第394話 魔の海域2
ここはある海上、一隻の漁船が西に向かって航行している。
「親方~本当に西に進んで大丈夫なんですかぁ?あのあたりは化け物が出るって話ですぜ」
「はん!そんなのホラ話よ!あのあたりはな、俺の爺さんの代から知ってるが、化け物なんて出やしねえ。おおかた漁場を独り占めしたい奴らの作り話だ!」
「しかし、何人も見たって話しが……」
「しつこい奴だな! それがホラ話だと言ってんだよ!」
漁船はどんどん西に進み、そろそろ噂の魔の海域に近づいた頃……
「お、親方、何か変ですぜ……」
「ああ?どうした?」
「海ってこんなに黒かったでしたっけ?」
部下に言われ、男は甲板から近くの海面を覗く。
「な、なんだこりゃ! この船の真下に大きな影が見えるぞ!」
海中の影は巨大で、漁船よりはるかに大きかった。
「う、うわああああ! 何か下にいるぞ!」
すると海中から巨大な物体で出てきた。
ザッパアアア―――!
その反動で漁船が大きく揺れる。
「うわあああ!」
よろめいた船員が海上に見たものは――
「ぎゃあああ――! ば、化け物だあああ!」
「あ、あれはクラーケン(巨大なタコの魔獣)だああ!」
下から伸びた大きな触手が甲板に近づいてする。
「こ、このままだと船が引きずり込まれる! 引き返せええ!」
「うわああ! 早く逃げろ!」
漁船は来た方向へ一目散に逃げていくのであった。
◇ ◇ ◇
飛行船の船長室
「ふふふ、また漁船を一隻、追い返したぞ」
今回はクラーケン(巨大なタコの魔獣)が出現したように、船員達に【認識偽装】スキルをかけた。これまで【精神支配】スキルで記憶喪失させ、【転移】で戻していたが、こちらの方が勝手に戻っていくので、はるかに楽だ。それにエルメス帝国に潜伏させている内偵部隊の報告では、ここを魔の海域と言って恐れ、クラーケン(巨大なタコの魔獣)やシーサーペント(巨大な海蛇の魔獣)等の化け物が出現したとの噂まであるらしい。人の噂とは誇張されるものなんだな。
それなら、その噂を利用してやれということで、思いついたのが【認識偽装】だ。こんな使い方もあるんだな。やはりスキルは使い方次第だ。
あれはレネアと話していた時だったな……
~~回想中~~
魔法研究所でレネアと談話中
「父上、お忙しいのですか?」
「ああ、ちょっとな。エルメス帝国から、たまに漁船がこっち側に来るんだよ」
「漁船ですか?」
「そう、だから捕らえるわけにもいかなくて、追い返してるんだ」
「どうやって追い返してるのですか?」
「う~ん、スキルで記憶を失くさせ、向こうに移動させてるんだ」
「それだと手間ですね」
「監視はバハナ将軍達がずっとしてるから、呼ばれた時に行くだけんだが、確かに手間ではあるな」
「……確か、父上は召喚魔法が使えますよね」
「ああ、最近、ほとんど使ってないけどな」
「その海域に漁船が怖がるような魔物でも召喚して放ったらどうですか? きっと近づかなくなりますよ」
「なるほどな~、確かにそれも妙案だけど、実害が出るのはさすがに可哀そうだな」
「まあ、そうですけど、そのあたりは魔の海域と言って恐れられてるのですよね?それを無視して行く方が悪いような気もしますが」
「自分は冒険者をしていたから、多少分かるが、そういう危険な場所をあえて行きたいという者は一定数いるものなんだよ。まあ冒険心とか好奇心だな」
「まあ、私も未知のものへの関心はありますけど……」
「それと召喚魔法には重大な問題点があるんだよ」
「何でしょう?」
「それは呼ぶことはできても、返すことができないんだ」
「あっ!」
「だから、仮にクラーケンやシーサーペントを魔界から召喚しても、元に返すことができない。退治すればお終いだけど、魔物とは言え、勝手に呼んで、使役して用が済んで処分じゃ、流石に後味悪すぎだろう。一応、僕には【魔物使役】スキルもあるから、制御はできるだろうが、流石にクラーケンやシーサーペントをずっと飼うのは嫌だなぁ」
「そうですか、何か他に方法があればいいですけどね。もっと簡単な」
んん?待てよ、僕の場合、何も実物を使う必要ないんじゃないか?あのスキルを使えば……それにこのスキルなら噂による恐怖心も利用できる。
「父上、どうされましたか?」
「あ、大丈夫だ、君のお陰で良い案を思いついた」
海の魔獣と言えば、クラーケンやシーサーペントが有名だが、どんな姿をしているんだろう?
「レネア、海の魔獣の資料、できればイラスト付きを探しておいて欲しい」
「どんな魔獣がいいですか?」
「そうだな。クラーケンやシーサーペントあたりかな」
~~回想終了~~
【認識偽装】スキルを使うにはイメージを持たないといけない。それでレネアにクラーケンとシーサーペントの資料をイラスト付きで探してもらったんだけど、あれが役に立った。
クラーケンは巨大なタコの魔獣、シーサーペントは巨大な海蛇の魔獣、確かにこんなものがいきなり海から出てきたら、驚くよな。
「とにかくこれで、恐れをなして近づかなくなることを強く望むよ」
――――
――――――
~ブリント将軍視点~
<エルメス帝国・軍司令本部>
「ブリント将軍、例の海域で、また化け物を見たとの報告がありました」
「そうか、わかった」
最初は単なる噂話と思っていたが、こう目撃情報が続くとまったくのホラ話と断じることも難しくなってきた。まるで本当に見てきたような内容だしな。
「出現したのはクラーケンに、シーサーペントか……」
両方とも船乗り達が恐れる伝説的な海の魔獣だ。しかし、港町ではすでに噂レベルでなく、信憑性の高い話として定着しつつある。「西の向こうには行くな。行けば魔物に襲われ、命の保証が無い」この話が流布され、もうほとんどの漁船はあのあたりの海域には行かなくなってしまった。
「行くとすれば、余程、情報に疎いか、愚かか、命知らずということだろうな……」
しかし、この状況に少し笑みをうかべてしまう自分がいる。
「この状況は私にとって悪くないな……」
現在、皇帝陛下から西方調査の命令が出されているが、魔獣出現の話が大きくなればなるほど、それを理由に調査困難との名分が立ちやすくなる。
実際には、ずっと以前から調査困難な状況だったが、なぜ調査困難なのかの名分が無かったのだ。魔獣が本当に出現したか否かは定かではないが、これだけ大騒ぎになっているんだ。やがて皇帝陛下のお耳にも入ることだろう。
「今は下手に動かない方がいい」
港町では魔獣出現で慌てているが、心の奥で魔獣出現を好都合と思っていることは誰にも悟られないようにしなければいけない。
ふふ、魔獣出現に感謝だな。最初から西方侵攻に名分など無かったのだから……
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