第二章 囚われの記憶 ー弛緩ー
二人の足は、自然と思い出のあの河原へと向かっていた。
河原は夕日に染め上げられて、とても幻想的な空気を醸し出していた。
川には夕日が反射してとても眩しい。
これは夢なんじゃないか。
早紀はぼうっとそう思った。
いつどとなく見た、早紀の空想の世界ではないのか。
しかし、頬にあたる風も、繋いだ手から伝わる結衣の温もりも本物だった。
「懐かしい、場所だね」
川を見つめながら、結衣は早紀に話しかけた。
早紀は無言で頷く。
「元気だった?」
短い質問だった。
結衣には、早紀に聞きたいことが山のようにあった。
家はどんな環境か。
幸子さんは優しくしてくれるか。
陸上部で結果を出せているのか。
クラスの人間関係で悩んではいないか……。
精一杯悩んだ結果、様々な思いが、その一言には凝縮されていた。
結衣の質問に、早紀もまたいろいろな感情が一気に巻き起こった。
「どうして、私じゃなくてお母さんを選んだの?」
一番に口をついてでたのが、早紀が一番結衣に聞いたい質問だった。
しかし早紀は、自分自身にも、結衣は自分を捨てたのではないと言い聞かせていた。
声に出したとたん、自分でも驚き、動揺した。
そんなことを聞いてどうするのか。
もし、結衣が早紀よりも母親が大切だと答えたらどうするのか。
早紀はもう、自分を支えてはいられないだろう。
結衣に動揺を知られまいと、結衣に見えないように必死に両の手を握りしめた。
足が震えているのは、スカートのおかげであまり見えない。
良かった。
結衣は一度早紀の顔を見て、そして再び視線を川に戻した。
その目には、隠しきれない悲しみがこもっていた。
「ごめんね……」
結衣は風に消え入りそうな声でそう言うと、芝生の土手を下り始めた。
半分まで下ったあたりで、しゃがみ込む。
早紀もそれに続き、横に座った。
結衣は何も言わず、ただ川を見つめる。
何と言おうか、言葉を選んでいるふうだった。
沈黙に耐えきれず、早紀は話題を変えることにした。
「ずっと見に来てたの?」
白いワンピースの女性の噂は、早紀が入学した当初から有名だった。
夕暮れのグラウンドにぼうっと立つその姿は浮世離れしていて幽霊なのではないかと噂する生徒もいたぐらいだ。
結衣は苦笑しながら頷いた。
「お姉ちゃん知らないだろうけど、学校中の噂になってたんだから」
早紀は少し頬を膨らませてそう言った。
風がその頬を撫でた。
「でも、少し嬉しい」
ふふっと早紀は楽しげに笑った。
「ずっと私のこと見ててくれたんだね」
白いワンピースの女性の正体は、早紀を見守る女神だったのだ。
早紀は心から驚き、不思議な、甘いものが心にもたらされていくのを感じた。
これまで固まって濁って苦くなっていた心にそれが混ざり合って乳和されていく。
中和される。
早紀は結衣の肩にもたれかかり、体重を預けた。
久しぶりに感じる体温、やわらかい感触。
体の筋肉が緩んでいく。
心地よくて目を閉じた。
結衣はそんな早紀の頭を優しく撫でた。




