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第393話 魔の海域

ここはエルメス帝国のある港町、停泊中の漁船で船員達が世間話をしている。


「おい、聞いたかよ?」

「んん、なんだ?」

「魔の海域の話さ……」

「魔の海域?」


「なんでも西側の海の向こうに行くと、何者かに襲われ、気が付いたら、船ごと別の海に移されるんだとよ」


「なんだそれ!怖えな!正体はつかめないのかよ?」


「ああ、不思議なことに、その間の記憶は一切無いらしい。何が起こったのかさえ、分からないそうだ」


「西の向こうと言えば、ダルト島があったよな?」

「あの島に向かった船はみんな帰ってこないらしい……」

「えっ、どういうことだよ?」


「噂では途中の海域で魔物が出現するらしい……」

「なっ! 魔物!? そいつは強いのか?」

「ああ、軍船が何隻もやられてるらしい」(小声)


「軍船って、最新兵器のか!?」

「しぃ――!あまり大きな声をだすな、軍人からの噂だ」

「でも、本当かよ」

「現に何人も帰ってないらしいぞ」


「それが本当なら、その海域はよほど強い魔物が出るんだな」


「最新の軍船を何隻も倒す魔物と言えば……」


「クラーケン(巨大なタコの魔獣)か??」


「いや、シーサーペント(巨大な海蛇の魔獣)かもしれんぞ」


「うわあ、そりゃ、大変な化け物だな」

「いずれにしても西のダルト島方面には行かない方が無難だな」

「ああ、それに限る」


 船員(漁師)達は仕事柄、情報交換を欠かさないが、最近の大きな話題は西方の『魔の海域』だ。実際に不可思議な体験をした者がいるのと、なぜか、以前はあったダルト島との交流がぱったり無くなったことが噂に尾ひれをつけさせる要因となった。


 しかし唯でさえ、大海の航海は不安を募らせるのに、そこへ魔の海域の噂が重なって、予想以上に話は大きくなっていった。




ある漁師の噂話


「西の海に化け物がいる! 行ったらみんな食われるぞ!」


「生きて帰ってこれないらしい」


「巨大な魔獣が西にいる!」


「軍船もやられたらしい」


「あの帝国も怖くて避けてるんだとよ」


「無敵の帝国も海の化け物にはかなわないか」



そして、この噂話がまわり巡って、ある軍人の耳にも入ったのである。


――――

――――――


~ブリント将軍視点~


<エルメス帝国・軍司令本部>


「おかしい……」


 もう何回も、軍人を漁船の船乗りに偽装させて調査に向かわせたが、まったく帰ってこない。これでは偽装させる前とまったく同じ状況だ。それで敵に偽装がバレて捕らえられたと判断し、今度は本当の漁船の船乗りに調査を依頼したんだが、今度は戻ってはくるものの、全員、途中から記憶を失っていると言う。しかも西に向かっていたはずなのに、気が付いたら、こちらの沖の近くに戻っていたらしい。当然、向こうの情報はまったく入手できていない。


「いや、入手できたな……。相手は私達の想像を超える存在だということだ」


 軍人は戻ってこないのに、漁船の船乗りは戻ってくる。これは何らかの意図があり、区分してるのだから、知能がある証拠だ。決して化け物の仕業ではない。本当に化け物なら、漁船の船員達は悲惨な目にあってるはずだ。


 しかも、船員達はこちらの大陸寄りの海域に船ごと戻されている。何というか、この点は人道的なものを感じる。だが、この間、全員の記憶が喪失してるのと、船をどうやって移動させたのかは説明がつかない。船員達の報告によると、短時間で長距離を移動してるようなのだ。


「敵は何か我々の知らない力を持っているのかもしれないな……」


 それと軍人達の行方が気になる。全員戻ってこないから、全員殺されたとの噂も流れているが、誰も確認したわけではない。ただ戻ってこれないところをみると、それだけの力があると言うことなのだろう。


 漁船の船乗り達の間で、魔の海域と言う噂が広がり、最近では調査協力にも応じてもらえなくなってしまった。


「完全に八方塞がりの状況だ。調査のしようがない。それに敵は想像を超える力を持っているようだし、西の大陸への侵攻は見送った方がいいだろうな……」


 しかし、この国は皇帝陛下が絶対の権限を有する。軍の司令官である私と言えど、駒の一つに過ぎない。そして、調査命令はまだ生きている。


「一体、どうしたものか……」


ブリント将軍は厳しい表情で頭を抱えるのであった。


――――

――――――


~アレス視点~


<エルメス帝国近くの海域>


 エルメス帝国の漁船の上にいる。船員達は【精神支配】で西側に来た記憶を消し、今は【スリープ】で眠っている。ちなみにスキルには条件設定が可能であり、【スリープ】は一時間後に切れるよう設定済みだ。


「よし、このあたりなら、気が付いて帰れるだろう。もうこっちへ来るなよ!」


「それでは帰ろう。【転移】!」


 漁船には眠った船員達だけが残った。起きても、その間の記憶はまったく無いだろう。こうしてまた例の噂が広がっていく。ふふふ。


――――

――――――


<王城・執務室>


ロルアス行政調査庁長官と話す。


「陛下、お疲れ様でした」

「うん、一仕事してきたよ」


「しかし、陛下はお優しいです。軍人と同様、漁船の船員もこちら側へ取り込んでしまわれても良かったのではないでしょうか?」


「う~ん、それも考えたけど、軍人は明らかに戦争目的で来てるから、それなりの対応をしてもいいだろうけど、漁船の船員は完全に民間人だからなぁ。民間人まで取り込んだら、人さらいと同じになってしまうと思ってな……」


「ですが、敵国の人間です」


「ああ、それなんだけど、僕の認識ではまだ本当に戦争してる感じじゃないんだよな」


「……確かに陛下のお陰で血も流さず、一方的なものとなってますからね」


「それで報告は来てるかな?」


「ああ、そうでした。エルメス帝国へ送った内偵部隊からの報告によりますと、漁師の間で、西方が『魔の海域』と恐れられているらしいです」


「ふふ、魔の海域か」


「はい、西に向かった軍船が戻らず、その漁船がなぜか本国付近の海に戻され、しかも、その間の記憶が喪失されてることにより、恐怖心を生んでるようです」


「情報封鎖したことにより、かえって不気味さを増幅させているというわけか?」


「そのようです」


「それで、どういう動きになってるんだ?」


「はい、西の魔の海域を恐れて、避ける漁船が増えています」


「おお、それは僥倖だな! 軍船はどうかな?」


「軍船も同様のようです」


「それなら猶更いい話だ。そう言えば最近、こちらへ来る頻度が随分減ってるな」


「確かにその通りですね。いい具合です」


「その噂がもっと大きくなれば、さらに来なくなるだろうな」


「陛下がそうおっしゃると思いまして、ご提案します。現地の内偵部隊に工作活動をさせるのはいかがでしょうか?西の海域に行けば化け物が出る等、さらに恐怖を煽るのです」


「うん、それはいいな。ぜひやってみてくれ」


「了解しました」


 向こうが怖がって、こちらに来なくなるなら、それが一番楽だ。


 しかし情報封鎖により、こちらの情報を与えないようにしてきたが、人は姿が見えないと、今度は見えない姿を勝手に想像するものなんだな。一体どんな想像をしているのか少し気になるところだが、こちらへの侵攻さえ諦めてくれれば、平和を維持できるから、しばらくこの方針でいこう。


とにかく侵攻の野望があるエルメス帝国は()()()()()()()。それが目下の願いだ。


そのためなら、魔の海域と言われようと気にしない。

むしろ、それを利用してやろう。実際の戦争(人殺し)よりはるかにいい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、評価、ブックマークをして頂けると大変有難いです。

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