第432話 西方侵攻準備とエルメス帝国の政情
第394話 魔の海域2 の続きです。
ロナンダル大陸が西方、エルメス大陸が東方に位置します。
今回からエルメス帝国の動向に話を移します。
~ブリント将軍視点~
「西方侵攻の進捗状況はどうなっているんだ?」
背丈以上の高段から宰相カバールが威圧してくる。ここの謁見の間は広い空間だが、厚手の遮光カーテンにより、昼間でも薄暗く、最奥の皇帝のいるあたりは影になっている。まるで上の暗い空間から見下ろすように声がかかるが、正直、不気味である。
現在、自分はエルメス帝国の皇帝城の謁見の間にいるが、相変わらず、皇帝は御簾越しの高段にいて、その表情は伺い知れないし、直接会話してくるのは隣の宰相カバールだ。
「はは! 何度も調査隊を西方に派遣しておりますが、大きな障害があるため、進んでいない状況です」
今回は進捗してない大きな理由があるから、報告しやすい。ふふふ。
「んん……、なんだ、その大きな障害というのは?」
港であれだけ騒ぎになっているんだ。知らないはずがないだろう。
「はは、西方の海にクラーケン(巨大なタコの魔獣)とシーサーペント(巨大な海蛇の魔獣)が出現しており、先に進めなくなっております」
「なに! その噂は本当だったのか?」
「はっ、何度も調査の船を向かわせておりますが、ことごとく海の魔獣に追い返されております。噂ではございません! 真の話かと!」
「ううむ……」
宰相カバールが隣の皇帝、そしてその隣の側近に小声で相談し始める。御簾越しだし、距離もあるので、どんな話をしてるのか分からない。この国は皇帝、宰相カバール、そして、もう一人の側近の三人で動かされている。ただ対外的な実務と折衝はほとんど宰相がしており、皇帝が直接話すのは聞いたことがない。そればかりか、いつも御簾越しなので、顔すら不明だ。
国の最高権力者の顔を将軍が知らないというのは、冷静に考えたらおかしな話だが、そう考えること自体が不遜であり、不敬であるという圧倒的威圧感がこの場を、いやこの国を支配している。
それにもう一人の側近……、聞くところによると皇帝の顧問的立ち位置のようで、知恵があるとか、不思議な力があるとか、陰の権力者とか、いろいろ憶測が飛び交っている。ただあまり詮索すると不遇な目に遭ったり、消されるという噂も囁かれているので、関わらない方が良いだろう。
三人の密談が終わり、宰相カバールが口を開く。
「その調査にはブリント将軍はいったのか?」
「いえ、部下からの報告です」
「なら、また聞きということだな? それでは信憑性に欠けるのではないか?」
いやいや、軍隊で上下の報告は絶対だ。嘘はないぞ。
「ですが、信頼のおける部下からの報告です。内容は間違いありません」
「ふん、口では何とでも言える。それに魔獣の出現なぞ、『はい、そうですか』と簡単に納得できるものか。将軍も実際には見てないのであろう?」
「そ、それはそうですが……」
「とにかく、ブリント将軍、自らが調査に出向き、再度報告するよう指示する!」
「いや、それは!」
「いいな! 分かったな!」
「ぐっ、わかりました……」(やれやれ、他人事だと思って)
魔獣の出現は間違いない。
そんなところにノコノコ行ったら命の危険があるぞ。
なんとか安全策を取りたいが……、う~む、どうしたものか……
「なんだ? 不服そうだな?」
「あっ、いえ、ただ、魔獣のいる海域となると、それなりの軍船を準備したいのですが、これまで相当、喪失しておりますので、いささか心もとなく……」
「軍船が必要なんだな?」
「はい、その通りです」
「それなら、軍船を準備してる最中だ」
「何隻ぐらいでしょうか?」
「……逆に問う。何隻必要だ?」
単なる調査だけなら、数隻で十分だが、魔獣が出るとなると、十隻以上は欲しい。しかし、仮にそれで調査が済んだとして、その後だよな……。今まで二十隻程度の侵攻は全て、悪い結果になっている。それでは身の安全を図れない。
ここは思い切って、ふかすか。
こっちは命がかかっているんだ。
ええい、破れかぶれだ。
「魔獣討伐を加味した調査だけなら、十隻以上は必要ですが、その後の大陸侵攻を考慮しますと、五十隻……、いいえ百隻は欲しいところです」
百隻って、ちょっとふかしすぎたか。こりゃ、反対されるだろうな。
「……わかった。それなら現在、帝国にある軍船、百隻を貸し与えよう」
ええ、百隻!? 本当か、まさかの大船団じゃないか!
「そ、それは有難いです。しかし、そうなると、帝国沿岸の護衛が手薄になるかと……」
「ふふ、だから、軍船を準備してると言ったのだ。現在、急ぎ建造している」
そんなに大量の船、建造するとなると、膨大な資金、資源、労働力が必要だろうに、一体、どうやって……
「何を浮かぬ顔をしている。そなたが心配する必要はない。帝国の力を持ってすれば、軍船なぞ、建造するのはたやすいことだ」
「はは、承知しました」(マジかよ?)
「その代わり、ブリント将軍よ。そなたの意見を聞いて、百隻もの軍船を用意するのだ。確実に良い結果を出すように。もし、期待通りの結果が出せなかった場合は相応の処分があるから覚悟せよ」
「……はは、承知しました」
百隻の大船団は心強いが、結果を出せない場合は処分か……
まあ、いかにも帝国らしいが。
――――
――――――
エルメス帝国領内のある村
衛兵「徴税だ。金を出せ!」
村人「ちょ、ちょっと待って下さい! この前も支払ったばかりです!」
衛兵「黙れ! 今回は臨時の戦費調達税だ!」
村人「うちにはもうお金はありません」
衛兵「それなら、労役しろ!働ける者を出せ!」
村人「うちには男手は私しか……」
衛兵「それなら、お前が来い!」
村人「ええ! そうしたら家族を養えなくなってしまいます」
衛兵「そんなこと知らん! おい!この男を引き立てろ!」
村人「うわあ!やめろ!」
妻子「ああ、あんた!」「父ちゃん!」
ここは以前、平和な地域だったが、エルメス帝国に征服されてから、納税、労役の負担が大きくなった。
村人A「また徴税だってよ……」
村人B「〇〇さんの家じゃ、徴税が払えなくて、旦那さんが連れていかれたらしいな」
村人A「はぁ~また戦争でも起きるのか?」
村人B「だろうな。エルメス帝国は戦争ばかりだ」
村人A「この地域も帝国に支配されてから、すっかり変わってしまったな……」
村人B「いつまで、こんなことが続くんだ……」
村人達の表情は暗く、すっかり生気を無くしていた。
――――
――――――
<あるダークエルフの里>
衛兵「里の長はいるか!」
里の長「私が長ですが」
衛兵「木材を用意したか?」
里の長「……なんとか用意しましたが、もうこれ以上は……」
衛兵「うるさい!そんなこと俺は知らん!」
里の長「……」
衛兵「お前達は帝国の言う通り指示に従えばいいんだ!」
衛兵達は用意された木材を荷馬車に積み込み、去っていった。
それを見ながら、里の長はくやしい表情をする。
「くそう、人間ども! 森の木は我らにとって神聖なものだぞ!」
それを里の仲間が気遣う。
「長の言う通りです。だが、奴ら、断れば、労役と称して仲間を連れ去ってしまいます」
「そうだったな……」
「それで、以前、長の娘さんが連れていかれたのは忘れてはいけません!」
「……」
「悔しいですが、ここは我慢のしどころです。こんな横暴がまかり通っていいはずがありません。今に奴らに鉄槌がくだるはずです! 森の精霊が黙っておりません!」
ダークエルフの里は森の中にあり、良質な木がたくさんある。今回、軍船を建造するための材料になることを彼らには知らされていない。知っていれば、さらに不快な気持ちになったであろう。
「あの娘は無事に過ごしているであろうか……」
「お嬢様は闇魔法が使えましたから、帝国軍の協力をさせられてるかもしれません。無事だといいですね」
「あの娘に軍は似合わない。悪辣な帝国軍に協力するぐらいなら、業務遂行中にうまく逃亡でもしてくれた方がマシだ……」
「大丈夫ですよ。きっとお嬢様は元気でやってますよ」
「ああ、そうだな」
ダークエルフの長は連れ去られた娘に思いを巡らせるのであった。
――――
――――――
<エルメス帝国海軍の建造施設>
「予定通り、軍船はできあがっているか?」
宰相カバールが冷淡な口調で、建造責任者に確認する。
「はい、作業員を増やし、急ピッチで建造しております」
「ふふ、それなら良い。資金と資材は足りているか?」
「資材はどうにかなっておりますが、資金の方が少し心もとないです」
「なんだと!?」
「いえ、たくさんの人を使うとなると、食費やらいろいろかかります」
「食費、つまり食い物だな?」
「?ええ、そうですが」
すると宰相は近くの将校達を呼び寄せる。
「おい、ちょっと来い!」
「はっ! 何でしょうか。宰相閣下」
「至急、作業員用の食料を用意しろ!」
「えっ、どこからでしょうか?」
「そんなのは征服地に決まっておろうが!」
「しかし、彼らには重税を課したばかりですが……」
「かまわぬ。奴らからは絞れるだけ、絞りとれ!」
「はは!」
将校達はすぐその場を去っていった。
その直後、宰相は建造責任者に振り返り――
「これで食料の憂いもなくなったな。予定通り建造せよ」
「……わかりました」
この国では皇帝に次いで、宰相カバールの権力は絶大である。帝国軍ですら、例外ではない。宰相は皇帝の代行者として、表の舞台で強権をふるっているのである。逆らう者はすぐさま閑職に追いやられるし、虫の居所が悪いと牢送りだ。
建造責任者が自分の指示を了承したことに気をよくした宰相カバールは上機嫌になり、口が軽くなる。
「建造責任者、この木材はなかなか良質だな」
「はい、これはダークエルフの森の木を使っています」
「ダークエルフ? ああ、以前、ついでに征服した地域か。人間に劣る下等種族だが、少しは役に立つんだな」
「ええ本当に。人間以外の種族は人間の役に立たねば、何の価値もないですからね」
「まったく持ってその通りだ。がはは」
エルメス帝国は最先端の武器による軍事力で近隣地域を次々と征服していったが、力の源泉たる技術は人間が生み出したものであり、その結果、人間至上主義になっていた。
そして、宰相カバールがいつもの口上を始める雰囲気になる。建造責任者は内心、「またか」と思っていたが、そんなことは顔に出さず、まるで初めて聞くように話を合わすしかなかった。
「我が帝国には四つの階級があるのだ!」
「四つですか?」(白々しく合わす)
「最上は我ら皇帝陛下を始めとする『支配者』だ。人間であり、最高位であり、勝者である!」
宰相がどんどんヒートアップしていく。
「あとの三つはなんでしょう?」
建造責任者は宰相に合せるように質問する。宰相の気分を害してはいけない。彼は皇帝の代行者であり、帝国の支配者なのだ。
「次はエルメス帝国の本国(初期領地)、初期メンバーだ。『征服者』と言ってもいい!」
「なるほど、我々は征服者ですか。はは」(つくり笑い)
「その次は、一気に落ちる。征服された者達、敗者だな。この者達には権利など一切無い!」
「はは、まったくもって宰相のおっしゃる通りです。それで最後は何でしょうか?」
少し棒読み口調だが、とにかく宰相に合せる建造責任者。
「最下級は人外、亜人と言われる蛮族どもだ。この者達は生きてる価値さえ無い!」
「そ、そうですか、北方の辺境の地でたまに見かけます」
「エルメス帝国も支配地が拡大したのはいいが、それに比例して、亜人地域も増えたのが厄介よ。今のところ、資材の提供、労役等で少しは役に立つようだから、生かしてやっているが、そうでなければ綺麗に駆除してるところよ。がはは」(ドヤ顔)
「……そ、そうですね。ははは」(ひきつり顔)
宰相カバールの人間至上主義、亜人への差別意識は筋金入りだ。『支配者』の弁のため、同調して聞くしかないが、何度も話すため、関係部署の者は耳タコ状態になっていた。
トップの考えは下の者へ波及する。特に上官の命令を絶対とする軍では猶更だ。これにより征服された地でも、人間と亜人の間で軋轢が生じていた。そのため諍いは各地であったが、大きな反乱組織がまとまることは無かった。
これはまるで、植民地政策の分断統治のようであった……
ちなみにエルメス帝国は陸地で連戦連勝により領土を拡大し、ついに大陸全土を制圧した。その機に大陸全土を「エルメス大陸」と名付け、しばらく領内の統治を優先していたが、いよいよ大陸外、海の西方に新たな支配地を求めて、再び動き出したのである。
※参考※
エルメス帝国の支配階層
一、「支配者」皇帝、宰相、もう一人の側近の計三人
※宰相の顔しか公になっていない。
二、「征服者」エルメス帝国の本国(初期領地)の初期メンバー(古参・重役)
三、「被征服者」征服された人間達
四、「亜人」征服された亜人達
エルメス帝国の統治状況
皇帝による絶対権力、皇帝代行者たる宰相が実務統括、もう一人の側近は詳細不明
この世界に元々存在しない武器により、兵力拡大。技術優位、武力優位主義
国内経済は征服地からの略奪(資金、資材、食糧、労役等)で成り立つ。
征服地での不満は大きいが、分断統治によりまとまらず、武力で撃破されている。
略奪経済のため、常に新たな支配地を求める。
分断統治のため、征服地の人間、亜人を蔑む考えを押し付けている。
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、評価、ブックマークをして頂けると大変有難いです。




