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第二章 囚われの記憶 ーだっこー

 午後の練習を終えた頃には既に日が傾いていた。


 いつものように柚木と最後まで残り、校門の前で別れた。


 結衣はいつもの場所で待っていた。


 現実から逃げるな。


 柚木の言葉が、早紀の中で反響していた。


 そのまま帰ってしまおうかと思う臆病な自分を押し殺して、早紀は結衣のもとへ歩いていった。


 三年間、怖くて確かめられなかった真実を知りたかった。


 知らないと、次に進めない気がした。


「お姉ちゃん……」


 結衣に近づき、話しかけると、結衣は明らかに動揺したように少しよろめいた。


「久しぶり……だね早紀」


 結衣は帽子をとり、控え気味にそう言った。


「お姉ちゃん、何してるの?」


 他にいろんな言葉をいくつか思いついたが、早紀はストレートに聞いてみることにした。


「こんなとこで毎日、毎日なにしてるの? 私のこと監視してたの? なんで?」


 違う。


 こんなこと言いたいんじゃない。


 私は、お姉ちゃんにずっと会いたかったはずなのに…。


 しかし、言葉を重ねるほど、早紀の中でいろいろな思いが混ざり合い、厳しい言葉として口をついてでた。


「気持ち悪いんだけど! 今更なんなの! 私を捨てたくせに! 私のこと馬鹿にしにきたの?」


 違う、私はこんなことお姉ちゃんに言いたい訳じゃない。


「良いよね、お姉ちゃんは。何でもできて、完璧で。部活も、勉強も! みんなに好かれて、幸せで……。それで、私のこと馬鹿にしにきたんでしょ!」


「違う!」


 結衣は全力で首を振った。


「いくら成績が良くても、みんなに認められているとしても、早紀がいなかったら、私は私じゃない。早紀がいなかったら、私はそこにいない。どこにもいないの! 模試で一位になったって、たとえインターハイで優勝したって、早紀がいなかったら、私はこれっぽっちも嬉しくない! 嬉しくなんかないんだよ? 早紀が喜んでくれるから、私は喜びを感じるの。幸せでいれる。だから……」


 こんなに取り乱した姉を初めて見た。


 髪を振り乱し、顔を涙ではらして、みっともなくて……。


 みっともないのは私ばっかりだと思ってた。


 お姉ちゃんはいつも完璧だと思ってた。


 だから……。


 私はお姉ちゃんを優しく抱きしめた。


 足りない身長は、背伸びして補った。


 お姉ちゃんの顔を、私の胸で抱きとめた。


「いつもと逆だね。お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは、一瞬びっくりしたように硬直して、直後、大声で泣き崩れた。


「ごめんね。お姉ちゃん」


 心からそう言った。


 私の心からの謝罪が、私の胸を通して姉の心に直接届くように祈った。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 しばらくそのまま時が流れた。


 永遠に続いてもいいな。


 早紀はそんなことを思った。


 落ち着いたのか、お姉ちゃんはへなへなと座り込んだ。


「この三年間、ごめんね、早紀ちゃん」


 私は背伸びをやめ、しゃがんで手を突き出した。


「だっこ」


 一言だけ、昔のように甘えると、期待した通りの暖かい温もりを感じた。


「いいよ。もう。もういいよ」


 二人で泣き合うのは、なんだかすごく恥ずかしかった。


 でも、同じぐらい幸せを感じた。


 風が、その時間を繋いだ。


「ちょっと、歩こっか」


 切り出したのは結衣の方だった。


 二人は、無言で並んで歩き出した。

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