第1917話 教育番組~結婚論9~
続きです。
僕はマイ図書館を通じて、日本の状況をつぶさに観察しているが、最近の外交シーンで不愉快な気分にさせられることがあった。それは日本の首相が訪米し、ホワイトハウスでアメリカの大統領と会談して最中、日本の記者の質問にアメリカの大統領が答える形で起きた。
日本の記者が「なぜイランを攻撃する際、日本に事前連絡しなかったのか?」と質問し、アメリカの大統領が「軍事機密だ。だまし討ちは有効だからな。日本ほどだまし討ちについて熟知している国があるだろうか」と真顔で答えたのだ。
それまで日米の会談は和やかなものだったが、場の空気を読まない記者の的外れな質問のせいで、一気に緊張が走ってしまった。大統領としては触れられたくない不快な質問だったのだろう。アメリカファーストが信条であり、日本よりアメリカの方が上だと態度に出してる人物だ。「アメリカがなんで日本に事前連絡しなければならない? ふざけたことを言うな」と思ったに違いない。その腹いせに、日本がもっとも不快になる答えをカウンターで返したのだろう。完全に売り言葉に買い言葉だ。きっと日本の記者はそれを狙ってやったのだろう。国益をまったく考えていない。
既に日米関係は好むと好まざるとに関わらず、強固で密接な同盟関係であり、この程度の言葉で揺らぐようなものでないことは分かっている。ポジティブに解釈すれば、それぐらいのことを言い合える関係になったとさえ言えるだろう。現に日本の外務大臣がそのようにフォローしていた。
だが、だが、である。これに日本が一切反論しなかったことで、「日本はだまし討ちをしたんだ」という事実に反する内容がさも事実であるように定着することは大問題であり、後からでも適切な方法で反論するべきだ。欧米では主張したことに対し反論しないと、その主張を認めたことになってしまうからね。
なので、とりあえず僕が代わりに反論しよう。
だまし討ちというのは、当事者もしくは関係者でない者に対し、何の前振りも予告もなく、突如、後から頭を叩くがごとく攻撃することだ。だが、日本の真珠湾攻撃はそうではなかった。討ってはいるが、騙してはいない。
当時の日米関係はアメリカの強硬姿勢により最悪な状態に陥っており、アメリカが付き付けたハルノートにより、決定的な亀裂が入り、交渉は断絶していた。あれは日本に対し隷属か戦争かを迫る内容であり、開戦の引き金となった。それに加え、アメリカは日本に対し禁油したからな。これで日本は完全に戦争やむなしになってしまった。
つまり先に喧嘩(実力行使)してきたのはアメリカだ。だが、当時、ハルノートや禁油の事実は余程都合が悪かったのだろう。ルーズベルトはハルノートの事実を議会にも国民にも知らせず、禁油は議会を通さず、大統領権限で断行した。禁油については戦争の引き金になる可能性が高く、政府内高官からも反対があったが、ルーズベルトが押し切ったのだ。
国民の前でルーズベルトは被害者ぶって「アメリカは日本と平和のために協議していたのに、日本がそれを受け入れず、一方的に攻撃(だまし討ち)してきた」と喧伝したが、嘘もいいところ。
一人の男の狂気と嘘と暴走により、起きなくていい戦争が起き、
死ななくていい人がたくさん死んでしまった。
当時、日本は朝鮮、台湾、満州、中国(一部)、仏領インドシナに領土ないし権益を持っていたが、ハルノートは朝鮮と台湾を除く、すべてを放棄しろ、という、とんでもない内容だった。当時、朝鮮と台湾は日本の一部だったので、そこは要求してこなかったが、正直、この二つは日本にとって財政負担が大きく、利権収入を見込めた満州、中国(一部)、仏領インドシナを手放すことは受け入れられるものではなかった。
だが、日本は戦争を回避するため、仏領インドシナについて(しなくていい)譲歩をして手放す判断を固め、本来なら、これでまとまるはずだった。だが、アメリカは日本の譲歩をあざ笑うかのように、突然ハードルを上げ、中国、満州まで手を引くよう要求してきたのだ。当時、ここには多くの日本人が住んでおり、現地に溶け込んでいた。その状況を一切考慮することなく、全部手放せと言ってきたのだ。こんな要求を飲める訳がない。
いみじくも東京裁判でパール判事が「アメリカが日本に要求したことは、最初の13州を除いて、全部放棄しろ、と言ったのと同じだ」と言ったが、まさにその通り。これは事実上の開戦(戦争行為)となるものだ。西部劇を観た人なら分かるだろうが、引き金を引くどころか、引き金に指をかけた時点、かけようとした時点、手を腰に下げた時点で戦闘行為とみなされる。アメリカが日本にしたのはまさにそういうこと。完全に拳銃の引き金を引き、日本に突き付けたのだ。というか、禁油を実行してるから、もう撃ってるよね。
ちなみに当時の満州国の面積は約110万〜130万平方キロメートル(現在の中国東北部+内モンゴルの一部)であり、当時の日本本土の約3倍に相当する広大な面積だ。それを日本が手塩にかけて開発してきた。日本人も155万〜200万人いた。それを手放せ? あり得ない。だが、ソ連のスパイが入り込み、こんなあり得ない内容になってしまった。
それに、アメリカ政府は日本の外交暗号の解読に成功しており、真珠湾が攻撃された前日の午後6時には軍事行動の予兆を確認済みだ。その間ルーズベルトは何をしたか? 何もしなかった。ハワイ艦隊の司令官に危険を知らせることすらしなかった。これは重大な背任行為であろう。戦争に飢えたルーズベルトは自国民の命より、開戦の大義名分を欲したのだ。
あと、歴史的事実を言うと、真珠湾攻撃の1時間前に日本軍はマレー半島に上陸し、英国軍との戦争を始めている、最初の軍事衝突をもって開戦を言うなら、マレー半島での戦いこそがそうであり、その時点で戦争が始まっているわけだから、だまし討ちでも何でもない。当時、アメリカはイギリスと事実上の同盟関係にあり、日本の攻撃を知り、かつ攻撃されても仕方ない立場(状況)にあった訳だから。
ルーズベルト政権は、ハルノートのような日本を挑発する過激文書を通告していただけでなく、それを議会や国民に隠していた。また日本の生命線である石油を一方的に輸出停止した。これは石油の全輸入量の7割だ。これを突然打ち切るということは、生命維持装置で生きてる患者から、その装置を外すこと。つまり、死ね、ということだ。だまし討ちというなら、これ以上のだまし討ちはない。また真珠湾攻撃の1時間前にマレー半島で戦いは始まっていた。そして何より、ルーズベルトは真珠湾攻撃があることを事前に知っていた……。
そう、ルーズベルトこそが戦争を起こした張本人だ。
僕は人の悪口を言わない主義だが、ルーズベルトに関してはあえて狂人と言わせてもらう。日系アメリカ人に対して行った病的な人種差別もそうだが、日本の主要都市への空爆の実施、原爆の開発など、民間人大量虐殺をためらいなく決定できる感性はとても正常なものとは思えない。
だが、この言葉は侮辱ではなく思いやりだ。まもとな判断でやったなら、とてつもないカルマを背負うことになるだろうが、狂っていたなら、少しは罪が軽くなるかもしれない。もしくは悪魔に取り憑かれていたとかね。それぐらいのことをしている。
件の日米首脳会談の場で日本側は大人の対応を発揮して、大統領のだまし討ち発言をスルーしたが、どこをどう言い繕っても、外交的非礼であり、侮辱であり、公開処刑だ。こういうことを平気でする大統領とはとてもじゃないが、信頼関係は構築できない。日本側は国家安寧のため(経済安保のため)でグッと腹に飲み込んだんだろうが、言われっぱなしではマズいので、争いを生むことなく、うまい形で反論してもらいたいものだ。まぁ今の大統領の時代は無理そうだが。典型的なパワー信仰だし。
それを裏付けるように、この大統領には三つの信条があるらしい。
これは実話を元にしたもので、映画にもなってるから信憑性が高い。
・攻撃、攻撃、攻撃
・非を絶対に認めるな
・勝利を主張し続けろ
まるで修羅界の体現を目的とするような呆れるばかりの内容だが、その言動から、さもありなんと思わざるを得ない。個人的には距離を置きたいタイプであり、おそらく多くの人もそう思っているだろうが、このような癖のある人物とも、感情を制御して良好な関係を保とうと努める日本政府には頭が下がる。確かに難しい人物だが、それでも、面と向かって話ができるだけ、まだマシだ。ルーズベルトに比べたら、1万倍いい。
ちなみに、アメリカの大統領が言った「だまし討ち」だが、英語では「サプライズ」と言っており、直接的な表現は避けている。ただ、その意味するところは明らかに「だまし討ち」「奇襲」であり、特にアメリカ人ならそう思うだろう。曖昧な表現のため、その場で日本人が反論しても、「そういう意味で言ったつもりはないが、日本人はそう思うのか」とやられかねず、後から振り返ると、反論しないのが正解ではあった。あの場ではね。力を前面に出す相手と同じ土俵で戦わない。
力が正義ではなく、正義が力だ。
これはあるアニメ作品の主題歌にある有名なフレーズだが、この言葉の意味するところは力より正義を優先すべきということであり、その点はおおむね共感する。が、後半の「正義が力だ」が引っかかる。正義には力が伴うべき、というメッセージだろうが、その力が正義となりかねない危うさがある。正義を実現するために力を持ったとしても、いつしか、その力そのものが正義とイコールになりかねない。自分を守るための力は他人を攻撃するための力に転換可能だ。前者は許容すべきだが、後者は許容すべきでない。
力が無くても正義が実現できればいいが、悲しいかな。現実の世界はそうなっていない。「力なき正義は無力」という言葉が虚しく木霊する。だが、こんな世の中だと諦めたら、それで終わり。力が無くても正義が実現できる世の中になるよう、皆が意識し、行動することが大切だ。
本来は国や組織のリーダーが、それを皆に説くべきだが、皮肉にも彼らの大半が力によって、その地位を得たので、力が無くても正義が実現できる世の中を本気で目指すことはしないだろう。この力は直接的な腕力や武力に限らない。他者を圧迫し、他者を言いなりにさせる力であり、交渉力や財力や権力なども含む。
かつて、とある左派政党が平和憲法を根拠に自衛隊の存在を疑問視したことがあったが、「自衛隊をなくして、どうやって国を守るのか?」との問いに「自主的自警組織をつくる」と答えたのには呆れたものだ。そうじゃないだろと。小手先の言葉遊びをしても世の中は一ミリも変わらない。僕も平和を強く望むが、現実を変えるには人類が抱える根本的な課題に取り組むしかない。
それはいつも言ってることだが、精神性を上げることだ。これにより、力が有るの無いの、強いの弱いの、切った張った、勝った負けた、が馬鹿らしいことだと気付くようになる。こう言っては何だが、この程度のことに気付かない人が指導者層にたくさんいるから、なかなか世の中が進歩しない。技術の進歩と精神性の進歩はまったく別の話だ。もっと後者に注力しないと。
「おじい様、僕もいいですか?」
今度はレクサーか。目の前に意識を集中しよう。結婚についてだったな。
「もちろん」
「お付き合いしてる最中は、相手に合わせますよね。それで、普段の自分より、
少し良い人のように振舞っているんですが、それはよろしいのでしょうか?」
良い人のふりか……。
「それは礼儀正しく振舞っているということかな?」
「そうです。言葉使いなども丁寧に」
「もちろん、いいし、そうあるべきだ」
「でも、よく考えたら、普段の自分より、相手に対し良く
見せていると思います」
「……つもり、どういうことかな?」
「お見合い中はそれでいいんでしょうが、これを今後も続けていくべき
なんでしょうか?」
「自分をよく見せるため、普段より礼儀正しくしてるが、
それをずっと続けていくべきかどうか、ということだね?」
「そうです。先ほど、おじい様は、親しき中にも礼儀あり、とおっしゃいました。
でも、それをずっと続けるのも大変だと思いまして……」
なるほど、ふむ……。
「先ず整理しよう。礼儀正しくするのは善いこと。これは結婚相手に限らず誰に対してもだ。その上で相手に気遣い、優しく接するわけだが、これは無理のない範囲に留めるべきだ。良いことをして良い人に見せようとするのはいいが、度を越えると大変だし長く続かないだろう。もし今、相手に対する接し方に負担を感じ長続きしないと思ったら、修正した方がいいかもしれない。良い人を続けるのは中々大変だからな」
良い人であろうとするのはいい。しかし、途中で「や~めた」となれば、相手が
困惑してしまう。悪気がなくてもあり得ることだが、それは極力避けるべきだ。
「だが一方、良い人でいることが大変だから、それを一切合切放棄するのもまたよろしくない。結婚には修行の意味があるから、これを契機に自分を変えていく必要がある。どの道、そのままですっといたいということはできないから、大変は大変なんだ」
パネルを提示する。
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結婚は変化を伴うもの
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「結婚前後で人は大きく変わる。変わらないとしたら、その方がおかしい。
その後の、出産、育児などの経験もそう。結婚生活を通じ、人はどんどん
変わっていく」
結婚で運命が変わるのではなく、結婚生活で運命が変わる。
さて、二人に少し釘を刺しておこう。
「二人とも若い王太子で、求婚が多いだろうが、お見合いするなら、相手と真摯
に向き合い、決して見下さないように。自分は選ぶ側で偉いと思わないように」
ここで二人に視線を合わせる。
「これはお見合い相手や結婚相手に限らず、対人関係の基本だ。立場や肩書の上下はあっても、人の上下はない。その点を肝に銘じるように。人を見下す気持ちがあると、すべての人間関係に悪影響を与える」
パネルを提示する。
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人を見下せば、見下される
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「そして嫌われ、距離を置かれ、信用されなくなり、言うことを聞いてもらえなくなり、さらに意固地になって人を見下すようになるだろう。これでは悪循環だ。そうならないために繰り返すが、人を見下さないように。隠していても、これは言葉の端々や態度に出るから、すぐ相手に伝わってしまう。よく注意するようにな」
二人がいい感じで頷く。それならもう少し。
「君たちの場合、幸か不幸か、王太子という立場のため、人を見下す気持ちがあっても、それを承知で結婚を受けてくれる人はいるだろう。但し損得勘定含みでね。短期的に見れば、改善する必要がないので楽に見えるかもしれないが、人を見下す気持ちが助長され、長期的に見れば、君たちのためにならない。なので、正常な感覚を持ち、見下されることを嫌がる人を選ぶべきだ。割れ鍋に綴じ蓋で、見下したい人と見下されても平気な人が一緒になるケースがあるが、これだと後者は修行になるが、前者は修行にならない。最初に言った通り、結婚とは二人の修行だ。そのままの自分を受け入れてくれる相手は楽だが、そうではなく、より良い方向に努力する自分を受け入れてくれる相手を選ぶ方がいい。怠けても『いいよ』ではなく、『直そう』と改善を求めてくる相手がいい」
パネルを提示する。
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お互いを磨き上げ、高め合える関係
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「人はややもすると、凄い、流石、素晴らしい、と誉めてくれる人を選ぶ傾向があるが、それだけではダメ、直すべき点があれば、しっかり指摘してくれる人の方がいい」
僕らは水瓶の中のジャガイモ。互いにぶつかり合いながら泥を落としていく。夫婦もいい意味で互いにぶつかり合い、泥を落とし合える関係が望ましい。泥があってもぶつからず、「そのままでいい」と言うのではよろしくない。
心魂磨きは一人より二人の方が効率的にできる。あと、これだな。
パネルを提示する。
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他人に優しく、自分に厳しく
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「これを意識すると、大体うまくいく」
レクサーが口を開く。
「人を見下さない、人に優しく、というのは、よく分かりました。
これは部下たちについてもでしょうか?」
「うん、その通り。誰に対してもだ。部下も含む。但し、謁見や命令する際など状況に応じ、形の上で上下を示す場面というのはある。だが、それは必要があってそうしてる訳で、その場合であっても、心の中で見下すことをしてはいけない」
「ということは、命令しても、見下さないと?」
「そう。命令時、見下しやすくなるが、そこで見下さないことが修行となる」
パネルを提示する。
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見下しやすい状況で、見下さない。
悪想念を出しやすい状況で、悪想念を出さない
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「日頃、見下さない人であっても、そうしやすい状況だと見下してしまう
ことがある。だが、それではダメ。そこで見下さないようにならないとね」
性格が温和で、人に命令するのが嫌なので、そういう立場を避けるケースがあったりするが、それだと、その温和が本当のものなのか、はっきりしない。それがしやすい状況だから、そのように振舞えているだけなのかもしれない。
件の大統領は自国が他国より有利な条件すなわちカードも持っているから、それで圧迫的にディール(取引・交渉)を仕掛けているが、「なんだろな……」としか思えない。そんなことを続けたら、世界中から信用を失うだろうに。どの国だって他国に対しカードを持っているが、極力、切らないよう努めている。それを切って目先の利益を得ても、将来、失うものが大きいことを知っているからね。
もし、人の目が「自分が働かないと真っ暗になり動けなくなるぞ」と言い、胃が「自分働かないと栄養が摂れなくなるぞ」と言い、心臓が「自分が動かないと、みんな死ぬぞ」と言い、各器官がディールしだしたら、どうなるだろうか? もちろん神様が設計し人体はそんな愚かなことはせず、それどころか文句ひとつ言わず黙々と働いているが、この愚かなことを人(表層的意識)がする。
ディールというが、その中身は他者への攻撃だ。攻撃すれば、いずれ自分が攻撃されることになる。いつまでも自分が攻撃する側にいると思わない方がいい。他人にしたことは自分に返ってくる。後で「知らなかった」と言っても、もう遅い。
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