第二章 囚われの記憶 ー大役ー
「女子二百メートルは、水野早紀に任せようと思う。異論ある者はいるか?」
異論の声をあげる者は一人も居なかった。
部室内は拍手で包まれた。
自分が選ばれたことよりも、部内の誰からも異論が出なかったことに対して早紀は驚き、声も出なかった。
「はいじゃあ早紀、前に出て」
促されるまま、早紀はホワイトボードの前に歩みでた。
頭では現実を理解できていなかった。
これは自分とは関係ない世界で起っている出来事だと感じた。
この私が、キャプテン……???
そんなの、できるはずがない。
昨日断ったばかりなのに……。
早紀にはまだ覚悟ができていなかった。
部室に響き渡る拍手も、早紀の心には響いてこなかった。
「頼んだよ早紀」
柚木が軽く早紀の肩を叩く。
「私には無理です」
早紀は柚木に、部員全員にそう言った。
「昨日も言いましたが、私にはそんな大役、できません。自分の結果も出せてないのに、部全体の結果を出すことなんてできません。私には……」
「そんなことないよ」
早紀の言葉を遮り声をかけたのは、ずっと早紀と争ってきたライバルの敦子だった。
「早紀はちゃんと結果も出してるし、一年生にも慕われてる。私は、早紀にならついていこうと思う。ちょっと、悔しいけどね」
いつもは早紀に敵意をむき出しにしている敦子の言葉に、早紀はとても驚いた。
敦子の言葉に続き、部員たちは次々に早紀に優しい言葉を投げかけた。
「大丈夫だよ早紀なら!」
「私、早紀のこと応援するよ! 一緒に頑張ろうよ!」
「先輩についていきます!」
自分に投げかけられるその言葉が早紀には信じられなかった。
「ね? わかったでしょ? あんたは自分の思ってるほど駄目な奴じゃないよ」
柚木が早紀の耳元に囁く。
「あんたはみんなに頼られてるんだよ。もっと、自分のことよく見なよ。あんたならやれるよ」
柚木の言葉と、部員の暖かい拍手に、これまで早紀を引き止めていた何かが切れ、早紀はその場に倒れ込んだ。
遠くなる音。
柚木が慌てて早紀を助け起こすのを感じたが、何も言葉にできなかった。
目は半分しか開けられない。
目の外にある光景は、日現実の世界のように感じた。
早紀は部員たちによって保健室に運ばれた。
柚木もついてこようとしたが、他の三年生にキャプテンの仕事があるからと止められた。
早紀を運んできた部員も、早紀を心配して後ろ髪を引かれる思いで部活へと向かった。




