第二章 囚われの記憶 ーこれからー
早紀の長いブロンドの髪が結衣の頬を撫でる。
涙が結衣の頬に落ちた。
ああ、懐かしい早紀の香りだ。
甘くて、春の桜を思い出させる香りだと結衣は思った。
結衣はそっと、優しく、崩れ落ちてきた早紀を胸の中へ誘った。
ぎゅっと、強く、優しく、抱きしめた。
会わなかった長い時間を埋めるように、二人はお互いの生活について会話を始めた。
「お母さんは元気なの? 仕事とか……してるの?」
「仕事はしてないよ。お父さんから毎月十分なほど慰謝料貰ってるみたいだから」
「お父さん、お金だけはあるもんね」
くすくすくすと、二人は本物の笑顔で笑った。
「お母さん、今は、いろんな男のひとと遊んでるよ。夫から解放されて女としての喜びに目覚めたって言ってたよ。お父さんは元気なの?」
「元気……だよ。幸子さんとは上手くいってるし、お母さんといるときより格段に幸せそうだよ」
「それはお母さんも一緒だよ」
「やっぱりね」
「離婚したのは正解だったかもね」
「確かに」
学校のこと、家でのこと、お互いに知りたいことは山ほどあった。
ゆっくり時間をかけて知っていけば良い。
だって、もう私たちは一人じゃない。
二人は、お互いの心が透けて見えるような気がしていた。
「あのね。私、キャプテンになったんだよ」
そう言って少し胸を張る早紀が愛らしくて、結衣は目を細めた。
「そうなんだ。すごいじゃん。でも、早紀ちゃんなら当然かな」
結衣も誇らしくなって早紀を見ると、早紀はさきほどの自信が嘘のように萎んでいた。
「どう……したの?」
「あのね。私、ほんとはキャプテンなんて向いてないんだ」
その声はどこか湿気を帯びている。
「どうして?」
結衣は優しく聞き返すと、早紀の声から嗚咽が漏れ始めた。
「だって、私、お姉ちゃんみたいに強くない。足も速くないし、みんなを、まとめあげるなんて無理だよ」
結衣はそっと、早紀の肩に手を回す。
「そんなことないと、私は思うな?」
「え?」
驚いて顔を上げる早紀に、結衣は自分の顔を近づける。
さらさらと二人の髪が絡み合う。
「私は、早紀のことを信じてるよ。早紀はきっと、自分が思ってるほど弱い人間じゃない。みんなはそれをわかってるから、早紀を慕ってくれてるんだよ」
「そう……なのかな?」
早紀の目に光が取り戻されていくのを結衣は静かに見守った。
「そうだよ。自分を一番わかってないのは実は自分自身でした。なんてオチ、よくあるじゃん」
「でも、でも私……」
それでも不安を隠しきれない早紀の肩を、結衣は強く引き寄せた。
「じゃあさ、明日から練習しよっか。私と、朝練!」
「え?」
突然の提案に、早紀は目を丸くした。
「だってお姉ちゃん、自分の部活の朝練あるでしょ? 私も自分の朝練あるし」
「あー、そっか。じゃあ、こうしよう。朝練が始まる前の朝練と、放課後の部活が終わった後も練習する。ね? 決まり」
「えー。そんなことしたら、死んじゃうよ」
満面の笑顔を見せられて、早紀は照れ隠しにそう言ったが、内心、これからは毎日結衣といることができると、幸せな気持ちでいっぱいだった。
「これから毎日、早紀ちゃんと一緒だね」
結衣も早紀と同じ気持ちのようで、二人は静かに笑い合った。




