツ、カツ、カツ……(足音が響く) 


 ん? 何だ、この男は? 服装から、高位の身分と分かるが……

 おっ? 俺の横をそのまま通り過ぎてゆくぞ。そっちの方向は……

 

 ~そして、男が玉座の隣席に座る~


  法王の横に座るということは、それなりの位の者か?

  しかし、法王国で法王に並べる者などいないはずだが……



 ◇    ◇    ◇



~アレス視点~


 これが、ボース村のザンナ村長か、悪い者ではないし、真面目なんだろうが、

 僕らのことをあまり知らないようだ。いろいろ教えてやる必要がありそうだな。


 ミアに目配せし、僕に一任してもらう。さて始めるか。


「ザンナ村長!」


「は、はい?」


「僕は連邦の聖王だ。聖王陛下と呼ぶがいい」


「セイオウヘイカ? え~と、その御方がなぜ、ここに?」


「うむ、僕はここにいるミア法王の“夫“でな」


「えっ、猊下の夫!?」


「法王の了解ももらった。だから、この場は僕が仕切らせてもらう」


「ああ、そういうことですかい」(なるほど、それで対応が変わったんだな……)


「それで、今回は何用かな?」


「ええと、編入案に賛成の意思を伝えに」


「ああ、その件なら、先日、白紙になったと回答したはずだが」


「いや! それは困る!」


「困るも何も、もう決まったことだ」


「そんな勝手に!」


「ん? 勝手? 何が勝手だ。元々、編入案はこちらが提案したこと。それに対し、そちらが無理な要求を突きつけ、断ったのではないか? そう解釈したぞ」


「いえ、あれは、そういう意味ではなく……」


「じゃあ、どういう意味だ。折角、我が妃である法王がそちらまで出向き、誠意を示したのに、上から目線で踏み絵でも迫ったというのか? こちらを軽くみたのか? 甘くみたのか?」


「いや、それは……」(それを言われると辛い)


「まあ、いい、そういうわけで、編入案は没となった」


「待ってくれ!」


「ん?」


「何とかならないか!?」


「そこまで編入を希望してるのか?」


「ああ、頼む!」


「村の総意か?」


「もちろんだ!」


「ふむ、分かった。そこまで言うなら、編入案を()検討しよう。但し、後からひっくり返したりするなよ。こちらは真剣なんだ。次はないぞ」(ジロリ)


「わ、分かった!」


「最初に確認しておきたいことがある」


「何だ?」


「今回の編入はあくまでボース村からの希望ということでいいな?」


「えっ? 最初は法王国からの……」


「その件は既に没になっている、と先ほど言ったよな」


「そちらからだろうが、うちからだろうが、同じじゃないのか?」


「まったく違う。前回は法王国からの提案だったが、今回はボース村からの要請だ」


「え? つまり?」


「分かりやすく言えば、今回は、ボース村からの要請、つまり、お願いだ」


「お願い!?」


「ボース村から法王国へ編入を“お願い“してる形になる。いいか、ボース村から自主的に編入を申し入れた形だ」


「は、はぁ……?」


 さて、ここから、一つずつレクチャー(型にはめる)してやるか。


「編入をお願いするなら、それなりの作法が必要だぞ」


「さ、作法?」


「リンクス司教、謁見の作法を教えてやりなさい」


 リンクス司教がザンナ村長にジェスチャーで拝礼の仕方を教える。


 すると、ザンナ村長が気色ばむ。


「ちょっと待ってくれ! 俺は臣下になったつもりはない! それにボース村と法王国は対等なはずだ!」


 予想通りの反応だな。でも、これでいい。


「臣下の件は置いといて、それ以前に、ザンナ村長は僕たちにお願いする立場だろ? 違うのか?」


「そ、それは……」


「以前、リンクス司教とチベル警備隊長がボース村に行き、食料援助をしてもらう際、土下座までしたし、その後、お礼を言いに、ミア法王が行った時も頭を下げたはずだが?」


「うっ」


「人にお願いをする際は、一定の礼を尽くすのが、世の習いではないか? それとも、ボース村ではお礼という習慣はないのかな? もし、そうなら、とても信頼関係を構築できる間柄ではないから、編入など無理な話だ」


「わ、わかった……もちろん、我が村にもお礼の習慣はある」


 ザンナ村長が片膝を地に付いて、一礼する。


「うん、それで良し」


「それなら!」


「まあ、待ちなさい。お願いを聞いただけで、まだ、編入案の返事をしてないぞ」


「でも、きちんと礼をしたぞ!」


「あのなぁ、礼をするのは人として当たり前の話だ。話の入り口に過ぎんぞ」


「くっ、それじゃあ……」


「最初にはっきりさせておくが、法王国に編入するということは、ボース村は法王国の下になるということだからな」


「下? 対等じゃないのか?」


「国と村が対等になるわけがないだろう。人口と土地の規模がまるで違う」


「従属か?」


「自治を認めるから、従属性は低いが、完全に従属を否定するものではない」


「そんな! 話が違う!」


「話が違う? 前回の件は終わった話だぞ。今回は再検討の場だ。それに、そもそも編入には従属の意味が含まれている。『国に編入します。でも国の意向は無視します』は通らない話だ」


「くっ」


「と言っても、領内の自治を認めるし、徴税も徴兵もない。こちらから村の運営に細かい指図はしない。実質的に今まで通りの生活ができるから、心配はいらない」


「それでは、何が変わるんだ?」


「法王国の一員になるわけだから、先ず法王を敬ってほしい。皆で『法王猊下』『法王様』と呼んでもらいたい」


 僕の妃を道義的に正しい存在として、

 敬ってもらうことが、最も希望とするところだ。


「つまり、気持ちの問題か?」


「いや、言動もそうであってほしい。法王の悪口は禁止だ」


「まあ、それぐらいなら……」


「それと、法王国とボース村は組織上の上下関係になるから、定期的に報告に来てもらいたい」


「報告? どれぐらいの頻度だ?」


「三か月に一度ぐらいだな」


「う~ん、分かった」


「それと二大政策『働く・悪事をしない』を守るように」


「それは努力義務だったな」


「その通りだ」


 こうして、少しバタバタしたが、ボース村の編入が決まった。

 内容はこんな感じだ。


<ボース村編入案>

・ボース村を法王国に編入する。

・ボース村の自治を認める。

・ボース村から徴税、徴兵しない。

・二大政策(働く・悪事をしない)を守ってもらう。(努力)

・法王国(中心部)とボース村の間の道路整備


・編入はボース村からの希望によるもの。(事実確認)

・編入後、法王を敬う。(努力)悪口を言わない。(禁止)

・定期報告する。(三か月に一回程度)


 ザンナ村長は従属という表現に不快感を示したが、そもそも編入というのは従属を意味するからな。あえて、はっきり教えてやった。このあたりをうやむやにしたら、後で必ずトラブルになる。


 普通に考えて、国と村が対等なわけがない。自治は認めるが、国の基本政策に従ってもらわないと、行政の糸が切れてしまう。


 それと彼らの精霊信仰については自治の範疇に入ると思い、あえて触れなかった。その代わり、法王への礼節だけは持ってもらう。別に教会の信徒になる必要はないが、法王への悪口は禁止にさせてもらった。といっても、衛兵等が取り締まるわけでないから、実質は限りなく努力義務に近いけどね。(罰則もないし)


 法王への悪口禁止は伝統的な不敬罪を参考にしたものだが、僕の政策『悪事をしない』にも合致する。人の悪事は悪口から始まるから、その悪口を止めさせるのは理にかなっているのだ。過去、王侯貴族が平民を差別するために悪用した不敬罪だが、使い方次第で有効な部分もあった。だからこそ、僕は不敬罪を形骸化しつつ、完全にはなくしていないのだ。 ※参照※ 第479話(不敬罪)

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、評価、ブックマークをして頂けると大変有難いです。

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