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第1849話 ギルフォード財団24~感謝と謝罪4~

 続きです。

「それでは質問会に移りましょう」


 僕が説明を終えたのを見計らい、事務局長のガルシアが会場に声をかける。講義とその後の質問はセットなので、これはいつものこと。質問にはサクラや仕込みは一切入れてないので、どんな質問が来ても、ぶっつけ本番だ。だが、これがいい。ぶっつけ本番だからこそ、虚飾のない本音のコミュニケーションが取れる。


 さて、今回はどんな質問が来るのかな。


「それでは、最初の方、どうぞ」


 人が多いので、あらかじめ事務局で質問者を決め、順番に質問する方式か。

 ガルシアに促され、最初の質問者が席を立ち、口を開く。


「目に見えるところだけでなく、目に見えないところにも、感謝と謝罪をすべき、ということでしたが、目に見えないところというのが解かりづらいです。どうやってやるのでしょうか?」


 ふふ、想定内の質問だ。質問はぶっつけ本番だが、常に相手の立場を考えて行動してるので、相手がどういう質問をするのかもだいたい想像がつく。自問自答もしてるしね。


「答えは想像、イメージだが、何も特別なことではない。実は皆も普通にやっていることだ。例えば、飲食店に行って美味しい料理が提供されたら、目の前に料理人がいなくても、料理人へ自然と感謝の思いが生じないか? 朝起きて家の前の道が綺麗に掃除されていたら、誰がやったか分からなくても、感謝の思いが生じないか? 逆に家の前がゴミで汚されていたら、誰がやったか分からなくても、反感を持つよね? こういうことは日常でよくあることだが、たとえ相手が分からなくても、思いを発すれば、それは相手に届く」


「相手が分からなくても相手に思いが届くのですか?」


「届く。現世感覚では解かりづらいだろうが、想像やイメージは見えない世界と

 つながっているからね。見えない世界からは見えない相手が見えているんだ」


「えっ? どういうことでしょうか?」


 ちょっと分かりづらかったか。それならもっと細かく――


「今、自分だと思っている意識を自意識、顕在意識と呼ぶが、それとは別に、自分で認識できない自分、すなわち無意識、潜在意識、魂意識というものがある。これは見えない世界とつながっていて、そこからだと現世の事象が表も裏も丸見えなんだ。自意識、顕在意識で解らなくても、無意識、潜在意識、魂意識なら解かる」


 パネルを提示する。


□------------------------------


 自分で自分だと認識できる意識  自意識、顕在意識

 自分で自分だと認識できない意識 無意識、潜在意識、魂意識


□------------------------------


「はぁ、そうなんですか……?」


 ピンと来てないな。もう少し説明しよう。


「無意識・潜在意識・魂意識は自意識・顕在意識より、キャパシティーがはるかに大きい。自意識・顕在意識は今世の目に見える範囲のことしか解からないが、潜在意識・魂意識は過去世のことや目に見えない範囲のことも解かる。例えば今世、目の前の人と接しても、自意識だけでは目の前の人の気持ちは解からない。だが魂意識を通じて、ぼんやりと知ることができるんだ」


 日本では「虫の知らせ」という言葉があったが、あれもそうなんだよな。目に見えない世界で僕らは繋がっている。ここは霊性研究所でなく、ギルフォード財団だが、霊性研究所以外でも僕の本は広く読まれているから霊的な話をさせてもらった。財団のボランティアには霊性研究所の会員もかなり参加してるしね。


「なるほど……そうですか……」


 まだ完全に解かってなさそうだが、ここから先は自分で研鑽してもらおう。時間があれば徹底的に教え込むことが可能だが、会場の時間は限られている。それに自分で考えることは必要だからな。


 次の質問者が口を開く。


「謝罪と感謝が不足してるから、した方がいいとのことでしたが、

 はっきり解かるケースはいいとして、微妙な場合、どうなんでしょうか?」


「微妙な場合? 例えば?」


「例えば、まったく悪くないのに謝罪を求めてくる場合です。

 それでも謝罪する必要はあるのでしょうか?」


 これは何気にいい質問だ。


「明らかに落ち度がないのに、悪者扱いされて謝罪を求められる場合だね?」

「そうです」


「それなら謝罪する必要はない。感謝も謝罪も、すべき時にする

 ものであって、すべきでない時にするものでないからね」


「それなら安心しました。ただ、気になるのは、向こうがこちらの説明に納得せず、ずっと謝罪を要求する場合です。こちらが謝罪しないと、こちらを反感や憎しみを持つことがあると思いますが、それは大丈夫なのでしょうか? 業を積みませんか?」


「業を積むのは悪いことをした場合であって、そうでなければ業を積まない」

「相手がこちらに悪想念を抱いてもですか?」


「悪想念は抱かれた側ではなく、抱いた側に業を発生させる。何もしてないAをBが憎めば、憎んだBが業を積むことになる。但し、気を付けないといけないのは、AがBの悪想念に同調し、『自分が悪いことをした』という自虐、自責の念を持てば、その分、悪影響を受け、業を積む可能性がある」


「えっ悪いことをしていなくてもですか?」


「悪いことをしてなくても、悪いことをしたと思って自分を責めれば業を積む。

 実際に行動したわけでないから、小さな業になるけどね」


「それは怖いですね……」

「そう、怖い。業は行動せず、言葉だけでも、思いだけでも発生するからね」


 この法則があるから、悪いことをしたのに気にせず過ごしている人より、悪いことをしていないのに、気に病んで過ごす人の方が業を積むという理不尽なことが起こる。善人と言われる人が不幸になるパターンはこれがあるからだ。ある種の善人は「自分が悪い」と自分を責め、業を積むが、こんな馬鹿げたことはない。他責はもちろん善くないが、何が起きても自分のせいにしようとする自責も善くない。


 パネルを提示する。


□------------------


 悪いことを思わない 善いことを思う

 悪いことを言わない 善いことを言う

 悪いことをしない  善いことをする


□------------------

 

 これは身口意の三業と言われるもので、道徳向上政策の基本であり、ずっと僕がいい続けてきたことだが、元ネタは前世の仏教だ。僕は別に仏教徒というわけではないが、善いものは宗派や教義に関係なく取り入れる。


「だから、これを徹底しよう。『自分は悪い人間だ』と思えば、それは自虐、自責の悪想念となり、悪い影響を及ぼす。反省と謝罪はいいが、自虐と自責は良くない。似てるようで違う。前者は自分の非を認めてプラスに転換させるが、後者は非をこねくり回してマイナスを大きくする」


 パネルを提示する。


□---------------


 反省、謝罪    → 善想念

 後悔、自虐、自責 → 悪想念


□---------------


「この差をよく認識するといい。似てるけど違う」


 反省と謝罪は本来善いものだが、後悔、自虐、自責とごっちゃにし、

 悪いものであるかのように勘違いしがち。


 それにしても三業は真理だよな。

 真理だからこそ何千年経っても変わらず、今の世に受け継がれている。


 三業は仏教の教えだが、お釈迦様が考えたものかと言えば実は違う。既存宗教のヒンズー教から取り入れた。じゃあヒンズー教の生まれか? と言えばそれも違う。三業は世界最古の宗教と言われるゾロアスター教の生まれだ。


 ゾロアスター教は、紀元前7世紀頃、古代ペルシア(イラン)で預言者ゾロアスターが開いたとされる現存する世界最古の啓示宗教の一つだ。最高神アフラ・マズダを崇拝し、善悪二元論、天国と地獄、最後の審判といった概念は、後のキリスト教やイスラム教など一神教に大きな影響を与えた。


※補足※

ゾロアスター教の成立時期については諸説あり。紀元前1200~1000年頃とも、紀元前7~6世紀とも言われています。有力なのは紀元前7世紀説。紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシア成立時、既に王家と王国の中枢をなすペルシア人のほとんどが信奉する宗教であったとされています。3世紀にはササン朝の国教となり、聖典『アヴェスター』が編纂されました。その後、イスラム教の波に飲まれて衰退しましたが、現在も西アジアを中心に細々と続いています。


 三業などの概念はヒンズー教や仏教に影響を与えたわけだから、ゾロアスター教は現存する世界の三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)の源流の教えとも呼べる。イエス・キリストもマホメットもゴータマ・シッダールタもゼロから宗教を作ったわけではなく、進取の革新性を持ちながらも、既存の宗教をベースに善いものは吸収した。


 人類が地球に現れてから、世界には幾多の宗教が興亡してきたが、それらのうち、ある教祖(開祖)が神的な啓示を受けて創始した宗教を「創唱宗教」と呼ぶ。キリスト教、イスラム教、仏教などはそうだが、そういう意味ではゾロアスター教が世界最古の創唱宗教であり、予言者ゾロアスターが世界最古の開祖と言っていいかもしれない。一人の人物の教えが世界三大宗教の礎を築いたのだ。今でこそ、善悪の概念は当たり前のようになっているが、これを一番最初に明確に打ち出した功績はあまりにも大きい。


「悪いことをしてないのに悪いことをしたと思い、自分を責めるのは善くない。

 かと言って、過剰反応し、謝罪をまったくしなくなるのはもっと善くない」


「どうしたら宜しいのでしょうか?」

「簡単だ。こうすればいい」


 パネルを提示する。


□--------------------


 悪いことをした    → 謝る

 悪いことをしていない → 謝る必要はない


□--------------------


 シンプル・イズ・ベスト。


「ただ現実では、悪いことをしたのに謝らなかったり、悪いことをしていないのに謝ったりがままある。でも、これは霊的に正しいことではないから極力避けるべきだ。悪いことをしたのに謝らなければ業を積み、悪いことをしていないのに謝れば、自虐・自責で業を積む」


「自虐・自責で業を積む、というがよく分かりません」

「自虐・自責は自分を攻撃し、相手の他責を助長することになるからね」


 他人を攻撃するのも自分を攻撃するのも同じこと。


「相手の他責の助長ですか?」


「そう。自分が悪くないのに、大人の対応とやらで謝るのは善くないということだ。善いものは善い。悪いものは悪い。そこに尽きる。相手が悪いのに自分が悪いとしたら、相手の悪を助長することになる。それはまったく善いことではない」


 とりあえず謝っておけばうまくいく。という大人の対応が、現世で蔓延(はびこ)っているが、相手の悪を是認することに他ならないからやめた方がいい。権力者が白いものを黒と言えば、それに合わせて黒と言う方が得をするという処世術があるが、嘘吐きに合わせて嘘吐きになってどうする。悪人に合わせて悪人になるのか。


 現世利益に気を取られ、業を積む生き方をするべからず。

 損をしてでも徳を取ろう。多少、損をしたってどうということはない。

 最後は全部置いていくんだから。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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