第512話 南北攻防9(バルン地方保護領化)
帝国の落日、沈む船から人々が脱出する様子です。
エルメス帝国、バルン地方の農民達の声
「本国への納税が一気に三倍に増えたぞ!」
「冗談じゃない! こんなの払えるか!」
「本国からの要求は無茶苦茶だ!」
「もう無理だ。限界だ。俺は聖帝国へ行くぞ!」
「ああ、俺もそうする!」
農具を放り投げ、畑を後にする村人が続出し、
各地で廃墟になった村が目立つようになった。
本国へ納税したら、手元に自分達の食料すら
残らない。これでは農民達に死ねと言ってるのと
同じだろう。
農民達は我慢の限界を超えたようだ。
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エルメス帝国、バルン地方の徴税官達の声
「おい、目標額まで集まったか?」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「だよな……」
「人がどんどんいなくなってるのに、要求額だけはどんどん増えてる」
「ふっ、ありえないぜ」
「しかし、期限が迫ってるよな……」
「……達成できないとどうなるんだっけ?」
「収監だな。二度と出れないと噂の……」
「ははは……」
「俺達も聖帝国へ逃げるしかないな」
「だな」
帝国の徴税官達も聖帝国へ移民の準備を始める始末。
徴税できなければ、彼らの運命も閉ざされてしまうのだ。
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エルメス帝国、バルン地方の衛兵達の声
「もう半年程、俸給がろくに支払われてないよな……」
「ああ、これじゃ生活できない……家の子供も腹をすかしているし……」
「俺達は支配地の徴兵でなく、本国の正規兵だ。それがこの体たらくだぜ」
「そのくせ、本国から移民を阻止しろと矢の催促だ」
「まったくやってらないぜ」
「もう丸三日、食ってねぇ。立ってるもやっとの状態だ」
「海は沿岸まで聖帝国の軍船が迫ってるし、空はワイバーンが飛び回ってる。帝国の威信なんて、もう無いだろ」
「……俺達も聖帝国へ鞍替えしようぜ」
「それが賢明だな」
衛兵達の関心事は目下、今日明日の食料であり、
タダ働きさせる帝国への忠誠心は消え去っていた。
このままだと戦う前に飢え死にしてしまうだろう。
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ここはバルン地方(エルメス帝国)とバレシア地方(ルカレシア聖帝国)の境界にある検問所、ここで帝国から聖帝国への移民を受け付けているが、ずっと長い列が続いている。
列に並ぶ者が口々に話す。
「凄い行列だなぁ……」
「ああ、毎日、数百人単位で移民があるらしいからな」
「うへぇ! それじゃ、そのうち、バルン地方から人がいなくなっちゃうんじゃないか?」
「そうだな。しかし、バルン地方側で衛兵が取り締まらないのも不思議だよなぁ?」
「いやいや、奴らは真っ先に移住してるらしいぞ」
「ええ! 本当かよ!?」
「残るのは動けない老人とか病人ばかりだな……」
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~アレス視点~
僕の先制防衛政策(敵戦力の無力化・威圧)により、バルン地方からの移民が急増しているが、こちらに来る者には聖教会を通じて、温かい手を差し伸べている。何千人、何万人来ようが、食糧の準備はできるので、心配無い。きっと避難民達は待遇の格差に驚くことだろう。みんな、この国で平和で安定した生活をおくってもらいたいものだ。そのために僕ができることは何でもやろう。
「聖帝陛下、お願い致します」
「……ああ、分かった」
僕はあまり前面に出たくなかったんだけど、イグナス教会代表の提案でデモンストレーションをすることになった。
バレシア地方にある聖教会前の広場で
イグナス教会代表が避難民達に大なき声で説明する。
「これから、聖帝陛下が神の御業をご体現されます! 皆さん、しかと目に焼き付けて下さい!」
イグナス教会長が僕に「どうぞ」という感じで、目で合図をする。
ふぅ、さて、やるか。
「この一つのパンで、皆さんをお腹いっぱいにしてあげよう!」
僕がそう言って、一つのパンを上に掲げると、みんな怪訝な顔をする。
そして、小声で口々に――
「え、一つのパン? それじゃ腹の足しにもならないよ」
「一つのパン? 馬鹿にしてるのか?」
「第一、ここには何百人もいるだろ。パン一つとか、ふざけるな!」
「なんだ……、聖帝国も所詮、その程度だったのか……」
【遠聴】スキルで丸聞こえ。まあ、それが普通の反応だよな。
何百人もいて、一つのパンじゃ腹が膨れるわけがない。
しかし、これは僕の、と言うかイグナス教会代表と打ち合わせた前振り。
意図的に落胆させる。
しかし、これをすることにより
その後の驚きと喜びは何倍にもアップするのだ。
さて、やるか――
<<「パンを【複写】!」>>
一個のパンが一瞬にして千個になり、目の前にパンの山ができる。
「うわああああ!!」
「な、なんだああ!!」
「え、ええええ!!」
驚いているな。ふふふ。
<<「さらに【複写】!」>>
さらに千個のパンが十万個になる。その場にパンの山が積み上がる。
「えええええええ!!」
「凄げえええええ!!」
「奇跡だああああ!!」
「俺は夢を見てるのか!!」
僕「さあ、好きなだけパンを食べなさい」(にっこり)
イグナス「聖帝陛下の御恵みです。感謝して頂きましょう」
イグナス教会代表が僕に向かって、手を合わせ敬礼する。
これも打合せ通りだが、なんだか、こそばゆいな。
ちなみにこの時の服装だが、イグナス教会代表のコーディネートで全身、白の聖職者風に仕立ており、大きな白い宝冠まで被ってる。いかにも「聖帝」という感じだが、こういう演出の重要性は僕も認識してるから、反対しなかった。確かにこの服装なら一目で「特別な人」と思われるからね。
いつもの平民っぽい軽装スタイルじゃ、舐められるだろう。人は悲しいかな、外見でその人を印象付けてしまう。しかも僕は見た目、二十代だ。それらを払拭するため、外見を変えるのはケースバイケースでありだろう。
しかも後光効果を出すため、薄っすらと、背景に光魔法を使った。登場時は光を小さくし、スキル発動時に光を大きくしたが、まるで「奇跡」のように見えただろうな。今の自分は聖教会の信仰対象でもあるから、それらしく振舞おう。
ただ、自分でやってて言うのも何だが、恥ずかしいこと、この上ないな。
こんな白尽くめ、結婚式以来だぞ。(妃達には見せたくないな)
その後、信徒たちが粛々と避難民達にパンを配っていく。
「おお、おいしい!」
「うめえ! 柔らかいパンだ!」
「ありがたや、ありがたや!」
ふふふ、我が意を得たり、予想通りの反応だ。
避難民達は最初、奇跡のパンに驚くが、空腹には勝てず、どんどん食べていく。しかし、いくら食べても、パンは増やせるし、無くなることはない。僕が用意したパンは貴族が食べるような白く柔らかいパンだ。普段、黒く固いパンを食べる彼らからすると、まさに御馳走と言っていいだろう。
でも、炊き出しはこれで終わらない。パンだけじゃ味気も何もあったものじゃないだろう。そもそも、栄養が欠ける。炭水化物ばかりじゃ、体に十分とは言えない。
<<「シチューを【複写】!」>>
僕特製の具沢山シチューだ。肉や野菜がてんこ盛りで入っており、
僕が言うのも何だが、すべての栄養素が含まれる最強のシチューだ。
「さあ、みんな、遠慮なく食べてくれ!」
教会の信徒達がどんどん配膳していく。
打合せ済みだから、動きに無駄が無い。
「うま―――――い!!」
「うま過ぎる―――!!」
「おいしい――――!!」
「味が染みわたる!!」
空きっ腹にこの濃厚シチューは衝撃だろう。脳天にガツンと来るかもしれない。と思って、先にパンを食べさせたんだけど、あまり関係無かったな。ははは。
パンにシチューをたっぷりつけて、味わってくれ。相性抜群だ。
この世界の日常食だが、僕も気に入ってる組合せだ。
ひょっとしたら、僕の前々世はヨーロッパ人かもしれないな。
これは僕の私見だが、日本という国は世界中からの転生者が集合してると思っている。だから、世界中の食べ物が集まってくるし、日本人は世界中の文明や文化に興味を持っている。カレー、ラーメン、ハンバーグ、パスタは人気メニューだが、それぞれ元をたどれば、インド、中国、欧米になるんだよな。これらは今では日本の食べ物になってる。
今日はテネシアとイレーネがいないから、素材のツッコミが無いが、この日のためにルカレシア地方の街道沿いの落ち葉拾い、雑草取りなんかをしたんだよ。いい材料になったようだな。
ルカレシア地方はそのほとんどが森林と山だが、北の港湾、南の境界壁にそれぞれ、海軍と陸軍の基地があり、聖帝城からそこへつなぐ形で街道を整備しているんだ。ただ森林の中の街道のため、森林の影響が大きく、たまに清掃を含めた整備をする必要がある。強風のあった次の日には倒木もあるしね。(そういう場合は近くの亜人種族の住民が片付けてくれる)
だいたい月に一回、街道を低空飛行しながら、【収納】するんだが、この時の作業のお蔭で、食糧の配給ができるんだから、つくづく無駄な物は無いと実感する。ちなみに栄養価を高めるため、海水も【収納】している。特に塩分は必須だからね。
おっと、話をデモンストレーションに戻そう。
帝国内でも、工作活動により、僕の力のことが広まっているらしいが、それでも大方は「単なる噂」「誇大表現」「権威付け」「ホラ話」みたいに思われていたんじゃないかな。俗に言う話半分という奴だ。現に吟遊詩人の謳う英雄賛歌なんかもふかしまくってるからなぁ。
人は大げさに言ったり、面白おかしく脚色するのが大好きだ。
だから、一度、実体験させようと提案されたのだ。まあ「百聞は一見に如かず」だろうが、その後、彼らのほとんどがスムーズに聖帝国民へと意識改革していくようなので、効果的な方法なのかもしれないな。(しかも相当数が聖教会へ入信してるとのことだ)
前世にあった聖書でも、奇跡の記述がたくさんあったようだ。確かに口で何百、何千、説明するよりも一回、奇跡を起こした方が、話が早い場合はある。でも、これを日常的にやってしまうと、みんがこれに依存するのは目に見えてるから、自重は継続していくよ。「奇跡」はここぞという時だけに絞るつもりだ。
――――
――――――
「聖帝陛下、ご相談がございます」
聖教会の控室で休んでいると、イグナス教会代表が声をかけてきた。
「なんだい?」
「バルン地方から相当数の数が避難民として来ていますが、実は来たくても来れない者もいるのです」
「来たくても来れない者?」
「はい、病人と高齢者、妊婦、小さい子供のいる家庭、介護をしてる者等です」
「ああ、確かにな……」
「泣く泣く、高齢の両親や病気で伏している身内と離れてきた者も多くいるようです」
「そうか……」
「残された者は無防備です。そこへ帝国の毒牙が来たら防ぎようがありません」
「……」
「どうでしょう。聖帝陛下の御力で残された子羊達を助けることはできないでしょうか?」
「そうだな……」
これも気付いていた話だが、完全にエルメス帝国の内政問題であり、思案していたところであった。その気になれば、どうにかできるが、どうしたものかな……
「避難民達の情報を総合すると、もうバルン地方には大した兵力は残っていないようです。帝国の本国から来た正規兵ですら、逃げ出しております」
事実上、バルン地方は無政府状態みたいなものか……
工作員を取りまとめるマキシ将軍の報告とも一致するな。
「それなら、バルン地方も保護領にするか……」
「聖帝陛下、そのお言葉を待っていました」
その夜、一晩でバルン地方の南側境界に防壁を設置し、事実上、保護領化した。これにより大陸の大部分が聖帝国の統治地域となり、帝国の支配地は本国であるメス地方だけとなった。本来であれば、もっと反抗があってもおかしくない状況だが、帝国の威信失墜、民衆の不満増大、軍事指揮系統の麻痺断絶、国力の弱体化等が重なり、既に本国(メス地方)以外は政治体制を維持できていなかったようだ。
【北】
亜人地域(ルカレシア地方)ルカレシア聖帝国の都
人間地域(ルーラス地方)ルカレシア聖帝国
【西】人間地域(ガレシア地方)ルカレシア聖帝国【東】
人間地域(バレシア地方)ルカレシア聖帝国の保護領
人間地域(バルン地方)ルカレシア聖帝国の保護領←★NEW
人間地域(メス地方)エルメス帝国の都 ※通称「本国」
【南】
ついに聖帝国の統治地域が帝国の本丸近くまで迫る状況になった。これを避けたかったから、バルン地方を緩衝地帯と捉え、保護領化は慎重にしようと思案していたのだが、残された人が帝国に酷い目に合わされる事態は避けたかったからね。状況から確かにありうる話だ。
これで、帝国は事実上、手足をもがれ、どこからも搾取できなくなってしまった。
でも、あの帝国のことだ。このまま大人しく引き下がりはしないだろうな……
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、評価、ブックマークをして頂けると大変有難いです。




