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第二章 囚われの記憶 ー柚木ー

「キャプテンですか?」

 

 口に出して、ようやく、柚木が言わんとしていることがわかった。


 柚木は早紀を、次期キャプテンに指名しようとしているのだ。


「それなら、恵美か明日香がふさわしいと思います。二人とも……。」


 話をはぐらかす意味も込めて、早紀は他の生徒の名前をあげた。


 しかし、柚木がすっと早紀の顔を見つめたため、早紀は続く言葉を失った。


「私はね、早紀が適任だと思ってる」


 早紀は自分以外の人間の方が適任だと、心から思っていた。


 柚木の言葉が信じられない。


「えっ……、私ですか?」


 予想外の展開に、脳が追いつかない。


「そう。早紀は今の二年生では一番実力がある。一年生から一番力を着けてきているのも早紀だ。なにより、早紀にはキャプテンの素質がある」


 意外な言葉に、早紀は目を白黒させた。


「キャプテンの、素質?」


「人を引きつける魅力、決断力、責任感、そして優しさ。そんな、言葉では言い表せない、目に見えないものだよ」


 そんな風にみられていたんだ。私。


 柚木の言葉は、素直に嬉しかった。


 でも。


「そんな、私には、そんな力ありません」


 早紀は俯いてそう言った。


 心からそう思った。


 無意識に、手に持ったスポーツドリンクを握りしめていた。


「そんなことない。私には感じるんだ。早紀ならきっと、このクラブを良い方向に導いていくことができる」


 柚木は自信たっぷりに、早紀を説得する。


「早紀はきっと良くやってくれる。わかるんだ」


「そんな、違います。そんなことないです」


 自分にそんなことができるなんて、これっぽっちも思わなかった。


 自信がなかった。


「違うよ早紀」


 柚木に手を握られ、早紀ははっと柚木の顔を見た。


「早紀ならできる。早紀には誰よりも責任感がある。人のこともよく見ている。一年生にも慕われているし、なにより、誰よりも優しい」


 ぎゅっと握られたその手から、柚木の心が伝わってくるようだった。


「早紀になら、私は任せてこの部を任せられるよ。やって、くれないか?」


 ふっと、心に浮かんだ言葉を、早紀は口にした。


「それは、お姉ちゃんの妹だからですか?」


 こんなこと柚木には聞きたくなかった。


 早紀のコンプレックス。


 しかし、聞かずにはいられなかった。


「お姉さんの代わりに、荒木先輩に好かれたのよ」


 ののかの声が、頭の中で反響した。


「違う。違うよ早紀」


 柚木は早紀の手を更に強く握りしめた。


「早紀は早紀だよ。結衣輩の妹だからお願いするんじゃない。私は水野早紀にお願いしたいんだよ」


 水野早紀として。


 お姉ちゃんの妹ではなく。


 嬉しい。


 柚木はやはり、早紀の思っていた通りの先輩だ。


 柚木の言う通りにはしてあげたい。


 してあげたいが。


 でも……。


「私には、できません」


 早紀はようやくそれだけの言葉を振り絞った。


「部活をまとめあげるなんて、無理です。先輩」


「そう」


 柚木は早紀の手を離して、夕日に染まる窓の外を仰ぎ見た。


「実は三年生の間でも意見が割れてるんだ」


 ぼそっと、柚木は小さな声でそう言った。


「私は早紀をキャプテンにしたい。でも、そうしたくないっていう三年生がいることも確かなの。それは、早紀にはあんまり言いたくないけど、やっぱり結衣先輩の影響が私たちの代には大きすぎたっていうのもあるかもしれない。それは、事実として確かにある。その空気を早紀も感じ取って、それが早紀がキャプテンを断る理由の一つかもしれないね」


 そうじゃないです。先輩。


 それは、私がキャプテンを断る理由の一つなんかじゃないです。


 それが全てです。


 私がお姉ちゃんを超えられないこと。


 それがすべての行動原理です。


 早紀は、心の中で柚木の言葉を否定した。


 柚木は立ち上がり、早紀を見下ろした。


「でも、それでも、私は早紀を信じてる」


 信じてる。


 柚木にそう言われることが、早紀はとても嬉しかった。


 でも……。


「私は彼女たちを何としてでも説得する。だから、早紀も自分にもっと自信を持って欲しい」


 自分に自信を持つ。


 それがどんなに大変なことか。


 それは、これまで早紀が闘ってきた全てだ。


「そんなこと、できま……」


「できる!」


 早紀の言葉を柚木は力強く遮った。


「できるよ早紀! 早紀に足りないのは、自信。だから、ここ一番で力が出せないんだよ」


 柚木はにっと笑った。


「私は早紀を信じてるよ」


 信じてる……。


 柚木の言葉が反響する。


 柚木は、早紀に手を差し伸べた。


 早紀は何も言わずに、その手を取って立ち上がった。


「早紀。私はあなたを信じてる。あなた以外に適任はいない。私は……」


「できません!」


 早紀の声が部室中に響き渡った。


「自分の管理もできないのに、部長なんて……そんな、私にはできません!」


 思い切りかぶりをふる。


「私は、お姉ちゃんじゃありませんから!」


 早紀は、きっと柚木を睨んで叫んだ。


 そんなことを柚木に言う自分が大嫌いだと感じた。


「わかった。わかったから、落ちついて」


 柚木は怒りもせず静かに早紀をなだめた。


「急にこんなお願いしてごめんね。でも、私の気持ちはかわらない。考えといてよ。ね」


 その後、二人は一言も喋らずに部室を後にした。


「じゃーね。また明日」


「はい。さようなら」


 柚木とは家が反対方向なので、校門の前で二人は別れた。


 柚木は、言葉通り早紀を諦めたりしないだろう。


 早紀は、それがとても有り難くて、同時に、とても迷惑に感じた。


 無理だと言っているのに……。


 柚木の目が節穴だとは思わない。


 それでも、自分を信じるだけの勇気が、早紀にはなかった。


 それだけの根拠を、早紀は自分に見いだすことができなかった。

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