第753話 芸能人の休日~マーミヤ~
人気役者の休日の様子です。
「あらっ、この服、いいじゃない?」
「左様でございますか、マーミヤ様、よろしければ、どうぞご試着なさって下さいませ」
「じゃあ、試着しようかしら」
今日は王都の高級衣服店『ブティック』に来ているが、店長がもみ手に笑顔で付きっ切りで、気分は悪くない。それに、ここは最新の衣服が揃っているから私のお気に入りよ。
試着後、服を店長に渡す。
「うん、サイズもぴったり、買うわ」
「マーミヤ様、毎度、ありがとうございます!」
「店長さん、保管金払いでお願いね」
「はい、承知致しました。いつもの様にご自宅配送便でよろしいですか?」
「ええ、結構よ。そうして頂戴」
このお店はギルフォード商会の看板を掲げていて、保管金払いができるから、支払いの手間がかからない。しかも『芸能の館』まで直接届けてくれる。行きも帰りも荷物が無いのは本当に楽ね♪
手ぶらで行って、手ぶらで帰れるなんて、最高のサービスだ。途中でお金や商品を狙われる心配もない。現金なんて、しばらく触っていないぐらいよ。ふふふ。
※補足(保管金払い)※
ギルフォード商会に資金保管(預け金)してる場合、その残高で支払いできるサービス。現代で言えば、デポジット払いのようなものです。『ブティック』については第529話(ギルフォード商会の目指すもの)をご参照下さい。
※補足(自宅配送便)※
一定額以上の高額資金を商会に保管し、かつ一定額以上の高額商品を購入した場合に、自宅まで商品を届けるサービス(無償)です。商会の馬車と飛行船は管轄エリアを常に巡回(御用聞き)してるので、商会にとって新たな注文獲得に繋がっています。御用聞きは米屋、酒屋などが得意先の注文を聞いて回る前世(日本)の商習慣でしたが、主人公が持ち込みました。
「おいおい、ちゃんと値段を見たのかい?」
「ええ、ざっと見たけど、金貨二枚(二十万円)ぐらいでしょ?」
「いや、そうだけどさ……」
私の横でちょっとうるさく言ってるのは、私の専任マネージャーのハレッツ。彼の言いたいことは分かる。金貨二枚と言えば、庶民の一か月の俸給に匹敵するからね。私だって今の地位を築いてなければ買うことはなかっただろう。彼の正式な肩書は内務省、娯楽広報部、役者課の課長さんなんだけど、元吟遊詩人だったのよ。私の活躍が彼の出世を後押しした部分はあるでしょうね。ふふふ。
「じゃあ、今度は靴をみたいわ」
「えっ、まだ買うのかい?」
「いいじゃない、気晴らしよ、気晴らし」
「でも、もう、そろそろ……」(あたりを警戒する)
「わかったわ、これで終わりにしましょう」
彼は私のマネージャーであると同時に護衛であり、そして恋人だ。知らない人が見たら、散財してるように見えるかもしれないが、私が贅沢するのは衣服だけ。それにこれだって、訳も無く買っているわけじゃなく、ちゃんと自分磨きになってるのよね。
役者にとって外見は命。
私がこうして来店するだけでも、見物人がたくさん集まってくる。いつでも、どこでも見られているわ。だからこそ、身だしなみは大事だし、綺麗に見せる必要がある。
ハレッツが心配する気持ちは分からないでもないけど、役者にとって衣服代は自己投資と同じなのよ。私が着飾れば、みんなも夢見心地になる。それって、すごく大切な事だと思うのよね。
それに、この程度の衣服代で私の保管金残高は大した影響を受けない。以前、聖王陛下がある番組で「富裕層は経済を回す必要がある」っておっしゃっていたけど、今ならよく分かる。だから、たくさん買った服も、数回着たら後輩達にあげるのよ。
ううん、服だけじゃない。役者修行に必要な支援は欠かさないわ。
人から貰った恩は人に返す。これが基本よ。
王国専属芸能人は歌手、役者、踊り子、語り部、道化、等いるけど、その中で役者の人数が最も多く半分を占める。役者の仕事が他の芸能人と違う点は、多人数が協力して行う点だろう。つまり、チームワークが大事ってこと。
だから、後輩達への施しも回り巡って、全体のいいお芝居になって返ってくるの。そして、いいお芝居ができれば、お客さんに喜ばれ、また、お金が入って来る。本当に世の中って面白いものね。
聖王陛下の御言葉で“情けは人の為ならず“というのがあるんだけど、本当にそう思うわ。人助けは結局、自分助けでもあるのよね。
――――
――――――
「ふぅ、ちょっと休憩しましょう」
「うう~ん、ここは落ち着くね」(伸びをする)
買い物の後、ハレッツと喫茶店に入る。喫茶店と言ってもただの喫茶店でなく、高級喫茶店だ。まるで王族が座るような肘掛け付きのゆったりしたソファで、最高級のお茶を頂く。このお茶はダルト王国産のダルトティ、それもダルト王家認証付きだ。ここも当然、ギルフォード商会の正規店よ。
私にとってギルフォード商会のお店は最高のお気に入り。
なぜ、私がギルフォード商会を贔屓にするかと言えば、サービスの良さもあるけど、私のような有名人が来ても、対応慣れしてるのよね。先程の店もそうだったけど、店の人が私を隔離し、守ってくれる。事前にハレッツが予約してくれてるんだけど、それにしても本当に教育が行き届いているわ。
ほとんどのお店はお客さんが来たら、売ることしか関心がないし、物を売ってお終いだが、ギルフォード商会のお店は違う。お客さんの立場を考え、お客さんの満足度を上げようと努める。私達もお芝居で観客の満足度を意識するので、相通じるものを感じるわね。
そうそう、今の私は一人じゃない。
こうしてる間も、ハレッツはそれとなく周囲を気にしてくれる。
流石、私の護衛役だわ。
目が合うと、ハレッツが思い出したように口を開く。
「そういえば、この前の説明会、良かったね」
「説明会?」
「ほら、王国職業紹介所、役者志望者向けの説明会」
「ああ、あれね」
「思わず、聞き惚れちゃったよ」
「ふふふ、そお?」
そう言えば、仕事の合間を縫って、講師役で話したんだわ。
~回想~
王国職業紹介所の会議室にたくさんの若者が集まっている。みんな役者志望の子だ。学生向けなので、未成年(子供)ばかりで初々しいわね。あらっ、子役で来てる子もいるじゃない。
※補足※ 王国専属芸能人は基本的に成人(十五才以上)を対象としてますが、例外として子役参加を認めています。但し、学生の本分である勉強を疎かにしないことが条件となっています。子役の実技試験の競争倍率も高くなっています。
私は役者志望の子に必ず同じ質問をする。
「どうして、役者になりたいの?」
シンプルだが、核心をついたものよ。
ある子は
「えっ!?」
と驚き、考え込んでしまった。意外にこういうタイプは多いんじゃない?
何となくとか、友達に誘われてとか、面白そうだとか。
でも、その他は――
「有名になりたいからです!」
「儲かりそうだからです!」
「ちやほやされるからです!」
なんてのが多くて、面食らったんだっけ。
まるで、取ってつけたような薄っぺらい答え。
それで、わざとらしく「ふ~~」一息ついてから言ったのよね。
「悪いけど、それじゃ、見込み無いわよ」
一瞬、会場が静まり返るが、すぐ返事が返ってくる。
「どうしてですか? マーミヤさんだって、有名になって、稼いで、ちやほやされてるじゃないですか!」
と言われたわ。だから言ってやった。
「あのね。そんなものは後から付いてくるものよ。もし本当にそれが目的だったら、悪い事は言わない。やめた方がいいわ」
「そんな!」
「私が役者を目指したのは、何より、この仕事が好きだし、楽しかったからよ」
「そ、それは当然です!」
「本当に? 無収入でも続けられる?」
「え、それは……」
「確かに専属芸能人実技試験に合格すれば、芸能人になれて、取り敢えず、収入を得られるわ」
「それなら!」
「でもね。それに受からなければ、無収入よ。受かるまで続けられる?」
「そ、それは……」
「それに何とか受かって収入を得たら、お金目的の人はそこで満足してしまうわ」
「う……」
「それに、有名になりたいだけ、ちやほやされたいだけの人は、厳しい稽古に付いていけないわね」
「……」
「ごめんなさいね。役者志望の子に厳しいことを言って、でも現実を知らないで、甘い夢だけを見るな。と言いたいの。この世界は夢を与える仕事だけど、夢を与えるには、現実を乗り越える不断の努力が必要だからね」
「……わかりました」
「それを承知の上で、それでも、心の底からこの仕事をしたい。という子には、ぜひ来てもらいたいわ」
~回想終了~
「あはは、今、思い返すと、ちょっと恥ずかしいかも」
「いやいや、良かったよ。みんな真剣に聞き入ってたし」
「あの時の私は、講師役という役になっていたのかもね」
「講師役? ええ、本当かい?」
「ふふ、どうかしらね」
講師役でとっさにああいう言葉が出たのも、
普段から聖王陛下の御言葉を小耳に挟んでいるからだろう。
地位や名誉やお金は後から付いてくるもの。
これも聖王陛下の御言葉だ。
歌手は歌が好きだから、歌手をする。
役者は演技が好きだから、役者をする。
これが王道だろう。
これが、地位、名誉、お金のためなら、
誰がそんな歌や演技を心からいいと思うだろうか?
よこしまな心を前面に立てると、いい結果は得られないと思う。
「マーミヤは凄いね」
「そう? でも、あれは聖王陛下の受け売りみたいなものよ」
「いやいや、受け売りでも凄いよ。ちゃんと咀嚼して、自分の言葉で言ってるもん」
「そんな大したものじゃないわよ。偉そうに言ったけど、私だって人並みの虚栄心はあるわよ」
「そうだね。いい服を着てるもんね」
「いい服ね……」
人って面白い。いい身なりをしてると、それだけで成功してる。立派な人だと勘違いしてくれる。私は外見を重要視してるけど、それは正確に言えば、私がそうなのではなく、私を見る人達がそうだから、それに合わせてるだけ。
「でも、服もそろそろ飽きてきたわね」
「ふっ、そうかい? じゃあ、次は何を買うの?」
「えっ? 次?」
こう言われて、即答できなかった。
食べ物、着る者、まったく不自由していない。
いい仲間もいるし、仕事も順調だ。
でも、何か大きな成功の証みたいのが欲しいかな……
それに、いつまでも、彼に護衛役で気遣いさせるのもね。




