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第1839話 選挙2

 関連回

 第1654話 ウルトラC

 第1655話 選挙

 第1656話 全司教会議2

「リビオは可愛いですね」

「ええ、ほんとに可愛いですね。母上」


 ミアとその娘メルーシャが、

 アネットの抱く赤ん坊を間近で眺めながら、にこやかに言う。

 

 ここはギース領内にある教会(支部)の付属宿舎。

 普段、カルエス・アネット夫妻が過ごすプライベートな空間。


 二人の息子リビオ(零才)を愛でるために、

 僕・ミア・メルーシャが訪れているところだ。

 

 カルエスは僕とミアの息子、メルーシャの弟であり、

 その息子リビオは僕のミアの孫、メルーシャの甥になる


 教会は結婚・出産を禁止してるわけではないが、出家信徒は独身が多い。そのため双方出家信徒であるカルエスとアネットの結婚と出産は教会内で目立つ出来事となったが、この件について結婚推奨派の僕の意向を通させてもらった。


 色欲は七つの大罪のひとつであり、確かに善くない。だが、結婚と出産に関する色欲については許容すべきというのが僕の考えだ。たとえ出家信徒であってもね。それを悪いこととして捉えたら、僕らはみんな悪いことをして産まれたことになってしまう。それは自虐的過ぎるだろう。自己存在の否定につながりかねない。


 但し、教会側の意向を受け、結婚と出産以外の色欲は禁止とした。ありていに言えば、配偶者以外に色欲を持つべからず、ということだ。浮気・不倫をしてはならない。これは出家信徒だけではなく在家信徒にも適用される。というか、世間一般でもそうだよね。浮気と不倫はダメ、これは世の常識だ。


 前世の国会議員には、浮気・不倫したのに、そのまま議員を続ける太々(ふてぶて)しい者がいたが、本当にあれはよろしくなかった。議員以前に人として失格であろう。色欲をコントロールできない者に人々を導く資格はない。


 ミア、メルーシャ、アネットら女性陣がリビオを囲んで楽しげに談笑し、それを僕とカルエスが眺めている構図だが、リビオを中心にほわんとした緩やかな空気が流れ、実にいいものだ。ここが教会施設というのもあるだろうが来て良かった。


 ただ、折角来たわけだから、この間を利用してカルエスと少しばかり真面目な話をしよう。カルエスは教会の選挙により司教となっているが、先ずは、そのあたりの心境を訊くかな。


「どうだ、カルエス、司教になって何か変わったことはあるか?」

「変わったことですか、そうですね、皆さんが僕を見る目が変わりました」

「司祭と司教じゃ、責任の重さが全然違うからな」


 司祭は一教会支部の代表で、司教は国全体の教会支部の代表、

 組織上は一階級の差だが、実際はそれ以上に大きな差がある。


 前世のローマ教皇は、コンクラーベ(教皇選挙)により、投票権を持つ80才未満の枢機卿(100人以上)が投票し、その中から選ばれた一人だ。パビリオン(教皇候補)と呼ばれる有力候補の中から選ぶわけだが、これを少し参考にして、この世界の教会に採り入れた経緯がある。


 但し、ローマ教皇の選挙は、権威主義や政治的駆け引きのような、好ましからざる要素も散見されたので、それを徹底的に排除して導入した。誰かに強制されることなく公明正大な選挙の下、各人がもっとも相応しい人物を選ぶことができる。


 前回、カルエスは選挙で選ばれて、

 司教になった訳だが、この件で少し話をしよう。


「君は前回、選挙で選ばれて司教になったわけだが、大切なことを言っておく。それは自分を選んでくれた人だけでなく、自分を選ばなかった人も大切にすることだ。前回、君を選ばなかった人はいなかったが、将来、また選挙をすることがあるだろうから、よく覚えておくといい」


「……それは、選んだ人だけでなく、選ばなかった人の意見も聞く、

 ということですか?」


「そういうこと。選挙の結果、全体の代表になるわけだからね。

 その全体には、当然、選ばなかった人も含まれる」


「なるほど……言われてみれば確かにそうですね」


 前世の国会や地方の議員は当選後、自分を応援してくれた人や組織の意見だけを聞く傾向が強かった。ある種、同じ釜の飯を食った仲間であり、感情的に分からないでもないが、実はこれが民主主義を形骸化させる一因となっている。


 もし一部の人や組織の意見ばかりを重用するなら、少数の有力者、富裕層、官僚、または特定のグループが支配権を握り、実質的な決定を行う政治体制である寡頭制に寄ってしまうだろう。民主主義で言うとこの民は民全体を指し、一部の民であってはならない。


 よって、自分を応援してくれた人だけでなく、自分を応援しなかった人、自分に票を入れなかった人、投票に行かなかった人、投票権のない人、さらには、自分に反対したり、自分に反感を抱く人のためにも働かなければならない。


 これは少し考えれば分かる話だが、残念ながら日本の政治は一部優先主義に陥り、組織票の力が強くなっている。組織も民の一員であり、自らの信条に従って特定の候補を応援するのはいい。だから、その存在と行動は否定しない。だが当選後、議員に応援の見返りを求め、議員がそれに応じるのはマズい。それだと収賄・贈賄と構造上同じになってしまう。


 議員が組織から献金をもらい、議員がその見返りに組織にとって有利な政策をすれば、全体の政策を歪めることになる。民全体のためではなく、一部の民のためだけに働くのであれば、それはもう正しい民主主義とは言えない。


 よく「〇〇を守るため」と公約に掲げる議員がいるが、〇〇を守るのは良いとして、〇〇以外も守らなければ民主主義が正常に機能しなくなる。一部の団体の利権を守るためだけに議員活動する人は、自分の行為が民主主義の制度を歪めていることを認識した方がいい。


 ワンイシュー(ひとつの公約)もそう。それしかしないということは反射的に他は何もしないということになる。そんな馬鹿な話はないし、実際問題あり得ない。政治とは、そんな単純なものではなく、様々な要素と関連し複雑に絡み合う。経済、外交、防衛、社会保障、教育、暮らしなど主要テーマについて何をするか明確にするべきだ。


 一部の人のためだけに、一部のことしかしない、じゃねぇ……。

 そういう人は議員より活動家の方が向いている。


 活動家は一点突破を狙って一直線に突き進み、支援者受けすることを言って敵対勢力を攻撃すればいいが、議員はそうはいかない。多方面、多角的に展開し、支援者以外の人とも折り合いをつけ、時として敵対勢力とも手を組む度量が必要だ。


 しばしば活動家あがりが議員になることがあるが、たいてい中身は活動家のまま。こういう存在は対立を煽り、議会を混乱させることが多い。議員になったのなら議員の本分に従って行動しないと。


 そうそう、これも言っておくか。


「カルエス、お前のことだから、管轄区域の司祭と仲良くやってる

 だろうが、それに加え、各国の司教とも仲良くしておくようにな」


 将来、カルエスにはマザーの跡を継いで大司教、さらにミアの跡を継いで法王になってもらいたいからな。現在、大司教は一人しかいないから、大司教になりさえすれば、法王兼任の道が開かれる。


 選挙により、司祭が司教を決め、司教が大司教を決め、大司教が法王を決めることになっている。改革前は選挙がなく、上位の一存(指名)で下位を決めていたが、改革後は選挙により下位が上位を決めることになった。制度を設けた自分で言うのも何だが、極めて民主的だ。ふふ。



~カルエス視点~


「……はい、わかりました。父上」


 各国の司教とも仲良く、ですか……。


 今日はリビオを見に、父上、母上、姉上が来てくれていますが、父上が来ると聞いて、「何か言ってくるかも」と思っていたら案の定でした。前回の選挙の時から、はっきり感じるようになりましたが、明らかに僕を教会の後継者に考えているようです。それ以前からも薄々そんな気はしていましたが、あれが決定的な出来事でした。普通なら司教になれないのに、わざわざギースを国扱いにして、そこから司教を選ぶよう動かれましたからね。


 そして今日、僕のそんな気持ちを見透かしてか、「将来、また選挙をすることがあるだろうから」「各国の司教とも仲良くしておくように」と言われました。こういう誘導やプレッシャーのかけ方は昔から変わらず上手いですね。僕も採り入れさせてもらっています。父上よりはやんわりとですけど。


「仕事に満足しているか」

「もちろんです。父上」

「そうか……それはいいことだ」


 父上が笑みを浮かべる。自然な感じでいいですね。

 外見は若いですが、表情は若者のそれとは明らかに違います。


 父上は元々、笑顔をよくされるお方ですが、お年を()されてから、さらに笑顔が増えました。僕も見習っているところですが、気を抜くと、できてない時があり、意外に難しいと思う今日この頃です。一口に笑顔と言っても、いい笑顔をするのは多少の修練がいります。


 せっかく笑顔を作っても、バカにしたり、見下してる印象を与えたり、笑い者にしてる印象を与えたり、不自然で場違いな印象を与えたら、逆効果になりますからね。そうならないためには相手を思う気持ちが必要なのでしょう。父上はそれがおできになっているから、いい笑顔になっている。


 昔から父上と母上は僕ら子供たちの成長を喜んでいましたが、それは僕らが成人してからもまったく変わりません。世間一般の親は子供が成人して独り立ちすれば、お役御免とばかりに、子供の成長に関心がなくなるものですが、父上と母上はそうではありません。いい意味で、いつまでも僕らを子供扱いし、成長を見守ってくれています。


 これは、普通の親は肉体が成人になれば、そこで子供の成長は終わったと考えるのに対し、父上と母上は成人後もずっと精神的に成長し続けると考えているからでしょう。実際、その感はあります。肉体の成長は既に止まっていますが、精神の成長は今なお続いています。


 これが当たり前のようにできるのは父上と母上のお陰。僕らが精神的に成長し、二人と並んだら、そこで終わるのかもしれませんが、僕らが成長する以上に二人が成長されているので、ずっと追いかける感じです。大人になっても目標であり続けてくれる両親は凄い存在で、敬意と感謝しかありません。自分も子供に対し、そういう親でありたいものです。

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